• 著者: Luize G. Lima, Sunyoung Ham, Hyunku Shin, Edna P. Z. Chai, Erica S. H. Lek, Richard J. Lobb, Alexandra F. Müller, Suresh Mathivanan, Belinda Yeo, Yeonho Choi, Belinda S. Parker, Andreas Möller
  • Corresponding author: Andreas Möller (Tumour Microenvironment Laboratory, QIMR Berghofer Medical Research Institute, Herston, QLD, Australia)
  • 雑誌: Nature Communications
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-06-10
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34112803

背景

がんの遠隔転移は、がん関連死の約90%を占める極めて深刻な病態であり、その制御は現代の腫瘍学における最大の課題の一つである。転移プロセスは、がん細胞自律的な遺伝子変異やシグナル伝達経路の活性化だけでなく、原発腫瘍を取り巻く腫瘍微小環境 (TME; tumor microenvironment) との動的な相互作用によって緻密に制御されている。特に、原発腫瘍から放出される種々の可溶性因子や細胞外小胞 (EV; extracellular vesicle) が、将来がん細胞が到達する遠隔臓器にあらかじめ生着しやすい環境を整える「前転移ニッチ (pre-metastatic niche)」を形成することが知られている Kaplan et al. Nature 2005

近年、がん細胞由来のエクソソーム (30-150 nmの膜小胞) が前転移ニッチ形成の重要なメディエーターとして注目を集めている。先行研究では、がん細胞由来エクソソームが骨髄前駆細胞を教育して前転移性表現型を誘導すること Peinado et al. NatMed 2012 や、エクソソーム表面のインテグリン発現パターンが転移先の臓器向性 (organotropism) を決定することが報告されている Hoshino et al. Nature 2015。さらに、転移先臓器の微小環境ががん細胞の生着を許容する詳細なメカニズムについても議論が重ねられてきた Peinado et al. NatRevCancer 2017。しかしながら、TMEに豊富に存在するサイトカインや成長因子が、分泌されたエクソソームの生体内分布や標的細胞への取り込み、ひいては前転移ニッチ形成能をどのように修飾・変容させるかという点については、これまで未解明であった。

従来のin vitro細胞培養系から回収されるエクソソームはサイトカインをほとんど保持していないのに対し、患者血漿や腫瘍組織から直接単離されたエクソソームには多種多様なサイトカインが随伴していることが経験的に知られていた。この乖離を埋めるための基礎的知見が圧倒的に不足しており、TME由来の液性因子がエクソソーム表面に結合する分子機構、およびその生物学的意義における「知識のギャップ」を解消することが強く求められていた。

目的

本研究は、腫瘍微小環境に存在するサイトカイン、特にケモカインであるCCL2 (C-C motif chemokine ligand 2) が、がん細胞由来エクソソーム表面に結合する具体的な分子メカニズムを解明することを目的とする。さらに、このサイトカイン結合型エクソソームが、受容体であるCCR2 (C-C chemokine receptor type 2) を発現する特定の免疫細胞サブセットへ選択的に取り込まれる機序を明らかにし、生体内分布 (biodistribution) の変化、前転移ニッチ形成の誘導、および遠隔臓器への転移促進に与える影響をin vivoマウスモデルおよび臨床検体を用いて検証することを目指した。

結果

乳がん患者血漿およびTMEにおけるサイトカイン結合エクソソームの同定: 乳がん患者の血漿から単離したエクソソームは、健常者由来のエクソソームと比較して、CCL2、IL-6、CXCL1などのサイトカインを表面に多く随伴していた。ELISA解析では、患者群 (n=5 donors) のCCL2結合量が健常者群 (n=3 donors) と比較して有意に高値を示した (p<0.05) (Fig. 1c)。これに対し、in vitroで培養したEO771細胞から回収した純粋なエクソソームは、これらのサイトカインをほとんど保持していなかった。しかし、EO771腫瘍組織から調製したエクソソーム除去TIFに培養由来エクソソームを添加してインキュベートしたところ、TIF中に存在するCCL2などのサイトカインが再結合することが実証された (n=5 replicates, Fig. 1g)。このTIF結合型エクソソームをWTマウス (n=6 mice) に静脈内投与したところ、サイトカイン非結合型のエクソソームと比較して、肺における蓄積量が有意に増加した (p<0.05) (Fig. 1i)。さらに、フローサイトメトリー解析により、TIF結合型エクソソームは、NK細胞やmMDSCへの取り込み率が有意に上昇していることが確認された (p<0.05) (Fig. 2)。

