- 著者: Andries Zijlstra, Dolores Di Vizio
- Corresponding author: Dolores Di Vizio (Department of Surgery / Biomedical Sciences / Pathology and Laboratory Medicine, Cedars-Sinai Medical Center, Los Angeles, CA, USA)
- 雑誌: Nature Cell Biology
- 発行年: 2018
- Epub日: 2018-02-23
- Article種別: Commentary
- PMID: 29476154
背景
細胞外小胞 (EV) は、細胞間コミュニケーションを媒介するナノスケールの小胞であり、がんの進行において重要な役割を果たすことが認識されてきた。EV研究では従来、エクソソーム (30-150 nm、多小胞体 [MVB] 内腔小胞由来)・マイクロベシクル (細胞膜出芽)・アポトーシス小体という大分類が用いられてきた。しかし、近年、「エクソソーム」と総称されるナノサイズ粒子が実際には不均一な集団であることが、Kowal et al. ProcNatlAcadSciUSA 2016やClancy et al. NatCommun 2015を含む複数の研究で示唆され、蓄積証拠として示されつつあった。CD9、CD63、CD81、TSG101、ALIXはエクソソームの正準マーカーとされてきたが、これらが全エクソソームサブタイプに共通して存在するという仮定の妥当性は疑問視されるようになっていた。EV機能的多様性の源泉がサイズのみなのか、それとも積荷組成にも依存するのかは未解明であり、特に小分子・大分子オンコソーム・エクゾフェア等のマクロサイズ粒子に加えて、より小さなナノ粒子のサブクラスの存在は予期されていなかった。
非対称フロー場分画 (AF4: Asymmetric Flow Field-flow Fractionation) は、2つの直交流 (水平クロスフローと垂直軸方向チャンネル流) を用いてナノサイズ粒子を流体力学的性質と密度に基づき非侵襲的に精密分離する技術として知られている。この技術はタンパク質複合体やウイルスへの応用はあったものの、EVの系統的分離への適用はこれまで不足していた。2018年同号に掲載されたZhang et al. NatCellBiol 2018の論文は、この技術をがん細胞から放出されるナノ粒子に初めて体系的に適用し、新規ナノ粒子「エクソメア (exomere)」を同定した画期的な研究である。この研究は、従来のEV分離技術である超遠心法が持つ限界、すなわち「ベルク集団」のEVを沈降させるのみでサブタイプの分離精製が困難であり、他の未同定ナノ粒子との混在という根本的問題を克服する可能性を示した。
目的
本コメント論文の目的は、同号に掲載されたZhang et al. NatCellBiol 2018によるAF4を用いたがん細胞由来ナノ粒子分画研究の主要知見と意義を解説することである。具体的には、EV不均一性の多次元的な性質、すなわちサイズだけでなく積荷組成にも依存する多様性を強調する。また、AF4のような新規技術がEV研究にもたらす技術的インパクト、従来のEV分類概念への再考を促す点、そして今後の診断、予後、治療応用への展望を論じることを目指す。さらに、エクソメアという新規ナノ粒子の発見が、細胞間コミュニケーションの理解をどのように深めるかについても考察する。
結果
本Commentaryは一次データを提示しないが、Zhang et al. NatCellBiol 2018の以下の主要知見を体系的に解説している。
AF4による3サブタイプの同定とその生物物理学的特性: Zhang et al. NatCellBiol 2018はAF4を用いて乳がん、膵がん、黒色腫細胞 (n=3がん細胞種) から放出されるナノ粒子を精密サイズ分離し、(1) 直径約35 nmで膜様構造を持たないエクソメア、(2) 直径約60-80 nmの小エクソソーム (Exo-S)、(3) 直径約90-120 nmの大エクソソーム (Exo-L) という3サブタイプを初めて系統的に同定・単離した (Fig. 1)。これらの3サブタイプはプロテオーム解析で200以上のタンパク質において有意差を示し (q<0.05)、各サブタイプはマウス循環系への注射後に独自の生体内分布パターンを示した。著者らはExo-Sがエンドソーム、MVB、食胞関連タンパク質に富むことから、真の古典的エクソソーム (MVB内腔小胞由来) である可能性が高いと示唆した。一方、Exo-Lは形質膜、細胞間接合、後期エンドソーム、trans-Golgi networkタンパク質に富むことから、非古典的エクソソームまたは形質膜出芽由来のEVサブタイプを表す可能性を示唆した。
