• 著者: Randy P. Carney, Sidhartha Hazari, Macalistair Colquhoun, Di Tran, Billanna Hwang, Michael S. Mulligan, James D. Bryers, Eugenia Girda, Gary S. Leiserowitz, Zachary J. Smith, Kit S. Lam
  • Corresponding author: Randy P. Carney (Department of Biochemistry and Molecular Medicine, University of California Davis, Sacramento, CA); Kit S. Lam (Department of Biochemistry and Molecular Medicine, University of California Davis, Sacramento, CA)
  • 雑誌: Analytical Chemistry
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-04-25
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28345878

背景

細胞外小胞 (EV: extracellular vesicle) は、直径40-1,000 nmの脂質二重膜粒子であり、タンパク質、脂質、代謝物、非コードRNA (ribonucleic acid) などの生体分子を細胞間で輸送する重要な役割を担っている。近年、がん、炎症、心血管疾患といった様々な病態におけるEVの中心的役割や、液体生検への応用可能性から、その研究は急速に進展している (Kowal et al. ProcNatlAcadSciUSA 2016)。しかし、EVはサイズ、組成、機能が大きく異なる多様なサブポピュレーションの混合体であることが知られている。従来の超遠心分離後のバルク解析手法、例えばウェスタンブロット、プロテオミクス、ナノ粒子トラッキング解析 (NTA: nanoparticle tracking analysis) などでは、EV集団の平均的な特性しか捉えられず、個々のサブポピュレーションの特異的な情報を得ることは困難であった。このため、EVの不均一性を克服し、特定のサブポピュレーションの生化学的特性を詳細に解析する手法の確立が強く求められていた。

「細胞は複数種のエクソソームを分泌する」という仮説は、複数の研究グループから提唱されてきた (Willms et al. SciRep 2016, Gutwein et al. ClinCancerRes 2005)。しかし、単一粒子レベルでの直接的な検証手段が不足しており、この仮説の決着はついていなかった。エクソソームの代表的な表面マーカーであるテトラスパニンCD9は「エクソソーム型EVを示す指標」として提唱されているが、CD9陽性EVの生化学組成が総EV集団とどのように異なるかについての直接的単一粒子データは未解明であり、大きな knowledge gap が残されている。

ラマン分光法は、非標識でタンパク質、脂質、コレステロール、核酸などの分子の振動を検出できる強力な分析手法であるが、単一エクソソームへの適用報告は不足していた (Smith et al. JExtracellVesicles 2015)。光ピンセット (optical tweezer) は、溶液中のナノメートルからマイクロメートルサイズの粒子を個別にトラップできる技術である。この光ピンセットとラマン分光法を組み合わせたレーザートラッピングラマン分光法 (LTRS: laser trapping Raman spectroscopy) は、単細胞解析には応用されていたものの、単一EVのCD9層別解析は未実現であった。これらの技術的ギャップを埋め、単一粒子分解能とサブセット選択性を同時に提供する装置を開発することが、本研究の主要な動機である。既存の技術では、単一エクソソームの化学的フィンガープリンティングと同時に蛍光マーカーによるサブポピュレーションの識別を行うことが困難であり、この知識不足を解消することが本研究の重要な目的である。

目的

本研究の目的は、レーザートラッピングラマン分光法 (LTRS: laser trapping Raman spectroscopy) に蛍光イメージング機能を統合したマルチスペクトル光ピンセット (MS-OT: multispectral optical tweezers) システムを構築し、単一EVレベルでのCD9陽性サブポピュレーションの生化学的フィンガープリンティングを実現することである。具体的には、MS-OTを用いて、in vitroで培養された間葉系幹細胞 (MSC: mesenchymal stem/stromal cell) の4つのクローン、およびヒト卵巣がん患者から採取された血漿と腹水という3つの異なる生体源に由来するEVについて、CD9陽性EVが化学的に区別可能なサブポピュレーションを形成することを単一粒子分解能で検証することを目的とした。これにより、CD9陽性EVが総EV集団と比較して、どのような生化学的特徴を持つのかを明らかにし、エクソソームの不均一性に関する長年の議論に直接的な証拠を提供することを目指した。本研究は、エクソソームの不均一性を単一小胞レベルで解析する新しい手法を確立し、特定のサブポピュレーションの生化学的特性を解明する上で重要な一歩となる。最終的には、この技術がエクソソームのバイオマーカーとしての利用可能性を高め、疾患診断や治療モニタリングの精度向上に貢献することを目指している。

