- 著者: JM Weiss, T Csoszi, M Maglakelidze, RJ Hoyer, JT Beck, M Domine Gomez, A Lowczak, R Aljumaily, CM Rocha Lima, RV Boccia, W Hanna, P Nikolinakos, VK Chiu, TK Owonikoko, SR Schuster, MA Hussein, DA Richards, P Sawrycki, I Bulat, JT Hamm, LL Hart, S Adler, JM Antal, AY Lai, JA Sorrentino, Z Yang, RK Malik, SR Morris, PJ Roberts, KH Dragnev (for the G1T28-02 Study Group)
- Corresponding author: KH Dragnev (Dartmouth-Hitchcock Medical Center, Lebanon, NH, USA)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2019
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 31504118
背景
化学療法による骨髄抑制、特に好中球減少、貧血、および血小板減少は、小細胞肺がん (SCLC) 治療における主要な用量制限毒性である。これらの毒性は、感染症、輸血の必要性、G-CSF (granulocyte-colony stimulating factor) 投与、用量減少、治療遅延、入院を引き起こし、患者の生活の質 (QOL) と治療完遂を著しく妨げる。現在の骨髄抑制対策、例えばG-CSF、ESA (erythropoiesis-stimulating agent)、輸血などは、いずれも単一血球系列に特化した救済療法であり、化学療法によるダメージを受けた後に対症的に投与されるものである。複数の血球系列を同時に、かつ事前 (proactively) に保護するという概念は、これまで確立されていなかった。このため、化学療法誘発性骨髄抑制に対するより包括的かつ予防的なアプローチが強く求められていたが、臨床現場で実用可能な手段が不足しているという課題があった。
造血幹細胞・前駆細胞 (HSPC) のG1期停止には、サイクリン依存性キナーゼ 4/6 (CDK4/6) が中心的役割を担うことが知られている。CDK4/6阻害薬を化学療法投与前に短時間静注することで、HSPCを一時的かつ可逆的にG1細胞周期停止状態に置き、細胞周期依存的なDNA傷害性化学療法から保護するという「骨髄保護 (myelopreservation)」戦略が動物モデルで示された。この保護効果は化学療法終了後に速やかに解除され、正常な造血回復が促進されることが報告されている。しかし、この概念がヒトの臨床においてどの程度有効であるかについては、未解明な点が多かった。
トリラシクリブ (trilaciclib、開発コード: G1T28) は、高活性、高選択的、可逆的なCDK4/6阻害薬として、化学療法前の短時間静注による骨髄保護を目的として開発された。SCLCは網膜芽細胞腫 (RB1) 遺伝子の義務的欠失により、CDK4/6シグナルとは独立に腫瘍細胞が増殖するため、宿主HSPCへのCDK4/6阻害薬投与が腫瘍細胞増殖を阻害しないという理論的優位性を持つ。これは、トリラシクリブが腫瘍細胞に直接的な影響を与えることなく、骨髄細胞のみを保護できる可能性を示唆している。さらに、前臨床研究では、トリラシクリブが免疫細胞機能を保存し、チェックポイント阻害薬との併用で抗腫瘍効果を増強する可能性も示されていた。本試験 (G1T28-02) は、SCLC一次治療においてトリラシクリブの骨髄保護効果と安全性・有効性を初めて無作為化比較試験デザインで検証した先駆的試験であり、化学療法誘発性骨髄抑制に対する新たな治療戦略の確立に向けた重要な一歩であった。これまでの治療法では、多系列にわたる骨髄抑制を予防的に軽減する手段が不足しており、本研究はそのギャップを埋めることを目指した。小細胞肺がんの包括的なゲノムプロファイルについては、先行研究である George et al. Nature 2015 などでも詳細に報告されており、RB1遺伝子の欠失が極めて高頻度であることが示されている。
目的
本研究の主要な目的は、未治療の進展型小細胞肺がん (ES-SCLC) 患者を対象に、エトポシド+カルボプラチン (E/P) 化学療法にCDK4/6阻害薬トリラシクリブを上乗せした場合の骨髄保護効果を多血球系列にわたって評価することであった。具体的には、化学療法誘発性骨髄抑制の発生率、重症度、持続期間、および関連する支持療法 (G-CSF使用、輸血など) の必要性の変化を検討した。
