- 著者: Syrios J, Diamantis N, Fergadis E, Katsaros L, Logothetis M, Iakovidou I, Lianos E, Grivas A, Athanasiou AE
- Corresponding author: J. Syrios (Department of Medical Oncology, Metaxa Cancer Hospital, 51 Mpotassi Street, Piraeus, Greece)
- 雑誌: Medical Oncology
- 発行年: 2014
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 24906655
背景
胸腺癌 (thymic carcinoma; TC) は全胸腺上皮性腫瘍の約5%を占める最も稀な縦隔悪性腫瘍であり、米国における発生率は10万人あたり0.13人と低い (Engels EA et al. J Natl Cancer Inst 2010)。通常50代で発症し、診断時にはすでに局所進行または転移病変を伴うことが多く、OS中央値はわずか2年と予後不良である (Eng et al. Int J Radiat Oncol Biol Phys 2004)。胸腺腫と異なり、重症筋無力症などの傍腫瘍症候群を合併しないため症状発現が遅れる傾向があり、診断の遅延が予後に悪影響を及ぼす。胸腺癌は胸腺腫に比べて浸潤性と転移能が高く、局所再発・遠隔転移の頻度も高い。
この希少性ゆえに大規模な前向き臨床試験の実施が困難であり、最適な病期分類・画像診断・治療ガイドラインの確立が遅れていた点が手薄であった。2004年のWHO改訂分類で胸腺癌はType Cに分類されたが、扁平上皮癌・神経内分泌癌・粘液表皮癌・基底細胞様癌・リンパ上皮腫様癌・肉腫様癌・明細胞癌・乳頭状癌・退形成癌など多様な組織学的サブタイプが存在し (Wright et al. Crit Rev Oncol Hematol 2008)、それぞれに応じた診断・治療の標準化が困難であった。組織学的外観のみに依存した診断では胸腺原発腫瘍と遠隔転移を安全に鑑別できないため、臨床的・放射線学的・組織学的検査の総合評価が必要であることが既報で示されていた (Moran et al. Hematol Oncol Clin North Am 2008)。
分子標的薬の登場により個別化治療の可能性が見えてきた一方、c-KIT過剰発現は多くの胸腺癌で認められるものの実際に変異を持つのは少数の亜集団にとどまり (Kelly et al. JClinOncol 2011)、EGFR・IGF-1R (insulin-like growth factor 1 receptor) を標的とした薬剤の初期試験では期待外れの結果が続いた。これらの複雑な状況を整理し、診断から治療選択に至るクリニカルプラクティスを体系化するための gap in knowledge が明確に存在しており、特に扁平上皮胸腺癌を中心とした包括的な文献的整理が不足していた。
目的
胸腺癌、特に扁平上皮胸腺癌を主対象として、診断評価・組織病理学的評価・Masaoka病期分類・集学的治療 (手術・化学療法・放射線療法・分子標的療法) に関する文献を系統的にレビューし、2014年時点での最良のクリニカルプラクティスの指針を提供すること。
結果
診断・臨床症状と画像診断: 胸腺癌の主要症状は腫瘍による周囲縦隔組織への圧迫効果に起因し、胸痛・息切れ・咳嗽・嗄声 (hoarseness)・嚥下障害・superior vena cava (SVC) 症候群・横隔神経麻痺が典型的である。胸腺腫で特徴的な重症筋無力症などの傍腫瘍症候群は胸腺癌では認められない。前縦隔腫瘤の鑑別診断には胸腺腫・リンパ腫・胚細胞腫瘍・肺転移のほか、甲状腺腫・胸腺嚢胞・大動脈瘤などの非腫瘍性疾患が含まれる。CTでは不規則な境界・葉状辺縁・壊死や嚢胞形成・出血による低吸収域を呈する大型前縦隔腫瘍として描出され、縦隔脂肪・大血管浸潤・縦隔リンパ節腫脹・胸水・心膜液貯留も確認される。ヨード造影不可の患者にはMRIを使用でき、T2強調像における前縦隔腫瘤内の低信号病変が胸腺癌と相関することが報告されている (Inoue A et al. 2006)。18F-FDG PET-CTは診断・病期分類・治療効果評価に有用であり、SUVmax ≥7かつ壊死・石灰化を伴う葉状腫瘤・縦隔構造物の包囲・胸膜肥厚・縦隔リンパ節腫脹・遠隔転移の組み合わせが胸腺癌を強く示唆し、代謝変化の検出により再発と治療後変化の鑑別にも寄与する (Sharma P et al. 2013) (Fig 1)。
