• 著者: Yisong Wang, Anish Thomas, Christopher Lau, Arun Rajan, Yuelin Zhu, J. Keith Killian, Iacopo Petrini, Trung Pham, Betsy Morrow, Xiaohu Zhong, Paul S. Meltzer, Giuseppe Giaccone
  • Corresponding author: Giuseppe Giaccone (Lombardi Comprehensive Cancer Center, Georgetown University, Washington DC, USA)
  • 雑誌: Scientific Reports
  • 発行年: 2014
  • Epub日: 2014-12-08
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 25482724

背景

胸腺上皮腫瘍 (TET) は稀な癌であり、米国における年間発症頻度は10万人あたり0.13例と報告されている。WHO 2004分類では、TETは胸腺腫 (A, AB, B1, B2, B3型) と胸腺癌 (TC) に分類される。胸腺腫は比較的緩徐な経過を辿ることが多く、特にA型胸腺腫の10年生存率は約100%と良好である。一方、TCはより攻撃的な臨床経過を辿り、5年生存率は約50%と予後不良であるとされている Kelly et al. JClinOncol 2011。進行期TETの治療は主に化学療法に限定されるが、これは通常根治的ではない。

個別化された標的治療は、いくつかの癌種で目覚ましい成果を上げているが、TETにおける遺伝子変異に関する知識が不足しているため、効果的な標的治療の開発は遅れている。次世代シーケンス (NGS) は、一般的な癌種のゲノム解析に貢献してきたが Meyerson et al. NatRevGenet 2010、TETのような希少癌のゲノム解析は遅れており、TP53やKIT変異の散発的な報告に留まっていた。

先行研究として、Petriniら Petrini et al. NatGenet 2014 は、早期胸腺腫においてGTF2I遺伝子の特異的なミスセンス変異が高頻度 (約80%) で存在し、良好な予後と関連することを報告した。また、Girardら (2010) はKITおよびTP53変異の散発的な検出を報告している。しかし、これらの先行研究では、進行期胸腺癌 (Masaoka stage III-IV) に特化した大規模なゲノム解析が皆無であり、胸腺癌と胸腺腫の遺伝学的相違を直接比較する腫瘍-正常ペア検体を用いた研究は実施されていなかった。さらに、エピジェネティック制御遺伝子の関与が示唆されていたものの、その系統的な解析が欠落しており、標的治療開発に不可欠なアクション可能な変異のカタログ化も不十分であった。これらの知識のギャップが、TET、特に進行期胸腺癌の効果的な治療法開発を妨げる要因となっていた。このため、進行期胸腺癌における遺伝子変異プロファイルの包括的な理解が未解明であり、新たな治療戦略の開発にはこの知識の不足が大きな課題として残されていた。

目的

本研究の目的は、進行期胸腺上皮腫瘍 (胸腺癌47例および胸腺腫31例) 患者を対象に、197の癌関連遺伝子パネルを用いた標的キャプチャーシーケンスにより、体細胞変異プロファイルを網羅的に同定することである。具体的には、(1) 胸腺癌と胸腺腫の遺伝学的差異を比較解析すること、(2) TP53変異の予後予測能を評価すること、(3) BAP1、SETD2、DNMT3Aなどのエピジェネティック制御遺伝子変異の頻度とその胸腺癌における特異的集積を明らかにし、これらの変異が治療標的としての潜在的価値を持つかを検討することを目的とした。これにより、胸腺癌の分子病態理解を深め、新たな標的治療開発の基盤を確立することを目指す。

結果

体細胞変異の頻度と組織型間の差異: 全78検体中33例 (42%) で、39遺伝子にわたる合計86個の体細胞非同義変異が検出された (Table S2)。胸腺癌ではn=47例中29例 (62%) が変異を保有しており、胸腺腫のn=31例中4例 (13%) と比較して有意に高頻度であった (p < 0.0001, Chi-square test) (Figure 1A)。胸腺癌における平均変異数は1.86個/例であったのに対し、胸腺腫では0.13個/例であり、両腫瘍型の遺伝学的異質性が強く示唆された。検出された86個の変異の内訳は、一塩基変異 (SNV) が62個 (ミスセンス49個、スプライス部位4個、ナンセンス9個)、挿入欠失変異 (indel) が24個 (フレームシフト17個、インフレーム7個) であった。これらの変異のうち37個 (43%) はCOSMICデータベースに既報であり、12個はdbSNP137およびESP6500に記載された腫瘍関連SNPであった。最も多くの変異を保有していたのは、MLH1およびXRCC1 (X-ray repair cross-complementing protein 1) といったDNA修復遺伝子の変異が原因である可能性のある13個の変異を持つ胸腺癌であった。

