• 著者: Irene Bertolini, Michela Perego, Jagadish C. Ghosh, Andrew V. Kossenkov, Dario C. Altieri
  • Corresponding author: Dario C. Altieri (Wistar Institute Cancer Center, Philadelphia, USA)
  • 雑誌: Oncogene
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2022-03-30
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35354906

背景

腫瘍微小環境 (TME) 内の低酸素は固形腫瘍で普遍的に認められ、がん細胞の生物学的特性を大きく変化させる重要な因子である。低酸素腫瘍細胞が放出する小型細胞外小胞 (sEV:small extracellular vesicles、40〜150 nm) は、細胞間コミュニケーションの重要なメディエーターとして機能し、幹細胞性の付与、休眠からの脱出、炎症応答の変化など、多様な腫瘍促進的効果を発揮することが報告されている Kalluri et al. Science 2020。特に、sEVは細胞の運動性亢進にも関連しており、方向性のある細胞移動の調節や、インテグリン依存性の接着、さらにはミトコンドリア動態の脱制御による細胞皮質骨格へのミトコンドリア蓄積の増加を介して、細胞移動に必要な膜の要求を満たすことが示されている (Bertolini et al. Dev Cell 2020)。これらの知見は、sEVが腫瘍微小環境において多岐にわたる影響を及ぼすことを示唆している。

しかし、低酸素sEV (sEV_HYP) が受容細胞においてどのような分子機序でNF-κBを活性化し、炎症、運動性、形態変化という多面的な腫瘍形成促進的リプログラミングを引き起こすかは未解明であった。特に、腫瘍微小環境においてHIF1α (Hypoxia-Inducible Factor 1 alpha) がどのように特定のタンパク質 (Integrin-Linked Kinase; ILKなど) を選択的にsEVに積荷するかという「カーゴ選択機構」の理解は、低酸素TMEにおける周囲正常組織の「フィールド癌化」メカニズムの解明に不可欠な知識ギャップが残されていた。また、sEVがNF-κBを活性化する役割、特に低酸素条件下で産生されるsEV (sEV_HYP) がこの経路を介して炎症性サイトカインの放出、ミトコンドリア動態の変化、3D腺房形態の破壊、上皮間葉転換 (EMT) を引き起こすという知見は、これまで報告されておらず、この分野における重要な知識の不足が存在した。例えば、Chen et al. NatCellBiol 2019 はHIF1αがsEV積荷に関与することを示したが、ILKを介したNF-κB活性化の直接的な連結は不明であった。また、Sansone et al. ProcNatlAcadSciUSA 2017 はsEVによるミトコンドリアDNAの転移が休眠からの脱出を調節することを示したが、NF-κBを介したミトコンドリア動態の変化とその機能的意義は十分に解明されていなかった。本研究は、これらの未解明な点を明らかにすることを目的とした。

目的

本研究の目的は、乳がん細胞 (MCF-7、MDA-231、T47D) の低酸素条件下で産生されるsEV (sEV_HYP) と正常酸素条件下のsEV (sEV_NORM) を比較し、正常乳腺上皮細胞 (MCF10A) に対する以下の影響を定量的に評価することである。(1) NF-κB活性化、(2) 炎症性サイトカイン産生、(3) ミトコンドリア動態変化、(4) 細胞運動性、(5) 3D腺房形態変化および上皮間葉転換 (EMT) への影響。さらに、その分子機構としてHIF1α/ILK/Akt/NF-κB軸を同定することを目指した。最終的に、in vivoマウス乳腺モデルを用いて、これらの病態生理学的関連性を確認することを目的とした。これにより、低酸素微小環境におけるsEVを介した腫瘍形成促進的リプログラミングのメカニズムを包括的に理解することを目指した。

