• 著者: Sunhwa Kim, Hiroyuki Takahashi, Wan-Wan Lin, Pascal Descargues, Sergei Grivennikov, Youngjun Kim, Jun-Li Luo, Michael Karin
  • Corresponding author: Michael Karin (UC San Diego, La Jolla, CA, USA)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2009
  • Epub日: 2009-01-12
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 19122641

背景

転移は多くの固形がんにおける主要な死因であり、その発生には腫瘍細胞内在の遺伝的変化と腫瘍外の宿主炎症微小環境の双方が関与する。腫瘍の進行と転移は、骨髄由来骨髄系細胞(マクロファージ、単球、CD11b+Gr1+骨髄系抑制細胞)を含む炎症細胞の浸潤と正の相関を示すことが報告されている (Pollard et al. Nature Rev. Cancer 2004)。先行研究では、特定の癌細胞がフィブロネクチンを上方制御する因子を分泌し、VEGFR1陽性造血幹細胞を将来の転移部位(転移前ニッチ)に動員することが示されていた (Kaplan et al. Nature 2005)。しかし、腫瘍分泌因子がこれらの骨髄系細胞をどのような分子経路で活性化し、転移を促進する腫瘍促進性サイトカインを産生させるのかは未解明であった。

Toll様受容体 (TLR) は自然免疫の根幹をなすパターン認識受容体であり、病原体成分だけでなく内因性リガンド (DAMP: danger-associated molecular pattern) も認識することが知られている (Akira et al. Cell 2006)。しかし、腫瘍由来因子によるTLR活性化が転移にどのように寄与するかは十分に検討されていなかった。バーシカン (versican) はコンドロイチン硫酸プロテオグリカンであり、非小細胞肺癌 (NSCLC) 等の多くのヒト腫瘍間質および癌細胞に高発現し、正常肺では低発現であることが報告されていた (Isogai et al. Cancer Res. 1996; Pirinen et al. Hum. Pathol. 2005)。バーシカンやその断片は腫瘍細胞の遊走、増殖、血管新生を促進することが示唆されていたが (Zheng et al. FASEB J. 2004)、その免疫活性化および転移促進機能の具体的な分子メカニズムは本研究まで未解明であり、この領域には重要な知識ギャップが残されていた。特に、腫瘍由来のDAMPがTLRを介して骨髄系細胞を活性化し、転移を促進する具体的な分子経路を特定することは、新規抗転移療法の開発において不足していた情報であった。本研究は、この未解明なメカニズムを解明し、転移における腫瘍と宿主免疫系の相互作用の理解を深めることを目指した。

目的

本研究の目的は、転移性癌細胞が分泌する因子がどのような受容体経路を介してマクロファージ(骨髄系細胞)を活性化し、腫瘍促進性サイトカインであるTNFαを産生させ、転移を促進するのかを同定することである。また、その腫瘍由来TLRリガンドの実体を生化学的に解明し、特にバーシカン-TLR2-TNFα軸が転移促進において果たす役割を機能的に検証することを目指した。最終的には、この軸を新たな治療標的として評価することを目的とした。具体的には、Lewis肺癌 (LLC) 細胞が分泌する因子が骨髄由来マクロファージ (BMDM) を活性化し、IL-6およびTNFαを産生するメカニズムをTLR経路の観点から解析し、関与するTLRサブタイプと共受容体を特定する。さらに、同定されたTLRリガンドを生化学的に精製・同定し、その機能的役割を遺伝子操作およびリコンビナントタンパク質を用いて検証する。これにより、転移における炎症性微小環境形成の分子基盤を確立し、新規抗転移療法の開発に貢献することを目指す。