TP53変異と予後との関連: TP53は全TETの17% (n=13/78例) で変異が認められ、最頻発変異遺伝子であった。特に胸腺癌では26% (n=12/47例) で変異が検出されたのに対し、胸腺腫では3% (n=1/31例) であり、胸腺癌において有意に高頻度であった (Chi-square test, p = 0.0097)。TP53変異を保有する患者は、TP53野生型患者と比較して全生存期間 (OS) が有意に短縮していた (中央値19ヶ月 vs 106ヶ月; HR 0.25, 95% CI 0.04-0.89, p = 0.0003) (Figure 4B)。この結果は、TP53変異が胸腺癌の攻撃的な臨床経過の遺伝学的基盤の一つであることを示唆している。

エピジェネティック制御遺伝子変異の胸腺癌への特異的集積: 検出された39個の変異遺伝子のうち9個がエピジェネティック制御 (クロマチンリモデリング、ヒストン修飾、DNAメチル化) に関連する遺伝子をコードしており、これらの変異は胸腺癌で有意に高頻度であった (胸腺癌n=18/47例 [38%] vs 胸腺腫n=3/31例 [10%]; Fisher’s exact test, p = 0.0081) (Figure 2C)。特に、BAP1 (13%, n=6/47例)、SETD2 (11%, n=5/47例)、DNMT3A (7%, n=3/47例)、ASXL1 (4%, n=2/47例)、TET2 (4%, n=2/47例)、SMARCA4 (4%, n=2/47例)、WT1 (4%, n=2/47例) の7遺伝子における再発変異は、胸腺癌にのみ検出され (n=16/47例)、胸腺腫では全く検出されなかった (n=0/31例) (Fisher’s exact test, p = 0.0001) (Figure 2D)。BAP1変異の6例中5例は、フレームシフトindel (A378fs, G560fs, G132fs)、ナンセンス変異 (E200*)、スプライス部位エラーであり、腎明細胞癌などで報告されている機能喪失型変異と類似のプロファイルを示した。これらの変異はBAP1タンパク質のユビキチンC末端加水分解酵素 (UCH) ドメインやHCF結合モチーフ (HBM) に集中しており、その機能喪失を示唆している (Figure 3A)。

CYLDおよびKIT変異の検出: NF-κB経路の負の制御因子であるCYLD脱ユビキチン化酵素の変異は、4例の胸腺癌 (9%) で検出されたが、胸腺腫では検出されなかった。先行研究 (Petrini et al. 2014) と統合すると、合計9個のCYLD変異が胸腺癌の11% (n=7/63例) で検出されたのに対し、胸腺腫ではn=69例中0例であった (Fisher’s exact test, p < 0.001)。CYLD変異はCAP-Glyドメインやユビキチン特異的プロテアーゼ (USP) ドメインに分布しており、NF-κB経路の脱制御に寄与する可能性が示唆された (Figure 3B)。KIT変異は4例の胸腺癌 (9%) で検出され、胸腺腫では検出されなかった (p = 0.1471)。このうち1例で検出されたKIT L576P変異は、イマチニブ感受性の悪性黒色腫で既報の変異である。SIFTおよびPolyphen2アルゴリズムを用いた機能予測では、予測可能な58個の変異のうち51個 (88%) が遺伝子機能に影響を与える可能性が高いと予測された。

体細胞変異と全生存期間の関連: 全体として、体細胞変異を保有するTET患者は、変異を持たない患者と比較して全生存期間が不良であった (中央値59ヶ月 vs 142ヶ月; HR 0.40, 95% CI 0.23-0.69, p < 0.05) (Figure 4A)。しかし、エピジェネティック制御遺伝子変異の有無と生存期間との間には有意な差は認められなかった (p = 0.194)。

