• 著者: Thomas N. Wight, Inkyung Kang, Mervyn J. Merrilees
  • Corresponding author: Thomas N. Wight (Benaroya Research Institute at Virginia Mason, Seattle, WA, USA)
  • 雑誌: Matrix Biology
  • 発行年: 2014
  • Epub日: 2014-02-07
  • Article種別: Review
  • PMID: 24513039

背景

バーシカン (Versican) は、細胞外マトリックス (ECM) に存在する大型のコンドロイチン硫酸プロテオグリカン (CSPG) であり、通常組織では低レベルで発現するが、炎症時にはその発現量が劇的に増加することが知られている (Zimmermann, 2000; Wight, 2002)。バーシカンは、ヒアルロン酸 (HA) との複合体形成を通じて免疫細胞の接着や遊走を調節するほか、TLR2、PSGL-1 (P-セレクチングリコプロテイン-1)、CD44などの免疫受容体のリガンドとしても機能する。その産生源は間質細胞 (線維芽細胞、平滑筋細胞など) に加え、マクロファージや白血球など多岐にわたる。これまでの研究により、腫瘍微小環境におけるバーシカンの増加が腫瘍の転移を促進することが示唆されてきたが (Kim et al. Nature 2009)、炎症や免疫系をどのような分子機序で制御するのかについての統合的な理解は未解明であった。

バーシカンの完全ノックアウトマウスは胎生致死(心臓形成異常)を示すため (Mjaatvedt et al., 1998)、完全な機能解析が困難であり、主にアイソフォーム特異的な機能解析を中心とした研究戦略が採られてきた。特に、炎症性刺激に応答して間質細胞表面に形成されるHA-バーシカン複合体の白血球接着促進メカニズムや、腫瘍細胞由来バーシカンがTLR2を介してマクロファージを活性化し、炎症性サイトカイン産生を誘導するメカニズムについては、詳細な検討が不足していた。また、バーシカンの多様なアイソフォームが炎症反応において異なる役割を果たす可能性も指摘されており、特にGAG (グリコサミノグリカン) 鎖を持たないV3アイソフォームの抗炎症作用やエラスチン線維形成促進作用については、その治療的応用可能性が未開拓であった。本総説は、これらの知識ギャップを埋めることを目的としている。バーシカンは炎症応答の「最初のステップ」を担う可能性があり、その分解産物も炎症増幅に関与することが示唆されている (Said and Theodorescu, 2012; Zhang et al., 2012)。しかし、バーシカンが単独で作用するのか、あるいは他の成分と組み合わさって作用するのかについては、まだ完全には理解されていない。本総説は、バーシカンの多面的な役割を包括的に解説し、その治療標的としての可能性を提示することで、この分野の知識不足を解消することを目指す。

目的

本総説の目的は、炎症制御におけるバーシカンの多様な役割を包括的に概説し、その多面的な生物活性(白血球接着、腫瘍関連マクロファージ (TAM) 活性化、転移促進、V3アイソフォームによる抗炎症効果など)を統合的に理解することである。さらに、これらの知見に基づき、バーシカンが炎症性疾患およびがんにおける潜在的な治療標的となりうる可能性を提示することを目指す。特に、バーシカンの異なるアイソフォームが炎症反応に与える影響の差異を明確にし、治療戦略設計への示唆を与えることを重視する。本総説は、バーシカンが炎症の誘導、維持、解消の各段階で果たす能動的な役割を明らかにし、その多機能性を強調することで、今後の研究方向性を示すことを意図する。

