- 著者: Juhee Park, Chaeeun Lee, Jung Seop Eom, Mi-Hyun Kim, Yoon-Kyoung Cho
- Corresponding author: Mi-Hyun Kim (Pusan National University Hospital); Yoon-Kyoung Cho (IBS/UNIST, Ulsan, Korea)
- 雑誌: Cancers
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-09-30
- Article種別: Original Article
- PMID: 33007940
背景
肺がんは世界的に癌関連死の主要な原因であり、その診断と治療において精密医療の進展が生存率向上に大きく寄与している。特に、非小細胞肺癌 (NSCLC) における上皮成長因子受容体 (EGFR) 変異 (L858R、19del) は、EGFR-チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) 治療の選択において重要なバイオマーカーである。しかし、TKI 治療中に獲得される EGFR T790M 変異は、第1・2世代 TKI に対する主要な耐性メカニズムであり、この変異を早期に検出することで、第3世代 TKI であるオシメルチニブへの治療切り替えが可能となり、患者の予後改善に繋がる。この耐性変異の重要性は、Yu et al. ClinCancerRes 2013 や Sequist et al. SciTranslMed 2011 の研究で繰り返し強調されている。
従来の EGFR 変異検出のゴールドスタンダードは組織生検であるが、これは侵襲性が高く、繰り返し検体採取が困難であるという課題がある。そのため、より低侵襲かつ高頻度に実施可能なリキッドバイオプシーのニーズが高まっている。リキッドバイオプシーのソースとしては、血漿中の循環腫瘍細胞 (CTC)、細胞遊離 DNA (cfDNA)、細胞外小胞 (EV) などが挙げられる。血漿 cfDNA は最も低侵襲な方法であるが、特に早期病変における感度が低いことが報告されており、例えば早期 NSCLC 患者では約26%の検出感度にとどまる場合がある Mohrmann et al. ClinCancerRes 2018。一方、気管支肺胞洗浄液 (BALF) 由来の EV-DNA は高い検出感度 (100%) を示すことが報告されているが、BALF の採取は通常気管支鏡検査では行われない侵襲的な手技であり、臨床現場でのルーチン使用には適さない。
気管支洗浄 (BW) は、気管支鏡検査時に少量の生理食塩水 (10 mL) を注入し、直ちに吸引する比較的低侵襲な手技であり、BALF よりも少ない量で、かつルーチン気管支鏡検査に付随して採取が可能である。これにより、患者への負担を軽減しつつ、腫瘍に近接した検体を得られる利点がある。しかし、BW 由来の EV-DNA を用いた EGFR 変異検出の有用性、特に T790M 耐性変異の早期検出におけるその性能については、本研究以前には十分に確立されていなかった。EV は脂質二重膜に保護された遺伝物質を含むため、cfDNA よりも安定性が高く、腫瘍由来の情報をより正確に反映する可能性が示唆されている Becker et al. CancerCell 2016。このため、BW 由来 EV-DNA の解析は、低侵襲性と高感度を両立する新たなリキッドバイオプシー戦略として期待されるが、その臨床的意義や既存手法との比較における優位性は未解明な点が残されていた。特に、T790M 変異の早期検出は治療戦略の変更に直結するため、このギャップを埋める研究が不足していた。
目的
本研究の目的は、非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者から採取した気管支洗浄液 (BW) 由来の細胞外小胞 (EV) を、Exo-Disc と呼ばれるサイズベースのろ過プラットフォームを用いて効率的に濃縮し、その EV-DNA から EGFR L858R、19del、および T790M 変異を検出する手法の感度と特異度を検証することである。さらに、BW 由来 EV-DNA による T790M 耐性変異の検出能を、対応する血漿 cfDNA および組織生検サンプルと比較し、特に T790M 変異の早期検出における BW EV-DNA の優位性を評価する。加えて、EGFR-TKI 治療中の患者における BW EV-DNA の縦断的モニタリングを通じて、治療反応性評価および薬剤耐性出現の早期捕捉、ひいては治療戦略の適時変更への応用可能性を検討することを目的とする。本研究は、低侵襲かつ高感度なリキッドバイオプシーとしての BW EV-DNA の臨床的有用性を確立し、NSCLC 患者の精密医療に貢献することを目指す。
