- 著者: Kelly RJ, Petrini I, Rajan A, Wang Y, Giaccone G
- Corresponding author: Giuseppe Giaccone (Medical Oncology Branch, National Cancer Institute, NIH, Bethesda, MD, USA)
- 雑誌: Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2011
- Epub日: 2011-11-21
- Article種別: Review (clinical-to-translational)
- PMID: 22105817
背景
胸腺上皮性腫瘍 (thymic epithelial tumor, TET) は、胸腺腫 (thymoma) と胸腺癌 (thymic carcinoma, TC) に大別される稀少な縦隔悪性腫瘍である。米国における発症率は10万人年あたり 0.13例 と極めて稀であり、Engels et al. IntJCancer 2003 などの先行研究によってその疫学的特徴が報告されてきた。アジア/太平洋諸島系やアフリカ系米国人において発症率が高く、特にアフリカ系では白人よりも若年で発症する (中央値 48 vs 58歳) という人種差が知られている。胸腺は適応免疫の中枢器官であり、自己免疫レギュレーターである AIRE (autoimmune regulator) 依存性に組織特異抗原を提示して自己反応性 T細胞 を除去する役割を持つ。そのため、胸腺腫では重症筋無力症 (myasthenia gravis, MG) が約 30%、赤芽球癆 (PRCA: pure red cell aplasia) が約 5%、Good症候群が 3-6% といった多彩な自己免疫合併症を伴う一方、TC では自己免疫現象がほぼ認められないという生物学的対照性が確立されている。
病期分類には Masaoka stage (stage I-IVb: stage IからIVb) が用いられ、組織型分類には WHO分類 (A型、AB型、B1型、B2型、B3型、およびC型としてのTC) が標準的に用いられている (Masaoka et al. Cancer 1981)。早期の stage I/II では完全切除 (R0) により 90% 以上の治癒が期待できるが、進行・再発 stage III/IV では化学療法、放射線療法、手術を組み合わせた集学的治療が必要となる。しかし、本領域における最大の課題として、2011年時点で大規模なランダム化比較試験が極めて乏しく、標準化学療法レジメンの選択において施設間のばらつきがあり controversial (議論百出) な状態が続いており、標準治療の確立に向けたデータが不足しているという課題があった。また、新規治療薬の開発に向けた分子標的治療の prospective (前向き) なエビデンスが決定的に不足しており、KIT、EGFR、HER2 などの分子標的の活性プロファイルや治療標的としての妥当性も十分に体系化されていなかった。このように、希少疾患ゆえに臨床試験の実施が困難であり、トランスレーショナルな知見に基づく個別化治療戦略の確立に向けたデータが著しく不足しているという knowledge gap (知識ギャップ) が存在していた。
目的
本研究の目的は、胸腺悪性腫瘍 (thymic malignancy) の臨床管理から分子標的治療への展開における現状を、過去20年間の化学療法臨床試験および1999年から2010年までに実施された標的治療試験の包括的なレビューを通じて整理することである。具体的には、(a) WHO組織分類別の予後階層化の検証、(b) 標準的なプラチナ製剤併用化学療法レジメンの有効性プロファイルの比較、(c) EGFR、KIT、HER2、IGF-1R (insulin-like growth factor 1 receptor)、HDAC (histone deacetylase) 阻害薬、およびマルチキナーゼ阻害薬 sunitinib などの分子標的薬の臨床データおよび無効データの整理、(d) KIT遺伝子変異の部位に応じた特異的治療 (exon-specific therapy) の方向性の提示、を体系的に行うことを目的とする。
結果
WHO組織分類別の予後階層化: Masaoka病期分類とWHO組織分類は、胸腺腫瘍の予後予測において極めて強固な指標である。10年生存率は、A型で 100%、AB型で 95%、B1型で 90%、B2型で 75%、B3型で 70%、そして TC (C型) で 48% と段階的に低下し、組織学的な悪性度の進行と予後不良が高度に相関していることが示された (Fig 2)。生物学的にも、胸腺腫が多彩な自己免疫合併症 (MG 約 30%、PRCA 約 5%、Good症候群 3-6%) を伴うのに対し、TC では自己免疫現象がほぼ認められないという明確な対照性が確認された。アレイCGH解析では、A型胸腺腫に比べてTCにおいてゲノム異常の頻度、範囲、およびコピー数異常の数が著しく増加しており、腫瘍の悪性化に伴うゲノム不安定性の累積が示唆された (Fig 1)。
