• 著者: Darren A.E. Cross, Susan E. Ashton, Serban Ghiorghiu, William Pao, et al.
  • Corresponding author: Darren A.E. Cross (AstraZeneca, Macclesfield, UK); William Pao (Vanderbilt-Ingram Cancer Center, Nashville, TN)
  • 雑誌: Cancer Discovery
  • 発行年: 2014
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 24893891

背景

EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者に対する第1世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるgefitinibやerlotinibは、初期治療において顕著な臨床的利益をもたらす。しかし、これらの薬剤に対する獲得耐性が約9〜14ヶ月で発現し、その約50〜60%はEGFR T790M変異によって引き起こされることが知られている (Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004)。T790M変異は、ATP結合親和性の増加と立体障害により、第1世代TKIに対する耐性を付与すると考えられている (Yun et al. ProcNatlAcadSciUSA 2008)。

第2世代不可逆TKIであるafatinibやdacomitinibは、T790M変異EGFRに対する活性を持つものの、野生型 (WT) EGFRへの強い阻害作用が用量制限毒性 (皮膚発疹や下痢など) となり、T790M変異を克服するために必要な体内濃度を達成できないという課題があった (Eskens et al. BrJCancer 2008)。このため、T790M変異陽性NSCLCに対する効果的な治療選択肢は限られており、新たな治療薬の開発が喫緊の課題であった。特に、WT EGFRに対する選択性を高めつつ、感受性EGFR変異 (del19、L858Rなど) とT790M耐性変異の両方を強力に阻害する「変異選択的」な第3世代EGFR-TKIの開発が強く求められていた。これまでの第1世代および第2世代TKIでは、T790M変異による耐性克服や、WT EGFRに対する選択性の不足が大きな臨床的課題として残されており、この知識ギャップを埋める新たな薬剤が不足していた。

これまでの研究では、WZ4002やCO-1686といった第3世代TKIが報告されているが、WZ4002は臨床試験に進展せず、CO-1686は初期臨床試験段階であった。これらの薬剤はT790M変異を標的とする点で共通するが、構造的および薬理学的に異なるプロファイルを持つ。AZD9291は、AstraZenecaが開発した新規のモノアニリノピリミジン骨格を持つ共有結合性不可逆EGFR阻害薬であり、WZ4002やCO-1686とは明確に異なる構造を持つ。本薬剤は、WT EGFRを温存しつつ、感受性変異およびT790M耐性変異EGFRを選択的に阻害するように設計された。しかし、その詳細な作用機序、前臨床における有効性、および初期臨床における安全性と有効性については、まだ十分に解明されていなかった。特に、T790M変異陽性NSCLCに対するAZD9291の有効性と、WT EGFRに対する選択性が臨床的にどのような影響をもたらすかは、重要な知識ギャップとして残されていた。

目的

本研究の目的は、AZD9291が変異選択的なEGFR阻害特性を有することを生化学的、細胞学的、およびin vivoモデルを用いて包括的に検証することである。具体的には、AZD9291が感受性EGFR変異およびT790M耐性変異の両方を強力に阻害し、かつWT EGFRに対する選択性が高いことを示す。さらに、T790M変異陽性NSCLCモデルにおけるAZD9291のin vivoでの抗腫瘍効果と、その作用機序を薬力学的に確認する。最終的に、AZD9291の第I相AURA試験 (NCT01802632) における初期臨床データ、特に最低用量コホートにおけるT790M変異陽性NSCLC患者でのProof-of-conceptとなる有効性と安全性プロファイルを提示し、本薬剤がT790M耐性EGFR変異陽性NSCLCに対する新たな治療薬として有望であることを示唆することを目指す。