結果
EGFR L858R/19del 変異の BW EV-DNA 検出性能: 52名の患者から得られた55の BW サンプル (29の変異陽性、26の野生型) を用いて、EGFR L858R および 19del 変異の検出性能を評価した。リアルタイム PCR の結果、EV-DNA は29の変異陽性検体のうち26件を正しく検出し、感度 89.7% (26/29)、特異度 100% (26/26) を示した。一方、EV を除去した後の EV-X-cfDNA の感度は 31.0% (9/29) にとどまり、EV-DNA の約1/3であった (特異度 100%)。この結果は、BW 中の腫瘍由来 DNA の大部分が EV 内に保護されて存在することを示唆している (Table 2)。EV-DNA の総合精度 (accuracy) は 94.5% であった。EV の特性評価では、平均粒子径は 205.1 ± 7.3 nm、粒子濃度は 1.7×10^10 から 2.2×10^11 particles/mL であり、CD9、CD63、CD81 などのエクソソームマーカーが陽性であり、SEM および TEM 画像によりエクソソーム様形態が確認された (Figure 2)。
T790M 耐性変異の三者比較: EGFR-TKI 治療中に T790M 耐性変異を獲得した患者の検出率を、BW EV-DNA、血漿 cfDNA、および組織生検サンプルの三者間で比較した (n=13)。ddPCR を用いた解析の結果、BW EV-DNA で T790M が検出された症例は 8/13 (61.5%) であった。これに対し、組織生検では 4/13 (30.8%)、血漿 cfDNA では 1/10 (10.0%) の検出率であった。BW EV-DNA は組織の約2倍、血漿 cfDNA の約6倍以上の高い検出率を示した。組織生検で T790M 陽性であった4名 (P6, P7, P8, P11) はすべて BW EV-DNA でも陽性であり、さらに BW EV-DNA のみで T790M が検出された症例が4名 (P2, P5-1, P1-1, P9) 存在した。P6 では、BW EV-DNA、血漿 cfDNA、組織生検のすべてで T790M が検出された。L858R/19del 変異の ddPCR 検出では、BW EV-DNA と組織生検の間で 100% の感度一致が認められたが、血漿 cfDNA では10検体中3検体 (P5, P7, P9) が偽陰性であり、感度は 70% にとどまった (Figure 3A)。
T790M 変異の先行検出: EGFR-TKI 治療中の患者2 (P2) では、BW EV-DNA で T790M 変異が検出された時点では、血漿 cfDNA および組織生検は陰性であった。しかし、3ヶ月後 (P2-1) には血漿 cfDNA でも T790M が陽性に転換し、CT 画像では腫瘍サイズが 9.0 cm から 9.6 cm へとわずかに増大していた (Figure 3B,C)。この結果は、BW EV-DNA が血漿 cfDNA や組織生検よりも3ヶ月先行して T790M 変異の出現を捕捉できることを示唆する最初の証拠である。同様に、患者5-1 (P5-1) でも BW EV-DNA 単独で T790M が陽性となり、4ヶ月後 (P5-2) に血漿 cfDNA と組織生検の両方で T790M が検出された (Figure 3D,E)。これらの患者では、BW EV-DNA での T790M 検出を契機に、治療がアファチニブからオシメルチニブへ変更された。