副次的な目的として、トリラシクリブとE/P併用療法の安全性プロファイルと忍容性を評価し、用量制限毒性 (DLT; dose-limiting toxicity) の発生状況を把握することを目指した。また、トリラシクリブの薬物動態 (PK; pharmacokinetics) パラメーターを評価し、E/Pとの薬物相互作用の有無を検討した。さらに、探索的エンドポイントとして、奏効率 (ORR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS) といった抗腫瘍有効性についても評価し、トリラシクリブが化学療法の抗腫瘍効果を損なわないことを確認することを目的とした。本試験は、トリラシクリブの推奨第II相用量 (RP2D; recommended phase II dose) を決定するための第Ib相部分と、骨髄保護効果をプラセボと比較するための無作為化第II相部分から構成され、多血球系列にわたる骨髄保護の概念実証を目的とした。
結果
患者背景と治療完遂状況: 本研究には合計122例の患者が登録され、Part 1で19例、Part 2で75例が試験治療を受けた。Part 2では1例がプロトコル違反のため解析から除外され、トリラシクリブ群 (n=39) とプラセボ群 (n=38) で解析が行われた。両群の患者背景は概ね均衡していたが、トリラシクリブ群では脳転移の割合がやや低く (12.8% vs 21.1%)、心血管疾患の合併症がやや多かった (38.5% vs 18.4%)。中央値年齢は64歳であり、ECOG PS 0-1の患者が90.9%を占めた。トリラシクリブ群では化学療法のサイクル遅延 (39.5% vs 67.6%, p=0.0170) および投与量減量 (7.9% vs 35.1%, p=0.0033) が有意に少なく、相対的用量強度の維持が示された。
好中球減少および血液毒性の有意な軽減: トリラシクリブ群では、Grade ≥3の有害事象全体の発現率が50%であったのに対し、プラセボ群では83.8%と顕著に低下した (Figure 3)。この約34ポイントの差は、主に血液毒性の減少によるものであった。好中球系においては、サイクル1における重症好中球減少 (SN, Grade 4) の発現率がトリラシクリブ群で有意に低下した (Figure 1)。SNが発生した患者における持続期間中央値はトリラシクリブ群で3日、プラセボ群で8日と有意に短縮された (p<0.001)。好中球nadir (サイクル1、G-CSF非使用例) はトリラシクリブ群で有意に高く (t検定 p<0.0001)、リンパ球の回復もトリラシクリブ群で良好であった (Figure 2)。
赤血球系および多系列にわたる骨髄保護効果: 赤血球系では、5週目以降のRBC輸血を要した患者割合がトリラシクリブ群で有意に低下し (p<0.05)、100週あたりの輸血率も有意に低かった (Figure 1)。ヘモグロビン値の経時的低下もトリラシクリブ群では遅延しており、特に後期サイクルで顕著であった (Figure 2)。Major Adverse Hematologic Events (MAHE) の複合エンドポイントでは、first MAHEまでの時間がプラセボ群で有意に短く (1ヶ月 vs 推定不能; HR 0.19, 80% CI 0.11-0.34, p<0.0001)、MAHEの発生個数もトリラシクリブ群で有意に少なかった (Figure 3)。
用量探索パートおよび薬物動態: Part 1の用量探索では、コホート1 (200 mg/m²) でGrade ≥3血液毒性AEが多く、G-CSF使用率50%、ESA使用率20%、RBC輸血率40%であった。これに対し、コホート2 (240 mg/m²) ではそれぞれ33.3%、0%、11.1%に低下した。有効性として、コホート1の中央値PFSは5.3ヶ月 (95% CI 0.1-6.1)、OSは10.6ヶ月 (95% CI 1.2-25.1) であった。コホート2の中央値PFSは6.3ヶ月 (95% CI 4.5-9.1)、OSは12.8ヶ月 (95% CI 6.3-13.6) であり、240 mg/m²がRP2Dとして選定された。薬物動態解析では、トリラシクリブとE/Pとの間に臨床的に関連する薬物相互作用は認められなかった。
抗腫瘍有効性および安全性の評価: Part 2における奏効率 (ORR) は、トリラシクリブ群で66.7% vs プラセボ群で56.8%であった (p=0.3831)。主要エンドポイントである無増悪生存期間 (PFS) の中央値は、トリラシクリブ群で6.2 vs プラセボ群で5.0 monthsであり、統計的有意差はなかったが良好な傾向を示した (HR 0.71, 95% CI 0.47-1.08, p=0.1695) (Figure 4)。全生存期間 (OS) の中央値は、トリラシクリブ群で10.9 vs プラセボ群で10.6 monthsとほぼ同等であり、トリラシクリブの追加が化学療法の抗腫瘍効果を損なわないことが示された (HR 0.87, 95% CI 0.56-1.35, p=0.6107) (Figure 4)。重篤有害事象 (SAE) の発現率は両群で同等であり、トリラシクリブ群で28.9% (11/38例)、プラセボ群で24.3% (9/37例) であった。トリラシクリブ関連のGrade ≥3の有害事象は認められなかった。
