• 著者: Yun Fan, Xinmin Xu, Yiping Zhang, Yun Fang, Jianying Zhou
  • Corresponding author: N/A
  • 雑誌: Scientific Reports
  • 発行年: 2017
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28332624

背景

非小細胞肺がん (NSCLC) は、世界的にがん関連死亡の主要な原因であり、全肺がんの約80-85%を占める。特に腺癌は、中枢神経系 (CNS) 転移、すなわち脳転移 (BM) の発生率が高いことが知られている。NSCLC患者の約30%が生涯にわたり脳転移を発症し、上皮成長因子受容体 (EGFR) 変異を有する患者ではその発生率がさらに高いことが報告されている Shin et al. JThoracOncol 2014。脳転移の存在は、神経症状の出現や生活の質の低下、さらには全生存期間 (OS) の短縮に直結するため、その効果的な制御は極めて重要である。

歴史的に、脳転移の標準治療は全脳照射 (WBRT) や定位放射線手術 (SRS) 単独または併用療法であった。しかし、これらの治療法を用いた従来の標準治療後の脳転移を有するNSCLC患者のOS中央値はわずか7ヶ月と予後不良であった。過去10年間で、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) はEGFR活性化変異を有するNSCLC患者の第一選択治療として確立された。複数のランダム化比較試験により、TKI治療は細胞傷害性化学療法と比較して高い奏効率と長い無増悪生存期間 (PFS) をもたらすことが示されている Maemondo et al. NEnglJMed 2010Mok et al. NEnglJMed 2009Mitsudomi et al. LancetOncol 2010

EGFR-TKIは血液脳関門 (BBB) を通過し、脳転移に対しても効果を示すことが報告されている。しかし、第一世代TKIのBBB透過率は薬剤によって異なり、gefitinibが1-3%、erlotinibが3-6%と比較的低いことが知られている。icotinibは中国で開発・承認された第一世代EGFR-TKIであり、gefitinibと同様の作用機序でEGFR変異NSCLCに有効性を示す。しかし、脳転移を有するEGFR変異NSCLC患者において、icotinib単独療法と放射線療法 (RT) との併用療法がOS、頭蓋内無増悪生存期間 (IC-PFS)、および安全性にどのような影響を与えるかについては、系統的な比較検討が不足していた。特に、無症状の脳転移患者に対する最適な治療戦略、すなわちTKI単独先行か、RTとの併用先行かについては、依然として議論がcontroversialな状況であった。

本研究の実施時点において、EGFR変異NSCLC脳転移患者に対するicotinibと放射線療法の最適な組み合わせや治療シークエンスに関するエビデンスは未確立であり、臨床現場での意思決定を支援するための詳細なデータが不足していた。特に、TKI単独療法とRT併用療法の効果を直接比較した大規模なランダム化試験は行われておらず、後ろ向きデータによる実臨床での評価が求められていた。

目的

本研究の目的は、EGFR変異を有する非小細胞肺がん (NSCLC) 脳転移患者を対象に、icotinib単独療法と放射線療法 (RT) とicotinibの同時併用療法における全生存期間 (OS)、頭蓋内無増悪生存期間 (IC-PFS)、および安全性を後ろ向きに比較評価することである。これにより、脳転移に対するRT追加の臨床的意義を明らかにし、最適な治療戦略の確立に資する知見を提供することを目指した。また、EGFR変異サブタイプ (exon 19欠失 vs. exon 21 L858R) が予後に与える影響についても解析し、予後予測因子を特定することも副次的な目的とした。特に、無症状の脳転移患者におけるTKI単独先行とRT併用先行のどちらが優れているかという臨床的ギャップを埋めるためのデータを提供することを意図した。

結果

患者背景と治療群の特徴: 2010年から2014年に登録された97名のEGFR変異NSCLC脳転移患者が解析対象となった。RT+icotinib群がn=56、icotinib単独群がn=41であった。患者全体の年齢中央値は58歳 (範囲31-77歳) であり、女性が56%、非喫煙者が68%を占めた。KPSスコア70-90の患者が87%と大多数であった。EGFR変異の内訳はexon 19 deletionが59%、exon 21 L858Rが41%であった。脳転移の数は4個以上が49%を占めた。RT+icotinib群では、icotinib単独群と比較して、脳転移による有症状の患者が多く (37% vs 12%, p=0.005)、脳転移の数も多い傾向にあった (4個以上: 59% vs 34%, p=0.054)。一方、icotinib単独群では頭蓋外病変を有する患者の割合が高かった (90% vs 61%, p=0.003)。EGFR変異サブタイプやGPAスコアに両群間で有意な差は認められなかった (Table 1)。

