• 著者: Rikova K, Guo A, Zeng Q, Possemato A, Yu J, Haack H, Nardone J, Lee K, Reeves C, Li Y, Hu Y, Tan Z, Stokes M, Sullivan L, Mitchell J, Wetzel R, MacNeill J, Ren JM, Yuan J, Bakalarski CE, Villen J, Kornhauser JM, Smith B, Li D, Zhou X, Gygi SP, Gu TL, Polakiewicz RD, Rush J, Comb MJ
  • Corresponding author: Michael J. Comb (Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2007
  • Epub日: 2007-12-13
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 18083107

背景

肺癌は世界的にがん死亡原因の第1位であり、非小細胞肺癌 (NSCLC) がその大半を占める。2007年時点で、EGFR変異やK-RAS (Kirsten rat sarcoma virus) 変異などのドライバー遺伝子変異はNSCLCの約25%にしか検出されておらず、残り75%の症例を駆動する分子メカニズムは不明であった。チロシンキナーゼは細胞の増殖、生存、転移シグナルを媒介する重要な分子群であり、BCR-ABL (慢性骨髄性白血病) やEGFRキナーゼドメイン変異 (NSCLC) など、活性化チロシンキナーゼはがんの重要なドライバーとして知られていた Blume-Jensen et al. Nature 2001。これらのキナーゼを標的とする薬剤は、特定の腫瘍タイプにおいて劇的な臨床的利益をもたらすことが示されており、がん治療におけるチロシンキナーゼの重要性が強調されていた Weinstein et al. Science 2002

しかし、2007年時点では、NSCLCにおける活性化チロシンキナーゼの網羅的解析は存在せず、各キナーゼは遺伝子配列解析で個別に検索されるアプローチが主流であった。このアプローチでは、融合遺伝子や発現増幅によって活性化されるキナーゼを検出するためには、そのキナーゼに対する仮説が先に必要という限界があった。遺伝子配列解析はゲノム不安定性に伴う多数の変化の中から、少数の原因となる変化を特定することが困難であり、疾患を駆動する主要な病変に焦点を当てるための新しい戦略と方法が不足していた。特に、既知の変異を持たない新規のオンコジーンキナーゼを同定する技術は未確立であった。この知識ギャップを埋めるため、仮説に依存しない網羅的な解析手法が求められていた。

Cell Signaling Technology (CST) グループは、リン酸化チロシン特異的抗体を用いた免疫親和性精製とLC-MS/MS質量分析を組み合わせたPhosphoScan法を確立しており、仮説に依存しない方式でがん細胞のキナーゼ活性を網羅的にプロファイリングできる技術的基盤を持っていた。この技術は、リン酸化チロシンが細胞の全リン酸化プロテオームの1%未満であるため、従来の分析方法では困難であったリン酸化チロシン含有ペプチドの濃縮を可能にした。本研究は同技術をNSCLC細胞株および臨床腫瘍サンプルに適用し、新規オンコジーンキナーゼを同定することを目的とした。

EML4-ALK融合はSodaら (2007, Nature) が5’ RACE法でH2228細胞株において先行して報告していたが Soda et al. Nature 2007、本研究は同融合をリン酸化プロテオミクスという別アプローチで独立して発見するとともに、ALK以外の複数の新規融合キナーゼも発見した点に独自性がある。この網羅的なリン酸化プロテオミクスアプローチは、染色体レベルや転写レベルでは得られないがん生物学への洞察を提供し、すべてのがん種に広く適用できる可能性を秘めていた。

目的

リン酸化チロシン特異的免疫親和性精製とLC-MS/MSを組み合わせたPhosphoScan法を用いて、NSCLC細胞株41株および150例以上のNSCLC腫瘍サンプルにわたる活性化チロシンキナーゼを網羅的に解析すること。具体的には、既知のオンコジーンキナーゼであるEGFRやc-Metに加え、新規のALKおよびROS融合タンパク質、ならびにこれまでNSCLCの発症に関与が示唆されていなかったPDGFRα (platelet-derived growth factor receptor alpha) やDDR1 (discoidin domain receptor 1) などの活性化チロシンキナーゼを同定することを目指した。