結果

LLC馴化培地がTLR2:TLR6:CD14複合体依存的にマクロファージを活性化: LLC高密度培養馴化培地 (LCM) は、マウス骨髄由来マクロファージ (BMDM) においてIL-6とTNFαの産生を誘導した (n=3 replicates、平均±SD)。TLR1、TLR3、TLR4、TLR9欠損マウスおよびTRIF変異マウスのBMDMではIL-6産生に影響がなかったが、Tlr2-/-マウス細胞ではIL-6産生が完全に消失し (WT値の約0%)、Myd88-/-マウス細胞でも同様に消失した。これはLCM活性がTLR2とMyd88に依存することを示す。さらに、LCM誘導IL-6産生はTLR6変異マウス細胞とCD14変異マウス細胞でも消失したことから、共受容体としてTLR6とCD14が同定された。対照として、TLR2:TLR1リガンドであるPam3CSK4はTLR2とTLR1に依存してIL-6を産生し、TLR6やCD14には依存しなかったため、LCM活性が細菌性リポタンパク質による偽陽性でないことが確認された (抗マイコプラズマ処理後も活性変化なし)。TLR2はLCM誘導のMAPKおよびIKKのリン酸化とIκBα分解にも必要であることがウエスタンブロットで確認された (Fig. 2b)。肺胞マクロファージはBMDMより約10倍高いTNFα産生能を示し、同様にTLR2依存性であった (Supplementary Fig. 2b)。

TNFαが転移に必須でIL-6は不要: 尾静脈注射LLC転移モデル (1×10^6個のLLC cells接種) において、Tnfα-/-マウスはWTマウスと比較して有意に転移が減少し、生存期間が延長した (p < 0.001、ログランク検定; n=22 WT mice、n=15 Tnfα-/- mice) (Fig. 1c)。より少ない接種量 (2×10^5個のLLC cells) での47日目の肺転移多発性 (multiplicity) もWT対Tnfα-/-で著明な差があった (n=11 mice、p < 0.001、Student’s t検定) (Fig. 1d)。一方、Il6-/-マウスでは1×10^6個のLLC細胞接種での生存差が小さく (Supplementary Fig. 1b)、IL-6ではなくTNFαが主要な転移促進メディエーターであることが確認された。

Tlr2欠損マウスでの転移抑制と骨髄由来免疫細胞依存性: Tlr2-/-マウスへの2×10^5個のDsRed標識LLC細胞尾静脈注射では、WTマウスと比較して肺転移微小結節の形成が著明に抑制された。蛍光顕微鏡観察では、DsRed-LLC細胞とCD11b+・CD11c+骨髄細胞の集簇がWTマウスにのみ観察された (Fig. 3a)。Tlr2-/-マウスは有意に長い生存期間を示し (p < 0.02、n=8 WT mice、n=10 Tlr2-/- mice)、20日時点の肺腫瘍多発性もTlr2-/-マウスで著明に低下した (平均±SEM、n=8 mice、p < 0.001) (Fig. 3b, c)。皮下移植モデルでも原発腫瘍のサイズに差はなかったが、肺、肝臓、副腎への転移がTlr2-/-マウスで有意に少なかった (n=9 WT mice、n=6 Tlr2-/- mice、p < 0.05) (Fig. 3d)。骨髄移植キメラ実験では、Tlr2-/-骨髄を移植したWT宿主マウス (WT/Tlr2-/-キメラ) は、WT骨髄移植WT宿主 (WT/WT) より有意に生存期間が長かった (p < 0.04、n=6 mice)。一方、WTからTlr2-/-への移植では差がなく、TLR2の転移促進効果が骨髄由来細胞特異的であることが確認された。LCMの腹腔内注射実験では、WT/WTキメラへのLCM追加注射がSFM対照比で肺および肝臓の腫瘍負荷を有意に増大させたが (p < 0.05、n=8 mice)、WT/Tlr2-/-キメラでは増大が消失し、LCMの転移促進がTLR2依存性であることが直接示された (Fig. 3f)。