エクソソーム表面プロテオグリカン糖鎖を介したサイトカイン結合機構: サイトカインがエクソソームの外膜表面に結合しているのかを検証するため、CCL2結合型エクソソームに対してプロテイナーゼK処理を行った。その結果、外膜タンパク質であるCD9は完全に分解されたが、内腔タンパク質であるHSP70は保護された (Fig. 4c)。この条件下において、結合していたCCL2の大部分が消失したことから、CCL2はエクソソームの外膜表面に露出した状態で結合していることが示された (Fig. 4d)。また、ソニケーションによる膜破砕を行ってもCCL2の検出量に有意な変化は見られなかった (Fig. 4e)。SERS解析およびPCAプロットにおいて、CCL2結合型エクソソームは非結合型と明確に異なるスペクトルパターンを示した (Fig. 4f, g)。共免疫沈降アッセイにより、プロテオグリカンコアタンパク質であるversicanやsyndecan-1とCCL2が複合体を形成していることが実証された (Fig. 4i)。さらに、HepIIIおよびChABCを用いてエクソソーム表面のGAG側鎖を酵素分解すると、CCL2のエクソソームへの結合容量が有意に低下し、1.8-fold decreaseの減少率を示した (n=3 replicates, p<0.05) (Fig. 4k)。以上の結果から、サイトカインはエクソソーム表面のプロテオグリカンGAG側鎖を介して外膜に結合することが明らかになった。

CCL2結合エクソソームによるCCR2陽性細胞への選択的送達と転移促進: 組換えCCL2を結合させたEO771エクソソームは、非結合型エクソソームと比較して、WTマウス (n=6 mice) の肺への蓄積を有意に増加させ、約2.5-fold increaseの集積向上を達成した (p<0.05) (Fig. 5a, b)。肺内のCD45.2⁺白血球における取り込みを解析したところ、CCL2結合型エクソソームはCCR2陽性細胞へ選択的に取り込まれており、CCR2陰性細胞への取り込み量には差が認められなかった (p<0.05) (Fig. 5e)。特に、CCR2陽性画分を含むmMDSCにおいて顕著な取り込み活性の上昇が観察された (Fig. 5f)。この選択的な取り込みおよび臓器蓄積効果は、CCR2欠損マウス (n=5 mice) においては完全に消失した (Fig. 5g, h, i)。機能的検証において、TIF結合型またはCCL2結合型エクソソームをWTマウスに反復投与して前処置すると、肺微小環境におけるNK細胞の割合が有意に減少し (p<0.05) (Fig. 3a)、gMDSCの割合が有意に増加した (p<0.05) (Fig. 3h)。この前転移ニッチ形成を誘導した後にEO771がん細胞を静脈内注射したところ、肺転移結節の形成が有意に促進された (p<0.05) (Fig. 3j, Fig. 5k)。これに対し、CCR2欠損マウスにおいては、CCL2結合型エクソソームによる肺転移促進効果は完全に無効化された (Fig. 5k)。

考察/結論

本研究は、腫瘍微小環境 (TME) 由来のサイトカイン、特にCCL2が、がん細胞由来エクソソーム表面のプロテオグリカン・グリコサミノグリカン (GAG) 側鎖に結合し、これが「ガイドラベル」として機能することで、受容体であるCCR2を発現する標的細胞への選択的取り込みと遠隔臓器への指向性を決定するという新規な分子機構を解明した。

先行研究との違い: 従来のエクソソーム臓器向性モデルでは、エクソソーム表面のインテグリン発現パターンなど、がん細胞自律的な因子が生体内分布を決定すると考えられてきた Hoshino et al. Nature 2015。これに対し、本研究は、TMEに存在する液性因子が分泌後のエクソソーム表面を修飾し、リガンド/受容体相互作用を介して能動的に生体内分布をリダイレクトすることを示した点で、これまでの知見と異なり、極めて独創的な概念を提示している。