全生存期間 (OS) の比較: 全コホートにおける脳転移診断からのOS中央値は27.0ヶ月 (95% CI 23.9-30.1ヶ月) であった (Figure 1)。RT+icotinib群のOS中央値は31.9ヶ月、icotinib単独群では27.9ヶ月であり、統計学的に有意な差は認められなかった (HR 0.81, 95% CI 0.53-1.25, p=0.237) (Figure 2)。SRS+icotinib群とicotinib単独群の間でもOSに有意差はなかった (35.5ヶ月 vs 27.9ヶ月, p=0.12)。この結果は、RTの追加がOSを統計学的に有意に延長しないことを示唆している。

頭蓋内無増悪生存期間 (IC-PFS) の有意な改善: 全コホートにおけるIC-PFS中央値は16.0ヶ月 (95% CI 13.5-18.6ヶ月) であった (Figure 6)。RT+icotinib群のIC-PFS中央値は22.4ヶ月であり、icotinib単独群の13.9ヶ月と比較して有意に延長した (HR 0.65, 95% CI 0.43-0.99, p=0.043) (Figure 7)。この結果は、脳転移の局所制御において放射線療法が重要な役割を果たすことを明確に示している。しかし、SRS単独群のIC-PFS (17.8ヶ月) はicotinib単独群と比較して有意な延長は認められなかった (p=0.56)。初回病勢進行部位として脳内病変を認めた患者の割合は、WBRT+icotinib群で10.9%であったのに対し、icotinib単独群では41.4%、SRS群では30.0%と、WBRT+icotinib群で有意に低かった (p=0.02)。

EGFR変異サブタイプ別の予後: EGFR exon 19 deletion変異を有する患者は、exon 21 L858R変異患者と比較して有意に長いOSを示した (32.7ヶ月 vs 27.4ヶ月, HR 0.67, 95% CI 0.46-0.97, p=0.037) (Figure 3)。IC-PFS中央値もexon 19 deletion群で23.3ヶ月、L858R群で16.8ヶ月と、exon 19 deletion群で長い傾向にあったが、統計的有意差は認められなかった (p=0.06) (Figure 8)。この結果は、脳転移を有するEGFR変異NSCLC患者においても、exon 19 deletionがより良好な予後因子であることを裏付けている。

奏効率と予後因子分析: 全体の客観的奏効率 (ORR) は82.6% (完全奏効CR 32.6%、部分奏効PR 50.0%) と非常に高かった。RT+icotinib群のORRは86.0%、icotinib単独群では77.8%と、RT併用群でやや高い傾向にあったが、統計的有意差はなかった (p=0.10)。頭蓋外病変のORRは68.2%であり、頭蓋外病変のPFS中央値は11.4ヶ月 (95% CI 7.1-20.5ヶ月) であった。予後因子解析では、GPAスコア0-1の患者群のOS中央値が19.8ヶ月と、他のGPAスコア群と比較して有意に不良であった (p=0.006) (Figure 5)。多変量解析 (MVA) では、EGFR exon 19 deletion変異がOSの改善を予測する因子として示唆された (p=0.096)。KPSスコアはOSに有意な影響を与えなかった (p=0.22) (Figure 4)。年齢、性別、喫煙歴、脳転移数、頭蓋外病変の有無、治療法 (RTの有無) はOSの有意な予測因子とはならなかった。

安全性: icotinibに関連する有害事象は両群で許容範囲内であった。最も一般的な有害事象は皮膚毒性 (グレード1-2が約30%) と下痢 (グレード1-2が約15%) であった。RTとicotinibの併用療法における忍容性は良好であった。

考察/結論

本後ろ向き研究は、EGFR変異を有する非小細胞肺がん (NSCLC) 脳転移患者において、放射線療法 (RT) とicotinibの併用療法がicotinib単独療法と比較して頭蓋内無増悪生存期間 (IC-PFS) を有意に延長することを示した (22.4ヶ月 vs 13.9ヶ月, HR 0.65, 95% CI 0.43-0.99, p=0.043)。この結果は、RTが脳転移の局所制御を強化する上で重要な役割を果たすことを明確に裏付けている。IC-PFSの延長は、脳転移に関連する神経症状の発症や悪化を遅らせ、患者の生活の質を改善する可能性を示唆する。

先行研究との違い: 本研究では、RT併用群とicotinib単独群の間で全生存期間 (OS) に統計学的な有意差は認められなかった (31.9ヶ月 vs 27.9ヶ月, p=0.237)。この結果は、GerberらやWilliamらの報告とは対照的である。彼らの研究では、SRS治療後のOSがEGFR-TKI単独治療よりも有意に優れていたと報告されている。この差異は、本研究における患者背景の不均一性 (RT併用群で有症状の脳転移患者や多発脳転移患者が多い傾向にあったこと) や、icotinib単独群の患者の41.5%がicotinib治療後に脳転移が進行した場合に救済RTを受けていたことなどが影響している可能性がある。icotinibの全身および頭蓋内での高い抗腫瘍効果が、OS全体へのRTの上乗せ効果を相殺した可能性も考えられる。

