• 著者: Moreira AL, Won HH, McMillan R, Huang J, Riely GJ, Ladanyi M, Berger MF
  • Corresponding author: Andre L. Moreira (Department of Pathology, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2015
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 25299233

背景

胸腺上皮性腫瘍 (TET: thymic epithelial tumor) は推定発生率0.13/10万人/年と極めて希少な悪性腫瘍であり、相対的に無痛経過の胸腺腫と侵攻性の高い TCA (thymic carcinoma; 胸腺癌) を包含する。TCAは組織学的に明確な悪性細胞を示し、扁平上皮癌が最多組織型で、局所再発・遠隔転移・短命生存を特徴とする。TETの分子基盤を理解するため、EGFRやKITを標的とした先行研究が実施されてきたが成果は限定的であった。Girardらは7遺伝子のEGFRシグナル経路解析を行いTCAで体細胞変異を7%のみに同定し、追加経路の解析が必要と結論付けた (Girard et al. ClinCancerRes 2009)。KIT発現はTCAの約60%で免疫染色陽性となりKIT阻害薬 (imatinib) への個症例での奏効が報告されたものの、広範解析ではKIT変異頻度は低く治療標的としての位置付けは不明確であった。TCAとB3胸腺腫が分子的に異なる腫瘍であることは示唆されてきたが、胸腺腫瘍に特化した275遺伝子規模での包括的変異プロファイリング研究は依然として手薄であり、両腫瘍種を同一プラットフォームで比較した研究は不足していた (gap in knowledge)。次世代シーケンシング (NGS: next-generation sequencing) 技術の進歩と標的捕捉パネルの実用化により、少量のFFPE (formalin-fixed paraffin-embedded; ホルマリン固定パラフィン包埋) 腫瘍組織からも多数の癌関連遺伝子を高感度・深度で解析する基盤が整い、TETでの本格的な変異プロファイリングが初めて実施可能となった。

目的

MSKCC (Memorial Sloan-Kettering Cancer Center) のIMPACT (integrated mutation profiling of actionable cancer targets) 275遺伝子標的捕捉深部シーケンシングアッセイを用いて、TCA 15例とWHO B3胸腺腫6例の体細胞変異プロファイルを包括的に比較解析し、両腫瘍種の分子的差異を同定するとともに、TP53変異の予後的意義を臨床データとの統合により明らかにすること。

結果

変異検出の全体像: IMPACT 275遺伝子パネルによるシーケンシングの結果、TCA 15例中12例 (80%) で非同義体細胞変異が同定された (Fig 1)。腫瘍あたり変異数の中央値は1個 (範囲0〜26) と、比較対照として示した肺腺癌と比較して著しく低い変異負荷であった (Fig 1の赤バー参照)。3例のTCAでは275遺伝子全体で変異が検出されず、そのうち2例は術前ネオアジュバント療法施行例、1例は非施行例であった。ネオアジュバント療法施行群と非施行群の間に変異数の有意差は認めなかった (χ2検定、p=0.59)。B3胸腺腫では6例中4例 (67%) で変異が検出された。全サンプルは品質管理試験を通過し、平均シーケンス深度は腫瘍あたり435×、正常組織あたり277×であった。術前・術後いずれのサンプルでも、新鮮凍結組織とFFPE組織の間に変異検出の不一致は認めなかった (2例で両組織が利用可能)。

胸腺癌 (TCA) の変異プロファイル: TCAで同定された変異遺伝子は大きく2カテゴリーに集約された (Fig 2、Table 2)。腫瘍抑制遺伝子群ではTP53が最頻変異遺伝子 (n=4、27%) であり、TGFβ (transforming growth factor beta) シグナル経路のSMAD4 (n=2)・NFκB (nuclear factor kappa B) 経路のCYLD (n=2) が続いた。クロマチンリモデリング遺伝子群ではKDM6A (n=3)・SETD2 (n=2)・MLL3 (n=2)・MLL2 (n=2) に変異が認められた。注目すべきことに、KIT変異はIMPACT 275遺伝子解析では15例全例で検出されなかった。NRAS Q61K変異が1例に認められた。染色体コピー数解析では、TCAで1q・5pのゲイン (コピー数増加) と3p・6のロス (コピー数減少) が高頻度に観察された。特筆すべき1例 (未分化TCA、Masaoka stage 4b) では26個もの変異が検出され、KDM6A変異2箇所とMLL2変異を含む著しく高い変異負荷を示した。この症例は術前化学療法施行後の切除例で、胸腺由来はCD5・KITのIHCで確認されている。変異間の有意な共起または相互排他的パターンは認められなかった。