バーシカンのTLR2リガンドとしての同定と機能検証: LCMをMono-QとSuperdex 200カラムで生化学的に精製し、IL-6誘導活性を持つ高分子量 (>400 kDa) 画分を特定した (Supplementary Fig. 6)。この画分を脱グリコシル化後に質量分析すると、バーシカンV1、ラミニンβ1、トロンボスポンジン2、プロコラーゲンIIIα1のペプチドが同定された (Fig. 4a)。中和抗体実験で、バーシカン、ラミニンβ1、プロコラーゲンIIIα1に対する抗体がIL-6およびTNFα産生を抑制したが、トロンボスポンジン2抗体は無効であった (Supplementary Fig. 7)。shRNA安定発現実験 (約90%ノックダウン効率):バーシカンV1 shRNA LLC (Vers shRNA) は対照shRNA LLCと比較して、20日時点の肺腫瘍多発性が約4分の1に減少し (n=8 mice、p < 0.001)、生存期間が有意に延長した (p < 0.05、n=9 mice) (Fig. 4c)。皮下移植モデルでも肺、肝臓への転移多発性と副腎転移頻度が有意に減少した (n=8/5 mice、p < 0.05) (Fig. 4d)。低転移性P29-LLC細胞はバーシカン発現が低く、ヒトバーシカンV1を異所性発現させると尾静脈注射後27日目の肺転移結節数が増加した (n=7 mice、p < 0.05) (Fig. 4e)。リコンビナントHis-タグ付きヒトバーシカンV1をWT-BMDMに添加するとIL-6およびTNFα産生が誘導されたが (n=3 replicates)、Tlr2-/-BMDMでは誘導されなかった (Fig. 4f)。Raw264.7マクロファージのLCM刺激後のライセートをバーシカン特異的抗体で免疫沈降すると、TLR2とCD14が共沈降したが、TLR4は沈降せず、バーシカン-TLR2-CD14の直接のタンパク質間相互作用が確認された (Fig. 4g)。

Tlr2-/-マウスでの肺炎症抑制: LLC 2×10^5個尾静脈注射後5日目からWTマウスの肺でTNFα、IL-1β、IL-6、炎症性ケモカインmRNAが誘導され9日目にピークに達したが、Tlr2-/-マウスでは全mRNAの誘導が消失した (Fig. 2d)。皮下移植モデルでもWTマウスに比較してTlr2-/-マウスで肺マクロファージ浸潤と炎症性サイトカイン遺伝子発現が著明に抑制された (Supplementary Fig. 4a-c)。さらに、WTマウスの肺転移巣にはCD11b+Gr1+炎症性単球/骨髄系抑制細胞とIL-10高/F4/80+M2マクロファージが多く含まれていたが、Tlr2-/-マウスではこれらが少数であり、バーシカン-TLR2シグナルが腫瘍支持性の炎症性微小環境形成に必要であることが示された (Supplementary Fig. 5)。

考察/結論

本研究は、腫瘍分泌性の細胞外マトリックス (ECM) 成分であるバーシカンが、TLR2:TLR6:CD14複合体を介して骨髄系細胞を活性化し、TNFα産生を誘導することで転移前ニッチを形成するという新規の転移メカニズムを同定した。バーシカンはこれまでECMの構造成分として捉えられてきたが、本研究ではDAMP (danger-associated molecular pattern) 様の免疫活性化リガンドとして機能する新たな役割が示された。腫瘍が自らの転移を「能動的に」準備するためにTLR2シグナルを利用するという概念は、転移研究における重要なパラダイムシフトを示す。

先行研究との違い: これまで、Kaplan et al. Nature 2005 はVEGFR1陽性骨髄前駆細胞が転移前ニッチに集積することを示していたが、本研究はそれらを活性化する腫瘍由来因子の実体 (バーシカン) を初めて特定した点で、これまでの知見を大きく補完する。また、関連するECM因子であるビッグリカンがTLR2とTLR4の両方を活性化するのに対し (Schaefer et al. J. Clin. Invest. 2005)、バーシカンの炎症活性はTLR2に依存しTLR4には依存しないという受容体特異性の違いも示された点で対照的である。

新規性: 本研究で初めて、腫瘍由来バーシカンがTLR2を介して骨髄系細胞を活性化し、TNFα産生を誘導することで転移を促進するという、これまで報告されていない分子経路を新規に同定した。この発見は、腫瘍微小環境における炎症性細胞の活性化メカニズムに関する理解を深めるものである。

臨床応用: TNFαが転移促進の主要メディエーターであることの発見は、抗TNFα療法(関節リウマチ等で既に臨床使用されている)の転移抑制薬としての可能性を示唆する。この知見は、既存薬の新たな臨床応用につながる可能性を秘めている。しかし、TNFαは同時に抗腫瘍機能も持つため(高用量ではNFκBを介した腫瘍細胞アポトーシス促進)、がん治療への応用には慎重な検討が必要である。バーシカン-TLR2-TNFα軸は、転移促進骨髄系細胞活性化の標的として、新規抗転移療法の開発に向けた概念的基盤を提供するものであり、臨床現場での応用が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、ヒトがんでのバーシカン-TLR2シグナルの臨床的関与の検証、バーシカン以外のDAMP性TLR2リガンドの同定、TLR2活性化による転移前ニッチの具体的細胞・分子機序(どのような炎症変化が転移細胞定着を促進するか)、および他のECM分子(テネイシンCなど)による類似機序の有無の解明が挙げられる。また、バーシカンとTLR2の直接的な相互作用のメカニズムや、ヒアルロン酸などの他のリガンドの関与についても、さらなる研究が必要である。本研究のlimitationとして、主にLewis肺癌モデルを用いた基礎研究であるため、ヒトの多様な癌種における普遍性の検証が今後の課題である。