縦断的 EGFR コピー数モニタリングと病態相関: 患者5 (P5, 61歳男性, Stage IIIB 扁平上皮癌, 19del) の縦断解析では、TKI 治療開始後4ヶ月間で 19del 変異のコピー数が 72 から 3466.7 copies/mL へと約48倍増加し、T790M 変異のコピー数も 0 から 85.3 copies/mL へと増加した (Figure 4A,B)。この期間中、一次腫瘍の CT 画像では 8.3 cm から 7.1 cm へと縮小していたにもかかわらず、BW EV-DNA の T790M 増加は脳転移の出現をいち早く反映しており、後日 CT で脳転移が確認された。患者1 (P1, 52歳女性, Stage IVB 腺癌, L858R) では、8ヶ月間で L858R 変異のコピー数が 499.2 から 520 copies/mL へ、T790M 変異のコピー数が 0 から 6.8 copies/mL へと増加し、腫瘍サイズも 3.7 cm から 5.6 cm へと増大した (Figure 4C,D)。両患者ともに、BW EV-DNA での T790M 検出を契機に治療がアファチニブからオシメルチニブへ変更された。13検体の EGFR 変異コピー数と CT 腫瘍サイズの間には弱い正の相関が認められた (Figure S1)。これらの縦断的追跡結果は、BW EV-DNA の経時変化が CT 画像による病態把握と良好な相関を示し、液体生検として臨床的に有意な情報を提供できることを実証した。
考察/結論
本研究は、非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者における気管支洗浄液 (BW) 由来細胞外小胞 (EV) の DNA (EV-DNA) を用いた EGFR 変異検出の臨床的有用性を前向き研究で初めて実証した。特に、BW EV-DNA は EGFR T790M 耐性変異の検出において、血漿 cfDNA (検出率 10.0%) や組織生検 (検出率 30.8%) よりも高い検出率 (61.5%) を示し、かつ一部の患者では血漿や組織よりも3〜4ヶ月先行して耐性変異の出現を捕捉できることを明らかにした点で、極めて新規性が高い。
先行研究との違い: これまでの研究では、より侵襲的な気管支肺胞洗浄液 (BALF) 由来 EV-DNA が高い検出感度 (100%) を示すことが報告されていたが、BALF の採取は通常気管支鏡検査では行われない手技である。本研究で用いた BW は、わずか10 mL の生理食塩水注入で採取可能であり、ルーチン気管支鏡検査に付随して実施できるため、臨床現場での実用性が顕著に高いという点で、先行研究とは異なるアプローチである。本法の独自性は、Exo-Disc と呼ばれる20 nm ポア径のマイクロ流体デバイスによるサイズ選択的な EV 濃縮にあり、これにより遊離 DNA (EV-X-cfDNA) から EV を効率的に分離し、脂質二重膜に保護された腫瘍由来 DNA を高純度で取得できる点にある。EV-X-cfDNA の感度が 31.0% にとどまったことは、BW 中の腫瘍由来 DNA の大部分が EV 内に存在するという知見を裏付けている。
新規性: 本研究で初めて、BW EV-DNA が血漿 cfDNA や組織生検よりも数ヶ月先行して T790M 変異の出現を捕捉できることを示した。これは、EGFR-TKI 治療中の耐性獲得を早期に予測し、治療戦略を適時変更するための新規なバイオマーカーとしての可能性を提示する。
臨床応用: 本研究の臨床的意義は大きい。第一に、ルーチン気管支鏡検査時に採取される BW を「二次利用」することで、EGFR 変異のスクリーニングや治療選択に低侵襲かつ高感度な情報を提供できる可能性がある。第二に、BW EV-DNA の縦断的モニタリングにより、EGFR-TKI 耐性の早期検出と、第3世代 TKI (オシメルチニブ) への適時切り替えが可能となり、患者の治療アウトカム改善に貢献することが期待される。実際に、本研究の縦断的解析では、BW EV-DNA の EGFR 変異コピー数の変化が CT 画像による病態進行と良好な相関を示し、脳転移の出現を CT 画像よりも早期に示唆するケースも認められた。これは、BW EV-DNA が精密医療における重要なツールとなり得ることを示唆する。
