- 著者: Nicolas Girard, Ronglai Shen, Tianhua Guo, Maureen F. Zakowski, Adriana Heguy, Gregory J. Riely, James Huang, Christopher Lau, Alex E. Lash, Marc Ladanyi, Agnes Viale, Cristina R. Antonescu, William D. Travis, Valerie W. Rusch, Mark G. Kris, William Pao
- Corresponding author: William Pao (Vanderbilt-Ingram Cancer Center, Nashville, TN, USA)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2009
- Epub日: 2009-10-27
- Article種別: Original Article
- PMID: 19861435
背景
胸腺腫瘍(thymomaおよびthymic carcinoma)は、胸腔内に発生する稀少な悪性腫瘍であり、全悪性腫瘍の約0.2%から1.5%を占めることがdeJong et al. EurJCancer 2008により報告されている。胸腺腫は局所再発傾向が強いが転移は稀であり、外科的切除と放射線治療が主な治療法である。一方、胸腺癌は外科手術、化学療法、放射線療法にもかかわらず再発および死亡リスクが高い。両者はともに胸腺上皮由来であるため、臨床的にはしばしば一括りに扱われてきたが、その生物学的特性や最適な治療法については未解明な点が多かった。特に、EGFRやKITなどの分子標的薬に対する応答が散発的に報告されるにとどまり、どの患者がこれらの薬剤に有効であるかを予測する分子マーカーは確立されていなかった。
先行研究では、KITの発現が胸腺癌の多くで認められることが報告されており、消化管間質腫瘍(GIST)におけるKIT変異とイマチニブ(imatinib)応答の関連から、胸腺腫瘍へのKIT阻害剤の応用が試みられてきた。しかし、KIT発現のみではイマチニブ感受性の予測に不十分であるという課題が残されていた。例えば、Strobel et al. NEnglJMed 2004は、KIT変異を有する胸腺癌がイマチニブに奏効した症例を報告したが、その後の臨床試験では、KIT発現陽性患者全体でのイマチニブの有効性は限定的であった。また、EGFR経路についても、エルロチニブ(erlotinib)への応答症例が報告されていたものの、RAS変異など、EGFR阻害剤に対する抵抗性に関わる分子異常の全体像は把握されていなかった。Yoh et al. LungCancer 2008らの研究では、少数の胸腺腫瘍におけるEGFRおよびKITの変異状態が解析されたが、包括的なゲノム解析は不足していた。さらに、肺腺癌におけるEGFR変異とKRAS変異の役割はPao et al. PLoSMed 2005やDing et al. Nature 2008によって詳細に報告されているが、胸腺腫瘍におけるこれらの分子異常の全体像は未解明であった。
これらの背景から、胸腺腫瘍の分子的多様性を包括的に明らかにし、治療標的となる分子異常を同定することが喫緊の課題であった。特に、胸腺腫と胸腺癌、および胸腺腫の各組織型間での分子的な差異を詳細に解析することで、より個別化された治療戦略の開発に繋がる知見が求められていた。本研究は、これらの知識ギャップを埋めることを目的として、包括的なゲノム解析を実施した。
目的
本研究の目的は、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center(MSKCC)に保存されている切除胸腺腫瘍45例を対象に、EGFRおよびKITシグナル経路の変異プロファイリング、免疫組織化学(IHC)によるEGFRおよびKITの発現評価、アレイ比較ゲノムハイブリダイゼーション(aCGH)によるゲノムコピー数解析、および遺伝子発現アレイを用いた包括的ゲノム解析を実施することであった。これにより、胸腺腫の各組織型(A型、B2型、B3型)と胸腺癌の分子的差異を詳細に明らかにし、これらの知見が胸腺腫瘍の病理学的分類、臨床的診断、および治療戦略に与える示唆を得ることを目指した。特に、KIT変異の有無とその薬剤感受性をin vitroで評価し、特定のKIT変異がイマチニブとスニチニブ(sunitinib)のどちらにより高い感受性を示すかを明らかにすることも重要な目的であった。
