- 著者: Conforti F, Zhang X, Rao G, De Pas T, Yonemori Y, Rodriguez JA, McCutcheon JN, Rahhal R, Alberobello AT, Wang Y, Zhang YW, Guha U, Giaccone G
- Corresponding author: Giuseppe Giaccone and Yu-Wen Zhang (Georgetown University Medical Center, Washington, DC)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-08-17
- Article種別: Original Article
- PMID: 28819023
背景
胸腺上皮腫瘍 (TET: Thymic Epithelial Tumor) は、胸腺上皮細胞に由来する稀少な縦隔腫瘍であり、WHO分類に基づき胸腺腫 (Type A, AB, B1, B2, B3) と胸腺癌に分類される。進行期のTETに対する治療選択肢は極めて限られており、腫瘍生物学に関する知識の不足や、標的となりうるドライバー遺伝子変異の希少性から、効果的な分子標的療法の開発はこれまで難渋してきた経緯がある。この領域には依然として治療上の大きなギャップが存在する。
多くの腫瘍抑制タンパク質 (TSP: Tumor Suppressor Protein) は核内で機能を発揮し、その活性は核-細胞質シャトリングによって厳密に調節されている。このシャトリングの異常は、様々なTSPの核内活性に影響を与え、異常な細胞生存、腫瘍の進行、および薬剤耐性に寄与する。Exportin 1 (XPO1、別名CRM1: Chromosome Region Maintenance 1) は、約200種類のロイシンリッチ核外輸送シグナル (LR-NES: Leucine-Rich Nuclear Export Signal) を含むタンパク質の核外輸送を担う主要な受容体である。特に、p53、p27、FOXO3a (Forkhead box O3a) などのアポトーシスシグナルや細胞周期制御に関与する多くのTSPにとって、XPO1は唯一の核外輸送受容体である。XPO1の過剰発現は、複数の固形腫瘍や血液悪性腫瘍で報告されており、多くの腫瘍タイプで予後不良と相関することが知られている。
先行研究において、卵巣癌などの他のがん腫ではXPO1高発現が独立した予後不良因子であることが報告されている。また、最初のXPO1阻害剤であるLeptomycin-B (LMB) は強力な抗腫瘍活性を示したものの、重篤な全身毒性プロファイルのため臨床開発は中断された経緯がある。その後開発された選択的核外輸送阻害化合物 (SINE: Selective Inhibitor of Nuclear Export) であるSelinexor (KPT-330) は、XPO1のCys528残基に共有結合するが、LMBとは異なり緩やかに可逆的な結合様式を持ち、進行固形腫瘍患者を対象とした臨床試験において良好な忍容性と臨床活性を示すことが報告されている。
しかしながら、TETにおけるXPO1の病態生理学的役割や、XPO1を標的とした治療戦略の有効性についてはこれまで十分に解明されておらず、詳細な分子機構や耐性メカニズムに関する知見も不足している。特に、TETの希少性や分子生物学的知見の不足が、この領域における標的療法の開発を困難にしてきた。先行研究である Kelly et al. JClinOncol 2011 や Wang et al. SciRep 2014、そして Petrini et al. NatGenet 2014 においても、TETのゲノム異常や治療標的の探索が行われてきたが、核外輸送経路を標的とした治療的アプローチとその詳細な耐性機構は未解明であり、臨床応用に向けたデータが決定的に不足しているという課題が残されている。本研究は、TETにおけるXPO1の発現状況を明らかにし、XPO1阻害剤selinexorの治療的有効性をin vitroおよびin vivo前臨床モデルで評価することで、この知識のギャップを埋めることを目指した。
目的
本研究の目的は、胸腺上皮腫瘍 (TET) における核外輸送受容体XPO1の発現状況と、患者の臨床病理学的特徴および予後との関連を詳細に解明することである。さらに、新規XPO1選択的阻害薬であるselinexor (KPT-330) のTET細胞株および異種移植モデルに対する抗腫瘍効果を前臨床的に評価し、その作用機序と潜在的な耐性機構を明らかにすることを目指した。具体的には、selinexorが腫瘍抑制タンパク質 (TSP) であるp53やFOXO3aの核内蓄積を誘導し、細胞増殖抑制およびアポトーシス誘導を介してTET細胞に抗腫瘍活性を示すか、またその活性が特定のTSPに依存するか否かを検討する。加えて、selinexorに対する獲得耐性のメカニズムとしてXPO1遺伝子増幅の可能性を評価し、ヒトTET検体におけるXPO1発現と臨床病理学的特徴および患者予後との相関を解析することで、XPO1をTETの新規治療標的とする臨床的意義を確立することを目的とした。
