- 著者: Brown CE, Alizadeh D, Starr R, Weng L, Wagner JR, Naranjo A, Ostberg JR, Blanchard MS, Kilpatrick J, Simpson J, Kurien A, Priceman SJ, Wang X, Harshbarger TL, D’Apuzzo M, Ressler JA, Jensen MC, Barish ME, Chen M, Portnow J, Forman SJ, Badie B
- Corresponding author: Badie B (City of Hope Beckman Research Institute and Medical Center)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2016
- Epub日: N/A
- Article種別: Case Report
- PMID: 28029927
背景
膠芽腫 (GBM) は、ヒトの原発性脳腫瘍の中で最も悪性度が高く、致死率が高い疾患の一つである。標準治療である手術、放射線療法、テモゾロミドによる化学療法後の患者の全生存期間中央値は約15ヶ月であり、再発後の予後は極めて不良である。CAR-T細胞療法は、CD19陽性血液悪性腫瘍に対して顕著な治療効果を示し、その臨床的成功が確立されているが、固形腫瘍への応用は、抗原の選択、腫瘍へのホーミングと浸潤、腫瘍の不均一性、免疫抑制的な微小環境といった多くの課題を抱えており、その有効性は未確立であった。この領域には依然として大きな知識ギャップが存在する。
インターロイキン-13受容体α2 (IL13Rα2) は、悪性グリオーマで過剰発現が認められるグリオーマ関連抗原であり、正常脳実質での発現は限定的であるため、免疫療法の標的として有望視されている。IL13Rα2の発現は予後不良と関連することが報告されている。City of Hopeグループが先行して実施した第1世代IL13Rα2標的CAR-T細胞の頭蓋内投与に関する臨床試験では、一過性の抗腫瘍反応は確認されたものの、持続的な効果は得られず、高グレードの治療関連有害事象は認められなかったとBrown et al. ClinCancerRes 2015が報告している。この先行研究では、CAR-T細胞の持続性と抗腫瘍効果の改善が不足しており、特に多巣性病変への対応が課題として残されていた。
この先行研究の限界を克服するため、本研究では、4-1BB (CD137) 共刺激ドメインを組み込むことでT細胞の持続性を改善し、変異型IgG4-Fcリンカーを使用することで非標的Fc受容体との非特異的相互作用を抑制した改良型CAR-T細胞 (IL13BBζ) が設計された。さらに、このCAR-T細胞は、富化されたセントラルメモリーT細胞 (Tcm) を遺伝子改変することで製造され、抗腫瘍効果とT細胞の持続性の向上が期待された。この改良は、CAR-T細胞の固形腫瘍における有効性を高めるための重要なステップである。
多巣性再発GBMにおいては、局所投与のみでは遠隔病変への効果が不十分であるという課題が指摘されていた。そのため、脳脊髄液 (CSF) を介した広範な細胞分布を期待できる脳室内投与経路の探索は、頭蓋内固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法の投与経路を最適化する上で重要な戦略的問いであった。本研究は、この課題に対する新たなアプローチを評価するものである。
目的
本研究の目的は、4-1BB共刺激ドメインを含む改良型IL13Rα2 CAR-T細胞 (IL13BBζ) の頭蓋内投与の安全性と治療効果を評価するフェーズ1臨床試験 (ClinicalTrials.gov番号: NCT02208362) において、多巣性再発膠芽腫 (GBM) 患者1例が切除腔内投与から脳室内投与へ移行した際の臨床経過と治療転帰を詳細に報告することである。具体的には、局所投与と脳室内投与における治療効果の差異、脳脊髄液 (CSF) 中の免疫プロファイルの変化、およびCAR-T細胞の持続性を詳細に記述し、固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法の可能性と最適な投与経路に関する知見を得ることを目指した。本研究は、固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法の有効性を示す重要な概念実証データを提供することを意図している。
結果
切除腔内投与における局所制御と遠隔病変の進行: 切除腔内投与期間 (サイクル1-6、day56-98) において、投与部位である右側頭後頭部の腫瘍 (腫瘍1) は手術後45日以上にわたり無増悪で安定した (Figure 1B)。しかし、一方で左側頭葉の非切除腫瘍 (腫瘍4および5) および切除部位周辺に出現した新病変 (腫瘍6および7) は進行した。さらに、脊髄に複数の転移病変が新たに確認され、その中には最大径18mmの腫瘍も含まれており、患者は下肢のしびれを呈した (Figure 2C)。これらの結果は、切除腔内局所投与が脳脊髄液 (CSF) を介した遠隔病変へのCAR-T細胞の十分な配送を達成できないことを示唆し、その後の脳室内投与への移行決定の根拠となった。この段階では、局所的な効果は認められたものの、多巣性病変全体を制御するには不十分であることが明らかになった。
