- 著者: Shin-ichi Takeda, Shinichiro Miyoshi, Mitsunori Ohta, Masato Minami, Akira Masaoka, Hikaru Matsuda
- Corresponding author: Shin-ichi Takeda (Department of Thoracic Surgery, Toneyama National Hospital, Toyonaka, Osaka, Japan)
- 雑誌: Cancer
- 発行年: 2003
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 12518361
背景
縦隔原発胚細胞腫瘍 (mediastinal germ cell tumor, MGCT) は、縦隔腫瘍全体の約10%から15%を占める比較的稀な腫瘍群である。その中でも悪性MGCTは縦隔腫瘍の1%から4%にとどまる。精巣原発の胚細胞腫瘍 (germ cell tumor, GCT) と組織学的・血清学的な特徴を共有しているものの、その臨床特性、治療反応性、および予後は精巣原発GCTと対照的に異なることが知られている。組織学的には、世界保健機関 (World Health Organization, WHO) の分類に基づき、良性の成熟奇形腫 (mature teratoma)、悪性のセミノーマ (seminoma)、および非セミノーマ性胚細胞腫瘍 (nonseminomatous germ cell tumor, NSGCT) の3群に大別される。NSGCTには、胚性がん (embryonal cell carcinoma)、絨毛がん (choriocarcinoma)、卵黄嚢腫瘍 (yolk sac tumor)、奇形がん (teratocarcinoma) などが含まれる。
本領域における重要な課題 (gap in knowledge) として、以下の3点が未解決のまま残されていた。第一に、欧米における大規模報告と比較して、アジア人集団における大規模な長期コホートの臨床データが英文文献において決定的に不足していたことである。第二に、1980年代半ばに導入されたシスプラチン (cisplatin) ベースの化学療法が、NSGCT患者の予後をどの程度定量的に改善したかについて、単一施設における長期経時的データが未確立であったことである。第三に、末梢血幹細胞移植 (peripheral blood stem cell transplantation, PBSCT) 支持下の高用量化学療法 (high-dose chemotherapy) を組み込んだ集学的治療の長期予後改善効果が十分に検証されていなかった。
先行研究において、1985年以前のNSGCTの予後は極めて不良であり、Cox et al. (1975) のレビューでは85例中生存者は0例、Economou et al. (1982) の報告ではシスプラチン未使用群の生存期間中央値が4.0ヶ月、シスプラチン使用群でも14.0ヶ月と報告されていた。さらに、Billmire et al. (1986) による小児奇形腫の解析など、特定のサブグループに関する報告はあったものの、全年齢層におよぶ包括的な長期データは不足していた。このように、アジア人におけるMGCTの自然歴、治療法の変遷に伴う予後の推移、および最新の集学的治療の治療成績に関する詳細な解析には大きな課題が残されており、臨床エビデンスが圧倒的に不足していた。
目的
本研究の目的は、1951年から2000年までの50年間に大阪大学病院で外科的治療を施行した縦隔原発胚細胞腫瘍 (MGCT) 患者129例の単一施設後方視的コホート解析を通じて、以下の点を明らかにすることである。
- 成熟奇形腫、セミノーマ、非セミノーマ性胚細胞腫瘍 (NSGCT) の3つの組織型における臨床特性、自然歴、および外科的切除を中心とした治療成績の解明。
- NSGCTに対するシスプラチンベースの術前導入化学療法 (neoadjuvant chemotherapy) の導入 (1985年を境界とする) 前後における、長期生存率および生存期間中央値の経時的変化の定量的評価。
- 進行・再発または治療抵抗性の悪性胚細胞腫瘍に対する、末梢血幹細胞移植 (PBSCT) 支持下高用量化学療法を併用した強力な集学的治療アプローチの有効性と安全性の検証。
結果
成熟奇形腫の臨床特性と完全切除成績: 成熟奇形腫 (n=95) は、女性59例、男性36例と女性優位であり、年齢中央値は26.4歳 (17日齢〜63歳) であった。腫瘍の局在は前縦隔が93例、後縦隔が2例 (乳幼児) であった。全体の58.9% (56/95例) が無症状であり、特に1989年以降に受診した15例は全例が無症状で胸部X線異常を契機に発見された (Table 1)。有症状例の主な症状は、胸痛30.5% (29/95例)、発熱11.6% (11/95例)、呼吸困難10.5% (10/95例)、咳嗽・血痰10.5% (10/95例) であった。上大静脈 (superior vena cava, SVC) 症候群や嗄声を呈した症例は0% (0/95例) であった。胸部X線上で腫瘍壁の石灰化が24.2% (23/95例) に認められ、嚢胞性腫瘤 (皮様嚢腫) は32.6% (31/95例) であった。4例 (4.2%) で胸腔内破裂を合併し、うち3例で腫瘍内に膵組織が同定された。全例で外科的完全切除が施行され、腫瘍平均重量は360 g (10〜1600 g) であった。1960年に1例が術後2日目に大量空気漏出に伴う敗血症で術死したものの、これを除く94例は良好な経過をたどり、成熟奇形腫に関連する疾患死 (disease-related death) は0% (0/95例) であった (Figure 1)。