結果

変異選択的EGFR阻害の生化学的特性: AZD9291は、EGFR組み換え酵素アッセイにおいて、L858R/T790M変異EGFRに対して1 nmol/L、L858R変異EGFRに対して12 nmol/Lの見かけのIC50値を示した。一方、WT EGFRに対するIC50値は約200 nmol/Lであり、L858R/T790M変異EGFRに対して約200倍の選択性を示した。これは、gefitinibやerlotinibがWT EGFRに対してより高い感受性を示すプロファイルや、afatinibがWT EGFRと変異型EGFRに対してほぼ同等の活性を持つプロファイルとは根本的に異なるものであった。AZD9291はCys797残基を標的とした不可逆的共有結合により、持続的かつ変異選択的なEGFR阻害を実現することが質量分析によって確認された (Supplementary Fig. S1A, S1B)。キノームワイドな選択性評価では、1 µMのAZD9291はERBB2/4、ACK1、ALKなど限られた追加キナーゼにのみ60%以上の阻害を示したが、IGF1RやIRに対しては活性を示さず、高血糖リスクの回避に寄与する高い選択性プロファイルが確認された (Supplementary Table S1B, S1C)。AZD9291の代謝物であるAZ5104およびAZ7550も同様の選択性プロファイルを示したが、AZ5104はWT EGFRに対する選択性マージンが親化合物と比較して小さかった (Supplementary Table S1A)。

細胞ベースでの変異選択的抗腫瘍活性: AZD9291は、EGFR変異陽性細胞株 (H1975 (L858R/T790M)、PC-9VanR (ex19del/T790M) など) において、pEGFRのIC50値が13〜54 nmol/Lと強力な阻害活性を示した。一方、WT EGFR細胞株 (LoVo、A431、NCI-H2073) では480〜1,865 nmol/Lと、変異型EGFRに対して約30〜100倍の選択性を示した (Figure 2A)。細胞増殖アッセイ (Sytox live/deadアッセイ) でも同様の選択性が確認され、PC-9 (ex19del) 細胞でGI50が8 nmol/Lであったのに対し、Calu3 (WT) 細胞では650 nmol/Lであった (Figure 3A)。AZD9291は、MET増幅、NRAS変異、EMTなどのT790M非依存性耐性を示す細胞株には活性を示さず、T790M特異的な有効性が確認された (Figure 3B)。また、gefitinibやafatinibの慢性投与ではT790M変異の獲得による耐性が誘導されたが、AZD9291の慢性投与ではT790M変異による獲得耐性は観察されなかった (Figure 3C)。

In vivo異種移植モデルでの完全かつ持続的な腫瘍退縮: PC-9 (ex19del) 異種移植モデルにおいて、n=8匹のマウスに5 mg/kg/dayのAZD9291を投与したところ、40日後には全8例中8例で肉眼的腫瘍消失が認められ、200日間にわたり腫瘍の再増殖は認められなかった (Figure 4C)。比較として投与されたgefitinib (6.25 mg/kg/day, n=11匹) では、約90日で腫瘍の再増殖が認められた。H1975 (L858R/T790M) 異種移植モデルでは、n=12匹のマウスに5 mg/kg/dayのAZD9291を投与したところ、12例中10例で完全退縮が誘導され、200日間維持された (Figure 4D)。1 mg/kg/dayの低用量で再増殖が見られた後も、25 mg/kg/dayに増量することで腫瘍退縮が再誘導され、T790M依存性を示唆した。AZD9291は、いずれの異種移植モデルにおいても、最小限の体重減少 (<5%) で良好な忍容性を示した (Supplementary Figure S6C, S6D)。

遺伝子改変マウスとIn vivo薬力学的確認: EGFR L858R遺伝子改変マウスモデルでは、AZD9291 (5 mg/kg/day) およびafatinib (7.5 mg/kg/day) の両方で約80%の腫瘍退縮が認められた。しかし、EGFR L858R/T790M遺伝子改変マウスモデルでは、AZD9291のみが有意な腫瘍縮小を誘導し、vehicle群およびafatinib群では腫瘍退縮は認められなかった (Figure 5A, 5C)。H1975異種移植腫瘍を用いた薬力学的研究では、AZD9291単回投与後6時間でpEGFR、pERK、pS6の著明な抑制が確認され、pEGFRの抑制は30時間後も持続していた (Figure 6A)。これは、AZD9291の不可逆的共有結合による持続的な標的阻害作用を裏付けるものであった。