脳室内投与移行後の完全奏効と長期的な反応: 脳室内投与移行後 (サイクル7以降) の治療により、劇的な臨床反応が観察された。最初の3回脳室内投与後 (day133) に、全ての頭蓋内および脊髄腫瘍の著明な縮小が認められた。さらに、5回目の脳室内投与後 (day190) には、腫瘍4から8が77%から100%減少した (Table S3)。統合治療フェーズ (サイクル12-16) では、全ての病変がMRIで測定不能となり、PETでも無信号となった (Figure 2B-E)。特に注目すべきは、脊髄の転移病変 (腫瘍8) が完全に消失したことである。これにより、患者はRANO基準で完全奏効 (CR) と判定された。全身ステロイド (デキサメタゾン) も徐々に離脱可能となり、患者は日常生活および就労を再開した。この劇的な奏効は、CAR-T細胞療法開始後7.5ヶ月間持続した。しかし、CAR-T細胞の最初の投与から228日後 (サイクル16後) に、初期の腫瘍1-7および脊髄腫瘍とは異なる、非隣接の4か所の新規遠隔病変が出現した。予備解析では、これらの新規病変においてIL13Rα2の発現低下 (抗原逃避) が示唆された (Figure S8)。
脳室内投与後のCSF内免疫活性化と全身毒性の不在: 各脳室内投与 (サイクル7-11) の直後 (day1または2) に、脳脊髄液 (CSF) 中の総免疫細胞数が前投与値 (day0) と比較して平均7.0±3.6倍増加した (p=0.009) (Figure 3A)。フローサイトメトリー解析 (サイクル9 day2) では、CSF中にCAR+T細胞、非改変CD3+T細胞、CD14+CD11b+HLA-DR+成熟骨髄系細胞、CD19+B細胞、および少数のCD11b+CD15+顆粒球が確認された。CAR+T細胞はサイクル8の7日後 (サイクル9 day0) にもCD3細胞の9.4%として残存しており、7日間以上の持続性が示された (Figure 3B)。CSFサイトカインの解析では、IFNγ、TNFα、IL-2、IL-5、IL-6、IL-8、IL-10、CXCL9、CXCL10、CCR2、sIL-1Rαを含む11種類の炎症性サイトカインが、少なくとも1回の投与後にベースライン比で10倍以上に増加した (p<0.05) (Figure 3C)。これらの免疫学的変化はCSFに限局しており、末梢血中にはCAR+T細胞やサイトカインの上昇は検出されず、全身性サイトカイン放出症候群は発生しなかった。治療に関連するGrade 3以上の有害事象は認められなかった。頭痛、全身倦怠感、筋肉痛、嗅覚前兆などのGrade 1-2の事象が投与後72時間以内に観察されたが、これらは自然に軽快した。
考察/結論
本症例報告は、CAR-T細胞療法が血液悪性腫瘍に留まらず、多巣性固形腫瘍に対しても顕著な抗腫瘍活性を発揮しうるという概念実証 (proof-of-concept) を提供する歴史的な報告である。本研究の結果は、脳室内投与が脳脊髄液 (CSF) を介した多発病変へのCAR-T細胞の効果的な配送を可能にするという新規の知見を提示し、頭蓋内固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法の投与経路の最適化において重要な原則を示唆する。
先行研究との違い: これまでの固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法の報告では、全身投与における腫瘍へのホーミングや浸潤、免疫抑制的な微小環境が大きな課題であった。本研究は、切除腔内投与が局所制御には有効であったが遠隔病変には不十分であったのに対し、脳室内投与が全ての頭蓋内および脊髄腫瘍の退縮を誘導した点で、従来の局所投与アプローチとは対照的な結果を示した。この違いは、脳脊髄液を介したCAR-T細胞の広範な分布が、多巣性病変に対する効果的な治療戦略となりうることを示唆する。
新規性: 本研究で初めて、IL13Rα2標的CAR-T細胞の脳室内投与が、再発多巣性膠芽腫患者において全身性毒性を伴わずに完全奏効を達成し、7.5ヶ月間持続したことを示した。特に、脊髄転移を含む遠隔病変の完全な消失はこれまで報告されていない画期的な知見である。また、脳室内投与後のCSFにおける内因性免疫細胞 (骨髄系細胞、B細胞など) とIFNγ誘導性ケモカイン (CXCL9、CXCL10) の急増は、CAR-T細胞が直接標的としない腫瘍細胞に対する内因性免疫応答の活性化 (epitope spreading) が完全奏効に寄与した可能性を示唆する新規のメカニズムである。
