• 著者: Takefumi Komiya, Anish Thomas, Sean Khozin, Arun Rajan, Yisong Wang, Giuseppe Giaccone (Komiya側) ; A. John Iafrate (返答側)
  • Corresponding author: N/A
  • 雑誌: Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 2012
  • Epub日: 2012-08-13
  • Article種別: Commentary
  • PMID: 22891268

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) における分子標的治療は、特定の遺伝子異常を有する患者に対して劇的な臨床効果をもたらすことが示されている。特に、ALK (anaplastic lymphoma kinase) 転座陽性NSCLCに対するALK阻害薬クリゾチニブの成功は、新たなドライバー遺伝子異常の探索を加速させた。このような背景の中、Bergethon et al. JClinOncol 2012は、NSCLC患者の約1.7%にROS1 (v-ros avian UR2 sarcoma virus oncogene homolog 1) 転座が存在することを報告し、ROS1転座陽性NSCLCがALK転座陽性NSCLCと同様に、若年で非喫煙者の腺癌患者に多く見られるという臨床的特徴を明らかにした。さらに、彼らはROS1転座陽性細胞株であるHCC78において、クリゾチニブがROS1リン酸化を阻害し、細胞増殖を抑制することを示し、クリゾチニブがROS1転座陽性NSCLCに対する有望な治療薬である可能性を提示した。

しかし、クリゾチニブはALKだけでなく、MET (mesenchymal-epithelial transition factor) やRONなど複数のキナーゼを阻害する多標的チロシンキナーゼ阻害薬であることが知られている。このため、クリゾチニブの抗腫瘍効果がROS1阻害のみによるものか、あるいは他のキナーゼ、特にMETの阻害も寄与しているのかという疑問が生じた。実際、先行研究であるRikova et al. Cell 2007では、HCC78細胞株においてMETタンパク質の発現とリン酸化が確認されており、METがこの細胞株の腫瘍形成に寄与している可能性が示唆されていた。また、de novo MET増幅を有するNSCLC患者においてクリゾチニブが有効であったという報告も存在し、クリゾチニブの作用機序の解釈をさらに複雑にしていた。

このような状況下で、ROS1転座陽性NSCLCにおけるクリゾチニブの主要な標的がROS1であるというBergethon et al. JClinOncol 2012の結論に対し、MET阻害の寄与の可能性を指摘する意見が提出された。クリゾチニブの臨床的有効性がROS1阻害のみに起因するのか、それともMET阻害との複合作用によるものなのかという点が未解明であり、この作用機序の明確化は、ROS1転座陽性NSCLC患者に対する最適な治療戦略を確立する上で重要な課題であった。特に、単一の細胞株データのみに基づいて薬剤の主要標的を断定することの危険性が指摘され、より詳細な臨床的および前臨床的エビデンスの不足が議論の焦点となった。

目的

本Correspondenceの目的は、Bergethon et al. JClinOncol 2012が報告したROS1転座陽性NSCLCにおけるクリゾチニブの有効性が、ROS1阻害のみによるものか、あるいはMET阻害との複合作用によるものかという疑問を提起し、その作用機序をさらに深く検討することである。具体的には、Komiya et al.はHCC78細胞株におけるMET共活性化の可能性を指摘し、クリゾチニブの抗腫瘍効果におけるMET阻害の寄与を明確にするための追加データの必要性を主張した。これに対し、Iafrateらは、ROS1がクリゾチニブの主要な標的であることを支持する臨床的および前臨床的エビデンスを提示し、MET阻害がクリゾチニブの主要な作用機序ではないことを反論する。最終的に、ROS1転座陽性NSCLCにおけるクリゾチニブの主要な作用機序を巡る科学的議論を深め、その臨床的意義を明確にすることを目的とする。