新規性: 本研究は、中国で開発された第一世代EGFR-TKIであるicotinibが、脳転移を有するEGFR変異NSCLC患者に対して良好な治療効果を示すことを実臨床データで確認した最初期の報告の一つである。特に、icotinib単独と比較してRT併用がIC-PFSを有意に延長するという知見は、icotinibの脳転移に対する有効性を補完するRTの役割を具体的に示した点で新規性がある。また、EGFR exon 19 deletion変異を有する患者がL858R変異患者よりも有意に長いOSを示すという結果は、脳転移患者においてもEGFR変異サブタイプによるTKI感受性の違いが予後に影響することを再確認するものであり、他の大規模試験の知見を脳転移コホートで再現した。

臨床応用: 本研究の知見は、EGFR変異NSCLC脳転移患者の治療戦略を検討する上で重要な臨床的意義を持つ。特に、icotinib単独療法でも良好なOSが期待できる一方で、RTの追加が頭蓋内病変の制御を大幅に改善することが示された。これは、脳転移による神経症状の予防や遅延、QOLの維持に貢献する可能性がある。経済的またはアクセス上の制約からicotinibを使用する患者集団において、放射線療法を併用することで頭蓋内病変の長期制御が可能となるという知見は、臨床現場での意思決定に直接的な影響を与える。また、OSに有意差がなかったことから、無症状の脳転移患者に対しては、TKIを先行させ、脳病変の進行時にRTを救済療法として導入するという戦略も考慮されるべきである。

残された課題: 本研究は後ろ向きデザインであるため、選択バイアスや交絡因子の影響を完全に排除できないというlimitationがある。特に、RT併用群とicotinib単独群の間でベースライン特性に一部不均一性が認められた。また、単施設での少数例の解析であるため、結果の一般化には注意が必要である。WBRTによる神経認知機能低下の懸念から、海馬回避WBRTやSRSが選択される現代の治療環境においては、本研究のRT種別ごとの詳細な比較は限定的である。今後の検討課題として、RTとEGFR-TKIの最適な治療シークエンスや、RTの種類 (WBRT vs SRS) がOSやQOLに与える影響を評価するための、前向き多施設共同ランダム化比較試験が必要である。特に、第3世代TKIが標準治療となった現在においても、第一世代TKIを使用する患者群におけるRTの役割をさらに明確にするための研究が求められる。

方法

本研究は、2011年10月から2014年10月までに浙江省がんセンターに登録されたEGFR変異NSCLC脳転移患者を対象とした後ろ向きコホート研究 (retrospective cohort study) である。合計152名の患者が特定されたが、icotinib治療中に脳転移を発症した患者34名、exon 19欠失またはexon 21 L858R以外のEGFR変異を有する患者10名、臨床データまたは画像データが不完全な患者8名、追跡不能な患者3名を除外し、最終的に97名の患者が解析対象となった。

対象患者は、組織学的または細胞学的にNSCLCと診断され、放射線学的に脳転移が確認されており、Karnofsky Performance Status (KPS) スコアが50点以上、年齢が18-75歳であった。全ての患者はEGFR-TKI未治療であり、icotinibを125mg 1日3回、病勢進行または重篤な毒性発現まで投与された。

患者は、初回治療として放射線療法とicotinibの併用療法を受けた群 (RT+icotinib群、n=56) と、icotinib単独療法を受けた群 (icotinib単独群、n=41) に分類された。RTはWBRT (whole brain radiotherapy) またはSRS (stereotactic radiosurgery) のいずれかで実施された。WBRTを受けた46名の患者には、中央値3000cGy (10分割) の線量が投与された。SRSを受けた10名の患者のうち9名 (90.0%) は単一病変または複数病変に対して単回照射を受け、中央値2000cGyの線量が投与された。

ベースライン特性として、脳転移診断時の年齢、性別、喫煙歴、神経症状の有無、EGFR変異タイプ、脳転移の数とサイズ、頭蓋外転移の有無、およびGraded Prognostic Assessment (GPA) スコアが収集された。EGFR変異解析は、増幅抵抗性変異システム (ARMS) を用いてエクソン18-21の変異を同定することで実施された。

主要評価項目はOSとIC-PFSであった。OSは脳転移診断日から死亡または最終追跡日までと定義された。IC-PFSは、icotinibまたはRT開始日から脳内病変の進行が確認されるか、最終追跡日までと定義された。頭蓋外病変の評価はCTスキャンにより2-3ヶ月ごとに実施され、奏効率 (ORR) はRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) 1.1基準に従って評価された Eisenhauer et al. EurJCancer 2009

統計解析にはSPSS for Windows version 13.0が用いられた。定性変数は頻度と割合で、定量変数は中央値と範囲で示された。OSおよびPFS曲線はKaplan-Meier法を用いて作成され、群間の比較にはログランク検定が用いられた。単変量解析 (UVA) および多変量解析 (MVA) にはCox比例ハザード回帰モデルが適用された。p値が0.05未満を統計的に有意と判断した。本研究は浙江省がんセンターの倫理委員会によって承認され、全ての参加者からインフォームドコンセントが得られた。