• 著者: Fumihiko Hirai, Takashi Seto, Eiko Inamasu, Gouji Toyokawa, Tsukihisa Yoshida, Kaname Nosaki, Tomoyoshi Takenaka, Masafumi Yamaguchi, Mitsuhiro Takenoyama, Yukito Ichinose
  • Corresponding author: Takashi Seto (Department of Thoracic Oncology, National Kyushu Cancer Center, Fukuoka, Japan)
  • 雑誌: Anticancer Research
  • 発行年: 2014
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 25275083

背景

胸腺癌 (thymic carcinoma, TC) は極めて稀な胸腺上皮腫瘍 (thymic epithelial tumor, TET) であり、胸腺腫 (thymoma) と比較して周囲組織への浸潤傾向や遠隔転移を来す頻度が高く、予後不良な疾患である。日本の胸腺上皮腫瘍1,320例を対象とした大規模臨床研究において、TCは胸腺腫や胸腺カルチノイドよりも有意に予後不良であることが示されている (Kondo et al. AnnThoracSurg 2003)。2004年のWHO組織分類ではTCは胸腺腫とは異なる独立した疾患実体として再定義され、13の組織型に細分化された。

進行期TCの一次治療としてはADOC療法 (cisplatin+doxorubicin+vincristine+cyclophosphamide) やCODE療法 (cisplatin+vincristine+doxorubicin+etoposide) といったプラチナ製剤およびアントラサイクリン系薬剤を基盤とする多剤併用化学療法の有効性が報告されている (Koizumi et al. AmJClinOncol 2002)。一方、Masaoka病期分類 (Masaoka et al. Cancer 1981) で評価された進行期TCに対する二次治療以降のレジメンは依然未確立であり、再発TC患者に対する化学療法に関するエビデンスは決定的に手薄であった。

S-1は5-fluorouracil (5-FU) のプロドラッグであるtegafurにgimeracilおよびoteracilを配合した経口フッ化ピリミジン製剤であり、消化管毒性を軽減しつつ抗腫瘍活性を高めるよう設計されている。再発TCに対するS-1の有用性は散発的な症例報告で報告されていたが (奏効率26.3-56.5%、PFS 6.8-9.8ヶ月)、プラチナ製剤とアントラサイクリン系薬剤の両者に不応となった難治性病態における有効性・安全性データのgap in knowledgeが明確に存在しており、S-1+ゲムシタビン (gemcitabine, GEM) 併用療法のTC対する有効性も未検証であった。

目的

プラチナ製剤およびアントラサイクリン系薬剤を含む前治療に不応となった再発・進行TC患者に対するS-1ベース化学療法 (S-1単剤またはS-1+GEM併用) の有効性と安全性を後方視的に評価する。主要評価項目として客観的奏効率 (objective response rate, ORR) を、副次評価項目として無増悪生存期間 (progression-free survival, PFS)、全生存期間 (overall survival, OS)、および治療関連有害事象の頻度と重症度を評価し、難治性TCにおける新たなサルベージ治療の根拠を提示する。

結果

患者背景と高度な前治療歴: 対象8例の患者背景をTable Iに示す。男性4例・女性4例で年齢中央値59歳 (範囲41-71歳)。ECOG PSは0が2例・1が6例。Masaoka病期はIVb期が7例 (87.5%)、III期が1例 (12.5%) であった。組織型は扁平上皮癌 (squamous cell carcinoma) 2例、未分化癌 (undifferentiated carcinoma) 3例、低分化型神経内分泌癌 (poorly-differentiated neuroendocrine carcinoma) 1例、NOS (not otherwise specified: 特定不能型) 2例。全例が2ライン以上の前治療歴を有し、carboplatin+paclitaxel (CbP)、CGV (cisplatin+gemcitabine+vinorelbine)、amrubicin、CODE、irinotecan (CPT-11) 等の多様なレジメンが含まれ、全例がプラチナ製剤およびアントラサイクリン系薬剤の両者に不応であった。

治療実施状況と忍容性: 総投与サイクル数の中央値はn=8全体で5サイクル (範囲2-13サイクル) であった (Table II)。S-1初回用量は120 mg/日が4例、100 mg/日が4例。8例中3例 (37.5%) が毒性管理のため用量減量またはサイクル間隔延長を必要としたが、毒性を理由とした治療中止例は0例 (0.0%) であった。最長投与症例はPatient No.6 (S-1+GEM) で13サイクルにわたり継続投与された。治療中止の主な理由は病勢進行 (progressive disease, PD) であり、全8例中PDによる中止が最多であった。S-1の経口投与という剤形上の特性から、外来通院での投与が可能であり、患者の日常生活への影響が少ない点も本療法の臨床上の利点として挙げられる。

有害事象: グレード3以上は好中球減少症25%のみ: グレード3以上の重篤な有害事象は好中球減少症のみで、8例中2例 (n=2, 25.0%) に観察された (Table III)。発熱性好中球減少症の発生は0例 (0.0%)、グレード3以上の貧血・血小板減少症も0例であった。非血液毒性についてはグレード1の倦怠感2例・発熱2例・食欲不振1例・下痢1例・口腔粘膜炎1例が認められたが、いずれもグレード1に留まり管理可能であった。治療関連死は0例 (0.0%) であり、heavily-treated症例においても優れた忍容性が確認された。

奏効率: 全体ORR 50.0%、S-1+GEM群は100%達成: 全8例の客観的奏効率 (ORR) は50.0% (95%CI 21.5-78.5%) であった (Table IV)。最良総合効果の内訳は部分奏効 (PR) 4例、安定 (SD) 3例、PD 1例であり、疾患制御率 (disease control rate, DCR) は87.5%であった。レジメン別にはS-1単剤群 (n=5) ORR 20.0% (PR 1例・SD 3例・PD 1例) vs S-1+GEM群 (n=3) ORR 100.0% (PR 3例全例) であり、S-1+GEM群はS-1単剤群比5倍高い奏効率を示した (Table II, IV)。