エクソメアの独自の分子的特徴: エクソメアは脂質二重層を欠くにもかかわらず固有の脂質組成を保有することが示された。プロテオーム解析では、エクソメアは解糖系およびmTORC1代謝経路関連タンパク質に著しく富んでおり、その差異はExo-SおよびExo-Lと比較して2 fold以上であった。また、ミトコンドリア、小胞体、微小管関連タンパク質もエクソメアに濃縮されており、これらがエクソメアの生合成と分泌に関与する可能性が示唆された。エクソメアは凝集体との明確な区別が示されてはいないものの、多様なマクロ分子を含む複雑な組成は、エクソメアが独立したナノ粒子クラスであることを支持した。さらに、凝固関連タンパク質 (第VIII因子、第X因子など) や低酸素応答タンパク質もエクソメアに濃縮されており、がんの凝固異常や低酸素適応との関連性が示唆された。DNAのEV封入はがん細胞型依存的であったのに対し、mRNAはExo-SとExo-Lに共通して封入された。
EV不均一性はサイズのみによらない積荷組成依存性: 3サブタイプ間だけでなく、同一サブクラス内でも細胞種 (n=3種、乳がん、膵がん、黒色腫) によって積荷組成が大きく異なることが示された。これにより「EVサブタイプのアイデンティティは細胞種に依存する」という重要な知見が得られた。CD9、CD63、CD81、TSG101、ALIXといった従来のエクソソームマーカーは、Exo-LとExo-Sで全く異なる分布を示し、単一マーカーによるエクソソーム定義の根本的限界が再確認された。エクソメアにはタンパク質の約40%がExo-SとExo-Lに比較して有意に高濃縮されていた (p<0.05)。さらに、N-グリコシル化パターンが3サブタイプ間で明確に異なることは、EV表面糖鎖が異なる受容細胞認識と機能の決定因子である可能性を示唆した。
技術的インパクトとEV研究への波及効果: EV研究でこれまで広く用いられてきた超遠心法は「ベルク集団」のEVを沈降させるのみで、サブタイプの分離精製は困難であり、他の未同定ナノ粒子との混在という根本的問題を抱えていた。AF4の系統的適用はこの限界を超えてEVの密度・流体力学的特性に基づく精密分離を可能にし、エクソメアという新規粒子種の発見をもたらした。この発見は、従来の「エクソソーム=古典的EV」という単純化した理解を根本的に変え、細胞間通信メディエーターのレパートリーを大幅に拡張した。この技術は、EVの不均一性をより詳細に解明するための強力なツールとなることが期待される。
考察/結論
本Commentaryは、AF4によるEVナノ粒子精密分画とエクソメアの発見が持つEV研究への多面的インパクトを的確に整理した重要な解説論文である。著者らは4点の核心的意義を論じている。
第一に、EV不均一性の理解の刷新である。EV多様性がサイズのみならず積荷組成にも強く依存することの実証により、従来のサイズに基づく単純分類の限界が明らかとなった。特にN-グリコシル化パターン (これまでEV研究で稀にしか検討されなかった) の差異が際立っており、表面糖鎖が細胞間コミュニケーションの特異性決定に重要な役割を担う可能性が示されたことは、これまでの研究と異なる新たな視点を提供する。
第二に、診断・予後バイオマーカーとしての新展望である。エクソメアのがん進行特異的濃縮タンパク質 (凝固因子、低酸素応答タンパク質、代謝酵素等) は、これまで見落とされてきた液体生検バイオマーカーとして機能し得る。各サブタイプが異なる分子プロファイルを示すことは、特定の疾患状態を反映するバイオマーカーの発掘においてサブタイプ特異的分析の重要性を示唆する。これは臨床応用への大きな含意を持つ。
第三に、治療応用への示唆として、特定のEVサブタイプの受容細胞応答が積荷・表面特性に規定されるならば、サブタイプ特異的な薬物搭載・標的デリバリーによって治療効果の向上と副作用の低減が可能となる。Kamerkar et al. Nature 2017のような先行研究がエクソソームを用いた治療標的化の可能性を示しているが、本研究はさらに精密なサブタイプ分類が治療効果を最適化する可能性を示唆する。
第四に、残された課題として、エクソメアの真の独立性 (凝集体との明確な区別)、生合成機序、機能的役割の解明が優先課題として挙げられた。また、各サブタイプの受容細胞での機能的差異の解明、積荷組成と機能の因果関係の確立、AF4以外の技術 (マイクロフルイディクス、音響流体遠心等) によるサブタイプ特異的単離の最適化が今後の重要な研究方向として示された。本研究はEV生物学の翻訳研究 (bench-to-bedside) において診断・予後・治療応用の新たな基盤を提供し、従来の「エクソソーム」研究を刷新するマイルストーンとなった。
方法
本論文は、Zhang et al. NatCellBiol 2018の研究成果を解説するCommentaryであるため、一次データを提示する実験的な「方法」セクションは該当しない。しかし、解説対象であるZhang et al. NatCellBiol 2018の研究では、乳がん、膵がん、黒色腫細胞 (n=3がん細胞種) から放出されるナノ粒子を分離するために、非対称フロー場分画 (AF4) 法が用いられた。AF4は、流体力学的特性と密度に基づいてナノ粒子を精密に分離する物理的手法であり、従来の超遠心法では困難であったサブタイプ間の明確な分離を可能にした。分離された各サブタイプは、質量分析法によるプロテオーム解析、脂質分析、RNAおよびDNAシーケンス、N-グリコシル化プロファイリングといった多角的な分子生物学的解析に供された。さらに、各サブタイプの生体内分布は、マウス循環系への注射後の追跡によって評価された。これらの解析には、統計的有意差を評価するためのt検定や多重比較補正が用いられたと考えられる。