組織病理学的特性: 胸腺癌は高度の組織学的異型・細胞異型・リンパ球の乏しさ・増殖亢進を特徴とする胸腺上皮性腫瘍であり、拡大した核・粗いクロマチン・明瞭な大核小体・中等量の細胞質といった形態学的特徴を持つ (Wakely PE Jr. 2008)。組織学的サブタイプは多岐にわたり、欧米では低分化の非角化型扁平上皮癌が最も多い (Table 1)。胸腺癌が既存の胸腺腫から発展する可能性は、単一病変内で混合組織像が観察された報告から示唆される (Kuo TT et al. 1998)。WHO病理分類 (2004年改訂) で胸腺癌はType Cに割り当てられ、この分類は切除後の再発と生存に関する独立予後因子であることが示されており (Kondo K et al. Ann Thorac Surg 2004)、診断の標準化と予後予測の基盤として広く活用されている。進行病変で upfront 手術が困難な場合は、コア針生検または開放生検により組織病理・免疫組織化学・分子解析に十分な組織量を確保することが推奨される。低悪性度サブタイプ (基底細胞様癌・粘液表皮癌・高分化被包性扁平上皮癌) は比較的緩徐な臨床経過を示すことから、全組織型を包括した新たな予後モデルの構築が必要とされていた。
免疫組織化学的マーカーと分子特性: 免疫組織化学 (IHC) は胸腺癌の診断に不可欠であり、CD5 (cluster of differentiation 5) が扁平上皮胸腺癌を示唆する特異的マーカーとして機能する。GLUT-1・carbonic anhydrase IX (CA-IX)・c-KIT・MUC-1 (mucin 1)・CEA (carcinoembryonic antigen)・CK18 (cytokeratin 18) が胸腺癌で陽性を示すことが報告されている (Kojika M et al. 2009)。CD117 (c-KITの産物) は多くの胸腺癌で過剰発現するが、c-KIT遺伝子変異を持つのは少数の亜集団にとどまる (Schirosi L et al. Ann Oncol 2012)。p53蛋白蓄積は胸腺癌で高頻度であるが、遺伝子変異自体は稀である (Hino N et al. 1997)。多変量解析では、IGF-1Rの発現亢進が胸腺癌における独立した予後不良因子であることが示された (p=0.027) (Mimae T et al. Ann Oncol 2012)。染色体異常としてtrisomy 8・del(16)・t(1;16)・16q/6/3p/17pの欠失・1q/17q/18の獲得・t(15;19)が報告されており、p16INK4プロモーターのメチル化によるRB (retinoblastoma) リン酸化阻害も観察され、胸腺癌の多様な発癌機序を反映している。
病期分類・予後因子と手術: Masaoka et al. Cancer 1981 による外科的病期分類 (Stage I: 完全被包・Stage IIA: 顕微鏡的浸潤・Stage IIB: 肉眼的浸潤・Stage IIIA: 心膜/肺浸潤・Stage IIIB: 大血管浸潤・Stage IVA: 胸膜/心膜播種・Stage IVB: リンパ/血行性転移) は最も広く用いられているが、胸腺癌ではStage III/IVとして診断されるケースが多数を占めることから予後的価値が批判される。重要な限界として、予後に影響するリンパ節転移がMasaoka分類に適切に統合されていない点が指摘されており、Kondo et al. (2003) の報告では胸腺上皮性腫瘍患者の27%がリンパ節転移を有していた。