- 著者: Irene V. Bijnsdorp, Albert A. Geldof, Mehrdad Lavaei, Sander R. Piersma, R. Jeroen A. van Moorselaar, Connie R. Jimenez
- Corresponding author: Irene V. Bijnsdorp (Department of Urology, VU University Medical Center, Amsterdam, The Netherlands)
- 雑誌: Journal of Extracellular Vesicles
- 発行年: 2013
- Epub日: 2013-12-23
- Article種別: Original Article
- PMID: 24371517
背景
前立腺がん (PCa) は西欧男性において最も頻度の高いがんであり、がん関連死亡の第2位を占める疾患である。致命的な転帰の多くは侵攻性・転移性増殖によって生じるが、大多数のPCaは無症状であり治療を必要としない。現行の予後マーカー (PSA・グリーソンスコア・病理病期) では無症状がんと侵攻性がんを正確に区別することが困難であり、新規バイオマーカーの開発が急務とされている。特に、血清プロテオミクスは高発現タンパク質が低発現タンパク質をマスクする課題があり、組織ベースのプロテオミクスは生体液ベースの信頼性のあるマーカーを予測することが困難であるという不足が指摘される。
エクソソームはがん細胞を含むあらゆる細胞から分泌される直径100 nm前後の膜小胞であり、多胞体の内腔小胞が細胞膜との融合によって細胞外に放出される。前立腺細胞由来のエクソソームは血液および尿中に検出可能であり、非侵襲的バイオマーカー探索の有望な供給源として注目されている。エクソソームはRNA・タンパク質・脂質などの生物学的に活性な分子を内包し、がんの進行・転移において重要な役割を担うと考えられている。エクソソームを介した細胞間コミュニケーションの正確なメカニズム、特にがん細胞由来エクソソームが非がん性細胞機能に与える影響の詳細は未解明である。
先行研究として著者らは、PC3細胞 (ホルモン非依存性・より侵攻性) および LNCaP細胞 (ホルモン依存性・低侵攻性) のコンディショニング培地が非がん性前立腺上皮細胞 (prEC) の増殖・遊走・浸潤を増大させることを報告していた (Bijnsdorp et al. Br J Cancer 2012)。また、腫瘍周囲の非がん性組織におけるコネキシン26 (Cx26) の発現低下が転移との関連を示すことが知られており、周囲の正常細胞の変化がPCa転移に寄与する可能性が提起されていた。さらに、Peinado et al. NatMed 2012は、メラノーマ由来エクソソームが骨髄前駆細胞を前転移性表現型へと教育し、転移前ニッチ形成に寄与することを示した。Ratajczak et al. Leukemia 2006やThery et al. JImmunol 2001もエクソソームの細胞間コミュニケーションにおける重要性を報告している。しかし、がん細胞由来エクソソームのどのタンパク質が非がん性細胞機能に影響するかの詳細は未解明であり、特にPCaにおけるエクソソーム性タンパク質の機能的役割とバイオマーカーとしての可能性については知識ギャップが残されている。
目的
本研究の目的は、前立腺がん (PCa) 細胞 (LNCaP・PC3) 由来エクソソームのプロテオミクス解析を用いて、非がん性前立腺上皮細胞 (prEC) の遊走・浸潤を制御するタンパク質候補を同定することである。さらに、同定されたタンパク質の機能的役割をin vitroで検証するとともに、転移性PCa患者の尿エクソソームにおけるこれらのタンパク質の発現上昇を確認し、非侵襲的診断バイオマーカーとしての可能性を評価することを目指す。具体的には、PC3エクソソームとLNCaPエクソソーム間で発現差のあるタンパク質を特定し、その中で細胞の運動性に関連する因子を絞り込み、機能阻害実験を通じてprECの挙動への影響を解析する。最終的に、患者尿サンプルを用いて、これらのエクソソーム性タンパク質が転移性PCaの診断に有用であるか否かを検証する。
結果
所見1:プロテオミクスによるITGA3・ITGB1の同定と優先度付け: LC-MS/MS解析により、LNCaPエクソソームから1,299種、PC3エクソソームから1,398種のタンパク質が同定された。PC3エクソソームではLNCaPエクソソームと比較して101種のタンパク質が有意に高発現しており (p<0.05、beta-binomial検定)、そのうち57種は両細胞株エクソソームに共通して検出された (Fig. 1B)。David機能解析およびString解析によるネットワーク解析では、focal adhesion (p<0.005) とcytoskeleton調節 (p<0.05) のKEGGパスウェイが上位を占め、遊走・浸潤に関与するタンパク質群の明確なクラスターが同定された (Fig. 1D)。このクラスターから、ITGA3、ITGB1、TLN1、VCLの4タンパク質を後続実験の候補として選定した (Table I)。外部バリデーションとしてSardanaら (2008年) のPC3/LNCaP分泌プロテオミクスデータとの統合解析でも、ITGA3、ITGB1、VCL、TLN1はPC3分泌液で有意に高発現していた (p<0.05)。ウエスタンブロットでは、TLN1は細胞・エクソソームいずれでも検出されず、VCLはPC3エクソソームにわずかに検出されたのみであったため、ITGA3とITGB1を主要なターゲットとして選択した。エクソソームのアイデンティティ確認としてPDCD6IP (Alix) が両細胞株エクソソームで同等に発現していた (Fig. 2A)。プロテオミクスでのITGA3スペクトルカウントはPC3がLNCaPより約1.7倍高く、ITGB1は約1.9倍高かった。