結果

MS-OTシステムによる単一EVのトラップとラマンスペクトル取得: 開発した785 nmの光ピンセットを用いて、溶液中の単一EV(直径約50-200 nm)を個別にトラップし、ラマンスペクトルと蛍光画像の同時取得に成功した (Fig. 1)。各MSCクローンにつき n=10 vesicles 以上の単一小胞をトラップし、各粒子につき60秒のスキャンを5回(計5分)行うことで、良好な信号雑音比を持つスペクトルが得られた。主要なラマンピークの帰属は Table 1 にまとめられており、核酸に由来する6本(898, 1,095, 1,128, 1,420, 1,490, 1,580 cm⁻¹)、タンパク質/アミノ酸に由来する6本(840, 882, 1,000, 1,240-1,280, 1,455, 1,680 cm⁻¹)、脂質に由来する4本(1,265, 1,300, 1,445, 1,656 cm⁻¹)、コレステロールに由来する3本(1,150, 1,440, 1,680 cm⁻¹)が同定された。測定の精度を確保するため、アグリゲーションの兆候を示す粗い縁や回転する粒子は選別除外され、二度測定を避けるためにトラップ解放後に十分な距離を移動した。

CD9陽性EVの化学密度と均一性の解析: ラット骨髄由来のMSC 4クローン(clone A-D)を用いた解析において、CD9+EVはブライトフィールドトラップ総EV集団と比較して、ラマンピーク強度が全波数域(800-1,900 cm⁻¹)で系統的に低下した (Fig. 2b, c)。これは、単位小胞あたりのタンパク質、核酸、脂質、コレステロール濃度が系統的に減少していることを示唆する。主成分分析 (PCA) の結果、PC1が全分散の 45% 、PC2が 14% を説明し、累積 90% 以上が10成分で説明可能であった。特に、CD9+EV(青色クラスター)は、クローンA-D由来によらず1つのクラスターに収束し、PC1/PC2空間での広がりが総EV群よりも顕著に小さかった (Fig. 2d)。このことは、CD9+EVが化学的に均一性の高い亜集団を形成していることを強く示唆する。

最小二乗フィッティングによるCD9陽性EVの化学組成解析: CD9+クラスターの差スペクトルをアデノシン、コレステロール、DOPCの純粋成分スペクトルに最小二乗フィッティングしたところ、Pearson相関係数 r=0.78 という良好な相関を示した (Fig. 2e上)。フィッティングされた3成分全てが平均よりも減少していたことから (Fig. 2e下)、CD9+EVはサイズが小さく、かつ密度が低いことの両方がこの化学組成の差に寄与していると結論された。このCD9+EVサブポピュレーションは、総EV集団と比較して、約 1.5-fold から 2.0-fold の範囲で主要な生体分子成分の濃度が低い傾向を示した。この結果は、CD9+EVが低密度サブポピュレーションを構成するという仮説を裏付けるものであり、n=3 independent experiments で同様の傾向が確認された。

散乱強度分布と屈折率差が示唆するCD9陽性EVの低密度特性: ブライトフィールド観察下ではCD9+EVが視認困難であるのに対し、蛍光チャネルに切り替えると多数 of fluorescent particles が確認された (Fig. 5)。これは、CD9+EVがブライトフィールドで散乱強度が低いことを示唆する。また、CD9+EVはトラップ安定性が低く、媒体との屈折率差が小さいため離脱しやすい傾向が観察された。NTA測定 (Fig. 4) では、同一公称サイズ(例: 88, 120, 135, 172, 186 nm)の粒子間でも散乱強度に広い分布が示された。この結果は、EVの散乱強度差の主因が密度差であるという解釈を支持する。CD9+EVで脂質シグナルも減少していたため、密度のみの仮説(脂質二重膜密度が固定であれば脂質シグナルは不変)とは矛盾し、サイズ縮小と密度低下の複合的な寄与がCD9+EVの特性を形成していることが支持された。

ヒト卵巣がん患者の血漿および腹水由来EVにおける再現性: ヒト卵巣がん患者の血漿由来EVおよび腹水由来EV(n=2 biofluid sources)を用いて、蛍光チャネルからCD9+EVをトラップし、ラマンスペクトルを取得した。PCA解析の結果 (Fig. 3a)、CD9+EVは血漿由来か腹水由来かを問わず共通の1つのクラスターを形成することが示され、その化学的特徴が生体液種を超えて普遍的であることが明らかになった。CD9+クラスターの差スペクトル (Fig. 3b) も、アデノシン、コレステロール、DOPCの3成分フィッティングでほぼ完全に記述可能であり、MSCで観察された化学的特徴がヒト卵巣がん患者の生体液由来EVでも保存されていることが確認された。一方、ブライトフィールドトラップEVはPC2軸上で血漿と腹水由来が分離する傾向を示し、フェニルアラニン(約1,000 cm⁻¹)やアミドIII(1,200-1,300 cm⁻¹)といったタンパク質バンドがこの分離に寄与していることが示唆された。

