• 著者: Lima LG, Chammas R, Monteiro RQ, Moreira MEC, Barcinski MA et al.
  • Corresponding author: Luize G. Lima (lglima@bioqmed.ufrj.br), Federal University of Rio de Janeiro
  • 雑誌: Cancer Letters
  • 発行年: 2009
  • Epub日: 2009-04-25
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 19401262

背景

マイクロベシクル (MV) は、細胞表面膜から放出される直径 0.1〜1 μm の膜断片であり、細胞の活性化、成長、アポトーシスなどの条件下で生じる生理的現象である。MVの形成は細胞内カルシウム濃度の上昇とカルパインによる細胞骨格の再編に依存し、これにより膜の出芽が促進され、リン脂質非対称性の喪失を伴ってホスファチジルセリン (PS) が細胞膜の外葉に露出する。MVはエクソソーム(30〜100 nm、エンドソーム由来)とは起源が異なり、そのサイズと組成は由来細胞を反映する。腫瘍患者の体液中MVレベルは健常人よりも高く、癌細胞株のin vitroにおける浸潤能とMV量およびプロテアーゼ活性との間に相関が報告されており、腫瘍の転移能獲得との関連が示唆されてきた。例えば、Ginestra et al. (1999) や Kim et al. (2003) は、卵巣癌や胃癌患者の体液中でMVレベルの上昇を報告している。

生理的なPS露出は、アポトーシス細胞がマクロファージに認識される際の「eat-me」シグナルとして機能する。この認識は、貪食後のTGFβ1やIL-10、PGE2などの強力な抗炎症性・免疫寛容性サイトカインの産生を誘導することが、Fadok et al. (1998) や Huynh et al. (2002) によって示されている。腫瘍細胞は正常細胞と比較して高レベルのPS外葉露出を示すことがUtsugi et al. (1991) によって報告されており、PS露出型腫瘍細胞はマクロファージの抗腫瘍活性(IFNγ/LPS刺激による腫瘍細胞アポトーシス誘導)を抑制することが知られていた。さらに、MVはFasL(T細胞アポトーシス誘導)、MHCクラスII発現抑制因子、TGFβ産生誘導因子などの免疫調節分子を輸送することが複数の研究から示唆されていたが、PS露出型腫瘍由来MVがin vivoでの転移確立に直接関与するという明確な証拠はこれまで不足していた。特に、PSが凝固促進と免疫抑制という二重の機能を担う可能性についての検討も不十分であった。

腫瘍細胞自身も非生理的なレベルのTGFβ1 (transforming growth factor beta 1) を産生し、これがオートクリン的に細胞の増殖と分化に影響を与え、パラクリン的に腫瘍微小環境全体に作用して腫瘍の進行と転移に寄与することが知られている。例えば、メラノーマ患者ではTGFβ1レベルの上昇が腫瘍の増殖と播種に関連することが報告されており、このサイトカインがB細胞やT細胞などの免疫細胞の増殖と分化を抑制することで免疫応答の調節に重要な役割を果たすことが示されている。Ratajczak et al. Leukemia 2006は、膜由来マイクロベシクルが細胞間コミュニケーションの重要なメディエーターであることを強調している。また、Kaplan et al. Nature 2005は、VEGFR1 (vascular endothelial growth factor receptor 1) 陽性造血骨髄前駆細胞が転移前ニッチを形成することを示し、転移における微小環境の重要性を強調している。しかし、腫瘍由来MVのPS露出が、宿主の免疫応答を直接的に調節し、転移の確立に寄与する具体的なメカニズムは未解明な点が多かった。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目的としている。

目的

本研究の目的は、高転移性B16F10メラノーマ細胞由来マイクロベシクル (MV) のPS (ホスファチジルセリン) 露出の機能的特性を詳細に解析することである。具体的には、MVが培養マクロファージにおけるTGFβ1 (transforming growth factor beta 1) 産生を調節するかどうか、およびin vivoでのメラノーマ肺転移の確立に与える影響を、PS依存性の観点から検証することを目的とした。これにより、腫瘍由来MVが宿主の免疫応答を抑制し、腫瘍の転移を促進するメカニズムを明らかにすることを目指した。特に、通常は転移に抵抗性を示すBALB/cマウスにおいても、腫瘍由来MVが転移を誘導しうるか否かを検討することで、その免疫抑制効果のin vivoでの重要性を評価することを主眼とした。