AURA第I相試験の初期臨床Proof-of-conceptデータ: 第I相AURA試験 (NCT01802632) の最低用量コホート (20 mg/日) で治療されたT790M変異陽性 (del19+T790M) NSCLC患者2例において、有望な臨床効果が観察された。患者1例目 (57歳、韓国人女性) では、AZD9291投与後、scan1で39.7%、scan2で48.3%、scan5で51.7%と継続的な腫瘍縮小が認められた (Figure 7B)。患者2例目 (57歳、英国人白人女性) でも同様に、scan1で38%、scan3で56.7%、scan5で59.3%の腫瘍縮小が確認された (Figure 7C)。両患者ともに、皮疹は認められず、Grade 1の下痢が1例のみという良好な毒性プロファイルであった。AZD9291のヒトにおける半減期は50時間以上と前臨床データよりも著しく長く、1日1回投与で安定した薬物動態プロファイルを示した (Figure 7A)。両患者は、20 mg/dayのAZD9291投与で約9ヶ月間の奏効期間と約11ヶ月間の無増悪期間を達成し、RECIST 1.1基準による病勢進行が認められるまで治療が継続された。

考察/結論

本研究は、AZD9291が感受性EGFR変異およびT790M耐性変異の両方を標的とし、WT EGFRに対する高い選択性を持つ新規の経口不可逆的第3世代EGFR-TKIであることを、生化学的、細胞学的、in vivoモデル、および初期臨床データを用いて包括的に示した画期的な論文である。

先行研究との違い: これまでの第1世代TKIがT790M変異による耐性で効果を失い、第2世代TKIがWT EGFRへの非選択的阻害による毒性で十分な効果を発揮できなかったのに対し、AZD9291はWT EGFRに対して約200倍の変異選択性を示し、T790M変異陽性モデルで200日間持続する完全退縮を誘導した点で、既存の薬剤とは大きく異なるプロファイルを持つ。同時期に開発が進められていたWZ4002やCO-1686 (rociletinib) と比較しても、AZD9291は最終的に承認 (osimertinib) に至った唯一の薬剤であり、その独自のモノアニリノピリミジン構造、ヒトでの長い半減期 (>50時間)、IGF1R非阻害による低血糖リスク回避といった高い選択性が、その競争優位点となったと考えられる。

新規性: 本研究で初めて、AZD9291がT790M変異陽性NSCLCのin vivoモデルにおいて、既存のTKIでは達成できなかった完全かつ持続的な腫瘍退縮を誘導し、さらに初期臨床試験の最低用量コホートにおいてT790M変異陽性患者で客観的奏効を達成したことを示した。これは、T790M耐性EGFR変異陽性NSCLCに対する治療薬としてのAZD9291の臨床的Proof-of-conceptを初めて提示したものであり、その後の大規模臨床試験の礎となった。

臨床応用: 本研究の知見は、T790M変異による獲得耐性を持つEGFR変異陽性NSCLC患者に対する新たな治療選択肢を提供する点で、極めて高い臨床的意義を持つ。初期臨床データで示された良好な安全性プロファイル (皮疹なし、Grade 1下痢のみ) は、WT EGFRへの選択性が低いことの臨床的メリットを裏付けている。AZD9291の有効性と忍容性は、T790M耐性患者の治療成績を大幅に改善する可能性を示唆し、その後の一次治療への適用 (FLAURA試験) にも繋がる重要な基盤データとなった。また、AZD9291が血液脳関門を通過する可能性が示唆されたことは、脳転移を有する患者に対する臨床応用への期待を高める。