結果

sEV_HYPによるNF-κB活性化と炎症性サイトカイン誘導: RNA-Seq解析により、sEV_HYP処置MCF10A細胞においてTNFα、IFNγ、IL1β、IL6、IL17、RelA、PRKCDなど複数のNF-κB標的遺伝子の有意な発現上昇が検出された (Fig. 1A)。蛍光顕微鏡による定量的解析では、sEV_HYP処置MCF10A細胞で核内p50 NF-κB陽性細胞率が対照群およびsEV_NORM処置群と比較して有意に上昇し (p<0.0001、1-way ANOVA with Tukey)、この効果は用量依存性を示した (Fig. 1B, C)。NF-κBルシフェラーゼレポーターアッセイでも転写活性の有意な増加が確認された。qRT-PCRではIL-6、IL-8、TNFα、MCP-1 mRNAの有意な増加がsEV_HYP処置群で認められ (Fig. 1D)、LEGENDplex多重定量でIL-6およびTNFαの培地中放出量の有意な増加が確認された (n=4 replicates、p<0.0001、Fig. 1E)。pXSC処置またはsi-p65によるNF-κB阻害はこれら全ての効果を対照レベルに戻した (Fig. 1D-F)。sEV_NORMはNF-κB活性化およびサイトカイン誘導のいずれも示さなかった。

HIF1αによるILKの選択的sEV積荷: フローサイトメトリーおよび共焦点顕微鏡の3D再構成により、MCF-7およびMDA-231由来sEV_HYPではsEV_NORMと比較してILK含有量が有意に高く、またCD63 (sEVマーカー) とILKの共局在がsEV_HYP産生MCF-7細胞で増加していた。MCF10A細胞由来sEVではこの差は認められなかった。HIF1α siRNAノックダウンにより、sEV_HYP産生MCF-7細胞 (n=3 replicates) ではCD63とILKの共局在が消失し、sEV内のILK含有量がウエスタンブロットで有意に低下した (T47D細胞でも同様)。一方、sEV_NORMではHIF1αノックダウンによるILK変化は認められなかった。Calnexin、Flotillin-1、TSG101等の非標的マーカーはHIF1αノックダウンによる影響を受けなかった。これにより、HIF1αが低酸素条件特異的にILKをsEVに積荷する「ゲートキーパー」として機能することが示された。

ILKキナーゼ活性とAkt依存的なNF-κB活性化: sEV産生乳がん細胞でILK siRNAまたはHIF1α siRNAをノックダウンすると、受容MCF10A細胞 (n=3 replicates) でのp50 NF-κBの核移行が有意に抑制され、炎症性サイトカインmRNAの上昇も消失した。ILK阻害剤Cpd22またはAkt阻害剤MK2206の処置でも同様にp50核移行 (p<0.001) およびサイトカインmRNA誘導が抑制された。決定的な実験として、ILKのL207W変異体 (ATP結合不能・kinase-dead変異体) を過剰発現させたMCF10A細胞では、野生型ILK過剰発現群でみられたp50 NF-κB核移行、サイトカインmRNA増加、MMP9、BclXL発現増加が完全に消失した。これにより、sEVを介して輸送されたILKのキナーゼ活性がNF-κBシグナル伝達に必須であることが確立され、HIF1α→ILK (sEV積荷)→Akt→NF-κBという線形シグナル経路が示された。

ミトコンドリア動態変化・細胞運動性亢進とNF-κB依存性: ライブイメージングによる単一ミトコンドリア追跡では、sEV_HYP処置MCF10A細胞 (n=3 experiments) でミトコンドリア融合・分裂イベントがいずれも有意に増加し (p<0.01、Fig. 2A, B)、皮質細胞骨格へのミトコンドリア集積も対照群と比較して有意に亢進した (n=3 experiments、p<0.0001、Fig. 2C)。pXSC処置によるNF-κB阻害でミトコンドリア融合・分裂頻度は対照レベルに正常化した (Fig. 2A, B)。単一細胞モータリティ解析では、sEV_HYP処置群の細胞移動速度は0.98±0.2 μm/min (対照群: 0.81±0.0 μm/min) と有意に増加し (p=0.006、Fig. 2D)、移動距離も593±174 μm (対照群: 486±203 μm) と増加傾向にあった。si-p65またはpXSCによるNF-κB阻害は、単一細胞移動速度、創傷閉鎖アッセイでの方向性移動、トランスウェル遊走のいずれをも有意に抑制した (p<0.0001、Fig. 2E, F)。野生型p65での救済実験でも運動性回復が確認された。

