- 著者: Ya-Ting Chang, Christina K. Chan, Inger Eriksson, Pamela Y. Johnson, Xiaofang Cao, Christian Westöö, Christian Norvik, Annika Andersson-Sjöland, Gunilla Westergren-Thorsson, Staffan Johansson, Ulf Hedin, Lena Kjellén, Thomas N. Wight, Karin Tran-Lundmark
- Corresponding author: Karin Tran-Lundmark (Department of Experimental Medical Science, Lund University, Sweden)
- 雑誌: Pulmonary circulation
- 発行年: 2016
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 27683612
背景
肺動脈性肺高血圧症 (PAH) は、安静時平均肺動脈圧が25 mmHg以上と定義される進行性の致死的な疾患である。この疾患は、肺動脈の血管リモデリングを特徴とし、内皮機能不全、新生内膜形成、中膜肥厚、そして叢状病変の形成を伴う。特に叢状病変では、CD31+/c-kit+内皮前駆細胞や線維芽細胞など多様な細胞が肺動脈を閉塞させることが知られている (Jonigk et al. 2011; Yeager et al. 2011)。血管平滑筋細胞 (SMC) の肥大、増殖、遊走、およびアポトーシス抵抗性は、PAHの病態において中心的な役割を果たすと考えられている (Tajsic and Morrell 2011)。
ベルシカン (VCAN) は、SMCによって産生される大型のコンドロイチン硫酸プロテオグリカンであり、N末端G1ドメイン (ヒアルロン酸結合領域)、αGAGドメイン、βGAGドメイン、およびC末端G3ドメインから構成される (Zimmermann and Ruoslahti 1989)。オルタナティブスプライシングにより、少なくとも4種類のアイソフォーム (V0: αGAGとβGAGの両方を含む、V1: βGAGのみ、V2: αGAGのみ、V3: 両方なし) が生成される (Ito et al. 1995; Wight 2002)。ベルシカンは、動脈硬化や再狭窄などの全身性血管疾患において、SMCの増殖促進、水分保持、成長因子との相互作用を介して血管壁肥厚に関与することが報告されている (Wight and Merrilees 2004)。また、ベルシカンは炎症応答の調節にも重要な役割を果たすことが示唆されている (Wight et al. MatrixBiol 2014)。例えば、肺がんにおいては、ベルシカンがマクロファージを活性化し、転移を促進することが報告されている (Kim et al. Nature 2009)。さらに、高レベルのヒアルロナンがPAH患者の血漿および肺動脈平滑筋細胞 (hPASMC) で見出されており、ベルシカンG1ドメインと結合することが知られている (Aytekin et al. 2008)。しかし、PAHにおける肺血管へのベルシカン蓄積の有無、その調節機序、および病態生理学的役割については、これまで十分に検討されておらず、知識のギャップが残されている。特に、肺循環は全身循環と比較して低抵抗・低酸素環境であるため、全身動脈の研究から得られた知見がPAHの病態にそのまま適用できるかは未解明であった。本研究は、この知識の不足を補完し、PAHにおけるベルシカンの役割を明らかにすることを目指した。
目的
本研究の目的は、肺動脈性肺高血圧症 (PAH) 患者 (特発性PAH、強皮症性PAH、先天性心疾患性PAH) の肺血管病変におけるベルシカン (VCAN) の発現および蓄積パターンを組織学的および生化学的に詳細に解析することである。さらに、in vitro実験系を用いて、ヒト肺動脈平滑筋細胞 (hPASMC) におけるベルシカン産生を調節する主要な因子として、PAHの病態生理学的環境で重要な低酸素と機械的伸展の影響を検討し、その分子メカニズムの一端を明らかにすることを目指した。これにより、PAHにおける血管リモデリングにおけるベルシカンの役割と、その治療標的としての可能性を評価する。