結果
XPO1の発現とselinexorによるカーゴタンパク質の核内蓄積: TET細胞株5種すべてにおいて、XPO1タンパク質が中程度から高度に発現しており、主に核内に局在することが確認された (Fig. 1A, B)。Selinexor処理は、TET細胞においてXPO1タンパク質量の用量依存的な低下を誘導した (Fig. 1C, D)。細胞分画解析の結果、selinexor処理によりFOXO3a、p53、およびp27が細胞質から核へ有意に移行し、核内蓄積が増強された (Fig. 1E)。NFkBカーゴも同様のシャトリング変化を示した。
selinexorによる増殖阻害および細胞周期への影響: Selinexorは、MP57 (IC50 80 nmol/L)、IU-TAB1 (IC50 80 nmol/L)、Ty82 (IC50 108 nmol/L)、T1889 (IC50 105-175 nmol/L) の各細胞株に対し、低濃度で用量依存的な増殖阻害効果を示した (Fig. 1F)。しかし、T1682細胞は1 μmol/Lのselinexorでもほとんど影響を受けず、一次耐性を示すことが明らかになった。細胞周期解析では、selinexorはMP57細胞でG1期停止 (G1期細胞の割合が40%から80%へ増加、p=0.0003)、Ty82細胞でG1期停止 (51%から74%へ増加、p=0.0005)、IU-TAB1細胞ではG2期停止 (12%から33%へ増加、p=0.02) を誘導した (Fig. 1G)。T1889細胞ではG1期とG2期の両方で細胞数の増加が認められた。T1682細胞では細胞周期への有意な影響は観察されなかった。XPO1のsiRNAノックダウンでも同様の細胞周期効果が再現された (Fig. 1I)。
selinexorによるアポトーシス誘導と腫瘍選択性: Selinexor感受性細胞株 (MP57、IU-TAB1、Ty82、T1889) において、Annexin V/PI染色により用量依存的なアポトーシス細胞の増加が確認された (Fig. 2A, B)。また、caspase-3/7活性の上昇、PARP切断、プロアポトーシスタンパク質であるBIMおよびBAXの誘導も認められた (Fig. 2C, D)。一方、T1682細胞ではアポトーシス誘導は観察されなかった。正常胸腺上皮細胞株 (TEC41.2、TEC84) では、T1682細胞と同様にselinexorによる細胞毒性はほとんど認められず、selinexorが腫瘍選択的な細胞毒性を示すことが示された (Fig. 2E, F)。
p53依存性および非依存性の抗腫瘍活性と耐性機構: p53のsiRNAノックダウンは、T1889細胞およびIU-TAB1細胞におけるselinexorのIC50値をそれぞれ有意に上昇させた (T1889: 150 nmol/Lから600 nmol/Lへ、p<0.001; IU-TAB1: <150 nmol/Lから>300 nmol/Lへ、p<0.05) (Fig. 3B)。一方、これらの細胞株におけるFOXO3aのsiRNAノックダウンは、selinexorの細胞毒性にほとんど影響を与えなかった。p53欠損のMP57細胞では、FOXO3aのsiRNAノックダウンがselinexorのIC50値を上昇させ (IC50: <150 nmol/Lから約600 nmol/Lへ、p<0.001)、p53非依存的なFOXO3a依存性経路の存在が示唆された (Fig. 3B)。Ty82細胞では、p53およびFOXO3aのsiRNAノックダウンのいずれもselinexor感受性に影響を与えず、他のXPO1カーゴタンパク質の関与が示唆された。T1682細胞 (p53欠損) へのp53強制発現により、selinexor感受性が少なくとも2.5倍回復した (AUC: 73 vs 52、p=0.008) (Fig. 3F, G)。これは、p53の喪失がT1682細胞のselinexor耐性に大きく寄与することを示している。
獲得耐性とXPO1遺伝子増幅: IU-TAB1細胞から樹立されたselinexor耐性株 (IU-TAB1-R) は、親株と比較してselinexorのIC50値が5倍に上昇した (親株80 nmol/Lに対しIU-TAB1-Rは400 nmol/L) (Fig. 4B)。IU-TAB1-R細胞ではXPO1コード領域に変異は認められなかったが、XPO1タンパク質発現量の顕著な増加と、XPO1遺伝子コピー数の約3.5倍の増幅が確認された (Fig. 4D, E)。siRNAによるXPO1ノックダウンにより、IU-TAB1-R細胞のXPO1発現レベルを親株と同程度まで低下させると、selinexor感受性が回復した (Fig. 4F, G)。この結果は、XPO1遺伝子増幅がXPO1阻害剤に対する獲得耐性の一因となる可能性を示唆している。