結果

B16F10 MVの同定とPS露出の機能的特性: 逐次差速遠心法 (800g→14,000g) で分離したB16F10由来MVは、TEM観察により推定径200 nmの均一な円形膜構造を呈し、内部にメラニン様電子密度物質を含んでいた (Fig. 1A)。DNAは含まれず (PI陰性、アガロース電気泳動でも陰性)、アポトーシス小体とは区別された。フローサイトメトリーにより、前方散乱 (FSC) と側方散乱 (SSC) プロファイルでMV集団が同定された (Fig. 1B)。MVはMAA (melanoma-associated antigen) 抗体 (MM29B6ハイブリドーマ) によって高蛍光強度で陽性染色され、B16F10細胞起源が確認された (Fig. 1C)。B16F10細胞および産生MVはいずれもアネキシンV陽性 (PS外葉露出) を示した (Fig. 2B, C)。蛍光顕微鏡では、PS分子が非透過処理細胞表面にパッチ状で検出され、透過処理後は均一分布となり、生細胞での局所的PS露出が確認された (Fig. 2A)。MVのPS機能的活性 (プロトロンビン活性化) はMV濃度 (0〜3.6×10⁴/mL) 依存的に増加し、アネキシンV前処置により濃度依存的に完全阻害された (Fig. 3B, D)。これらの結果は、MVが腫瘍細胞由来の機能的PS露出型膜構造体であることを確立した。MVは、その起源細胞と同様に、膜の完全性を保った状態でもアネキシンVに陽性染色され、PSが細胞膜の外葉に露出していることを示唆した。透過処理後のMVでは、蛍光強度の分布がより均一になり、MV全体に同程度のPSが存在することが示唆された。

MVがマクロファージのTGFβ1産生をPS依存的に誘導: チオグリコレート誘発BALB/cマウス腹腔マクロファージ (n=5×10⁵ cells/ウェル) をB16F10 MV (n=5×10⁴個/mL) と一晩共培養した結果、MV未処置対照 (マクロファージ単独) と比較してTGFβ1産生が有意に増加した (p<0.05)。この増加は、MVをアネキシンVで15分間前処置してPSを遮断すると完全に消失し、PS依存的なTGFβ1誘導であることが明確に示された (Fig. 4)。MVのみ (マクロファージなし) のウェルではTGFβ1産生は検出されず、MVのPSが直接TGFβ1を産生するのではなく、マクロファージのPS受容体を介した免疫応答誘導であることが確認された。TGFβ1は、マクロファージがPS露出型アポトーシス細胞を認識した際に産生する免疫抑制性サイトカインであり、腫瘍由来MVが生細胞由来のPSを呈示することでこの「eat-me類似」シグナルを免疫系に送り込んでいることが示唆された。このTGFβ1産生の増加は、MV非存在下と比較して約2.5-foldの増加を示した。

MVがin vivo転移をPS依存的に促進: C57BL/6同系マウス (n=5-6 mice/群) において、B16F10細胞 (n=10⁴個) 投与2時間前にMV (n=5×10⁴個) を静脈内前投与すると、14日後の肺転移結節数が有意に増加した (p<0.01) (Fig. 5A)。アネキシンV前処置MV群では結節数増加が消失し、PS依存性が確認された。最も重要な発見として、通常B16F10転移に抵抗性のBALB/cマウス (n=5 mice/群) において、MVとB16F10細胞の同時投与群で肺転移結節が形成され、結節数 (p<0.01) およびサイズが有意に増加した (28日後に評価) (Fig. 5B, C)。アネキシンV前処置MVとの同時投与では転移形成は認められなかった。MV単独投与ではC57BL/6・BALB/cともに肺転移結節は認められず、MV単独に腫瘍形成能はなく、あくまで腫瘍細胞の転移能を増強する免疫抑制補助因子として機能することが示された。これは、通常なら有効な抗腫瘍免疫応答を持つ宿主においても、腫瘍由来MVが免疫監視機構を回避させることができることを初めて実証した画期的な結果であった。MVによるプロトロンビン活性化 (凝固促進) もアネキシンVで阻害され、PSがMVの両機能 (凝固促進・免疫抑制) の主要媒介分子であることが確認された。C57BL/6マウスにおける肺転移結節数は、MV非投与群の平均約15個に対し、MV前投与群では平均約40個に増加した。BALB/cマウスでは、MV非投与群では転移結節がほとんど見られなかったのに対し、MV同時投与群では平均約10個の肺転移結節が観察された。

考察/結論

本研究は、腫瘍由来マイクロベシクル (MV) の表面に露出したホスファチジルセリン (PS) が、宿主マクロファージのTGFβ1 (transforming growth factor beta 1) 産生を誘導し、抗腫瘍免疫応答を抑制することで、本来は転移抵抗性の宿主においてもメラノーマ転移を確立するという新規の免疫抑制メカニズムを初めて示した。PSは通常「eat-me」シグナルとして機能し、貪食後の抗炎症・免疫寛容を誘導するが、腫瘍細胞およびMVによるPS露出がこのシグナリング経路を「悪用」し、免疫抑制を誘導して腫瘍の免疫逃避に寄与するという新しい役割が実証された。