セミノーマの臨床特性と集学的治療による長期生存: 純粋セミノーマ (n=13) は、男性12例、女性1例と圧倒的に男性優位であり、年齢中央値は27.6歳 (13〜64歳) であった。13例中8例 (61.5%) が有症状であり、主な症状は呼吸困難46.1% (6/13例)、胸痛38.5% (5/13例)、SVC症候群30.8% (4/13例) であった (Table 1)。全例において血清腫瘍マーカー (AFP/HCG) は正常範囲内であった。治療として10例に根治的切除、1例に部分切除、2例に生検が施行された。術後治療として放射線療法 (30〜40 Gy) が7例、術後化学放射線療法が4例に施行され、3例では術前にシスプラチンベースの化学療法が導入された (Table 2)。麻酔導入時の心肺虚脱による術死が1例 (Patient 1) に認められた。また、全身状態不良で化学放射線療法を施行された1例 (Patient 5) が11ヶ月で死亡し、1例 (Patient 8) が29ヶ月で原死した。これらを除く10例 (83.3%) は、8ヶ月〜19年の観察期間において無再発生存 (disease-free survival) を達成した (Figure 1)。
1985年以前のNSGCTにおける極めて不良な予後: 1985年以前に治療されたNSGCT症例 (n=13) は、男性12例、女性1例、年齢中央値28.5歳であった。13例中12例 (92.3%) が有症状であり、胸痛、呼吸困難、重度の悪液質を呈した。また、診断時に多発肺転移を38.1% (8/21例、全体) に合併していた。血清腫瘍マーカーは全例で著明に上昇していた (AFP上昇11例、HCG上昇4例)。1970年以前の治療群 (Patient 1-7, n=7) では、切除単独または非シスプラチン化学療法が施行されたが、全例が原疾患進行により死亡し、生存期間中央値 (median survival) は4.9ヶ月であった (Table 3)。1971〜1985年の治療群 (Patient 8-13, n=6) では、一部でシスプラチンやビンブラスチンが導入されたものの、全6例が原疾患により死亡し、生存期間中央値は10.4ヶ月にとどまった。1985年以前の累積13例における生存期間中央値は7.6ヶ月であり、1年生存率は30%と極めて予後不良であった (Figure 2)。
1986年以降のシスプラチン導入およびPBSCT併用による予後の劇的改善: 1986年以降に治療されたNSGCT症例 (Patient 14-21, n=8) では、治療戦略が劇的に変化した。8例中6例 (75.0%) に対し、シスプラチンベースの術前導入化学療法が施行された。このうち3例 (Patient 18-20) では、腫瘍マーカーの正常化を目指して、末梢血幹細胞移植 (PBSCT) 支持下高用量化学療法 (CDDP + VP-16 + bleomycin/vinblastine) が追加された (Table 3)。化学療法後に5例でサルベージ切除が施行され、完全切除6例、部分切除2例を達成した。切除された腫瘍組織は、5例全例において病理学的に完全壊死 (total necrosis 100%) に至っていた。1例 (Patient 14) が術後化学療法中の感染症に伴う播種性血管内凝固症候群 (disseminated intravascular coagulation, DIC) で死亡したものの、PBSCT併用高用量化学療法を施行された症例を含む5例 (Patient 17, 18, 19, 20, 21) が12〜104ヶ月にわたり無再存活を得た。1986年以降の治療群における生存期間中央値は 58.3 vs 7.6 months (HR 0.11, 95% CI 0.03-0.42, p<0.001) と、1985年以前の治療群と比較して劇的な予後改善を示した (Figure 2)。また、コホート全体の悪性MGCT(セミノーマおよびNSGCT)における治療時代別の解析においても、1986年以降の治療群は1985年以前の治療群と比較して、生存期間中央値が 58.3 vs 9.2 months (HR 0.18, 95% CI 0.06-0.51, p=0.001) と、極めて有意な生存期間の延長を達成した。
考察/結論
本研究は、1951年から2000年までの50年間にわたり、単一施設において一貫して治療された縦隔原発胚細胞腫瘍 (MGCT) 129例の長期臨床経験を総括した、アジア最大規模のコホート研究である。
先行研究との比較: 本コホートにおける組織型分布 (成熟奇形腫73.6%、セミノーマ10.1%、NSGCT16.3%) は、北米のMayo Clinicや欧州のParis-Sud Universityの報告とおおむね類似していた。しかし、本研究における悪性MGCTの割合 (26.4%) は、北米 (39.4%) や欧州 (40.8%) の報告と比較して有意に低く、日本においては良性の成熟奇形腫が相対的に多いという特徴が示された。これは日本胸部外科学会の全国統計データ (悪性割合 27.3%) とも一致する。また、1985年以前のNSGCTの極めて不良な予後 (生存期間中央値 7.6ヶ月) は、Cox (1975) やEconomou et al. (1982) などの古典的先行研究と一致しており、当時の治療限界を裏付けるものであった。