新規性: 本研究は、がん細胞由来エクソソームが単なる「静的な情報伝達物質」ではなく、周囲のサイトカイン環境を吸収して自身の標的指向性を動的に変化させる「動的なナノキャリア」であることを本研究で初めて実証した。特に、GAG側鎖を介したサイトカインの結合が、エクソソームの機能を劇的に変化させ、肺における免疫抑制性微小環境の再編を介して転移を促進する因果関係を明確に示した点は極めて新規性が高い。

臨床応用: 本知見は、がん転移を標的とした新たな治療戦略の構築における臨床的意義が極めて大きい。エクソソーム表面のプロテオグリカンとサイトカインの結合を阻害する薬剤や、CCL2-CCR2軸を標的とした治療介入が、前転移ニッチ形成を阻止するための新規な治療オプションとなる可能性がある。また、血漿中エクソソームのサイトカインおよびプロテオグリカンプロファイルを同時に評価することで、潜在的な転移リスクや転移先臓器を予測する高精度なバイオマーカーとしての臨床応用も期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、CCL2以外のTMEサイトカインや成長因子が、同様の機序でエクソソームの機能や他臓器への向性にどのように寄与しているかを包括的に解明する必要がある。また、本研究のlimitationとして、マウスモデルにおけるEO771乳がん細胞株を中心とした検証が主であるため、多様な遺伝子背景を持つヒトのがん種において、どの程度このプロテオグリカン依存的なサイトカイン結合能が保存されているか、臨床検体を用いたさらなる検証が求められる。

方法

本研究では、乳がん患者 (n=5 donors) および健常者 (n=3 donors) の血漿からqEVサイズ排除クロマトグラフィーを用いてエクソソームを単離し、サイトカインアレイおよびELISA (enzyme-linked immunosorbent assay) によりサイトカインプロファイルを比較定量した。in vitroモデルとして、マウス乳がん細胞株であるEO771およびPyMT、ヒト乳がん細胞株であるMDA-MB-231およびMCF-7を用いた。EO771細胞をC57BL/6Jマウスの乳腺脂肪体に移植して形成された腫瘍組織から、超遠心分離によってエクソソームを除去した腫瘍間質液であるTIF (tumor interstitial fluid) を調製した。培養細胞由来の純粋なエクソソームをTIFとインキュベートした後に再精製し、サイトカインの再結合能をCBA (cytometric bead array) アッセイにより評価した。

サイトカインのエクソソーム上における局在を検証するため、CCL2結合エクソソームに対してプロテイナーゼK (Proteinase K) 処理 (外膜タンパク質分解) またはソニケーションによる膜破砕処理を行い、ELISAおよびウェスタンブロッティングで解析した。また、表面増強ラマン分光法であるSERS (surface-enhanced Raman spectroscopy) を用いて、CCL2結合に伴うエクソソーム表面の分子フィンガープリント変化を検出し、主成分分析であるPCA (principal component analysis) による分類を行った。エクソソーム表面のプロテオグリカン糖鎖との結合機序を調べるため、ヘパリナーゼIII (HepIII) およびコンドロイチナーゼABCであるChABC (chondroitinase ABC) によるグリコサミノグリカンであるGAG (glycosaminoglycan) 側鎖の分解実験、ならびにversican、syndecan-1、CD44、HSPG2 (heparan sulfate proteoglycan 2) に対する共免疫沈降アッセイを実施した。

in vivoにおける生体内分布解析では、蛍光色素DiDで標識したCCL2結合またはTIF結合EO771エクソソーム (7.5 × 10¹¹ particles/mouse) を、C57BL/6J野生型 (WT) マウス (n=8 mice) およびCCR2欠損 (CCR2⁻/⁻) マウス (n=9 mice) に尾静脈注射した。投与24時間後に主要臓器を回収し、IVISイメージングシステムによるex vivo蛍光定量および凍結組織切片の蛍光顕微鏡観察を行った。さらに、肺、肝臓、脾臓を単一細胞懸濁液とし、フローサイトメトリーを用いて、NK細胞、CD4⁺ T細胞、CD8⁺ T細胞、マクロファージ、単球性骨髄由来抑制細胞であるmMDSC (monocytic myeloid-derived suppressor cell)、顆粒球性骨髄由来抑制細胞であるgMDSC (granulocytic myeloid-derived suppressor cell) へのエクソソーム取り込み率を解析した。統計解析にはGraphPad Prismを用い、2群間の比較には両側Mann-Whitney U testを適用し、p<0.05を有意差ありと定義した。