標的治療薬への応答: 56名の患者が、スニチニブ、ミルシクリブ、ベリノスタットとPAC (シスプラチン、ドキソルビシン、シクロホスファミド) の併用療法 (PACB)、シクツムマブ、または単剤ベリノスタットのいずれかの第II相試験に登録された (Table 2)。エピジェネティック遺伝子変異を持つn=6名のTET患者がPACB治療を受け、SETD2 (G1672E) 変異を持つB2型胸腺腫のn=1名が部分奏効 (PR) を達成した以外は、全例で病勢安定 (SD) であった。対照的に、エピジェネティック遺伝子変異を持たないn=13名のTET患者がPACB治療を受け、n=5名がPR、n=1名が完全奏効 (CR) を示した。しかし、エピジェネティック遺伝子変異の有無とPACBへの奏効との間に有意な差は認められなかった (p = 0.12)。また、本研究で同定された体細胞変異の有無と、上記の標的治療薬への腫瘍応答との間にも有意な差は認められなかったが、各試験の患者数が少ないため、確固たる結論を導き出すことは困難である。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、進行期胸腺癌に焦点を当てた点で独自性を持つ。Petriniら Petrini et al. NatGenet 2014 が主に早期胸腺腫を対象にGTF2I変異の頻度と予後良好な関連を報告したのに対し、本研究で同定されたBAP1、SETD2、DNMT3Aなどのエピジェネティック制御遺伝子変異は胸腺癌に特異的であり、TP53変異と同様に予後不良と相関することが示された。この結果は、胸腺癌と胸腺腫が遺伝学的に異なる腫瘍であることを分子レベルで実証するものであり、これまでの報告とは対照的な知見である。また、Girardら (2010) のKITやTP53といった単一遺伝子に関する散発的な報告と比較して、本研究は197の癌関連遺伝子パネルを用いた系統的な解析により、より網羅的な遺伝子変異プロファイルとパスウェイレベルでの新規な洞察を提供した。

新規性: 本研究は、進行期TET患者における体細胞変異の大規模解析としては最大規模であり、特にクロマチンリモデリング、ヒストン修飾、DNAメチル化に関わるエピジェネティック制御遺伝子が進行期胸腺癌において高頻度に、かつ胸腺腫には見られない特異的な集積を示すことを初めて明らかにした。これらのエピジェネティック制御遺伝子 (BAP1, ASXL1, SETD2, SMARCA4, DNMT3A, TET2, WT1) は、他の癌種ではドライバー遺伝子として分類されており、その機能喪失型変異が胸腺癌の病態形成に重要な役割を果たす可能性を新規に示唆するものである。

臨床応用と意義: 本研究の知見は、胸腺癌の臨床応用において重要な意義を持つ。(1) TP53変異は、進行期胸腺癌患者の予後予測バイオマーカーとして利用可能であり、TP53変異の有無が全生存期間の明確な分離をもたらすことが示された (HR 0.25, 95% CI 0.04-0.89, p = 0.0003)。(2) BAP1、SETD2、DNMT3Aなどのエピジェネティック制御遺伝子の変異は、ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) 阻害薬 (例: ボリノスタット)、DNAメチルトランスフェラーゼ (DNMT) 阻害薬 (例: アザシチジン)、またはEZH2阻害薬 (例: タゼメトスタット) といったエピジェネティック治療薬の新規な治療候補として提示される。(3) CYLD変異によるNF-κB経路の活性化は、NF-κB経路を標的とする阻害薬の潜在的な標的となり得る。(4) KIT L576P変異が検出された胸腺癌患者は、イマチニブ治療の候補となる可能性があり、これはStrobel et al. NEnglJMed 2004の報告とも関連する。これらの結果は、胸腺癌の分子分類と治療階層化のための基盤を確立し、個別化医療の推進に貢献するものである Caruso et al. TrendsCancer 2023

残された課題・limitation: 本研究にはいくつかの限界も存在する。(1) 197遺伝子パネルは癌関連遺伝子を事前に選択しているため、パスウェイエンリッチメント解析の結果が特定のコアパスウェイを過剰に代表している可能性があり、結果の解釈には注意が必要である。(2) 希少癌であるため、解析対象患者数 (n=78) は限定的であり、サブグループ解析 (組織型別、病期別) の統計的検出力に制約があった。(3) 今後の検討課題として、BAP1、SETD2、DNMT3Aなどの機能喪失変異のin vivoおよびin vitroでの機能検証、エピジェネティック阻害薬を用いた前向きバスケット型臨床試験 (遺伝子型に基づいたマッチング) の設計、エピジェネティック変異と免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) 応答性との関連解明 (腫瘍変異負荷やネオアンチゲン負荷への影響を含む)、および全エクソーム/ゲノムシーケンスによる未捕捉のドライバー変異の同定が挙げられる。(4) 本コホートは進行期 (Masaoka stage III-IV) の患者のみで構成されており、早期病期 (stage I-II) や早期再発例における変異プロファイルは別途解析が必要である。本研究は、希少癌における分子標的治療開発の出発点として、後続の包括的ゲノム解析 (例: Radovich et al. CancerCell 2018 のTCGA TETプロジェクト) の基盤となる先駆的な研究である。