結果
患者背景: 本研究では、45例の胸腺腫瘍患者が解析対象となった。内訳は男性23例、女性22例で、診断時年齢中央値は62歳であった。腫瘍タイプは胸腺腫38例(A型8例、B2型22例、B3型8例)、胸腺癌7例であった。追跡期間中央値は31.4ヶ月(範囲1.4〜160.0ヶ月)であり、5年生存率は92%であった。解析時点では3例を除く全患者が生存しており、生存期間中央値は未到達であった。
EGFR経路変異および発現: EGFRの免疫組織化学染色では、6例(15%)で低染色、10例(26%)で中染色、23例(51%)で高染色が認められた。高EGFR染色はMasaoka病期III-IVの腫瘍と有意に相関していた(p=0.023)。しかし、EGFRキナーゼドメインに変異は検出されなかった(0/45例)。RAS変異は45例中3例(7%)に検出された。具体的には、1例のB2型胸腺腫(症例28)でKRAS G12A変異、1例の胸腺癌(症例41)でKRAS G12V変異、1例のA型胸腺腫(症例3)でHRAS G13V変異が認められた。KRAS変異陽性腫瘍ではEGFR染色が高く、HRAS変異陽性腫瘍では中程度の染色であった。EGFR、BRAF、PIK3CA、AKT1、ERBB2、MEK1、NRAS、PTEN、TP53の各遺伝子に変異は検出されなかった。これらの変異の詳細はFigure 1に示されている。
KIT経路変異および発現: KITの免疫組織化学染色では、45例中3例(7%)で強染色(3+)が認められ、これらはいずれも胸腺癌であった。KIT遺伝子の体細胞変異は45例中2例(4%)に検出され、これらも両方とも胸腺癌であった。1例(CD5陽性)ではKITエクソン11にV560del変異が、もう1例(CD5陰性)ではKITエクソン14にH697Y変異が認められた。これらのKIT変異はRAS変異とは相互排他的であった。V560del変異はKITの juxtamembrane ドメインに位置し、GISTにおけるイマチニブ感受性変異と同種である。H697Y変異はKITのキナーゼ挿入ドメインに位置する新規変異であり、COSMICデータベースには未報告であった。しかし、このH697残基はKITのオルソログ間で高度に保存されており、KITタンパク質の機能にとって重要な残基であることが示唆された。
Ba/F3細胞におけるin vitro薬剤感受性: KIT変異型を発現するBa/F3細胞株を用いた薬剤感受性試験では、両変異がインターロイキン3非依存性の細胞増殖を誘導し、gain-of-function変異であることを確認した。KIT V560del変異型を発現するBa/F3細胞は、イマチニブ(GI50 15.0 nmol/L)とスニチニブ(GI50 13.6 nmol/L)の両方に対して高い感受性を示した(Figure 2A, B)。一方、KIT H697Y変異型を発現するBa/F3細胞は、スニチニブ(GI50 13.2 nmol/L)に対してイマチニブ(GI50 631.4 nmol/L)よりも約47倍高い感受性を示した(Figure 2C, D)。この結果は、H697Y変異を有する胸腺癌において、イマチニブよりもスニチニブがより効果的なKIT阻害剤である可能性を示唆する。
遺伝子発現プロファイリング: 未治療の腫瘍23例のmRNA発現プロファイリングを非監督階層クラスタリングで解析した結果、2つの主要なクラスターが同定された(Cluster 1: n=8、Cluster 2: n=15)。Cluster 1はB2型胸腺腫に多く、Cluster 2はA型胸腺腫と胸腺癌に多く関連していた(p=0.023)。Cluster 1で高発現する遺伝子の多くは免疫系関連遺伝子であり、B2型胸腺腫に特徴的なリンパ球浸潤を反映していると考えられた。Cluster 2はさらに2つのサブクラスター(2A: n=6、2B: n=9)に細分化され、それぞれ胸腺癌とA型胸腺腫に多く関連していた(p=0.036)。全体として、遺伝子発現クラスターはWHO組織型分類と良好な相関を示した(Figure 3)。しかし、遺伝子発現クラスターと臨床病期、生存率、EGFR/KITの発現または変異との有意な相関は認められなかった。