B3胸腺腫の変異プロファイルとTCAとの対比: B3胸腺腫では4/6例で変異が検出されたが、TCAとは根本的に異なる変異プロファイルを示した (Table 2)。最も特徴的な所見はBCOR (BCL6 co-repressor) 変異の高頻度であり、6例中3例 (50%) に認められた。MLL3変異が1例に認められた。一方、TCAで最頻変異であったTP53変異はB3胸腺腫6例全例で認められず、染色体コピー数変化 (ゲイン・ロス) もB3胸腺腫では一切検出されなかった。このBCOR変異パターンはPetriniらによるB3胸腺腫1例の全ゲノム解析報告 (PLoS One 2013) とも一致した。BCORは急性骨髄性白血病 (AML: acute myeloid leukemia) や骨髄異形成症候群 (MDS: myelodysplastic syndrome) で変異が多く認められ血液悪性腫瘍では予後不良と関連するが、胸腺腫における役割は依然不明である。TCA全例でBCOR変異が認められなかったことと合わせ、BCORがB3胸腺腫の特徴的分子マーカーである可能性が本研究の重要な知見として浮上した。

p53免疫染色 (IHC) とTP53変異の相関: NGSでTP53変異が同定された4例全例において、IHCで腫瘍細胞核の60%以上に強いp53過剰発現が確認された (Fig 3B)。NGSでTP53野生型と判定されたTCA 11例は全例、IHCで腫瘍核の散在性焦点陽性 (10%未満) を示すのみであった (Fig 3A)。この変異検出とIHCパターンの間に完全な相関 (perfect correlation) が確認され、p53 IHCがTP53変異のサロゲートマーカーとして機能することが示された。拡大コホートとして追加10例のTCAにIHCを施行したところ、3例が変異相当パターン (diffuse過剰発現1例・完全染色消失2例) を示し、7例は野生型の焦点陽性パターンと判定された。B3胸腺腫6例は全例でp53焦点陽性 (10%未満) を示すのみで、変異相当パターンは認められなかった (NGS結果と一致)。本相関はOvarian carcinoma等他腫瘍でのp53 IHC代替変異評価に関する既報 (Yemelyanova et al., Mod Pathol 2011) と整合する。

TP53変異/p53発現と生存予後の解析: NGS 15例に追加IHC 10例を加えた計25例のTCAでp53 IHCパターンと生存を解析した (Fig 4)。p53変異相当IHCパターン群 (diffuse過剰発現または完全消失) の5年DFS 12.5% vs 野生型群54%について、Cox比例ハザードモデルにより統計的に有意な差が確認された (p=0.02、HR 0.2848、95% CI 0.06〜0.72、n=25例)。p53変異相当群での中央DFSは2年 (731日) であり、野生型群では中央値未到達 (中央追跡期間8年、腫瘍関連死2例のみ)。OS解析においても変異相当群での予後不良傾向が認められた (p=0.05)。NGSでTP53変異が確認された4例中3例はMasaoka stage 4 (stage 4b 2例・stage 4a 1例) であり、術前化学療法施行後にも平均生存2.2年で死亡した。野生型群のstage 4症例では腫瘍関連死は2例のみで、残りは追跡期間中に生存中または他因死であった。

考察/結論

本研究はTETを対象とした当時最大規模の包括的変異プロファイリング解析であり、MSKCC IMPACTパネル (275遺伝子) を用いてTCAとB3胸腺腫の分子的差異を体系的に実証し、TP53変異の予後的意義を初めて大規模IHC検証を伴って明らかにした。

既報との比較と相違点:これまでの研究では、EGFRシグナル経路の7遺伝子限局解析においてTCAの変異率はわずか7%と報告されていたが、本研究の275遺伝子IMPACT解析ではTCAの80%に変異が検出された点はこれまでと異なる重要な知見である (Girard et al. ClinCancerRes 2009)。TP53変異の頻度 (4/15例、27%) は、PCR (polymerase chain reaction) や他技術を用いた既報の小規模シリーズ (約30%) と一致し、本格的NGS解析による検証が得られた。KIT変異については、これまでの研究で低頻度 (<10%) と報告されてきた点と本研究の15例全例での非検出は一致するが、サンプルサイズ15例では偽陰性の可能性を排除できない。既報でTCAとB3胸腺腫が臨床的・分子的に異なる腫瘍実体であることは示唆されていたが (Kelly et al. JClinOncol 2011)、本研究はより広範なゲノム解析でその分子的特性の差異を定量的かつ体系的に示した。