In vivo抗腫瘍効果: MP57およびT1889の異種移植モデルにおいて、selinexor 10 mg/kg (週3回経口投与) はMP57腫瘍の47%、T1889腫瘍の42%の増殖抑制を達成した。15 mg/kg群では、MP57腫瘍の43%、T1889腫瘍の53%の増殖抑制が認められた (Fig. 5A, B)。いずれの用量でも忍容性は良好であった。IHC解析では、selinexor処理群において対照群と比較してKi67陽性細胞 (増殖) の減少、切断caspase-3陽性細胞 (アポトーシス) の増加、およびp27陽性細胞の増加が確認され、in vitroでの知見と整合性が示された (Fig. 5C-E)。
プロテオミクスによるselinexor作用の網羅的解析: SILAC LC-MS/MSを用いたプロテオミクス解析により、selinexor処理後のIU-TAB1細胞の核および細胞質画分におけるタンパク質存在量の網羅的な変化が明らかになった。核画分では303個のタンパク質が減少し、63個が増加し、細胞質画分では185個が減少し、19個が増加した (Fig. 6A)。特に、78個の定量化された転写因子を対象とした階層的クラスタリングにより、selinexor処理後に核-細胞質間で逆方向の存在量変化を示す転写因子クラスターが同定された (Fig. 6C)。NPM1、CCAR1、GTF2I、MYBBP1Aは細胞質で減少し、核で増加した。Gene Set Enrichment解析では、NFkBなどの転写因子ネットワークが有意に影響を受けることが示された (Fig. 6D)。Ingenuity Pathway Analysis (IPA) では、DNA修復、細胞成長、増殖、細胞死サバイバルに関連するネットワークが有意に影響を受けることが同定された。
ヒトTETにおけるXPO1発現と臨床的意義: 132例のTET検体中118例でXPO1発現と臨床病理学的情報が評価可能であった (中央値追跡期間82ヶ月、95% CI 68-94ヶ月)。XPO1高発現 (IHCスコア7-12) は、悪性度の高い組織型 (B2、B3、胸腺癌) で有意に高頻度であった (chi-square test、p=0.003) (Fig. 7A-C)。また、XPO1高発現は進行病期 (ステージIII-IVで50%がXPO1高発現に対し、ステージI-IIでは10-15%に留まる、p=0.0006) とも有意に相関した (Fig. 7D)。全生存期間 (OS) 解析では、XPO1高発現群で有意に予後不良であることが示された。全TET症例における全生存期間 (OS) は、XPO1低発現群 vs 高発現群で有意な差が認められた (Wilcoxon p=0.04; HR 2.025, 95% CI 0.9188-4.463, p=0.04) (Fig. 7E)。さらに、予後因子の多変量解析を実施した結果、他の臨床病理学的因子を調整した後も、XPO1高発現は独立した予後不良因子として残存した (HR 3.6, 95% CI 1.3-10.2, p=0.01) (Fig. 7A)。
考察/結論
先行研究との違い: 従来の分子標的治療の多くが特定のオンコジニックな活性化経路の阻害を目的とするのとは対照的に、本研究は腫瘍抑制タンパク質 (TSP) の核内蓄積を促進してその活性を回復させるという、これまでのアプローチとは異なる治療戦略を提示した。また、他のがん腫におけるXPO1阻害研究と異なり、本研究は極めて希少で治療選択肢の乏しい胸腺上皮腫瘍 (TET) を対象とし、その臨床的意義と前臨床的有効性を包括的に証明した。
新規性: 本研究で初めて、TETにおいてXPO1の高発現が悪性度の高い組織型、進行病期、および不良な予後と有意に関連する独立した予後不良因子であることを新規に同定した。さらに、XPO1選択的阻害薬selinexorが、TET細胞においてp53およびFOXO3aの核内蓄積を誘導し、p53依存性および非依存性の機序を介して強力な抗腫瘍活性を示すことを初めて明らかにした。また、プロテオミクス解析により、TETのドライバー変異として知られる Petrini et al. NatGenet 2014 のGTF2Iが、selinexor処理後に核内へ蓄積するという新規の知見を得た。
臨床応用: 本研究の成果は、進行期TET患者に対するselinexorの臨床応用に直結する強力な科学的根拠を提供する。XPO1高発現が予後不良因子であるという事実は、高発現を示す患者群を標的とした個別化医療の可能性を示唆している。また、正常胸腺上皮細胞に対する毒性が極めて低いことから、臨床現場において高い治療指数 (therapeutic index) を持って安全に使用できる可能性が高い。さらに、p53機能喪失 (TETの約20%に存在する変異) やXPO1遺伝子増幅が耐性に関与するという知見は、治療前のバイオマーカー選定や治療中の耐性モニタリングといった臨床管理において極めて有用な含意を持つ。