結果

Komiya et al.からの問題提起: Komiya et al.は、Bergethon et al. JClinOncol 2012の報告に対し、クリゾチニブの抗腫瘍効果がROS1阻害のみによるものかという点に疑問を呈した。彼らは、先行研究であるRikova et al. Cell 2007において、ROS1転座陽性細胞株であるHCC78でMETおよびリン酸化METの発現が確認されていることを指摘した。この事実は、MET阻害がクリゾチニブのHCC78細胞における抗腫瘍効果に寄与している可能性を示唆すると論じた。HCC78細胞におけるMET増幅の有無や、クリゾチニブに奏効したROS1転座陽性患者におけるMET状態が未報告であったため、ROS1のみがクリゾチニブの標的であると断定するのは時期尚早であると結論付けた。彼らは、de novo MET増幅を有するNSCLC患者においてクリゾチニブが迅速かつ持続的な臨床効果を示した報告 (Ou et al. J Thorac Oncol 2011) を引用し、ROS1転座陽性患者におけるMET増幅の有無の確認が重要であると強調した。

Iafrate (著者側) の反論データ: Iafrateらは、Komiya et al.の指摘に対し、ROS1がクリゾチニブの主要な標的であるという見解を支持する臨床的および前臨床的エビデンスを提示した。彼らは、25例以上のROS1転座陽性NSCLC患者の検体においてFISH法によるMET増幅を評価した結果、全例でMET増幅が陰性であったことを報告した。これには、クリゾチニブの第I相試験で治療を受けた10例以上のROS1陽性患者も含まれる。このデータは、ROS1転座陽性NSCLC患者においてMET増幅がクリゾチニブの奏効に寄与する可能性が低いことを示唆する。さらに、クリゾチニブ第I相試験におけるROS1転座陽性NSCLC患者の単剤での予備的奏効率 (ORR) が55%〜60%であり、これはALK転座陽性患者で観察された奏効率と同等であると述べた (Shaw et al. J Clin Oncol 2012)。この高い臨床的有効性は、ROS1阻害がクリゾチニブの抗腫瘍効果に主体的に貢献していることと整合すると主張した。

前臨床的エビデンス (TAE684実験): Iafrateらは、前臨床データとして、選択的ROS1阻害薬であるTAE684を用いた実験結果を提示した。TAE684は、ALKおよびROS1に対しては強力なキナーゼ阻害活性を有するが、METに対する阻害活性は極めて弱い(IC50がマイクロモル範囲)ことが特徴である。このTAE684が、HCC78細胞の増殖を有効に抑制することを示した (Galkin et al. PNAS 2007)。この結果は、HCC78細胞の増殖抑制においてROS1阻害が主たる機序であることを強く支持し、MET阻害が必須ではないことを示唆する。このデータは、HCC78細胞におけるクリゾチニブの抗腫瘍効果が、MET共活性化ではなくROS1阻害に主に起因するというIafrateらの主張を裏付ける重要な証拠である。

不確実性の残存と今後の課題: Iafrateらは、HCC78細胞株のクリゾチニブに対するin vitro感受性が、臨床患者で観察される劇的な反応と比較して中程度である点を認めた。この感受性の違いは、Komiya et al.が示唆したように、METなどの他の経路の活性化が一部の細胞で補助的に関与している可能性を完全には否定できないことを示唆する。また、ALK陽性肺癌患者におけるクリゾチニブ耐性獲得のメカニズムとして、EGFRなどの他のキナーゼの活性化が報告されていること (Katayama et al. Sci Transl Med 2012) や、MET増幅がEGFR阻害薬に対する耐性を媒介する可能性 (Engelman et al. Science 2007) を挙げ、ROS1陽性患者においてもMETのような他のキナーゼがクリゾチニブ耐性の獲得に関与する可能性はあり得ると述べた。しかし、ROS1転座それ自体がクリゾチニブへの感受性の強力な予測因子であり、これらの腫瘍における主要なドライバー遺伝子であると結論付けた。ROS1 G2032Rをはじめとするキナーゼドメイン二次変異や耐性機序は本Correspondence時点では未同定であり、機序解明は後続研究に委ねられた。