完全切除 (R0) は最も重要な予後規定因子であり、Okereke et al. (2012) の後方視的解析 (n=16) では完全切除群が非切除・部分切除群と比較して有意に生存率が改善した。Wright et al. (2005) による後方視的研究 (n=179、胸腺癌n=4含む) では腫瘍径が病期 (p<0.0001)・組織型 (p=0.015)・完全切除率 (p=0.009) と有意に相関し、多変量解析で8cmが予後閾値として示された。Stage I/II例では正中胸骨切開による完全胸腺摘除および縦隔脂肪全摘除が推奨される一方、Stage III/IVA例では術前化学療法による腫瘍縮小後に手術を試みるマルチモーダル戦略が選択される (Fig 1)。
化学療法のエビデンス: シスプラチンベースの多剤化学療法が一次治療の主流であり、術前・術後補助・転移例それぞれに応用される。ADOC療法 (シスプラチン・ドキソルビシン・ビンクリスチン・シクロホスファミド) は、Koizumi et al. AmJClinOncol 2002 によりStage III/IV胸腺癌でORR 75%が報告された。浸潤性胸腺腫大規模シリーズでは92%のORRと15ヶ月のOS中央値が示されており (Fornasiero et al. Cancer 1991)、シスプラチンベース療法の有効性を裏付けている。Loehrer et al. (2001) のインターグループ試験 (VIP療法: エトポシド/イホスファミド/シスプラチン) では胸腺癌患者 (n=8) でPR 25%、2年OS 50%が報告された。Kim et al. (2004) の多施設研究 (n=22) では、術前化学療法後に77%が奏効し、21例が外科的探索を受け16例 (76%) で完全切除が達成された。Lemma et al. JClinOncol 2011 のPhase II試験 (胸腺癌n=23) ではカルボプラチン+パクリタキセルのORR 21.7%・OS中央値20ヶ月が示され、アントラサイクリン系薬剤の忍容性が低い高齢者・PS不良例への選択肢として位置付けられた (Table 2)。二次治療のエビデンスは限られるが、経口フルオロピリミジン製剤S-1が既治療の進行胸腺癌4例でPR 2例・SD 2例、PFS中央値8.1ヶ月を示し (Okuma Y et al. 2010)、カペシタビン+ゲムシタビン療法も胸腺癌3例を含む重症前治療例で部分的な活性を示した (Palmieri G et al. 2010)。
放射線療法と集学的治療の役割: 放射線療法は胸腺癌の局所制御において中心的な役割を担い、完全切除 (R0) 後の補助照射は局所再発リスクを低下させる。R1 (顕微鏡的残存) 切除後の推奨線量は54Gy、R2 (肉眼的残存) または切除不能例には60Gy以上とされる。切除不能Stage IVA例では、シスプラチンベース化学療法との同時併用化学放射線療法が腫瘍縮小と局所制御の観点から推奨される。術前化学療法により腫瘍が縮小した局所進行例では、その後の根治切除の可能性を外科的に再評価するマルチモーダルアプローチが採用される。Stage I/II完全切除例においても術後補助放射線療法の施行が一般的であり、NCCN Guidelines 2014は病期・切除可否・組織型に応じた線量設定を推奨している。分子標的療法として、c-KIT変異を有する転移性扁平上皮胸腺癌4例へのスニチニブ投与では3例にPR・1例にSDが得られ、特に2例では18ヶ月以上の持続的奏効が記録された。
考察/結論
本レビューは、稀少かつ多様な組織学的サブタイプを持つ胸腺癌の診断から治療選択に至る2014年時点のエビデンスを体系化し、集学的アプローチの不可欠性を強調した。
先行研究との違い: これまでの研究の多くが胸腺腫と胸腺癌を一括して評価してきたことと対照的に、本レビューは胸腺癌に特化して診断マーカーと治療戦略を整理した点で意義が異なる。既報のMasaoka分類はリンパ節転移を適切に反映しておらず、胸腺癌の27%が転移を有する事実と乖離しており、新たな予後モデルが必要であることを改めて示した。また、WHO Type C分類が独立予後因子であるという既報の知見を踏まえ、組織学的サブタイプごとに異なる臨床経過を有することを明確に整理した。