ゲノムコピー数解析(aCGH): 45例全例のaCGHデータを用いた階層クラスタリングにより、2つの明確なクラスターが生成された(Figure 4A)。Cluster 1(n=19)は胸腺癌とB3型胸腺腫に多く関連し、多数の染色体異常を特徴とした。一方、Cluster 2(n=26)はA型およびB2型胸腺腫に多く関連し、コピー数変化が乏しかった(p<0.001)。Cluster 1はさらに1qゲインを特徴とするCluster 1a(B3型胸腺腫と胸腺癌のみ、n=9)と、6番染色体欠失を特徴とするCluster 1b(B3型胸腺腫と胸腺癌、n=7)に細分化された。Cluster 1はCluster 2と比較して、EGFRの高発現と有意に相関していた(p=0.001)。臨床病期(p=0.065)や術前治療(p=0.311)とゲノムクラスターとの間には有意な相関は認められなかった。また、aCGHプロファイルは胸腺扁平上皮癌と肺扁平上皮癌を明確に区別できることも示された。胸腺癌では1q, 3q, 5, 8, 12, 15, 17q, 18, 20番染色体のゲインと1p, 2p, 3p, 6, 7, 13q, 14, 16q, 17p番染色体のロスが認められた。一方、肺扁平上皮癌では2q, 3q, 5p, 7p, 8, 11q, 14p, 15p, 17p, 18p番染色体のゲインと1q, 3p, 4p, 5q, 6q, 9p, 13q, 15p, 16q, 17q番染色体のロスが認められ、両者のゲノムプロファイルは明確に異なっていた。
考察/結論
本研究は、MSKCCの45例の胸腺腫瘍を対象に、変異プロファイリング、免疫組織化学、アレイ比較ゲノムハイブリダイゼーション(aCGH)、および遺伝子発現アレイを組み合わせた、当時としては最も包括的なゲノム解析であり、胸腺腫瘍の生物学および治療に関する重要な知見をもたらした。
新規性: 本研究で初めて、KIT体細胞変異(V560delおよびH697Y)が胸腺癌にのみ検出され、胸腺腫(A型、B2型、B3型)では認められないことを明らかにした。これは、KIT発現自体は胸腺癌に多いものの、KIT変異は少数(約9%)であり、KIT発現のみではイマチニブ感受性の予測に不十分であることを示唆する。また、H697Y変異型がV560del変異型と同様にgain-of-function変異であるにもかかわらず、イマチニブに対する感受性が低く(GI50 631.4 nmol/L)、スニチニブが約47倍高感受性(GI50 13.2 nmol/L)であることをin vitroで初めて示した。この知見は、H697Y変異を有する胸腺癌において、イマチニブよりもスニチニブ選択の根拠となり、後続の臨床試験の理論的基盤を提供した。
先行研究との違い: 従来の胸腺腫瘍研究は、少数の検体や限定的な解析手法に焦点を当てていたが、本研究は多角的なゲノム解析を組み合わせることで、より詳細な分子プロファイルを明らかにした。特に、aCGHと遺伝子発現プロファイリングの両方で、胸腺癌とB3型胸腺腫が一方のクラスターを形成し、A型およびB2型胸腺腫が別のクラスターを形成したことは、胸腺癌が同じ「胸腺上皮腫瘍」の一群と見なされてきた胸腺腫とは分子的に異なる実体であることを明確に示しており、両者を一括りに治療することの問題点を示唆する点で、これまでの分類とは異なる分子基盤を提示した。また、胸腺扁平上皮癌と肺扁平上皮癌のゲノムプロファイルが明確に異なることも示され、診断上の課題に対する分子的な区別を提供した。
臨床応用: 本研究の知見は、胸腺腫瘍の治療戦略に直接的な臨床的含意を持つ。KIT変異が胸腺癌に特異的であること、特にH697Y変異がスニチニブにより高い感受性を示すことは、KIT阻害剤の選択において変異解析が重要であることを示唆する。イマチニブの先行する臨床試験で有効性が限定的であったのは、患者選択が組織型やKIT発現のみに基づいており、特定のKIT変異が考慮されていなかったためと考えられる。今後、KIT変異を有する胸腺癌患者に対しては、スニチニブの使用が推奨される。また、RAS変異が3例(7%)に検出されたことは、EGFR阻害剤抵抗性の分子機序として他の腫瘍型でよく知られており、胸腺腫瘍へのEGFR阻害剤応用の際にRAS変異の評価が重要であることを示唆する。