考察/結論

本Correspondenceは、ROS1転座陽性NSCLCにおけるクリゾチニブの作用機序に関する科学的議論を明確に示しており、標的キナーゼ阻害剤の「オンターゲット」効果と「オフターゲット」効果の区別の難しさを示す典型的な事例である。Komiya et al.は、HCC78細胞株におけるMET共活性化の可能性を指摘し、クリゾチニブの抗腫瘍効果におけるMET阻害の寄与を明確にするための追加データの必要性を主張した。この問題提起は、単一の細胞株データのみに依存することの限界と、多標的阻害薬の作用機序を解釈する上での慎重さの重要性を浮き彫りにした。

先行研究との違い: Iafrateらは、Komiya et al.の指摘に対し、25例以上のROS1陽性患者でMET増幅が陰性であったこと、およびMET阻害活性がほとんどない選択的ROS1阻害薬TAE684がHCC78細胞の増殖を抑制することを示し、ROS1がクリゾチニブの主要標的であると反論した。この臨床的および前臨床的エビデンスは、MET共活性化がクリゾチニブの主要な作用機序ではないという点で、Komiya et al.の懸念とは対照的な見解を提示した。

新規性: 本Correspondence自体は新規の実験結果を報告するものではないが、ROS1転座陽性NSCLCにおけるクリゾチニブの作用機序に関する議論を深め、その後の研究の方向性を示唆した点で新規性がある。特に、ROS1転座陽性患者におけるクリゾチニブ単剤での奏効率が55%〜60%と高いことが示され、ALK陽性患者と同等の効果を示したことは、ROS1がクリゾチニブの主要なドライバー遺伝子であることを強く支持する新規の臨床的知見であった。

臨床応用: 本議論は、ROS1転座陽性NSCLC患者に対するクリゾチニブの臨床応用を推進する上で重要な意義を持つ。ROS1転座がクリゾチニブへの感受性の主要な決定因子であることが明確にされたことで、ROS1転座スクリーニングの重要性が確立され、患者選択の精度が向上した。これにより、クリゾチニブ治療の恩恵を最大限に受ける患者を特定し、個別化医療を実践するための基盤が強化された。

残された課題: 今後の検討課題として、ROS1転座陽性NSCLCにおけるクリゾチニブ耐性メカニズムの解明が残されている。METなどの他のキナーゼの活性化が、一部の患者におけるクリゾチニブ耐性獲得に補助的に関与する可能性は完全には否定されていない。ROS1 G2032Rなどのキナーゼドメイン二次変異や、他のバイパス経路の活性化など、耐性機序の特定は、次世代ROS1阻害薬の開発や耐性克服戦略の確立に不可欠である。本Correspondenceは、分子標的療法の開発において前臨床モデルから臨床への橋渡し研究の重要性と、単一細胞株への過度の依存を戒める観点から重要な文献である。

方法

本論文は、先行研究の解釈に関するCorrespondence(意見交換)であり、新たな実験プロトコルや患者コホートを用いた研究ではないため、具体的な実験方法や統計解析方法は記載されていない。Komiya et al.は、既存の文献データ、特にRikova et al. Cell 2007によるHCC78細胞株におけるMETおよびリン酸化METの発現に関する報告を引用し、クリゾチニブの作用機序に関する疑問を提起した。彼らは、HCC78細胞におけるMET増幅の有無や、クリゾチニブに奏効したROS1転座陽性患者におけるMET状態に関する情報が不足していることを指摘した。

これに対し、Iafrateらは、Massachusetts総合病院で実施されたROS1転座陽性NSCLC患者のコホートにおけるMET増幅の評価結果を提示した。MET増幅の評価にはFISH (fluorescence in situ hybridization) 法が用いられた。また、クリゾチニブの第I相臨床試験におけるROS1転座陽性NSCLC患者の奏効率に関する予備的データを引用した。さらに、前臨床データとして、選択的ROS1阻害薬であるTAE684がHCC78細胞の増殖に与える影響を評価した結果を提示した。TAE684は、ALKおよびROS1に対しては強力な阻害活性を示すが、METに対する阻害活性は極めて低い(IC50がマイクロモル範囲)ことが特徴である。これらのデータは、クリゾチニブの主要な標的がROS1であることを支持する根拠として用いられた。本Correspondenceは、主に既存の科学的知見と進行中の臨床試験の予備的データに基づいた議論であり、特定の統計手法を用いた解析は行われていない。