結果
PAH血管病変におけるベルシカンの著明かつ病因横断的な蓄積: 免疫組織化学的解析により、特発性PAH (IPAH)、強皮症性PAH、先天性心疾患性PAHのいずれの患者においても、新生内膜、中膜肥厚、および叢状病変のすべての領域で強いベルシカン染色 (DAB陽性) が観察された (Figure 1A, 1B)。健常対照 (n=7 subjects) の肺血管では、ベルシカンはほとんど検出されなかった。ウェスタンブロット解析では、IPAH患者4例 (n=4 patients) の肺組織ホモジネートにおいて、複数の高分子量ベルシカンバンドが確認され、対照群と比較してベルシカンレベルの増加が示された (Figure 2A, 2B)。G3ドメイン抗体 (mAb 2B1) およびβGAGドメイン抗体 (pAb 3054) の両方で同様の発現増加が観察され、コンドロイチナーゼABC前処置によりバンドパターンが変化したことから、コンドロイチン硫酸GAG鎖を含むアイソフォームの蓄積が示唆された。ベルシカンの蓄積は、炎症細胞浸潤の程度よりも血管病変の重症度 (新生内膜形成や叢状病変) とより強く相関する傾向が認められた。
ベルシカンのSMαアクチン陽性細胞周囲ECMへの局在と炎症細胞との解離: 二重免疫蛍光染色により、ベルシカンは主にSMαアクチン陽性平滑筋細胞を取り囲む細胞外基質 (ECM) に局在することが明らかになった (Figure 4A-4F)。これは新生内膜および叢状病変の両方で観察され、健常対照 (n=3 subjects) では同部位でのベルシカンはほとんど検出されなかった。この結果は、PAHにおけるベルシカン蓄積の主要な供給源が血管平滑筋細胞であることを強く示唆している。一方、CD45 (白血球共通抗原) との二重染色では、ベルシカン (DAB) とCD45 (Vector Red) の共局在は散発的であった (Figure 3D-3K)。血管周囲のCD45陽性細胞の著明な浸潤が見られる血管でも、ベルシカン染色はほとんど見られないことが多く (Figure 3A-3C)、新生内膜や叢状病変におけるベルシカン沈着の大部分はCD45陽性細胞とは共局在しなかった。このことは、ベルシカン蓄積が主に浸潤炎症細胞ではなく、血管平滑筋細胞によるECM産生亢進を反映していることを示唆する。
低酸素によるhPASMCでのベルシカンアイソフォーム特異的発現変化: ヒト肺動脈平滑筋細胞 (hPASMC、n=3 independent batches of cells) を1% O₂の低酸素条件下で24時間培養した結果、TaqMan qPCR解析により、ベルシカンV0 mRNA (Hs01007944) およびV1 mRNA (Hs01007937) レベルが有意に増加した (p<0.05) (Figure 8A)。具体的には、V0 mRNAは低酸素群で約2.5-foldの増加を示し、V1 mRNAも同様に約2.5-foldの増加を示した。対照的に、V2 mRNA (Hs01007943) は有意に減少した (p<0.05)。V3 mRNA (Hs01007941) には有意な変化は認められなかった。ウェスタンブロット解析でも、低酸素曝露後にベルシカンV0/V1タンパク質の増加が確認された (Figure 8B)。これらの結果は、低酸素がhPASMCにおけるベルシカン発現をアイソフォーム特異的に調節することを示しており、VCAN遺伝子プロモーター領域に存在するHIF-1α/HIF-2α依存的な低酸素応答要素 (5’-[AG]CGTG-3’) と整合する。これは、低酸素が転写活性化と選択的RNAスプライシング制御の両方を介してV0/V1アイソフォームの選択的増加を促進する可能性を示唆している。