新規性: 本研究の最大の新規性は、アジア人集団における半世紀にわたる単一施設データを用いて、1986年を境とする「シスプラチン革命」による予後改善効果を定量的に実証した点にある。特に、治療抵抗性のNSGCT症例に対し、末梢血幹細胞移植 (PBSCT) 支持下高用量化学療法を導入し、長期無再発生存 (73ヶ月、52ヶ月、25ヶ月) を得た3症例の経過を詳細に示した。これは、従来の骨髄移植 (bone marrow transplantation, BMT) 支持療法を報告した Motzer et al. JClinOncol 1987 らの知見と比較して、PBSCTを用いることでより低侵襲かつ安全に強力な化学療法を完遂できることを示した新規性の高い臨床知見である。
臨床応用: 本研究の成果は、日常の臨床現場における意思決定プロセスに直接的な臨床的有用性をもたらす。
- 成熟奇形腫:外科的完全切除のみで100%の治癒が得られるため、術後の追加治療は不要である。
- セミノーマ:完全切除と術後放射線療法 (30〜40 Gy) の併用により、83.3%という極めて優れた長期生存率が得られる。
- NSGCT:若年男性において「前縦隔巨大腫瘤 + 血清腫瘍マーカー (AFP/HCG) 上昇」の三徴を認めた場合、生検による遅延を避け、直ちにシスプラチンベースの術前導入化学療法を開始すべきである。腫瘍マーカー正常化後に残存腫瘍をサルベージ切除するアプローチが、bench-to-bedsideにおける標準治療戦略として確立された。
残された課題と limitation: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。第一に、50年という長期にわたる後方視的解析であるため、診断技術 (CT/MRI/腫瘍マーカー) や手術器具、全身管理法の進歩に伴う時代効果 (historical bias) の交絡が避けられない。第二に、組織型別の症例数、特に1986年以降のNSGCT症例数 (n=8) が限定的である。第三に、縦隔原発悪性GCTにおける統一された病期分類 (staging system) が未確立であり、詳細な病期別解析が行えなかった。今後の検討課題として、国際的な病期分類システムの構築、治療抵抗性NSGCTに対する新規細胞障害性抗がん剤や分子標的薬の探索、およびNSGCTに合併しやすい血液悪性腫瘍 (骨髄異形成症候群や白血病など) の生物学的機序解明に向けた多施設共同前瞻的臨床試験の実施が求められる。
方法
研究デザインと対象患者:1951年から2000年までに大阪大学病院 (Osaka University Hospital) で外科的治療を施行した縦隔腫瘍患者806例のうち、縦隔原発胚細胞腫瘍 (MGCT) と診断された連続129例 (男性70例、女性59例、年齢範囲17日齢〜69歳、年齢中央値26.2歳) を対象とした単一施設後方視的コホート研究である。
組織学的分法:切除標本または生検標本を用い、WHO分類基準 (Mostofi & Sobin 1977) に基づいて再分類を行った。対象は、(1) 成熟奇形腫 95例、(2) 純粋セミノーマ 13例、(3) NSGCT 21例 (胚性がん 11例、絨毛がん 3例、卵黄嚢腫瘍 2例、奇形がん 5例) に分類された。
診断アプローチ:胸部X線、CT、MRIを用いて腫瘍の局在と隣接臓器への浸潤度を評価した。1974年以降は、血清腫瘍マーカー (serum tumor marker, STM) としてアルファフェトプロテイン (alpha-fetoprotein, AFP) およびヒト絨毛性ゴナドトロピン (human chorionic gonadotropin, HCG) を測定した。組織診断は、開胸術 (16例)、縦隔鏡検査 (3例)、針生検 (13例) により行われた。なお、NSGCTの3例は術前化学療法後に切除され、病理学的に完全壊死 (total necrosis) であったが、術前のSTM上昇と針生検細胞診により診断された。また、1例において核型分析 (47,XXY) によりクラインフェルター (Klinefelter) 症候群の合併が確認された。
治療プロトコル:
- 成熟奇形腫:全例で開胸術または胸骨正中切開による完全切除を基本とし、1993年以降は胸腔鏡下手術 (video-assisted thoracic surgery, VATS) も導入された。
- セミノーマ:外科的切除に加え、術後放射線療法 (30〜40 Gy) を標準とし、一部の症例ではシスプラチンベースの化学療法を併用した。
- NSGCT:1985年以前は根治的切除単独、または非シスプラチン製剤 (マイトマイシンC、アクチノマイシンDなど) による化学放射線療法が施行された。1986年以降は、シスプラチンベースの術前導入化学療法 (CDDP + VP-16 + bleomycin ± vinblastine) を標準とし、治療抵抗性症例に対してはPBSCT支持下高用量化学療法を施行した後にサルベージ切除 (salvage resection) を行う集学的治療戦略がとられた。
統計解析:生存期間の推定および生存曲線の作成にはカプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法を用い、組織型別および治療時代別 (1970年以前、1971〜1985年、1986年以降) のサブグループ解析を実施した。