残された課題: しかし、本研究にはいくつかの残された課題と限界も存在する。第一に、単一施設での実施であり、対象患者数が52名 (matched 三者比較は13名) と限定的であったため、結果の一般化にはさらなる多施設共同研究による大規模コホートでの外部検証が必要である。第二に、EGFR 変異 (19del, L858R, T790M) 以外の耐性機構 (例: MET 増幅、HER2 増幅、SCLC 転換、BRAF、KRAS G12C など) は本研究では検討されていない。第三に、前向き研究デザインの制約上、患者の全生存期間 (OS) や無増悪生存期間 (PFS) と BW EV-DNA 検出変異との直接的な相関解析は実施できなかった。第四に、BW サンプルは定期的な外来受診時や気管支鏡検査時にのみ採取可能であり、血漿リキッドバイオプシーのような高頻度なモニタリングには実運用上の限界がある。今後の検討課題として、これらの限界を克服するため、多施設前向きコホートでの感度・特異度の検証、および BW EV-DNA に基づく治療変更が患者アウトカムを改善するか否かを評価するランダム化比較試験が求められる。また、EGFR 以外のドライバー変異や耐性メカニズムを検出するためのマルチ遺伝子パネル解析への拡張も、今後の研究方向性として重要である。
方法
本研究は、2018年7月から2019年9月にかけて、Pusan National University Hospital において前向き研究として実施された。非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者52名が登録され、気管支鏡検査時に気管支洗浄液 (BW) が採取された。患者は組織生検に基づく EGFR 変異の有無により、変異型26名と野生型26名に分類された。変異型の内訳は L858R が10名 (38.5%)、19del が16名 (61.5%) であった。患者の中央年齢は変異型で66歳 (範囲 39-89歳)、野生型で68歳 (範囲 50-81歳) であり、変異型患者の84.6%が Stage IV であった (Table 1)。本研究プロトコルは Pusan National University Hospital のInstitutional Review Board (IRB 1805-031-067) の承認を得ており、全ての参加者から書面によるインフォームドコンセントを取得した。
採取された BW サンプル (<4 mL) からは、Exo-Disc と呼ばれる20 nm ポア径の AAO (陽極酸化アルミナ) 膜を搭載した lab-on-a-disc プラットフォームを用いて EV が濃縮された。Exo-Disc は遠心力 (500 g) を利用した接線流ろ過により EV をサイズベースで分離・濃縮し、EV を含まない細胞遊離 DNA (EV-X-cfDNA) はフローチャンバーに回収された。EV 濃縮後、EV 溶液は DNase 処理により遊離 DNA を除去し、Allprep DNA/RNA kit を用いて EV-DNA が抽出された。EV-X-cfDNA は QIAamp circulating nucleic acid kit で抽出された。
EGFR L858R および 19del 変異の検出にはリアルタイム PCR (PANAMutyper EGFR kit) が用いられ、T790M 変異の定量には droplet digital PCR (ddPCR, Bio-Rad QX200) が使用された。ddPCR データは QuantaSoft ソフトウェアで解析された。EV の特性評価は、ナノ粒子トラッキング解析 (NTA, Nanosight NS500) によるサイズ分布と濃度測定、ELISA によるテトラスパニン (CD9, CD63, CD81) の発現確認、および走査型電子顕微鏡 (SEM)・透過型電子顕微鏡 (TEM) による形態観察によって行われた。
T790M 変異の検出率を比較するため、BW EV-DNA、血漿 cfDNA、および組織生検サンプルの三者が揃った13名の患者から得られた検体が解析された。血漿 cfDNA は Cobas cfDNA Sample Preparation Kit を用いて抽出され、Cobas EGFR Mutation assay で解析された。縦断的モニタリングは、EGFR-TKI 治療中の患者2名 (P5: 61歳男性, Stage IIIB 扁平上皮癌, 19del; P1: 52歳女性, Stage IVB 腺癌, L858R) を対象に実施され、EGFR 変異コピー数の経時変化と CT 画像による腫瘍サイズの関連が評価された。統計解析には、ddPCR データは QuantaSoft ソフトウェアで解析された。また、EGFR 変異コピー数と CT 腫瘍サイズ間の相関は Pearson 相関係数を用いて評価された。