分子生物学的特徴とゲノムプロファイル: 胸腺腫瘍における主要な分子異常として、EGFR、HER2、c-KIT、および腫瘍抑制遺伝子の変化が同定された。EGFR遺伝子増幅は FISH (fluorescence in situ hybridization) 解析において胸腺腫の 20%、TC の 25% に認められ、IHC (immunohistochemistry) による蛋白過剰発現は胸腺腫で 23%、TC で 67-100% と高頻度であった。HER2過剰発現は胸腺腫で 6% に対し、TC では 53% と有意に高かった。c-KIT (CD117) の過剰発現は胸腺腫では 5% 未満と極めて稀であるのに対し、TC では 73-86% と極めて高頻度であった。しかし、TC における KIT 遺伝子変異の頻度は約 9% に留まり、変異の多くは exon 11 (L576P)、exon 13 (V654A)、exon 17 (D820E, H697Y) などの活性化変異であった (Yoh et al. LungCancer 2008)。また、抗アポトーシス因子である BCL-2 は TC の 100% で過剰発現しており、TP53 変異は胸腺腫で 0% に対し TC では 11-30%、LOH (loss of heterozygosity) は胸腺腫で 0% に対し TC で 38% と、TC において対照的に高頻度であった (Table 2)。
化学療法レジメンの活性プロファイル: 進行・再発胸腺腫瘍に対する一次治療として、シスプラチンをベースとした多剤併用化学療法が標準である。アントラサイクリン系薬剤を含む ADOC療法 (シスプラチン + ドキソルビシン + ビンクリスチン + シクロホスファミド) は、37例の検討において ORR 92%、生存期間中央値 (MST) 15ヶ月 という高い腫瘍縮小効果を示した。多施設共同試験で広く検証された PAC療法 (シスプラチン + ドキソルビシン + シクロホスファミド) は、stage IV の30例において ORR 50% (95% CI 31-69%, p<0.001) を示し、MST 3.2年 (38.4ヶ月) を達成し、標準的な一次治療として位置づけられている。非アントラサイクリン系レジメンでは、VIP療法 (エトポシド + イホスファミド + シスプラチン) が28例において ORR 32%、MST 2.5年 を示した。また、心毒性を回避できる代替治療として期待される カルボプラチン + パクリタキセル (CBDCA+PTX) 療法 は、44例の検討において胸腺腫で ORR 43% (PFS 19.8ヶ月) に対し、TC では ORR 33% (PFS 6.2ヶ月) と、TC において効果が減弱することが示された (Lemma et al. JClinOncol 2011)。二次治療以降におけるペメトレキセド単剤療法 (27例) は、胸腺腫で ORR 17% (PFS 45.4週間) を示したものの、TC では PFS 5.1週間 と活性が限定的であった。ソマトスタチン受容体陽性の胸腺腫に対するオクトレオチド ± プレドニゾン療法 (38例) では、ORR 30.3% (CR 5.3% + PR 25%) の効果が得られたが、TC に対する有効性は認められなかった (Table 3)。
分子標的治療における EGFR/KIT 阻害薬の無効性: EGFR や c-KIT の高い発現率にもかかわらず、これらを標的とした単剤治療の成績は極めて限定的であった。EGFR阻害薬 gefitinib の第II相試験 (26例) では、PR はわずか 1例 (ORR 4%)、SD 14例 であり、EGFR 遺伝子変異は検出されなかった。Erlotinib + bevacizumab 併用療法 (18例) も SD 11例、PD 7例 と限定的な活性に留まった。さらに、c-KIT 変異を考慮せずに実施された imatinib の臨床試験では、Giaccone 2009 試験 (7例) および Palmieri 2012 試験 (15例) の計 22例 において、c-KIT 変異陰性かつ IHC 陽性集団での奏効率は 0% (ORR 0%) であった (Palmieri et al. CancerChemotherPharmacol 2012)。この結果から、単なる蛋白過剰発現に基づいた標的治療の選択は無効であり、遺伝子変異の有無を評価することが不可欠であることが示された (Table 4)。
HDAC阻害薬、Sunitinib、および IGF-1R 阻害薬の有望なデータ: 一方で、いくつかの新規標的治療薬が有望な活性を示した。広域HDAC阻害薬 belinostat の第II相試験 (41例) では、胸腺腫において PR 2例 (4.9%、胸腺腫サブグループ内では ORR 13%)、SD 25例 を認め、TTP 174日、OS 575日 を達成したものの、TC に対する奏効は認められなかった。マルチキナーゼ阻害薬 sunitinib は、化学療法抵抗性の TC 患者 4例 において PR 3例 (75%)、長期 SD 1例 (22ヶ月) を示し、OS は 4ヶ月から40+ヶ月 に及び、TC において最も有望な標的治療薬として浮上した。IGF-1R 阻害薬 cixutumumab は、胸腺腫において良好な耐容性と活性の兆候を示したものの、TC においては有効性が認められず試験が早期中止となった。
KIT遺伝子変異部位に基づく個別化治療の可能性: TC の約 9% に認められる KIT 遺伝子変異は、その変異部位 (exon) によって阻害薬への感受性が対照的に異なることが明らかになった。具体的には、exon 11 の L576P 変異は imatinib に対する良好な感受性を示す一方 (Strobel et al. NEnglJMed 2004)、exon 13 の H697Y 変異は imatinib 抵抗性であり sorafenib や sunitinib に感受性を示す。また、exon 17 の D820E 変異は nilotinib や sorafenib に感受性を示すことが示された。この知見は、c-KIT 陽性 TC に対する治療選択において、遺伝子変異の有無だけでなく、変異部位に応じた適切な TKI (tyrosine kinase inhibitor) を選択する個別化アプローチ (precision oncology) の重要性を明確に示している。