所見2:エクソソーム性ITGA3がprECの遊走・浸潤をほぼ完全に制御: ITGA3阻害抗体をPC3コンディショニング培地またはLNCaPコンディショニング培地に添加すると、prEC (n=3 replicates) の遊走と浸潤がほぼ完全に消失した (コントロールレベルに戻った; p<0.05、Student’s t-test) (Fig. 2B)。Matrigelコーティングフィルターを用いた浸潤アッセイでは、ITGA3阻害抗体添加により移行細胞数が未処理対照 (コンディショニング培地なし) と同水準まで低下した。一方、ITGB1阻害抗体も遊走・浸潤を有意に減少させたが (p<0.05)、ITGA3ほど完全ではなかった。LNCaPおよびPC3のエクソソーム単独でも対照群と比較してprECの浸潤が増加し、このエクソソームへのITGA3阻害抗体添加によって浸潤が対照群レベルまで低下した (Fig. 2D)。一方、ITGB1阻害抗体はエクソソーム誘発浸潤に影響しなかった (有意差なし)。増殖アッセイ (SRBアッセイ、72時間) ではITGA3・ITGB1いずれの阻害抗体も有意な影響を示さず、ITGA3・ITGB1の効果は浸潤・遊走に特異的であった。ウエスタンブロットにより、ITGA3には116 kDaと30 kDaの2アイソフォームが検出され、プロテオミクスと整合する発現差 (約1.7〜1.9倍) を示した。30 kDaアイソフォームはITGA3の翻訳後切断で生じる軽鎖変異体であり、ITGB1とヘテロ二量体を形成してラミニン-511に結合する機能的形態である。
所見3:PC3エクソソームのprECへの取り込み効率が高く、ITGA3は取り込みには関与しない: PKH67標識エクソソームのFACS解析により、PC3エクソソームはLNCaPエクソソームと比較してprEC (n=3 replicates) への取り込み効率が有意に高かった (Fig. 2C)。delta mean fluorescence intensity (ΔMFI) はPC3エクソソームでLNCaPエクソソームよりも高値を示し、これはPC3がより侵攻性の高い細胞株であることと一致する。一方、ITGA3・ITGB1阻害抗体はエクソソームの取り込み効率にほとんど影響を与えなかった (ΔMFIに有意差なし)。これはITGA3がエクソソーム内に取り込まれた後に細胞内シグナル (focal adhesionカスケード等) を介して遊走・浸潤を促進するのであって、エクソソームの細胞への結合・取り込みステップそのものには関与していないことを示す。エクソソームの取り込みは液相エンドサイトーシスまたはマクロピノサイトーシスによってITGA3非依存性に起こると考えられる。
所見4:転移性PCa患者尿エクソソームでITGA3・ITGB1が有意に高発現: mPCa患者 (n=3 patients) の尿エクソソームでは、BPH群 (n=5 patients) およびPCa群 (n=5 patients) と比較して、30 kDa ITGA3アイソフォームおよびITGB1がPDCD6IP補正後に有意に高発現していた (p<0.05、2尾Student’s t-test) (Fig. 3A, B)。140 kDa ITGA3は全サンプルで低レベルに検出されたが、群間差はなかった。30 kDa ITGA3はmPCa 3例中2例で強く検出され、PCa群ではわずかで、BPH群でも一部で検出された。ITGB1はmPCaで最高発現を示した。なお、サンプル数が少なく (転移群n=3) 等量タンパク質でのローディングが困難であったため、PDCD6IP (Alix) を内部標準として体積揃えで解析した。この知見はin vitroのPC3エクソソームITGA3機能データとin vivo (患者尿) での発現増加を結びつけるトランスレーショナルな証拠である。
考察/結論
本研究は、PCa細胞由来エクソソームのプロテオミクスからがんの侵攻性と関連するタンパク質を同定し、そのうちITGA3が非がん性前立腺上皮細胞 (prEC) の遊走・浸潤を促進する機能的因子であることを示した。さらに、このITGA3が転移性PCa患者の尿エクソソームで高発現していることは、非侵襲的バイオマーカーとしての実用可能性を示唆する重要な知見である。
先行研究との違い: インテグリンITGA3 (α3サブユニット) とITGB1 (β1サブユニット) は細胞接着・細胞マトリックス接着・インテグリン介在シグナル伝達に関与する。α3β1インテグリン複合体はラミニン-511への結合を介して乳がんを含む複数のがん種の遊走・浸潤で機能することが知られているが、PCaにおけるITGA3の役割については相反する報告が存在する (高ITGA3発現は転移を抑制するとの報告もある)。本研究では、エクソソームに内包されたITGA3がprECに取り込まれ、受容細胞の運動性・浸潤性を増大させるという、これまでとは異なる新しい機能的文脈を示した。