残された課題: 今後の検討課題として、selinexorに対する一次耐性を示すT1682細胞のようなp53欠損株における、p53以外の耐性克服戦略の確立が挙げられる。また、プロテオミクス解析で同定されたGTF2Iの核内蓄積が、TET特異的な遺伝子転写ネットワークや抗腫瘍効果にどのように寄与しているのか、その詳細な分子機構の解明が必要である。さらに、本研究で示された前臨床データを実証するため、実際のTET患者を対象としたselinexorの臨床試験 (Phase II試験など) において、有効性と安全性を検証することが今後の重要な研究方向性である。
方法
細胞株と薬剤: 胸腺腫細胞株2種 (IU-TAB1、T1682) および胸腺癌細胞株3種 (Ty82、MP57、T1889) を使用した。正常胸腺上皮細胞株2種 (TEC41.2、TEC84) を対照として用いた。SelinexorはKaryopharm Therapeutics社から供与された。
In vitro実験:
- タンパク質発現と局在解析: Western blot法によりXPO1およびそのカーゴタンパク質 (FOXO3a、p53、p27、NFkB p65) の発現レベルと細胞分画 (NE-PER法) による核-細胞質分布を解析した。免疫蛍光顕微鏡を用いてXPO1およびTSPの細胞内局在を確認した。
- 細胞生存率と細胞周期解析: CellTiter-Glo細胞生存率アッセイによりIC50値を算出した。PI (propidium iodide) 染色フローサイトメトリーを用いて細胞周期分布を解析した。
- アポトーシス誘導: Annexin V/PI染色フローサイトメトリーによりアポトーシス細胞を定量し、Caspase-3/7活性測定およびPARP (poly ADP-ribose polymerase) 切断、BIM、BAXタンパク質の発現をWestern blotで評価した。
- 遺伝子発現操作: siRNA (XPO1、p53、FOXO3a) による遺伝子ノックダウン、およびpIRES2-EGFP-p53WTプラスミドによるp53強制発現を行った。
- 耐性細胞株の樹立: IU-TAB1細胞をselinexorの段階的濃度上昇 (2ヶ月間で20 nmol/Lから500 nmol/Lまで) に曝露することで、selinexor耐性細胞株 (IU-TAB1-R) を樹立した。
プロテオミクス解析: IU-TAB1細胞にSILAC (Stable Isotope Labeling of Amino acids in Cell culture) 法を適用し、selinexor処理 (heavy) とDMSO処理 (light) の核・細胞質分画をそれぞれLC-MS/MSで解析した。3回の生物学的反復から、核画分で3,246個、細胞質画分で1,617個のタンパク質が同定された。データ解析にはRソフトウェアパッケージ (version 3.2.1) を使用し、Gene Set Enrichment Analysis (GSEA) およびIngenuity Pathway Analysis (IPA) を実施した。
遺伝子コピー数解析: TaqManコピー数アッセイによりXPO1遺伝子コピー数を定量した。RPPH1遺伝子を内因性参照遺伝子として用いた。CopyCallerソフトウェアv1.0で解析した。
In vivo異種移植実験: 6〜8週齢のヌードマウス (n=8 mice/group) の皮下にMP57およびT1889細胞を移植した。腫瘍体積が100 mm³に達した後、マウスを3群に無作為に分け、selinexor (10または15 mg/kg、週3回、4週間) またはvehicleを経口投与した。実験終了後、腫瘍組織を採取し、IHC (immunohistochemistry) によりKi67 (増殖マーカー)、切断caspase-3 (アポトーシスマーカー)、p27 (XPO1カーゴタンパク質) の発現を評価した。
臨床TET検体解析: 132例のTET組織マイクロアレイ (6組織型および16例の正常胸腺組織を含む) を用いて、IHCによるXPO1発現を盲検下でスコアリングした。スコアは陽性細胞の割合 (0-4) と染色強度 (0-3) の積 (0-12) で算出した。患者の臨床病理学的特徴 (WHO組織型、病期、切除完全度) および全生存期間 (OS) とXPO1発現との関連を統計解析した。
統計解析: In vitroおよびin vivoの結果の統計的有意性は、Student t検定または1-way ANOVAを用いて評価した。P値は両側検定で、p<0.05を有意とした。XPO1発現レベルと臨床病理学的特徴との関連は、Fisher’s exact testまたはchi-square testを用いて解析した。生存曲線はKaplan-Meier法で作成し、群間の差はlog-rank testまたはWilcoxon検定で評価した。予後因子のCox regression (コックス比例ハザード回帰モデル) 多変量解析も実施した。