考察/結論
先行研究との違い: 本レビューは、Loehrer 1994 (PAC試験)、Giaccone 1996 (PE試験)、Lemma 2011 (CBDCA+PTX試験) などの過去20年間の主要な化学療法データと、1999年から2010年までの標的治療データを初めて一つの clinical-to-translational なフレームワークとして統合した点で、従来の単一試験報告や断片的なレビューと大きく異なる。さらに、Girard et al. ClinCancerRes 2009 による包括的ゲノム解析知見と対比させ、WHO組織分類別の予後階層、分子プロファイル、および治療反応性を統合した 3段階 (three-tier) の治療アルゴリズムを提示した点が特徴的である。
新規性: 本研究の最大の新規性は、胸腺悪性腫瘍における「KIT遺伝子変異部位に応じた特異的TKI選択 (exon-specific therapy)」という新しい治療パラダイムを本研究で初めて提唱した点にある。c-KIT過剰発現のみに基づく imatinib 投与が無効であるという negative-but-informative な臨床試験結果を整理し、exon 11 変異には imatinib、exon 13/17 変異には sunitinib や sorafenib/nilotinib を選択すべきであるという具体的な分子マッチング戦略を新規に提示した。また、アレイCGH解析により、B3型胸腺腫とTCがゲノム異常の頻度や範囲において類似しており、A型やB2型胸腺腫とは分子生物学的に明確に区別されることを強調した。
臨床応用: 本研究が示す臨床応用への含意として、第一に、進行・再発胸腺腫瘍に対する一次治療は依然として PAC療法 または CBDCA+PTX療法 (心毒性回避が必要な場合) が標準である。第二に、化学療法抵抗性の再発胸腺腫に対しては belinostat (HDAC阻害薬) やオクトレオチド、TC に対しては sunitinib (マルチキナーゼ阻害薬) が治療選択肢として考慮される。第三に、すべての TC 症例において c-KIT 遺伝子変異検査 (特に exon 9, 11, 13, 17) を実施し、変異陽性例に対して変異部位特異的な TKI を選択する precision oncology の実装が推奨される。第四に、EGFR や HER2 の高発現が認められても、単剤での標的治療は無効であるため、日常臨床でのルーチン投与は避けるべきである。
残された課題: 今後の検討課題として、第一に、患者の個別ゲノムプロファイルに基づいて治療薬を割り当てる前向き分子プロファイリング試験 (NCT01306045) の実装と、その臨床的有用性の検証が必要である。第二に、belinostat と PAC療法の一次併用療法 (NCT01100944) などの併用戦略の開発が求められる。第三に、胸腺腫における自己免疫合併症の分子病因 (AIRE発現低下等) と、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) 導入時の重篤な自己免疫関連有害事象 (irAE) のリスク評価が極めて重要な課題となる。第四に、アジア人やアフリカ系米国人における高い発症率と若年発症の背景にある遺伝的因子の解明に向け、国際的な共同研究体制 (ITMIG等) の組織化が必要である。
方法
本研究は、胸腺悪性腫瘍における化学療法および標的治療の知見を統合するための系統的な文献レビューである。文献検索戦略として、PubMed データベースを用いて過去20年間の化学療法臨床試験、および1999年から2010年までの分子標的治療に関する試験を検索した。検索キーワードには “thymoma”、“thymic carcinoma”、“thymic malignancy” に加え、各化学療法レジメン名や標的治療薬名 (gefitinib, erlotinib, bevacizumab, imatinib, belinostat, sunitinib, octreotide, cixutumumab 等) を組み合わせた。さらに、1999年から2010年までの米国臨床腫瘍学会 (ASCO) 年次総会抄録、2009年に開催された第1回国際胸腺悪性腫瘍会議、および2010年の国際胸腺悪性腫瘍興味グループ (ITMIG: International Thymic Malignancy Interest Group) 会議の抄録を補完的に参照した。
文献の選択基準は、(i) 前向き臨床試験 (phase I/II)、(ii) 10例以上の症例を含む後方視的解析、(iii) 分子プロファイルに関連するトランスレーショナル研究、(iv) WHO分類に基づく組織型別のデータが明記されている研究とした。症例報告のみの文献やレビュー記事の二次引用は除外した。本研究は専門家による narrative review であり、Cochrane 系統的レビュー評価や PRISMA フローチャートは適用していないが、抽出されたデータは化学療法の奏効率 (ORR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS) および標的治療の活性データとして Table 形式に整理した。生存曲線やゲノムプロファイルの可視化には、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法による生存分析データや、アレイ CGH (comparative genomic hybridization) 解析によるコピー数異常 (CNA) データを参照した。