新規性:本研究は新規に、(1) TCAにおけるクロマチンリモデリング遺伝子群 (KDM6A・SETD2・MLL3・MLL2) の多遺伝子変異が高頻度に認められることを体系的に同定した。(2) BCORがB3胸腺腫の特徴的変異遺伝子として新規に浮上し、TCAとの分子的divergenceを定量的に裏付けた。後にPetriniらは胸腺腫 (A/AB型含む) においてGTF2I変異が最高頻度変異遺伝子であることを示したが (Petrini et al. NatGenet 2014)、本研究は胸腺癌特有の変異ランドスケープ (TP53・クロマチン遺伝子中心) を当時最大規模のパネルで描出した補完的意義を持つ。

臨床的意義:TP53変異/p53過剰発現は5年DFS 12.5% vs 野生型54% (p=0.02、HR 0.28) と有意な予後不良バイオマーカーとして確立され、TCAにおける臨床的意義が明確化された。p53 IHCがTP53変異のサロゲートとして機能することが示されたため、NGSが困難な臨床現場においてもIHCを用いた予後予測の臨床応用が可能である。TCAは希少腫瘍で予後予測が難しいが、p53発現パターンによるリスク層別化は臨床的含意が高く、高リスク群への積極的治療戦略の選択に寄与し得る。現時点でTP53変異特異的な分子標的療法は存在しないが、MDM2 (murine double minute 2) 阻害薬などのp53経路修飾薬やAPR-246 (p53 reactivator) の将来的な臨床試験への応用において、本知見を橋渡しすることが期待される。

残された課題:本研究においてサンプルサイズが15例 (TCA) と小規模であることは重要なlimitationであり、大規模コホートでの検証が今後の検討として必要である。全エクソームシーケンシングや全ゲノム解析によるIMPACT 275遺伝子パネル外の変異同定、BCORのB3胸腺腫における機能的役割の解明、SMAD4・CYLD・KDM6Aが胸腺癌病因に果たす役割の検証が残された課題として挙げられる。化学療法誘発性変異が少数の検出されなかった症例に潜在する可能性も否定できない。胸腺腫瘍の極めて希少な性質上、多施設共同研究による大規模コホートの集積と前向き研究デザインによるTP53バイオマーカーの前向き検証が今後の展望として期待される。

方法

対象コホート: MSKCC機関倫理委員会 (IRB: Institutional Review Board) の承認のもと、2004〜2010年にMSKCC胸部外科で切除されたTCA 15例 (扁平上皮癌14例・未分化癌1例) およびWHO B3型胸腺腫 (Type B3 thymoma; predominantly cortical type) 6例を対象とした。病期はMasaoka-Koga分類を使用した。患者背景の詳細はTable 1に示す。

シーケンシング: IMPACTパネル (275癌関連遺伝子を標的とするexon capture; Nimblegen SeqCap/Kapa Biosystems ライブラリ)、Illumina HiSeq 2000でpaired-end 75bpリードを平均435× (腫瘍) / 277× (正常) の深度でシーケンスした。アライメントはBurrows-Wheeler Alignment (BWA) ツールでhg19に実施し、Genome Analysis Toolkit (GATK) で後処理した。体細胞SNV (single nucleotide variant; 一塩基変異体)・小挿入欠失・コピー数変化を同定した。DNA抽出はQiagen DNeasy Blood and Tissue Kitを使用し、濃度・純度をQubit Fluorometerで確認した。

免疫組織化学 (IHC): 追加10例のTCAでp53発現を評価した (モノクローナル抗体clone DO-7, Ventana, USA; 自動染色機BenchMark XT, Ventana)。腫瘍細胞核の60%超に強発現または完全染色消失をTP53変異相当、散在性焦点陽性 (<50%) を野生型と定義した。

統計解析: 変異数・質の群間比較にはχ2検定を使用した。無病生存 (DFS: disease-free survival) は切除から再発または肺癌関連死までの期間、全生存 (OS: overall survival) は術後死亡までの期間と定義した。DFS・OSはKaplan-Meier法で推定し、p53発現との関連はCox比例ハザードモデルで評価した。解析はGraphPad Prism 5 (GraphPad Software, La Jolla, CA) で実施した。