残された課題: 今後の検討課題として、T790M変異以外の獲得耐性機序 (例: EMT、MET増幅、HER2増幅など) に対するAZD9291の有効性の評価が残されている。本研究ではT790M非依存性耐性株には活性を示さなかったが、AZD9291治療後にどのような新たな耐性機序が出現するかを体系的に解明する必要がある。また、第3世代TKI耐性機序の解明は、今後の併用療法開発の重要な方向性となる。さらに、TKI未治療のEGFR変異陽性患者におけるAZD9291の最適な治療シーケンスや、他の治療法との併用療法の可能性についても、今後の研究で明らかにされるべき課題である。

方法

AZD9291の変異選択的EGFR阻害特性を評価するため、生化学的アッセイ、細胞ベースアッセイ、およびin vivoモデルを用いた。

生化学的評価: 商業用EGFR組み換え酵素 (Millipore) を使用し、L858R、L858R/T790M、およびWT EGFRに対するAZD9291のIC50値を測定した。不可逆的阻害剤であるため、見かけのIC50値として評価した。また、約280種類のキナーゼパネル (Millipore) を用いて、AZD9291のキノームワイドな選択性を評価した。特に、IGF1RおよびIRに対する活性を、高血糖リスク回避の観点から重点的に評価した。

細胞ベース評価: EGFR変異 (PC-9 (ex19del)、H3255 (L858R)、H1650 (ex19del)) およびT790M耐性変異 (H1975 (L858R/T790M)、PC-9VanR (ex19del/T790M)) を有する各種NSCLC細胞株、ならびにWT EGFR細胞株 (LoVo、A431、NCI-H2073) を用いて、pEGFRのIC50値および細胞増殖阻害 (Sytox live/deadアッセイ) のIC50値を測定した。さらに、MET増幅、NRAS変異、EMTなどのT790M非依存性耐性機序を持つ細胞株に対するAZD9291の活性も評価した。AZD9291の慢性投与による獲得耐性メカニズムを、gefitinibおよびafatinibと比較してPC-9細胞で評価した。

In vivo評価:

  1. 皮下異種移植モデル: ヌードマウスにH1975 (L858R/T790M)、PC-9 (del19)、H3255 (L858R)、PC-9VanR (ex19del/T790M) などのNSCLC細胞株または患者由来異種移植 (PDX) を皮下移植し、AZD9291を単剤投与 (1〜25 mg/kg/day) した際の腫瘍増殖抑制効果および腫瘍退縮の持続性を評価した。比較対照としてgefitinibも投与した。n=6またはn=8匹のマウスが各治療群に割り当てられた。
  2. 遺伝子改変マウスモデル: CCSP-rtTA遺伝子改変マウス (EGFR L858RおよびL858R/T790M) を用いて、AZD9291 (5 mg/kg/day) およびafatinib (7.5 mg/kg/day) 投与による肺腺癌の腫瘍退縮効果をMRIにより評価した。
  3. 薬力学的確認: H1975異種移植腫瘍および遺伝子改変マウスモデルの腫瘍組織を用いて、AZD9291単回投与後のpEGFR、pERK、pS6、pPRAS40などのリン酸化レベルを免疫組織染色およびウェスタンブロットにより評価し、標的阻害の持続性を確認した。

臨床試験データ: 第I相AURA試験 (NCT01802632) の最低用量コホート (20 mg/日) における初期患者2例のデータが提示された。これらの患者は、先行EGFR-TKI治療後に病勢進行し、T790M変異が確認されたNSCLC患者であった。RECIST 1.1基準 (Eisenhauer et al. EurJCancer 2009) に基づく腫瘍縮小率、安全性プロファイル (有害事象)、および薬物動態プロファイル (半減期) を評価した。統計解析には、腫瘍増殖抑制の評価に一方向Student t検定が用いられた。