新規性: 本研究で初めて、PCa細胞由来エクソソームのITGA3が非がん性前立腺細胞の遊走・浸潤をほぼ完全に制御する新規なメカニズムを明らかにした。特に、30 kDaのITGA3軽鎖変異体が機能的に重要であること、およびその発現が転移性PCa患者の尿エクソソームで有意に増加していることは、これまで報告されていない重要な発見である。
臨床応用: 本知見は、エクソソーム性ITGA3およびITGB1が転移性PCaの非侵襲的診断バイオマーカーとして臨床応用される可能性を示唆する。現在のPSA検査だけでは判別困難な転移リスク層別化において、尿エクソソームプロテオミクスを利用したITGA3/ITGB1の測定は、より正確なリスク評価に貢献し、患者の治療方針決定に役立つ臨床的意義を持つと考えられる。
残された課題: 本研究の限界として、尿エクソソームサンプルのコホートが小規模 (mPCa群n=3 patients) であることが挙げられ、観察されたバイオマーカー差が統計的に予備的な知見に留まる。今後の検討課題として、ELISAなどより感度の高い定量法による大規模前向きコホートでの検証が不可欠である。また、がんエクソソームを介した非がん性細胞の行動変容がin vivoでの転移促進に直接寄与するかどうかは引き続き検討が必要である。エクソソームを介した転移前微小環境の形成という観点 (Peinadoら、2012年のメラノーマ研究との比較) からも、本研究知見の意義は大きく、尿エクソソームプロテオミクスを利用したPSAだけでは判別困難な転移リスク層別化への臨床応用が期待される。
方法
細胞培養とエクソソーム単離: ヒトPCa細胞株LNCaP (1.5×10^6細胞) およびPC3 (1.0×10^6細胞) をT75フラスコに播種し、24時間後に無血清培地に交換してさらに48時間培養した。培地を回収後、1,500 rpmで5分間遠心して細胞を除去し、続いて20,000 gで20分間4℃で遠心して細胞残骸を除去した。エクソソームは100,000 gで90分間4℃の超遠心分離により単離した。非がん性prEC (Lonza, CC-2555) はPrEBM基礎培地とサプリメントで培養し、継代3〜5で実験に用いた。
プロテオミクス解析: 単離したエクソソームをSDSサンプルバッファーで溶解し、SDS-PAGEで分離後、各レーンを10バンドに分割してゲル内消化を行った。得られたペプチドはUltimate 3000 nanoLCシステムとLTQ-FT (linear ion trap-Fourier transform) ハイブリッド質量分析計を用いたLC-MS/MSで解析した。MS/MSスペクトルはhuman IPI (International Protein Index) database 3.59に対してSequest検索を行い、Peptide Prophet (確率≥95%) およびProtein Prophet (確率≥99%、2ペプチド以上) で検証した (推定FDR<0.5%)。タンパク質定量はスペクトルカウント法を用い、beta-binomial検定 (p<0.05) で有意差を評価した。パスウェイ解析にはStringデータベースとDavid機能解析を用いた。
機能実験: prEC細胞の遊走・浸潤アッセイは、8μmポアフィルターを備えたTranswellチャンバーを用いて実施した。浸潤アッセイではフィルターをMatrigel (50 ng/mL) でコーティングした。細胞 (200,000細胞/インサート) を無血清培地中のコンディショニング培地またはエクソソームと共に上部チャンバーに播種し、下部チャンバーには通常の培養培地とコンディショニング培地またはエクソソームを添加した。8時間培養後、Calcein-AM (カルセイン-アセトキシメチルエステル) (5 μM) で蛍光標識し、遊走・浸潤した細胞数を定量した。ITGA3またはITGB1の阻害抗体 (Abcam, Cell Signaling Technology) を添加して効果を評価した。増殖アッセイはSRB (スルホローダミンB) アッセイにより72時間培養後に実施した。エクソソームの細胞取り込みは、PKH67蛍光標識エクソソームをprECと培養後、FACS解析で測定した。
患者尿サンプルとウエスタンブロット: 良性前立腺肥大症 (BPH, n=5 patients)、PCa (n=5 patients)、転移性PCa (mPCa, n=3 patients) 患者の尿5 mLから、逐次遠心分離 (2,000 g×15分→10,000 g×30分→100,000 g×90分×2回) によりエクソソームを単離した。エクソソームタンパク質はウエスタンブロットでITGA3 (30 kDaアイソフォーム) およびITGB1の発現を評価した。エクソソームのローディングコントロールとしてPDCD6IP (Alix) を用いた。バンド強度はOdyssey Infrared Imagerでスキャンし、Odysseyソフトウェアで解析した。
統計解析: サンプル間の潜在的な差は、対応のあるまたは対応のない2尾Student’s t-検定を用いて評価した。p値が0.05未満の場合を有意差とした。