機械的伸展 (10% biaxial) のhPASMCへの効果と代謝標識プロテオグリカン解析: hPASMC (n=3 independent experiments) に10%の二軸性周期的伸展を0.5 Hzで6時間負荷したところ、qPCRおよびウェスタンブロット解析では、ベルシカンmRNAおよびタンパク質レベルに有意な変化は認められなかった。対照として用いた同一ドナー由来の大動脈SMC (n=3 independent experiments) では、同条件の6時間伸展でV0/V1 mRNAおよびタンパク質が有意に増加した (p<0.05) (Figure 7A, 7B)。この結果は、hPASMCが大動脈SMCと比較して機械的伸展に対するベルシカン産生応答性が低いことを示唆している。12時間の伸展ではhPASMCがシリコンチャンバーから剥離し始め、長期的な影響の評価は困難であった。
[³⁵S]硫酸による代謝標識実験 (6時間インキュベーション) とその後のゲルろ過クロマトグラフィー解析により、hPASMCが産生するプロテオグリカンは主にコンドロイチナーゼABC感受性であり、コンドロイチン硫酸およびデルマタン硫酸を主体とすることが示された (Figure 5A)。ヘパラン硫酸は細胞層サンプルにごく少量のみ存在した。Sepharose CL-2Bクロマトグラフィーでは、hPASMCが産生するプロテオグリカンは、同一ドナー由来の大動脈SMCと比較して、より小さな流体力学的サイズを持つことが示され (Figure 5B)、両細胞種間でプロテオグリカン組成が異なる可能性が示唆された。伸展後のプロテオグリカン解析では、小型プロテオグリカンピークが消失する傾向が認められた (Figure 6A, 6B)。
考察/結論
本研究は、肺動脈性肺高血圧症 (PAH) 患者の肺血管病変において、病因を問わずベルシカン (VCAN) が著明に蓄積することを初めて組織学的および生化学的に実証した。さらに、in vitroにおいて1% O₂の低酸素がヒト肺動脈平滑筋細胞 (hPASMC) におけるベルシカン (特にV0/V1アイソフォーム) の発現をHIF依存的に誘導することを示した。これらの新規な発見は、PAHの病態においてVCAN遺伝子の低酸素制御がSMCのECM産生亢進を通じて血管リモデリングに寄与するという、これまで報告されていないメカニズムを提唱するものである。
先行研究との違い: 全身動脈におけるベルシカンは、血管損傷後の再狭窄や動脈硬化でSMCの増殖を促進することが知られていたが、肺循環特有の低酸素環境下でのベルシカン発現調節、特にアイソフォーム特異的な変化についてはこれまで詳細に検討されていなかった。本研究は、hPASMCが全身動脈SMCと異なり、機械的伸展に対してベルシカン産生を即座に増加させないことを示し、肺循環SMCのユニークな応答性を示唆する点で、これまでの知見と対照的である。
新規性: 本研究で初めて、PAH患者の肺血管病変におけるベルシカン蓄積が、病因 (特発性、強皮症性、先天性心疾患性) に依存せず普遍的に観察されることを明らかにした。また、低酸素がhPASMCにおいてベルシカンV0およびV1アイソフォームのmRNAおよびタンパク質レベルを特異的に増加させ、V2アイソフォームを減少させるというアイソフォーム選択的な発現調節を誘導することを新規に同定した。この低酸素応答は、HIF経路を介した転写活性化と選択的スプライシング制御の両方に関与する可能性を示唆する。
臨床応用: 本知見は、PAHにおける血管リモデリングの新たな病態メカニズムを提示し、ベルシカンがPAHの診断バイオマーカーまたは治療標的となる可能性を示唆する点で臨床的意義を持つ。特に、低酸素がベルシカン蓄積の主要な調節因子であるという発見は、低酸素環境の是正やHIF経路の阻害が、ベルシカンを介した血管リモデリングを抑制し、PAHの進行を遅らせるための新たな治療戦略に繋がる可能性を秘めている。de Jesus Perez et al. (2014) がIPAH患者においてVCAN遺伝子の点変異を上位3位の変異遺伝子として同定していることは、ベルシカン機能不全がPAHの素因となりうるという本研究の知見を裏付け、臨床応用への期待を高める。