残された課題: 本研究の限界として、サンプルサイズが45例と小さく、特に胸腺癌が7例と少数であったことが挙げられる。また、AB型およびB1型胸腺腫が除外されているため、これらのサブタイプの分子プロファイルは不明である。今後の検討課題として、より大規模なコホートでの検証、およびAB型・B1型胸腺腫を含む全サブタイプでの包括的なゲノム解析が必要である。さらに、本研究では特定のキナーゼ遺伝子におけるゲノムレベルと発現レベルでの同時変化を特定できなかったが、これはサンプル数の少なさによる可能性もある。将来的には、より広範な変異プロファイリングと、正常胸腺組織との比較解析を行うことで、胸腺腫瘍の病態生理に関するさらなる理解が深まることが期待される。
方法
本研究では、1997年1月から2007年12月までにMSKCCで外科的切除された胸腺腫瘍患者から、インフォームドコンセントを得て収集された腫瘍検体を使用した。対象は45例の胸腺腫瘍であり、内訳は胸腺腫38例(A型8例、B2型22例、B3型8例)と胸腺癌7例であった。ゲノム解析の精度を確保するため、凍結検体において上皮細胞成分が50%以上を占める腫瘍のみを選択した。AB型およびB1型胸腺腫は、リンパ球浸潤が多いためにゲノム解析が困難となる可能性があり、本研究からは除外された。
解析は以下の多角的なアプローチで実施された。(1) 変異プロファイリング: DNAを抽出し、Sequenomマススペクトロメトリーベースのジェノタイピング法を用いて、EGFRシグナル経路に関連する遺伝子(EGFR, KRAS, HRAS, NRAS, BRAF, PIK3CA, AKT1, ERBB2, MEK1)の既知の体細胞変異101箇所を検出した。さらに、EGFRエクソン19、KITエクソン9, 10, 11, 13, 14, 17、およびTP53とPTENの全コーディングエクソンについては、直接ジデオキシヌクレオチドベースのシーケンシングを実施した。(2) 免疫組織化学(IHC): EGFRおよびKITの発現を評価した。EGFRは抗EGFRマウス抗体(クローン31G7)を、KITは抗KITウサギポリクローナル抗体(Dako A4502)を使用し、染色強度は0(染色なし)から3+(高染色)の4段階で評価した。CD5発現は、日常病理診断の一部として実施された結果を患者の病理報告書から取得した。(3) ゲノムコピー数解析(aCGH): Agilent 244Kアレイを用いて、45例全例のDNAコピー数変化を解析した。正常ゲノムDNAをリファレンスとして使用し、データはFeature Extraction 8.5ソフトウェアで解析した。(4) 遺伝子発現プロファイリング: 未治療の腫瘍検体27例のうち、RNA品質が良好であった23例について、Affymetrix HG-U133A遺伝子発現アレイを用いてmRNA発現プロファイルを解析した。化学療法や放射線療法による発現プロファイルの変化を避けるため、術前治療を受けた検体は遺伝子発現アレイの対象から除外された。
in vitro薬剤感受性試験: KIT V560delおよびKIT H697Y変異を発現するBa/F3安定発現株を構築した。これらの細胞株を用いて、イマチニブメシル酸塩(Novartis)およびスニチニブマレート(Pfizer)に対する細胞増殖阻害(GI50)を評価した。薬剤は10〜10,000 nmol/Lの濃度範囲で48時間インキュベートし、MTSまたはCell Titer Blue試薬を用いて細胞生存率を測定した。GI50値はGraphPad Prismソフトウェア(バージョン4.03)の非線形回帰アルゴリズムを用いて算出した。
統計解析: 全ての患者が統計解析に含まれた。追跡期間は2009年6月30日までで打ち切られた。カテゴリカル変数はχ2検定を用いて比較した。生存率はカプラン・マイヤー法を用いて評価した。本研究はレトロスペクティブコホート研究として実施された。統計解析はSPSSソフトウェアプログラム(バージョン17.0)を用いて実施され、p値が0.05未満を有意とした。