方法

Lewis肺癌 (LLC) 細胞の馴化培地 (LCM) をマウス骨髄由来マクロファージ (BMDM) に添加し、産生されるサイトカイン (IL-6、TNFα) をELISAで測定した。TLR経路の関与を調べるため、各種TLR欠損マウス (Tlr2-/-, Tlr3-/-, Tlr4-/-, Tlr9-/-) およびそのアダプタータンパク質であるMyd88欠損マウス (Myd88-/-)、TRIF (TIR-domain-containing adapter-inducing interferon-β) 変異マウス (Trifm) のBMDMを用いて同様の実験を行った。共受容体の同定には、Tlr6 (Toll-like receptor 6) 変異マウスおよびCd14 (cluster of differentiation 14) 変異マウスのBMDMを使用した。MAPK (mitogen-activated protein kinase) およびIKK (IκB kinase) のリン酸化、IκBα分解はウエスタンブロットで確認した。

LLCの転移実験は、尾静脈注射モデルと皮下移植モデルの両方で実施した。尾静脈注射では、1×10^6個または2×10^5個のLLC細胞をTnfα欠損マウス (Tnfα-/-)、Il6欠損マウス (Il6-/-)、Tlr2欠損マウス (Tlr2-/-) および野生型 (WT) マウスに接種し、生存期間と肺転移結節数を評価した。皮下移植モデルでは、原発腫瘍の成長と肺、肝臓、副腎への転移を評価した。TLR2効果の骨髄由来免疫細胞依存性を確認するため、致死量照射したWTマウスにWTまたはTlr2-/-骨髄を移植したキメラマウスを作製し、LLC転移実験を行った。また、WT/WTキメラマウスとWT/Tlr2-/-キメラマウスにLCMまたはSFM (serum-free medium) を腹腔内注射し、転移促進効果を比較した。

LCM中の活性因子の同定のため、LCMを陰イオン交換カラム (Mono-Q) とゲル濾過カラム (Superdex 200) で生化学的に精製し、IL-6誘導活性を持つ画分を特定した。活性画分は脱グリコシル化後、QSTAR XL qQTOF質量分析計で質量分析を行い、候補タンパク質を同定した。同定された候補タンパク質に対する中和抗体を用いて、LCM誘導サイトカイン産生への影響を評価した。バーシカンの機能検証のため、versican V1に対するshRNA (約90%ノックダウン効率) を含む安定発現LLC株と、低転移性P29-LLC細胞へのhuman versican V1の異所性発現を行い、それぞれの細胞を用いた転移実験を実施した。His-タグ付きリコンビナントヒトバーシカンV1を産生・精製し、WT-BMDMおよびTlr2-/-BMDMへの直接添加によるサイトカイン誘導能を評価した。Raw264.7マクロファージのLCM刺激後のライセートをバーシカン特異的抗体で免疫沈降し、TLR2およびCD14との共沈降をウエスタンブロットで確認した。

肺組織における炎症性サイトカインおよびケモカインのmRNA発現は、定量的PCRで測定した。肺転移巣におけるCD11b+Gr1+炎症性単球/骨髄系抑制細胞およびIL-10高/F4/80+M2マクロファージの浸潤は、蛍光顕微鏡およびフローサイトメトリー、免疫組織化学染色で解析した。統計解析にはStudent’s t検定およびログランク検定を用いた。細胞株としてLLC、1C1C7、TrampC1、4T1細胞を使用した。マウス株はTlr1-/-, Tlr2-/-, Tlr3-/-, Tlr4-/-, Tlr9-/-, Myd88-/-, Trifm, Tlr6m, Cd14m, Tnfα-/-, Il6-/-マウスを用いた。