残された課題: 今後の検討課題として、異なる病期におけるベルシカン蓄積の時間経過、V0/V1とV2アイソフォームの機能分担、HIFによるベルシカン遺伝子の選択的スプライシング制御の分子メカニズムの詳細な解明が残されている。また、コンドロイチナーゼやHIF阻害剤を用いたベルシカン合成阻害が、in vivoのPAH動物モデルにおいて血管リモデリングを抑制し、疾患進行を改善するかどうかの治療応用可能性の検討も必要である。さらに、PAH患者由来のhPASMCが健常ドナー由来のhPASMCとどのように異なる応答を示すかについても、さらなる研究が求められる。
方法
本研究では、PAH患者 (特発性PAH 15名、強皮症関連PAH 3名、先天性心疾患性PAH 4名) および健常対照 (未使用ドナー肺 15名) のパラフィン包埋肺切片および凍結肺組織が使用された。これらの検体は、スコーネ大学病院の倫理委員会 (承認番号: 534/2005および248/2010) の承認のもと、完全に匿名化された状態で提供された。
免疫組織化学的解析では、脱パラフィン化および再水和後、内因性ペルオキシダーゼ活性を0.7%過酸化水素でクエンチし、コンドロイチナーゼABC (0.2 units/mL) で前処理を行った。その後、マウスモノクローナル抗ベルシカン抗体 (clone 2B1、G3ドメイン) を用いて4℃で一晩インキュベートし、DAB (3,3’-ジアミノベンジジン) で発色させ、ヘマトキシリンで対比染色した。ベルシカンと白血球共通抗原CD45との二重染色には、Leica Bond-Max自動免疫染色機を使用し、ベルシカンをDABで、CD45をVector Redで検出した。二重免疫蛍光染色では、ウサギモノクローナル抗ベルシカンG3ドメイン抗体 (ab177480) とFITC結合抗平滑筋α-アクチン抗体 (ab8211) を同時に適用し、ベルシカンとα-SMAの共局在を評価した。
ウェスタンブロット解析では、細胞または凍結肺組織からプロテオグリカンを抽出し、DEAE-Sephacelイオン交換クロマトグラフィーで精製した。精製されたプロテオグリカンは、コンドロイチナーゼABC消化後、4%〜12%勾配SDS-PAGEで電気泳動し、ニトロセルロース膜に転写した。ベルシカンは、βGAGドメインに対するヤギポリクローナル抗体 (AF 3054、1:2000または1:3000) およびC末端G3ドメインに対するマウスモノクローナル抗体 (2B1、1:3000) を用いて検出した。
in vitro実験には、Life Technologies社製のヒト肺動脈平滑筋細胞 (hPASMC) および大動脈平滑筋細胞 (AoSMC) を継代5〜9で使用した。低酸素処置は、hPASMCをInvivO2 300低酸素ワークステーション内で1% O₂、5% CO₂の条件下で24時間培養することにより行った。機械的伸展実験では、自家製シリコンチャンバーにフィブロネクチン (10 μg/cm²) をコートし、hPASMCに10%の二軸性周期的伸展を0.5 Hzで6〜12時間負荷した。代謝標識実験では、[³⁵S]硫酸 (50 μCi/mL) を用いて6時間標識し、DEAE-Sephacel精製後、Sephadex G50およびSepharose CL-2Bゲルろ過クロマトグラフィーでプロテオグリカンおよびGAG鎖のサイズ分布を解析した。
遺伝子発現解析には、RNeasy Mini Kit (Qiagen) を用いてRNAを抽出し、高容量RNA-to-cDNAキット (Applied Biosystems) でcDNAを合成した。リアルタイムPCRはApplied Biosystems 7900HTシステムを使用し、TaqMan遺伝子発現アッセイ (V0: Hs01007944、V1: Hs01007937、V2: Hs01007943、V3: Hs01007941) を用いてベルシカンアイソフォームのmRNAレベルを測定した。β2ミクログロブリン (Hs99999907_m1) を参照遺伝子とし、ΔΔCt法で相対的発現量を算出した。統計解析にはIBM SPSS statistics version 21ソフトウェアを使用し、Student t検定を用いて2群間の比較を行い、p<0.05を有意差ありとした。