考察/結論
先行研究との違い: 従来の骨髄抑制対策は、G-CSFや輸血などのように、化学療法による骨髄ダメージが生じた後に対症療法的に行われる単一血球系列の救済策であった。これに対し、本研究は化学療法投与前にCDK4/6阻害薬を投与することで、造血幹細胞を一時的に休止状態に置き、多系統の骨髄抑制を事前に予防するという全く異なるアプローチを採用している。
新規性: 本研究は、CDK4/6阻害薬トリラシクリブが、未治療の進展型SCLC患者に対するエトポシド+カルボプラチン化学療法前の短時間静注によって、多血球系列にわたる有意な骨髄保護効果をもたらすことを、臨床試験において世界で初めて無作為化比較試験で示した。Grade ≥3有害事象の発現率がトリラシクリブ群で50%に対しプラセボ群で83.8%と約34ポイントの顕著な差が認められたことは、トリラシクリブの骨髄保護効果の強力な概念実証 (proof-of-concept) を支持する。
臨床応用: 本知見は、化学療法に伴う多系統の骨髄抑制を包括的に軽減し、患者の忍容性を向上させるための臨床応用に直結する。化学療法のサイクル遅延や用量減量が有意に減少し、相対的用量強度が維持されたことは、臨床現場において治療スケジュールを遵守し、治療強度を最大化する上で極めて高い臨床的有用性を持つ。さらに、本試験の結果に基づき、トリラシクリブは化学療法誘発性骨髄抑制を軽減する初の骨髄保護薬として承認され、支持療法の新たな標準としての地位を確立した。
残された課題: 今後の検討課題として、骨髄保護という支持療法的改善が最終的に生存期間の延長につながるか否かの検証 (より大規模な無作為化試験が必要)、トリラシクリブと免疫チェックポイント阻害薬および化学療法の3者併用効果のさらなる検証、MAHEや患者報告アウトカムの改善が生活の質 (QOL) に与える影響のより詳細な評価が挙げられる。また、骨髄保護概念のSCLC以外のがん腫への拡張も今後の研究方向性として重要である。
方法
本研究は、北米および欧州の多施設共同で実施された第Ib相 (オープンラベル、用量探索) および無作為化二重盲検プラセボ対照第II相試験 (NCT02499770、EudraCT 2016-001583-11) である。対象患者は、18歳以上、組織学的または細胞学的に確認された進展型SCLC、RECIST v1.1に基づき評価可能な病変を有し、ECOG Performance Status (PS) が0-2、かつ適切な臓器機能を有する未治療患者であった。
第Ib相部分 (Part 1) は、オープンラベルの用量探索コホートで構成された。コホート1ではトリラシクリブ200 mg/m² (n=10)、コホート2ではトリラシクリブ240 mg/m² (n=9) が投与され、至適用量 (RP2D) の決定を目的とした。RP2D決定後、第IIa相拡大コホートが設定された。第II相部分 (Part 2) は、二重盲検プラセボ対照無作為化試験として実施された。患者はECOG PS (0-1 vs 2) で層別化された後、トリラシクリブ240 mg/m² + E/P群 (n=39) またはプラセボ + E/P群 (n=38; 解析可能例n=37) に1:1で無作為に割り付けられた。
全患者は、カルボプラチン (AUC 5) をDay 1に、エトポシド (100 mg/m²) をDays 1-3に、21日サイクルで投与された。トリラシクリブまたはプラセボは、各化学療法日 (Days 1-3) の化学療法前に静脈内投与された。化学療法薬の用量修正は許可されたが、トリラシクリブの用量修正は不可とした。G-CSFは、ASCO標準支持療法ガイドラインに準拠し、第1サイクルでの予防的投与は禁止された。その他の支持療法、例えば輸血などは必要に応じて許可された。有害事象 (AE) および臨床検査値異常は、NCI-CTCAE v.4.03を用いて評価された。
Part 1の主要目的はトリラシクリブのRP2Dの決定であり、Part 2の主要目的は骨髄抑制エンドポイントの探索的評価 (片側α=0.2に設定) であった。抗腫瘍有効性に関するエンドポイント (ORR, PFS, OS) はすべて探索的解析として評価された。統計解析にはSASソフトウェアv.9.4が用いられ、二値エンドポイントは層別化Cochran-Mantel-Haenszel (CMH) モデル、時間-イベントエンドポイントはKaplan-Meier法と層別化ログランク検定 (log-rank test)、Cox比例ハザードモデル (Cox regression) を用いて解析された。サブグループ解析も実施され、MAHE (major adverse hematological event) の総数についてはポアソンモデルが使用された。多重比較に対する正式な調整は行われなかった。薬物動態解析では、トリラシクリブ、エトポシド、カルボプラチンの非コンパートメントモデルパラメータが評価され、薬物相互作用の有無が検討された。