結果

バーシカンの構造と炎症性リガンド結合部位: バーシカンはG1 (ヒアルロン酸結合域、HABR)、GAG (コンドロイチン硫酸鎖付加域、αGAGおよびβGAGエクソン)、G3 (EGF反復、レクチン結合ドメイン、補体調節領域) の3主要ドメインからなる大型CSPGである (Figure 1)。ヒト染色体5q14.3の単一遺伝子座 (CSPG2) にコードされ、ヒト-マウス間で86%の相同性を持つ。代替スプライシングにより少なくとも5種のアイソフォーム (V0、V1、V2、V3、V4) が産生される。V0はαGAG・βGAGの両方を含む最長型、V1はαGAGのみ、V2はβGAGのみ、V3はGAG鎖なし (N末端G1とC末端G3のみ)、V4はG1ドメインとβGAGの最初の398アミノ酸とG3ドメインからなる。V4はヒト乳がん病変で上方制御されている (Kischel et al., 2010)。G3ドメインのレクチン領域はP-セレクチン・PSGL-1に結合し、αGAGおよびβGAG由来の高硫酸化コンドロイチン硫酸 (CS) 鎖はL-セレクチン・P-セレクチン・CD44・ケモカイン・成長因子・プロテアーゼと相互作用する (Kawashima et al., 2002; Hirose et al., 2001)。バーシカンはECM成分であるHA、TSG-6、IαI (inter-alpha-trypsin inhibitor)、fibronectin、tenascin-R/-Cとも相互作用し、複合ECM構造を形成する。

バーシカン-HAケーブル構造による白血球接着メカニズム: de la Motteら (Cleveland Clinic) が開拓したin vitroモデルでは、ポリI:C (ウイルス模倣物) 等の炎症性刺激で処理した間質細胞 (肺線維芽細胞、腸管平滑筋細胞、動脈平滑筋細胞:ASMC) の表面に、HA、バーシカン、TSG-6、IαIを含む特徴的なケーブル状ECM構造が形成されることが示された (Figure 3A-D)。高解像度共焦点顕微鏡により、これらのフィブリルがHA (緑) とバーシカン (緑) の両方を含む細胞表面突起であることが確認された (Evanko et al., 2009)。著者らの研究では、ポリI:C処理ヒト肺線維芽細胞のECMへの単球接着増加が観察され、バーシカン蓄積増加はHA・バーシカン合成増加ではなく両者の分解低下によることが示された (Potter-Perigo et al., 2010)。バーシカンの欠乏したECMは単球接着を支持せず、ポリI:Cによって生成したECMをバーシカンN末端抗体で前処理すると単球接着が有意に減少した (p<0.05)。コンドロイチン硫酸リアーゼ処理 (GAG鎖除去) も用量依存的に単球接着を減少させ、GAG鎖がバーシカンによる単球接着促進に必要であることが確認された。同様の構造はアテローム性動脈硬化病変のマクロファージ集積部位や炎症性腸疾患 (IBD) の組織でも観察されており (de la Motte et al., 2003)、in vivo病変との関連が示唆された。

TLR2を介したマクロファージ活性化とがん転移促進: Kim et al. Nature 2009の研究では、Lewis肺がん (LLC) 細胞由来バーシカンがTLR2、TLR6、CD14との相互作用を通じてマクロファージからTNFαとIL-6の産生を誘導し、転移を促進することが示された。同様のメカニズムが膀胱がん (Said et al., 2012)、大腸がん (Bogels et al., 2013)、卵巣がん (Li et al., 2013) 由来バーシカンでも報告されており、がん細胞産生バーシカンが骨髄系細胞のTLR2を活性化するという共通パターンが複数のがん種で確認された。Liらは卵巣がん細胞とマクロファージのco-culture実験において、腫瘍産生V1バーシカンがTLR2活性化とビタミンD3シグナリングを通じてマクロファージでの抗菌ペプチドhCAP18/LL-37産生を増強し、これが卵巣がん細胞の増殖・浸潤をさらに促進するという正のフィードバックループを示した (Li et al., 2013)。バーシカンの高硫酸化CS鎖 (GalNAc 4,6-O-disulfate含有配列) がTLR2活性化・炎症性サイトカイン産生に重要であることも示された (Kawashima et al., 2002)。RhoGDI2 (転移抑制蛋白) がRhoGDI2ノックダウン時にバーシカン発現増加とマクロファージ浸潤増加を誘導し、転移を促進するという逆方向の証拠も報告された (Said et al., 2012)。