先行サブポピュレーション説との整合性検証: 本研究の結果は、高密度・低密度EVサブポピュレーションの存在を報告した先行研究 (Kowal et al. ProcNatlAcadSciUSA 2016)、および卵巣がん由来EVのプロテオミクス解析でCD9発現と低密度EVの相関が示された先行知見 (Gutwein et al. ClinCancerRes 2005) と整合する。本研究は、CD9+EVが多胞体 (MVB: multivesicular body) 経路由来の低密度サブセットに対応するという仮説を、単一小胞分解能で初めて直接検証したものであり、平均的な密度差が約 2.0-fold から 3.0-fold(NTA散乱強度のfold changeに相当)であることを化学組成データで裏付けた。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、従来の超遠心分離によるバルク回収および集団平均解析に依存していた先行研究 (Kowal et al. ProcNatlAcadSciUSA 2016) と異なり、単一EV解像度で個々の小胞の化学組成を直接測定できるMS-OT技術を適用した。これにより、エクソソームのサブポピュレーション仮説に直接的な根拠を与えた。蛍光標識と光ピンセットによる選択的トラップは、低散乱の小型・低密度EVを捕捉できる光学設計であり、フローサイトメトリーのサイズ感度限界やNTAの化学情報欠如といったこれまでの限界を克服する利点を持つ。

新規性: 本研究は、マルチスペクトル光ピンセット (MS-OT) を単一エクソソームの生化学的フィンガープリンティングに初めて適用した方法論的先駆研究である。本研究で初めて、(a) 単位小胞あたりの成分濃度が低い、(b) 化学的不均一性が低い、という2つの明確な特性を持つCD9陽性EVサブポピュレーションを単一粒子分解能で新規に同定することに成功した。特に、ラット骨髄MSCの4つのクローン、およびヒト卵巣がん患者の血漿と腹水という3つの異なる生体源を通じて一貫した所見が得られた点は新規性が高い。これまで報告されていない単一EVレベルでのCD9陽性サブポピュレーションの生化学的特性の直接的な解明は、エクソソーム研究分野における重要な進展である。

臨床応用: CD9陽性EVが、従来の超遠心分離によるバルク回収のバイアスから逃れて検出可能となったことは、エクソソームサブポピュレーションの標準化記述への道を開く。本知見は、がんやその他の疾患における液体生検バイオマーカー定義の分解能向上(総EV集団から特定のサブポピュレーションへの精密化)に直結し、臨床応用が期待される。卵巣がん患者の血漿・腹水での適用可能性は、実臨床検体ベースのCD9陽性サブセット解析プロトコルへの架橋を提供するものであり、臨床的意義は大きい。例えば、特定の疾患状態においてCD9陽性EVの化学組成が変化するかどうかを評価することで、新たな診断マーカーを開発できる可能性がある。

残された課題: 今後の検討課題として、(i) ラマン散乱の弱さから測定スループットが1小胞あたり5分と低く、大規模な統計解析には不足している点が挙げられる。SERS (surface-enhanced Raman scattering) との組み合わせや、並列マイクロ流体トラップアレイの開発による高スループット化が今後の研究方向性として考えられる。(ii) 光ピンセットは約50 nm未満のEVをトラップできず、真の小型エクソソーム解析が制限されるという limitation がある。(iii) ブライトフィールドトラップEVのPC2軸上での血漿/腹水分離の正確な起源(タンパク質汚染由来か真の生物学的差異か)が未解明である。(iv) CD9陽性という単一マーカーでの定義であり、多重マーカー(CD9/CD63/CD81複合体など)を用いたサブセット解析への拡張の余地が残された課題である。(v) サンプル数が単一粒子5分という制約から少なく、定量的バイオマーカー検証は今後の課題である。