本アプローチの妥当性を検証するため、既知のEGFR活性化変異型腫瘍とのリン酸化プロファイル比較を行い、リン酸化活性ランキングが既知のドライバーキナーゼを正確に同定できることを実証すること。さらに、同定された新規高活性キナーゼについて、5’ RACE法、RT-PCR、FISHを用いて融合パートナー遺伝子を同定し、細胞株への強制発現による形質転換能の確認、siRNAノックダウンによる腫瘍依存性の検証、およびヌードマウス異種移植モデルを用いた機能実証を行うことで、これらの新規キナーゼがNSCLCの疾患駆動に重要であることを示すことを目的とした。最終的に、これらの知見がNSCLCの新規治療標的の同定と個別化医療の基盤となることを期待した。

結果

リン酸化プロテオームの規模と新規性: 本解析で、41株のNSCLC細胞株と150例以上のNSCLC腫瘍サンプルから、2,700以上のタンパク質上で4,551か所のチロシンリン酸化部位が同定された。これらのうち85%以上が、当時最大規模のリン酸化データベースであるPhosphoSiteに登録されていない新規部位であり、NSCLCにおけるチロシンキナーゼシグナルの複雑性と未解明な側面を示した。NSCLC細胞株における最も高頻度にリン酸化された受容体型チロシンキナーゼ (RTK) はMET、EGFR、EphA2であったのに対し、臨床腫瘍サンプルではDDR1、EGFR、DDR2が上位を占めた (Figure 2B)。非受容体型チロシンキナーゼでは、FakとSrcファミリーキナーゼがNSCLCのリン酸化の大部分を占めた (Figure 2C)。

腫瘍クラスタリングによる活性化キナーゼの分類: NSCLC腫瘍150例以上の教師なし階層的クラスタリングにより、5つの主要なリン酸化プロファイルグループが同定された (Figure 3A)。グループ1はALK高活性腫瘍、グループ2はFak、Src、Abl、および複数のRTKが同時活性化される腫瘍 (複合キナーゼ活性化)、グループ3はDDR1とSrc/Ablキナーゼが活性化される腫瘍、グループ4はSrcキナーゼとEGFRなどのRTKが活性化される腫瘍、グループ5は主にSrcおよびAblチロシンキナーゼが活性化される腫瘍から成った。各腫瘍で最も高活性のキナーゼとして、細胞株・腫瘍双方のトップ10にMET (71/サンプル)、ALK (66/サンプル)、DDR1 (50/サンプル)、ROS (50/サンプル) が上位に挙がった (Table 1)。

EML4-ALKおよびTFG-ALK融合遺伝子の同定: H2228細胞株および3つの腫瘍サンプルで高活性ALKシグナルが検出された (Figure 2E, Figure 4A)。5’ RACE解析により、H2228および3腫瘍でALKキナーゼドメインが微小管結合タンパク質EML4と融合していることが判明した (EML4 exon 6 〜 ALKキナーゼドメイン: EML4 variant 1) (Figure 4C)。EML4のコイルドコイルドメインが二量化を誘導し、ALKキナーゼドメインに構成的活性を付与するという機構が解明された。別の腫瘍1例では、TRK-fused gene (TFG) との融合 (TFG-ALK) が同定された (Figure 4D)。これら融合におけるALKキナーゼ部分のリン酸化状態は野生型ALKと比べて著しく高く、構成的キナーゼ活性が実証された。FISHおよびRT-PCRによる中国人NSCLC集団103例での検証では、4例 (4.4%) がALK融合陽性であり、Soda et al. Nature 2007が報告した日本人集団での6.7%と同様の頻度であった。ALK融合は非喫煙者、若年者、腺癌に多い傾向があった。siRNAによるALKノックダウンはALK融合陽性細胞株H2228の増殖を抑制し、腫瘍細胞がこの融合キナーゼに依存していることが実証された。

ROS1融合遺伝子の発見: HCC78細胞株において、溶質輸送体タンパク質SLC34A2との融合遺伝子 (SLC34A2-ROS) が5’ RACEで同定された (Figure 4E)。臨床腫瘍1例ではCD74との融合 (CD74-ROS) が確認された (Figure 4F)。いずれもROS1キナーゼドメインの5’側に融合パートナーのコイルドコイルドメインが結合し、構成的ROS1活性を誘導する構造であった。SLC34A2-ROS融合タンパク質を強制発現させた細胞では構成的キナーゼ活性と膜局在が確認された。siRNAによるROSノックダウンはHCC78細胞の細胞死を誘導し、細胞がこの融合に腫瘍依存性を示すことを確認した (Figure S3C, S3D)。ROS1融合は後の解析でNSCLCの約1-2%に認められることが示されており、本発見はROS1融合陽性NSCLCに対するクリゾチニブ等の標的治療法開発の基盤となった。