生存成績: カプラン・マイヤー法による生存解析の結果、全8例のPFS中央値は6.0ヶ月 (Fig 1A)、OS中央値は13.6ヶ月 (Fig 1B) であった。S-1+GEM群 (n=3) のPFSはそれぞれ22.7ヶ月・9.2ヶ月・6.0ヶ月であり、S-1単剤群 (n=5) における最短PFS 1.4ヶ月・最長PFS 13.6ヶ月と比較して全体的に良好な傾向を示した (Table IV)。特にPatient No.6 (S-1+GEM) ではPFS 22.7ヶ月・OS 25.3ヶ月という顕著な長期生存が確認され、13サイクルにわたる投与継続が実現した。PFS範囲は全体で1.4-22.7ヶ月、OS範囲は4.5-25.3ヶ月に及んでいた。プラチナおよびアントラサイクリン双方に不応の難治性集団における本試験のOS中央値13.6ヶ月は、既報のサルベージ療法 (amrubicin単剤・carboplatin+paclitaxel等) と比較しても許容できる成績であり、S-1ベース療法の有効性を支持する (Fig 1A)。なお本試験は少数例 (n=8) のため両群間の統計的比較は困難であったが、個々の転帰データからはS-1+GEM群がS-1単剤群より優れたPFSを示す傾向が認められた。

考察/結論

本研究はプラチナおよびアントラサイクリン不応性の難治性TC患者 (n=8) に対するS-1ベース化学療法の後方視的評価として、ORR 50.0% (95% CI=21.5-78.5%)、PFS中央値6.0ヶ月、OS中央値13.6ヶ月という有望な抗腫瘍活性と良好な安全性を示した。

既報との違い: 進行TCに対するADOC療法やCODE療法は有効性が示されているものの重篤な血液毒性が課題であり、既報のサルベージ治療であるamrubicin単剤やcarboplatin+paclitaxelも極めて小規模な症例報告に留まっていた。これまでの研究では複数回前治療後の難治性集団を対象とした体系的なS-1療法評価は行われておらず、本研究はその空白を埋めるものである。先行するS-1単剤のTCへの奏効率 (26.3-56.5%) と対照的に、本研究においてS-1+GEM併用療法で奏効率100.0%という極めて良好な成績が得られた点が際立っている。

新規性: S-1とGEMはそれぞれチミジル酸合成酵素 (thymidylate synthase, TS) 阻害とDNA鎖伸長阻害という作用機序の異なる経路でDNA合成を阻害するため相乗効果が期待されており、本研究で初めてその有効性がTC患者において確認されたことは新規な知見である。また非小細胞肺癌 (non-small cell lung cancer, NSCLC) でのS-1+GEM療法の前臨床・臨床データをTC領域に外挿し有効性を実証したことも新規性の一つである。

臨床的意義: S-1ベース化学療法は外来通院が可能な経口投与主体の低毒性レジメンであり、複数回の前治療を受けたheavily-treated TC患者における臨床応用を強く支持するデータが得られた。グレード3以上の非血液毒性が0.0% という良好な安全性は臨床的有用性が高く、実臨床でのbench-to-bedsideへの橋渡しを可能にする選択肢となる。

残された課題: 本研究の主なlimitationは単施設後方視的解析であることおよびサンプルサイズが極めて小さい (n=8) ことである。今後の検討として多施設共同による前向き相II期試験の実施が必要であり、また腫瘍組織中のTS・ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ (dihydropyrimidine dehydrogenase, DPD)・OPRT (orotate phosphoribosyltransferase、オロト酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ) 等のバイオマーカー発現解析と治療効果の相関を評価することも重要なfuture researchの方向性として残されている。

方法

本研究は九州がんセンター単施設での後方視的観察研究であり、2000年7月から2014年4月の期間にS-1ベース化学療法を受けたTC患者8例を解析対象とした。同期間に同施設で治療を受けた全TC患者は42例であり、うち32例が化学療法を受け、そのうち9例がS-1ベース療法を受けた(S-1単剤 n=5、S-1+GEM併用 n=3(Table I集計では8例が適格)、なお1例はPS不良により化学療法未施行)。

適格基準は、組織学的に確定診断された再発・進行TC、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) version 1.0における測定可能病変の存在、年齢80歳未満、Eastern Cooperative Oncology Group performance status (ECOG PS) 0-2、十分な骨髄・肝・腎機能を有すること。病期はMasaoka病期分類で評価した。なお本研究は後方視的解析であり特定の臨床試験登録番号 (NCT番号) は有しない。

治療レジメンとして、S-1単剤療法はS-1 80 mg/m² 1日2回 day 1-14投与を3週毎に反復、S-1+GEM併用療法はS-1 80 mg/m² (day 1-14) にGEM 1,000 mg/m² (day 8および15、3週毎) を追加した。S-1初回投与量は体表面積 (body surface area, BSA) に応じて決定され、BSA < 1.25 m² で80 mg/日、1.25 m² ≤ BSA < 1.5 m² で100 mg/日、BSA ≥ 1.5 m² で120 mg/日とした。腫瘍効果評価はRECIST version 1.0を用い2サイクル毎に後方視的に実施、有害事象はCTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Events) version 4.0でグレード分類した。統計解析にはカプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法を用いてPFSおよびOSの生存曲線を推定した。PFSはS-1ベース治療開始日から病勢進行 (progressive disease, PD) または死亡までの期間、OSは治療開始日から全死亡または最終生存確認日までの期間と定義した。