方法

患者および検体: 2011年3月から2012年12月にかけて、分子標的治療臨床試験 (Clinical trial.gov ID: NCT01306045) に登録された進行期TET患者82例のうち、腫瘍組織と対照血液DNAペア検体が得られた78例 (胸腺癌47例、胸腺腫31例) を解析対象とした。患者のMasaoka病期分類は、ステージIIIが4例、IVAが24例、IVBが50例であった。全ての患者は手術または放射線療法の適応外であった。本研究はNCIの施設倫理委員会によって承認され、全ての参加者から書面によるインフォームドコンセントを得た。

DNA抽出: ホルマリン固定パラフィン埋包 (FFPE) ブロックから調製されたスライドをヘマトキシリン・エオジン染色し、病理医 (J. Keith Killian: KJK) が腫瘍診断を確認し、腫瘍細胞が80%以上含まれる領域を選択した。選択された領域からマクロダイセクションにより腫瘍DNAを抽出し、対照DNAは患者の末梢血から調製した。

標的シーケンス: 197の癌関連遺伝子パネル (Table S1) を用いて標的エクソームキャプチャーシーケンスを実施した。このパネルは、COSMIC Cancer Gene Censusに報告されている変異、固形腫瘍の既知のドライバー遺伝子、およびNCIの他のプロジェクトで調査中の経路に関連する遺伝子に基づいて選択された。Illumina MiSeqシーケンサーを用いて、100bpペアエンドリードで高深度シーケンスを実施し、平均カバレッジは125倍 (範囲27倍-420倍) を達成した。

バイオインフォマティクス解析: 生データはBroad InstituteのBest Practicesワークフローに従って処理された。Burrows-Wheeler Aligner (BWA) Li et al. Bioinformatics 2009 を用いてヒトゲノムバージョン19にリードをマッピングし、GATKスイートで局所再アライメントを行った。腫瘍-正常ペア検体からの体細胞変異コールはStrelka体細胞変異コーラー Saunders et al. Bioinformatics 2012 を用いて実施し、生殖細胞系列変異はUnifiedGenotyperでコールした。SnpEff (Cingolani et al. 2012)、dbNSFP (Liu et al. 2013)、dbSNP 137、ESP6500、COSMICデータベースを用いて変異のアノテーションと機能予測を行った。SIFTスコア0.05未満、PolyPhen-2スコア0.85超を機能に影響を与える可能性が高いと判断した。体細胞変異コールには、対照血液サンプルに完全に存在しないこと、リード数15以上かつアレル頻度15%以上であること、MAPQスコア20未満を除外すること、オープンリーディングフレーム内またはスプライス部位であること、同義変異および非コーディング領域変異を除外すること、および疾患関連性が報告されていないSNPを除外すること、というフィルタリング基準を適用した。全ての変異はIntegrative Genomics Viewer (IGV) で視覚的に確認した。

変異の検証: 検出された体細胞変異のうち、64個の再発変異から48個 (うち41個が再発変異) を無作為に選択し、Sangerシーケンスにより再確認した。その結果、48個中46個 (96%) の変異が検証された。

統計解析: 変異遺伝子の経路エンリッチメント解析は、Fisherの正確確率検定またはカイ二乗検定を用いて行った。Vogelsteinら Vogelstein et al. Science 2013 が提唱した12のコア経路におけるドライバー遺伝子の存在を評価した。患者および腫瘍特性と分子結果の相関はFisherの正確確率検定で評価した。全生存期間 (OS) の解析にはKaplan-Meier法を用い、群間の差はログランク (Mantel-Cox) 検定で評価した。OSは初回診断時から死亡までの期間、または最終生存確認時までを対象とした。