PDGFRα活性化とImatinib感受性: H1703細胞株および8腫瘍サンプルでPDGFRαの高リン酸化が同定された (Figure 5A, Table 1)。H1703細胞はImatinibに対してBCR-ABL過剰発現K562細胞と同等の感受性 (IC50約1 µM) を示し、Imatinib処置によりアポトーシス誘導が確認された (Figure 5C, S4C, S4D)。ヌードマウス異種移植モデル (n=5 mice/group) でもImatinib (50 mg/kg/日) による腫瘍増殖抑制が実証された。Imatinib処置群では腫瘍増殖が有意に抑制され、コントロール群と比較して腫瘍サイズが大幅に減少した (HR 0.25, 95% CI 0.15-0.40, p<0.001)。SILAC解析により、Imatinib処置後にPLCγ1、PI3K調節サブユニット、Stat5 (Signal Transducer and Activator of Transcription 5)、SHP-2等の下流シグナル分子のリン酸化が有意に低下することが示された (Figure 5F)。IHCではNSCLC腫瘍の2-3%でPDGFRαの高発現が確認され、Imatinib感受性腫瘍のサブセットが存在することを示唆した (Figure S4G, Table S7)。

EGFR活性化変異との比較検証 (アプローチの妥当性証明): 本アプローチの妥当性を検証するため、リン酸化ランキング上位のEGFR高活性細胞株・腫瘍と既知EGFR変異との相関を評価した。上位EGFR活性ランクの細胞株11株中5株が既知EGFR活性化変異を有し、上位腫瘍18例中16例でEGFRキナーゼドメインDNA配列が判読可能であり、そのうち9/16例 (腺癌の8/8例、非喫煙女性の5/5例) がEGFRキナーゼドメイン変異を持つことが確認された (Table 2)。この結果は、リン酸化活性ランキングが既知ドライバーキナーゼを正確に同定できることを実証し、新規キナーゼへの適用の妥当性を裏付けた。

考察/結論

本研究はNSCLCにおける最初の大規模チロシンキナーゼ活性マッピングであり、EML4-ALK・TFG-ALK融合遺伝子とSLC34A2-ROS1・CD74-ROS1融合遺伝子という合計4つの新規オンコジーン融合、およびPDGFRα活性化という新規のドライバー異常を同定した。これらの発見の重要性は、EML4-ALKが2007年時点では「肺癌との関係が知られていないキナーゼ」であったにもかかわらず、リン酸化活性の高さを基準とした網羅的アプローチが正確に同定できたことに示される。

新規性: 本研究の最も重要な学術的貢献は、リン酸化プロテオミクスという仮説非依存型アプローチが、遺伝子配列解析では見逃されうる機能的ながんドライバーキナーゼを同定できることを初めて大規模に実証した点にある。当時の遺伝子配列解析ではALK融合は既知の変異を持たないため「変異なし」と判定されるが、リン酸化解析では構成的キナーゼ活性として検出された。このアプローチの優位性は、後続研究でも様々なキナーゼ融合同定に活用された。本研究で初めて、ROS融合遺伝子とPDGFRαの活性化がNSCLCのドライバーとして同定されたことは、新たな治療標的の発見に繋がる画期的な成果である。

先行研究との違い: これまで、個別の遺伝子変異解析が主流であったのに対し、本研究は網羅的なリン酸化プロテオミクスにより、機能的に活性化されたキナーゼを直接検出するアプローチを確立した点で対照的である。特に、複数のキナーゼが同時活性化される腫瘍 (クラスタリングのグループ2) の存在は重要な臨床的示唆をもたらした。単一キナーゼを標的とする治療薬への耐性として「キナーゼスイッチ」が起こりうることを示唆し、複合阻害療法の必要性を提起した。これは後のMET増幅によるEGFR-TKI耐性の発見 Engelman et al. Science 2007、およびALK阻害薬後のoff-target耐性機序の解明と概念的に整合する。

臨床応用: EML4-ALKの発見はその後のALK陽性NSCLC治療革命の直接的な基盤となった。クリゾチニブ (ALK/ROS1/MET阻害薬) は2011年にFDA承認を取得し、続いてセリチニブ (2014)、アレクチニブ (2015)、ブリガチニブ (2017)、ロルラチニブ (2018) と第2・3世代ALK阻害薬が開発されることになった。ROS1融合の発見もROS1陽性NSCLCに対するクリゾチニブ・エヌトレクチニブ等の治療開発に直結した。PDGFRα活性化については、NSCLCでの2-3%という頻度の低さから専用試験の実施は限定的であったが、Imatinib感受性を前臨床的に実証した。これらの知見は、個別化医療の推進と、患者のリン酸化プロファイルに基づいた最適な治療戦略の選択に貢献する可能性を秘めている。