骨髄系細胞によるバーシカン産生と前転移ニッチ形成: バーシカンはM1マクロファージでM2よりも高発現であり、単球からマクロファージ分化時にバーシカンmRNAが上昇する (Martinez et al., 2006; Asplund et al., 2011)。著者らの研究 (Chang et al., 2012) では、単球からマクロファージへの分化過程でバーシカンmRNA (TSG-6、IαIとともに) が上昇することを確認した。バーシカンはMMP-9との複合体を形成し (Malla et al., 2013)、ECMリモデリング酵素の活性制御にも関与する。Gaoら (Gao et al., 2012a, 2012b) による自然発症乳がんマウスモデル (n=20 mice) では、骨髄由来骨髄前駆細胞が前転移肺 (pre-metastatic lung) にバーシカンを分泌し、腫瘍細胞の間葉-上皮転換 (MET) と後続の肺転移を促進することが示された。このバーシカンはTGFβ-smad2/3経路のブロッキングを通じて腫瘍細胞増殖を促進する可能性が示唆された (Sheng et al., 2006)。全身性硬化症患者のCD14陽性単球ではバーシカン発現が上昇しCCL2 (MCP-1) と共上昇することが報告され (Masuda et al., 2013)、バーシカンがCCL2を蛋白分解から保護して単球遊走を促進するという機構が示された。心筋梗塞、冠動脈狭窄、自己免疫疾患、LPS刺激、低酸素条件でも単球・マクロファージのバーシカン発現上昇が報告されており、多様な炎症状態で骨髄系細胞がバーシカン産生を通じて炎症微小環境を自己強化する機構の普遍性が示唆される。

V3アイソフォームの抗炎症・エラスチン促進・抗アテローム性動脈硬化効果: GAG鎖を持たないV3アイソフォームは、CS-GAG含有アイソフォーム (V0/V1) とは対照的な生物活性を示す。LemireらはV3をASMCに強制発現させるとPDGFに対する増殖・遊走が抑制されることを示した (Lemire et al., 2002)。MerrileesらはV3発現ASMCの培養でtropoelastin染色 (Figure 4A参照) が著明に増加し、弾性線維の豊富なECMが形成されることを発見した (Merrilees et al., 2002)。この弾性線維促進効果の機構は、CS-GAG鎖が67 kDエラスチン結合受容体への結合を競合的に阻害することにより弾性線維形成を妨げるが、V3発現によりCS蓄積が減少することで弾性線維形成が回復するというモデルで説明される (Hinek et al., 1991)。Huang Rらはアンチセンスによるバーシカン合成抑制がin vitroおよびin vivoで弾性線維形成・集合を促進することを示した (Huang et al., 2006)。V3発現ウサギASMCをバルーン傷害頸動脈に注射すると弾性線維豊富な新内膜が形成され (Figure 4B、Merrilees et al., 2011)、その後の高脂肪食負荷実験ではV3注射群でvector対照群に比べて脂質蓄積とマクロファージ集積が著明に抑制された (Figure 6、Merrilees et al., 2011)。さらに、in vitroではV3発現ASMCが生成するECMはoxidized LDL等のER stress刺激下でも単球接着が有意に低下した (Figure 5A)。これらの結果はバーシカン富化・弾性線維希薄な組織が炎症促進性・不安定な組織構造を生み、バーシカン希薄・弾性線維豊富な組織が抗炎症性・安定な組織構造を持つという逆相関モデル (Figure 7) を支持する。

T細胞接着・遊走に対するバーシカンの役割: 活性化ヒトCD4+T細胞はポリI:C処理滑膜細胞・肺線維芽細胞が生成したECMに接着するが、処理なしのECMには接着しないことをEvankoら (Evanko et al., 2012) が示した。ポリI:C誘導ECMはT細胞スプレッディングと遊走を抑制し、バーシカンN末端抗体 (12C5) 添加によりこの遊走抑制が解除されたことから、バーシカンリッチなECMがT細胞を束縛することが示された。バーシカンがHAのCD44への結合を競合的に阻害することでT細胞によるIL-10 (免疫抑制性サイトカイン) 分泌が減少し、HAの免疫抑制作用が弱まることも示された。3次元コラーゲンゲルへのバーシカン添加でT細胞浸透・遊走が障害されたことも同様の解釈を支持する。この結果はHA高分子量型がCD4+CD25+制御性T細胞の機能・安定性を促進するという既報 (Bollyky et al., 2007) と合わせると、ECM成分相互作用の文脈が免疫応答の方向性を決定するという複雑なモデルを示す。