方法

MS-OTシステム構築: 785 nmの連続波 (CW: continuous wave) レーザー(CrystalLaser社、出力25 mW)を、Olympus IX-71倒立顕微鏡に搭載された60倍・開口数 (NA: numerical aperture) 1.2の水浸対物レンズに結合した。これにより、溶液中のEVを光学的にトラップした。トラップされた粒子からの後方散乱ラマン信号は、共焦点分光器で検出された。さらに、水銀ランプ、蛍光フィルタキューブ、およびビデオカメラをシステムに統合することで、蛍光画像とラマンスペクトル(波数800-1,900 cm⁻¹)の同時取得を可能にした。トラッピング条件としては、希釈された試料20 μL(NTAにより10⁵ particles/mLの濃度に調整)を石英ディスク(25 mm径×0.15-0.18 mm厚、SPI (Structure Probe, Inc.) 社製)上に展開し、各粒子につき60秒のスキャンを5回(合計5分)実施してスペクトルを取得した。スペクトル取得後には、トラップされた粒子がまだ存在するかをカメラで確認し、同じ粒子を二度測定しないよう、トラップ解放後に十分な距離を移動した。粗い縁を持つ粒子や回転する粒子は、凝集体の指標とみなし、測定から除外した。

MSC細胞株とEV単離: ラット骨髄由来のMSC 4クローン(clone A, clone B, clone C, clone D、LXSN-16 E6E7 (HPV16 E6/E7 oncogenes) レトロウイルストランスフェクション、表面マーカーCD73+/CD90+/CD105+/CD166+、CD14-/CD34-/C45-)を、EV除去ウシ胎児血清 (FBS: fetal bovine serum)(100,000×g、4°C、18時間前処理)含有RPMI培地で48時間培養した。培養上清は、段階的超遠心分離法により精製された。具体的には、(i) 2,000×gで10分間遠心し細胞と大きなデブリを除去、(ii) 10,000×gで30分間遠心しマイクロ粒子を除去、(iii) 100,000×gで2時間遠心する操作を2回繰り返し、EVを精製した。最終的なペレットはリン酸緩衝生理食塩水 (PBS: phosphate-buffered saline) に再懸濁し、-80°Cで保存した。本研究の予備検討および対照実験として、ヒト肺がん細胞株 A549 およびヒト胎児尿路上皮由来 HEK293T 細胞株由来のEVも同様の手順で単離・測定された。また、ラット骨髄由来MSCの比較対照として、C57BL/6J マウスから採取した骨髄由来のMSCも一部使用した。

卵巣がん患者検体: 婦人科腫瘍切除時に採取された4 mLのエチレンジアミン四酢酸 (EDTA: ethylenediaminetetraacetic acid) 全血を2,000×g、4°Cで15分間遠心し血漿を分離した。腹水は同日に採取され、血漿と同様の手順で超遠心処理を行った。これらの検体は、UC Davis Comprehensive Cancer Center Biorepositoryを通じて、施設倫理委員会 (IRB: institutional review board) プロトコル承認の下で取得された。

CD9抗体標識: 精製されたEVは、フルオレセインイソチオシアネート (FITC: fluorescein isothiocyanate) 標識抗CD9抗体(Abcam、1:100希釈)と4°Cで一晩インキュベートされた。未結合抗体を除去するため、100,000×gで2時間の追加超遠心分離を行った。標識されたEVは、緑色蛍光チャネル下で選択的にトラップされ(CD9+群)、ブライトフィールド下でトラップされたEVは総EV対照群として扱われた。抗体標識および追加の超遠心分離がEV of interestのサイズ分布に影響を与えないことを確認するため、コントロール実験を実施した。また、一部の実験では、標識の特異性を検証するために siRNA を用いたCD9のノックダウン実験も合わせて実施された。

データ解析: 取得されたラマンスペクトルは、Matlab内蔵のpca関数を用いて主成分分析 (PCA: principal component analysis) に供された。ノイズの影響を排除するため、スコアNq > 10のデータは除外された。階層的クラスタリング(linkage)は、PC1からPC10 (principal component 10) までの10成分を入力として実行された。サブポピュレーション間の差スペクトルは、アデノシン(核酸の代表)、コレステロール、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン (DOPC: 1,2-dioleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine) の純粋成分スペクトルに対して最小二乗フィッティング (least-squares fitting) され、適合度が評価された。統計解析には、2群間の比較に Student t-test を用い、多群間比較には one-way ANOVA を適用した。また、スペクトルの相関評価には Pearson correlation を算出した。EVの粒径分布と散乱強度はNTAで測定され、タンパク質濃度はビシンコニン酸 (BCA: bicinchoninic acid) assayで定量され、protein:particle比により純度が確認された。