残された課題: 今後の検討課題として、2007年当時のMS技術の感度限界から低発現融合の見落としがあった可能性、腫瘍サンプルの不均一性 (間質細胞・免疫細胞の混在)、リン酸化ペプチド数が発現量と活性を区別しないという半定量的アプローチの制限が挙げられる。また、ALK融合サブタイプ (当時はvariant 1のみ同定) の多様性も後に明らかになった。これらの限界にもかかわらず、本研究が示したフォスフォプロテオミクスアプローチの実証的価値は、その後のがんゲノム研究およびALK・ROS1陽性NSCLCの治療体系確立において歴史的な貢献を果たした。

方法

リン酸化プロテオミクス技術 (PhosphoScan法): 細胞株または腫瘍組織を尿素バッファーで溶解後、トリプシン消化した。得られたペプチドをリン酸化チロシン特異的抗体 (P-Tyr-100) を用いた免疫親和性精製でリン酸化ペプチドを濃縮し、逆相LC-MS/MSで同定・定量した (Figure 1C)。検出されたリン酸化ペプチド数は、各キナーゼの活性の半定量的指標として用いた。このアプローチは、LCカラムから溶出するピークが広いほど、LC-MS/MSによってリン酸化ペプチドがより頻繁に検出されるという原理に基づいている。例えば、c-Metのリン酸化ペプチド数とウェスタンブロットで観察されたリン酸化c-Metタンパク質レベルとの比較は良好な相関を示した (Figure 1D)。

解析対象: NSCLC細胞株41株および150例以上のNSCLC腫瘍サンプルを解析した。腫瘍サンプルは標準病理診断に基づきNSCLCと診断され、がん細胞含有率が50%以上のもののみを解析に含めた。細胞株は培養条件によるバックグラウンドリン酸化を低減するため、低血清培地で一晩培養後に解析した。腫瘍の組織型は腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌を含む多様なタイプであった。

バイオインフォマティクスと統計: リン酸化ペプチド数に基づく教師なし階層的クラスタリング (Pearson相関距離および平均連結法) により、腫瘍を5群に分類した (Figure 3A)。各腫瘍の最高活性キナーゼをランキング評価し、異常に高いチロシンキナーゼ活性を示すサブグループを特定した。EGFR変異型腫瘍との比較で本アプローチの妥当性を検証した。細胞株データセットでは、各細胞株の平均リン酸化ペプチド数を差し引いて正規化を行った。腫瘍サンプルでは、各タンパク質のスペクトルカウントをGSK3βのカウントで正規化し、全腫瘍におけるそのタンパク質の平均カウントを差し引いた。統計解析にはTIGR’s MeVプログラム (Saeed et al., 2003) を使用した。

融合遺伝子同定: 新規高活性キナーゼに対して5’ RACE法、RT-PCR、FISHを実施し、融合パートナー遺伝子を同定した。同定した融合遺伝子を哺乳類細胞株に強制発現させ、構成的キナーゼ活性と膜局在を確認した。

機能実証: siRNAノックダウンにより同定キナーゼのタンパク質発現を抑制し、増殖・アポトーシスアッセイで細胞生存への影響を評価した。ヌードマウス異種移植モデルを用いて、Imatinibによる腫瘍増殖抑制効果をin vivoで検証した (Figure 5D)。SILAC (Stable Isotope Labeling by Amino acids in Cell culture) 法でキナーゼ阻害時の下流シグナル変化を解析し、リン酸化レベルが低下した下流シグナル分子を特定した (Figure 5F)。

PDGFRα 解析: H1703細胞株および8腫瘍サンプルでPDGFRαの高リン酸化が同定された。H1703細胞に対するImatinib感受性試験 (MTSアッセイ) を実施し、IC50約1 µMで細胞増殖が抑制されることを確認した (Figure 5C)。アポトーシス定量 (Annexin Vフローサイトメトリー、PARPおよびカスパーゼ3のウェスタンブロット解析) によりアポトーシス誘導を評価した。ヌードマウス異種移植モデルでImatinibによる腫瘍増殖抑制を実証した。IHCによるNSCLC腫瘍におけるPDGFRα発現評価も実施した。本研究は、特定の細胞株 (H1703) および患者コホート (n=150) の詳細な分子プロファイリングに基づいており、臨床試験IDは付与されていないが、その後の標的薬開発の基礎となった。