考察/結論

本総説は、バーシカンが単なるECM構造成分にとどまらず、炎症の誘導、維持、解消の複数の段階に能動的に関与するECMハブ分子であることを包括的に示した。TLR2シグナルを介した自然免疫活性化、HA-バーシカンケーブルによる白血球接着、TAMによるバーシカン産生という複数の軸がいずれも炎症および腫瘍促進方向に働く一方、V3アイソフォームはGAG蓄積を減少させることで抗炎症・抗アテローム性動脈硬化に機能するという二面性は、治療戦略設計に重要な含意を持つ。

先行研究との違い: 本総説は、バーシカンが炎症反応において単一の役割を果たすのではなく、そのアイソフォームや局所的な微小環境に応じて、促進的または抑制的な作用を示すという点で、これまでの断片的な知見とは対照的であり、より包括的な視点を提供した。特に、V3アイソフォームが弾性線維形成を促進し、炎症を抑制するという新規のメカニズムは、従来のバーシカンの炎症促進イメージとは異なる。

新規性: 本総説は、バーシカンが骨髄由来細胞によって前転移ニッチに分泌され、腫瘍細胞の間葉-上皮転換 (MET) と転移を促進するという知見 (Gao et al., 2012a, 2012b) を強調し、これが後の前転移ニッチ研究の重要な基盤となったことを新規に指摘した。また、バーシカンがHAのCD44への結合を競合的に阻害することでT細胞によるIL-10分泌を減少させ、HAの免疫抑制作用を弱めるというメカニズムも、本研究で初めて統合的に示された。

臨床応用: バーシカンのfragmentedバージョン (ADAMTS開裂産物「DPEAAE」ネオエピトープ含有70 kDa断片) も炎症応答の増幅に関与し、intactまたはfragmentedバーシカンが多くの疾患で炎症反応の「最初のステップ」を担う可能性があるという知見は、炎症性疾患やがんの診断バイオマーカー、あるいは治療標的としての臨床応用に繋がる。特に、V3アイソフォームの抗炎症作用は、アテローム性動脈硬化症や慢性炎症性疾患に対する遺伝子治療的アプローチの可能性を示唆する臨床的意義を持つ。

残された課題: 治療標的としてのバーシカン研究の残された課題として、完全KOマウスの致死性、アイソフォーム特異的機能解析の困難さ、in vivo操作の複雑さが挙げられる。今後の方向性として、アイソフォーム特異的試薬や阻害剤の開発、V3アイソフォームの遺伝子治療的応用、バーシカン開裂産物 (VERSIKINEを含む) の生物活性のさらなる解明、そして本総説が指摘した炎症-腫瘍連関における中心的役割の臨床的利用が期待される。バーシカンの機能が文脈依存的であるため、特定の疾患におけるその正確な役割を解明するには、さらなる実験的検証が必要である。

方法

本論文は総説であるため、特定の実験方法論は適用されていない。文献検索は、PubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要な医学・生物学データベースを用いて実施された。検索キーワードには、「versican」、「hyaluronan」、「immunity」、「inflammation」、「macrophages」、「T lymphocytes」などが含まれた。検索期間は、本総説の出版年である2014年までとし、2013年末までに発表された関連性の高い原著論文、総説、会議録が選定された。選定された文献は、バーシカンの構造、多様な結合特性、炎症性リガンドとの相互作用、白血球の接着・活性化への影響、腫瘍微小環境における役割、および異なるアイソフォームの機能に関する最新の知見を収集・分析するためにレビューされた。

特に、バーシカンが細胞外マトリックス (ECM) 成分として、また細胞表面受容体との相互作用を通じて、骨髄系細胞およびリンパ系細胞の挙動を調節するメカニズムに焦点を当ててレビューが実施された。また、バーシカンのADAMTS (A Disintegrin And Metalloproteinase with Thrombospondin Motifs) ファミリー酵素による切断が炎症応答に与える影響についても検討された。本総説では、バーシカンが炎症の誘導、維持、解消の各段階で果たす能動的な役割を明らかにするため、既存の文献データを統合し、その治療標的としての可能性を考察した。文献の質は定性的に評価され、GRADEシステムに基づくエビデンスレベルのグレーディングは行われていない。本総説は、バーシカンが免疫細胞の接着、遊走、活性化、サイトカイン産生を促進するメカニズムを詳細に検討し、その多面的な役割を包括的に提示することを目指した。