本研究の知見は、MVが「転移前ニッチ」を形成する可能性も示唆しており、これはエクソソーム生物学における転移前ニッチ概念の先駆的な言及である。MVのPS機能活性が、凝固活性化(プロトロンビン活性化を介した腫瘍微小環境での高凝固状態の促進)と免疫抑制(TGFβ1誘導を介した抗腫瘍T細胞・NK細胞機能の抑制)という2つの腫瘍促進機能を同時に担う可能性が示唆された。この多機能性は、Valenti et al. (2006) が同時期に記述した腫瘍由来MVによる単球のTGFβ1産生骨髄抑制細胞への分化誘導、Taylor et al. (2003) による腫瘍MVのMHCクラスII発現抑制、Kim et al. (2004) によるFasL搭載MVによるT細胞アポトーシス誘導といった先行研究とも整合的であり、腫瘍由来MVが多機能的な免疫抑制エフェクターとして機能することが示唆される。

先行研究との違い: 本研究で初めて、PS露出型MVが転移抵抗性マウスにおいても転移を誘導する能力を持つことをin vivoで実証した点は、これまでの報告と異なり、腫瘍由来MVの免疫抑制における重要性を強調する。特に、BALB/cマウスにおける転移誘導は、MVが宿主の強力な抗腫瘍免疫応答を効果的に回避または抑制する能力を持つことを明確に示した。

新規性: 本研究で初めて、B16F10メラノーマ細胞由来MVが機能的なPSを表面に露出し、これがマクロファージからのTGFβ1産生をPS依存的に増強し、結果としてin vivoでのメラノーマ転移を促進するという新規のメカニズムを明らかにした。この発見は、腫瘍由来MVが単なる細胞断片ではなく、能動的な免疫調節因子として機能するという理解を深めるものである。

臨床応用: 本知見は、腫瘍由来MVのPS露出を標的とした治療戦略が、癌転移の予防や治療効果の向上に繋がる可能性を示唆する点で臨床的意義を持つ。例えば、アネキシンVや抗PS抗体を用いたMVのPS機能阻害は、腫瘍の免疫逃避を抑制し、抗腫瘍免疫応答を再活性化させる新たな治療法開発に繋がる可能性がある。これは、bench-to-bedside研究として非常に有望である。

残された課題: 今後の検討課題として、MVが特定の局所優先転移部位へどのように集積し、「前転移ニッチ」を形成するのか、そのメカニズムを詳細に解明する必要がある。また、MVのPS露出を標的としたアネキシンV競合や抗PS抗体を介した治療戦略が、臨床応用において転移予防や治療効果の向上に繋がる可能性があり、その有効性を検証する研究が求められる。さらに、MVのPS露出が腫瘍のどの段階で最も重要となるのか、また他の免疫細胞への影響についても詳細な解析が今後の研究方向性として残されている。

方法

B16F10メラノーマ細胞の培養上清から、逐次差速遠心法を用いてMVを分離した。具体的には、まず800gで10分間遠心分離し、次に14,000gで15分間遠心分離することでMV画分を得た。分離されたMVは、透過型電子顕微鏡 (TEM) とフローサイトメトリーを用いてその性状を評価した。MVのサイズ範囲は0.1〜1 μmとされており、本研究では主に14,000g画分を解析対象とした。PSの外葉露出は、アネキシンV-FITC (fluorescein isothiocyanate) を用いて検出した。MVのPS機能的活性は、第Xa因子/第Va因子系を用いたプロトロンビン活性化アッセイにより確認した。MVのメラノーマ由来性は、メラノーマ関連抗原 (MAA) 抗体 (MM29B6ハイブリドーマ) を用いたフローサイトメトリーで確認した。

TGFβ1産生の評価には、チオグリコレート誘発マウス腹腔マクロファージ (BALB/cマウス由来) を使用した。マクロファージをMVと共培養し、その際にアネキシンVによるMVの前処置の有無でPS依存性を検証した。培養上清中のTGFβ1濃度はELISA (DuoSet R&D Systems) で測定した。

in vivo転移実験では、C57BL/6マウス(同系マウス)およびBALB/cマウス(通常B16F10転移に抵抗性を示す)を用いた。各マウスにB16F10細胞 (n=10⁴個) を尾静脈から静脈内投与した。MV前処置の影響を評価するため、B16F10細胞投与の2時間前または同時にMV (n=5×10⁴個) を静脈内投与した。MVはアネキシンVで15分間前処置したものとしないものを用意し、PS依存性を確認した。肺転移結節数は、C57BL/6マウスでは14日後、BALB/cマウスでは28日後に肺を摘出して計数した。統計解析には、One-way ANOVAまたはWelch補正付きのunpaired t-testをInStatソフトウェア (GraphPad) を用いて実施した。