臨床応用: 本知見は、難治性の多巣性膠芽腫に対する新たな治療選択肢として、CAR-T細胞の脳室内投与が臨床応用される可能性を示唆する。全身性サイトカイン放出症候群や神経毒性といった重篤な有害事象が認められなかったことは、このアプローチの安全性が高く、臨床現場での導入を促進する重要な臨床的意義を持つ。デキサメタゾンの離脱や患者の日常生活復帰は、CAR-T細胞療法がQOLを大幅に改善しうることを示しており、bench-to-bedside研究の成功例といえる。
残された課題: 今後の検討課題として、CAR-T細胞の蓄積と増殖が腫瘍負荷の低下とともに減少した理由の解明が挙げられる。これは抗原ドライブの消退またはCAR-T細胞に対する免疫拒絶の可能性を示唆する。Tcmを使用した製造プラットフォームと4-1BB含有CAR設計は、前臨床モデルにおいて抗腫瘍効果と持続性の改善を示すデータに基づいており、この設計意図に対し、実際のCSF内での限定的な増殖は残された課題である。リンパ球枯渇化学療法なしに奏効が得られたことは、局所投与ではリンパ球枯渇なしでも効果を発揮できる可能性を示すが、全身投与設定との比較での相対的効果を評価する必要がある。最終的な腫瘍再発はIL13Rα2発現低下による抗原逃避と関連しており、複数標的CAR設計や併用アプローチの開発が次の課題として示唆される。本研究は1例の報告であり、その一般化には複数患者での確認が必須であるというlimitationがある。
結論: 再発多巣性膠芽腫患者1例において、IL13BBζ CAR-T細胞の脳室内投与は、全ての頭蓋内および脊髄腫瘍の退縮 (RANO基準完全奏効) を達成し、Grade 3以上の全身性毒性なしに7.5ヶ月間の奏効持続が得られた。切除腔内投与は局所制御に有効であったが遠隔病変への効果は不十分であり、脳室内投与への移行によりCSFを介した多発腫瘍への効果的な細胞配送が実現した。CSF内の免疫活性化 (CAR+T細胞、内在性免疫細胞、炎症性サイトカインの増加) は内因性免疫応答の動員を示唆する。本症例は固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法の治療ポテンシャルを示す重要なエビデンスであり、脳室内投与経路の拡大探索を正当化する科学的根拠を提供する。
方法
患者:本研究の対象は、50歳男性の再発多巣性膠芽腫患者1例である。原発腫瘍は右側頭葉に位置し、MGMTプロモーターは非メチル化、IDH1 R132Hは非変異であった。IL13Rα2のHスコアは100であり、30%の細胞で染色なし、30%で弱陽性、20%で中等度陽性、10%で強陽性であった。患者は標準治療(腫瘍切除、放射線療法、テモゾロミド)後に6ヶ月で多巣性再発を来し、両側大脳半球に及ぶ多発性軟膜病変および脊髄転移を伴う進行性の病態を呈した。本研究は、再発悪性グリオーマを対象としたフェーズ1用量漸増安全性試験の一部として実施された (ClinicalTrials.gov番号: NCT02208362)。
CAR-T細胞製造:患者の末梢血から分離したセントラルメモリーT細胞 (Tcm) を、レンチウイルスを用いてinterleukin-13 (E13Y変異) リガンドベースのIL13BBζ CARで形質導入した。このCARは4-1BB共刺激ドメインを含み、切断型CD19 (CD19t) を形質導入のマーカーとして使用した。合計16回分の投与に必要なCAR-T細胞を2回の製造バッチで確保した。バッチ1はサイクル1から11に、バッチ2はサイクル12から16に使用された。両バッチともCD4+T細胞が主体であり (74%および90%)、CD19t発現陽性率はそれぞれ64%および81%であった。
投与スケジュール:CAR-T細胞は2つの異なる頭蓋内経路で順次投与された。
- 切除腔内投与 (サイクル1-6):右側頭後頭部の腫瘍切除腔にRickhamカテーテルを留置し、週1回のIL13BBζ CAR-T細胞を投与した。初回投与量は2×10^6 CAR+細胞、以降5回は10×10^6 CAR+細胞であった。
- 脳室内投与 (サイクル7-16):右側脳室にRickhamカテーテルを留置し、1〜3週間間隔で10回の追加投与を行った。最大用量は10×10^6 CAR+細胞であった。第5サイクルと第6サイクルの間にCAR-T細胞の製造のため6週間の休薬期間が設けられた。患者の登録後298日目までの臨床転帰が報告された。
評価項目:腫瘍評価はMRIおよびFDG-PET (¹⁸F-fluorodeoxyglucose positron-emission tomography) により実施され、RANO (Response Assessment in Neuro-Oncology) 基準に基づいて評価された。脳脊髄液 (CSF) 中の免疫細胞はフローサイトメトリーにより解析され、B細胞、T細胞、CAR+T細胞、骨髄系細胞、顆粒球の存在が確認された。CSF中のサイトカインは30項目について多重アッセイにより測定された。有害事象はCommon Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE) に基づくGrade分類で評価された。統計解析には比率ペアードt検定が用いられ、各サイクルの投与前 (day 0) と投与後 (day 1またはday 2) の値を比較した。