新規性: 本研究で初めて定量的に整理した点として、FDG-PETのSUVmax ≥7という診断基準が胸腺癌の診断・病期分類・治療効果評価に有用であること、および免疫組織化学マーカーパネル (CD5・GLUT-1・CA-IX・c-KIT) の組み合わせが確定診断に貢献することが挙げられる。化学療法においてはシスプラチンベースのADOC療法が高いORR (75%) を示す一方で、高齢者・PS不良例ではカルボプラチン+パクリタキセルの忍容性が優れることを明確に対比した。また、c-KIT/CD5高発現の転移性胸腺癌4例に対するスニチニブ試験で3例PR・1例SDを達成し、特に扁平上皮胸腺癌での長期奏効が得られたことは、novel な分子標的治療の方向性を提示する重要な知見である。
臨床応用: 本知見は胸腺癌の診断・治療選択の臨床現場での意思決定に直結する。完全切除が可能な患者には upfront 手術を優先し、局所進行例には術前化学療法によるR0切除の機会最大化が推奨される。術後根治的切除が未達成の全例に放射線療法を強く推奨し、顕微鏡的残存病変には54Gy・肉眼的残存病変には60Gy以上の照射線量設定が有益である。c-KIT変異陽性例ではチロシンキナーゼ阻害薬の恩恵を受ける可能性があり、IHCによるバイオマーカー評価の標準化がもたらす臨床的意義は大きい。bench-to-bedsideの観点から、画像診断と分子プロファイリングを組み合わせた精密診断が胸腺癌患者の個別化治療を実現する基盤となる。
残された課題: 最適な化学療法レジメンが未確立であること、二次治療のエビデンスが限定的であること、Masaoka病期分類にリンパ節転移情報が統合されていないこと、そして希少がんゆえに無作為化比較試験の実施が困難であることが今後の検討課題として明確に指摘された。Limitation として、本レビューが依拠した臨床試験の多くが小規模試験・症例報告であり、エビデンスレベルが低い点が重要な制約である。future research として、多施設共同の前向き試験による各組織学的サブタイプへの最適化学療法の確立、c-KIT変異などのバイオマーカーによる分子標的薬の層別化、および免疫チェックポイント阻害薬の探索的試験が不可欠な次のステップとして示された。
方法
PubMedを中心とした主要医学データベース (Embase・Web of Science含む) を用いて、2014年以前に発表された胸腺癌の診断・治療に関する文献を系統的に収集した。検索キーワードには「thymic carcinoma」「type C thymoma」「mediastinal mass」「Masaoka staging system」「diagnosis」「treatment」「chemotherapy」「radiotherapy」「targeted therapy」などを使用し、臨床試験・後方視的研究・症例シリーズ・既報の総説を対象とした。英語で発表された論文に限定し、画像診断 (CT/MRI/18F-fluorodeoxyglucose (FDG) PET-CT)・免疫組織化学・分子生物学・病期分類・化学療法・放射線療法・分子標的療法の各領域にわたる文献を収集・分析した。
本レビューは叙述的手法 (narrative review) であり、著者らによる新規統計解析は実施されていないが、参照した個別試験ではKaplan-Meier法による生存解析・log-rank検定による群間比較・Cox比例ハザードモデルによる多変量解析が適用されており、本レビューはそれら既報の統計結果に基づいて各治療モダリティの有効性を評価した。主要評価指標は奏効率 (ORR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS) であった。NCCN Guidelines Version 1.2014の推奨も参照し、国際的な標準治療との整合性を確認した。文献の選択基準は、胸腺癌の診断と治療に関する一次データまたは高質の二次レビューを提供していることとした。