3D乳腺腺房形態変化・EMT・In vivo確証: 3D腺房形態アッセイ (21日間) では、sEV_HYP処置MCF10A細胞 (n=3 experiments) でアシナイ表面積の増大、球形度低下が認められ、p50 NF-κB核移行、ILK持続発現、Ki-67陽性率増加 (増殖亢進)、Caspase-3低下+survivin増加 (アポトーシス抑制)、vimentin/N-cadherin/SNAIL発現増加 (EMT) という複数の腫瘍形成促進的変化が誘導された (Fig. 3A, B)。pXSCによるNF-κB阻害は全ての変化を抑制した。In vivoでは、AT3由来sEV_HYPをC57BL/6マウスの腹部乳腺に注射後6週間で、受容乳腺上皮でのILK発現増加 (IHC、p=0.0008、Fig. 4A, B)、vimentin増加、E-cadherin低下、SNAIL核移行、p50 NF-κBの核内蓄積が免疫染色で確認された (n=5 mice、Fig. 4C, D)。

考察/結論

本研究は、低酸素乳がん細胞由来sEV (sEV_HYP) がHIF1α依存的にILKを選択的に積荷し、正常乳腺上皮においてNF-κB活性化を介して、炎症性サイトカイン産生、ミトコンドリア動態変化、細胞運動性亢進、3D腺房形態破綻、および上皮間葉転換 (EMT) という多面的な腫瘍形成促進的リプログラミングを引き起こすことを示した初の報告である。この効果はin vivoマウスモデルでも確認された。

先行研究との違い: sEVが細胞運動性や代謝リプログラミングに関与することは同グループの先行研究 (Bertolini et al. Dev Cell 2020) で示されていたが、NF-κBという炎症性転写因子を活性化する役割は本研究で初めて示された。また、HIF1αによるILKのsEVへの選択的積荷という「条件依存的カーゴ制御」の概念は、腫瘍低酸素環境に特異的なEVプロテオーム変化が受容細胞の応答を質的に変化させることを示し、これまでのEV生物学の知見と対照的に、重要な概念的前進である。ILKのL207W変異体でNF-κBシグナルが消失した点は、sEV輸送されたILKのキナーゼ活性が受容細胞での機能に不可欠であることを示す強力な機構的エビデンスであり、「EVは単なる情報担体でなくキナーゼ活性を持つタンパク質を機能的に移送する」という新しい概念を支持する。

新規性: 本研究で初めて、低酸素乳がん細胞由来sEVがHIF1αを介してILKを積荷し、これが正常乳腺上皮細胞のNF-κBを活性化することで、炎症、ミトコンドリア動態、細胞運動性、形態形成、およびEMTといった複合的な腫瘍形成促進的変化を誘導することを明らかにした。この経路は、低酸素TMEにおける周囲正常組織の「フィールド癌化」の分子基盤を提供する新規なメカニズムである。

臨床応用可能性: ILKはがん治療の魅力的な標的として認識されており (Hannigan et al. Nat Rev Cancer 2005)、ILK阻害剤Cpd22がin vitroでsEV_HYP誘発NF-κB活性化を抑制したことは前臨床的根拠を提供する。Akt阻害剤MK2206は臨床試験段階にあり、sEV介在性のNF-κB活性化経路を遮断する可能性がある。また、HIF1αがILKのsEV積荷の「ゲートキーパー」として機能することは、低酸素阻害戦略 (HIF1α阻害剤) がsEV介在性周囲組織リプログラミングを抑制できる可能性を示唆し、臨床応用への道を開く。

残された課題: Brief Communicationの規模上、本研究の主な限界として、(1) 単一細胞株ペア (MCF-7/MCF10A) を主系として使用しており、複数のがん種や乳がんサブタイプでの検証が必要である。(2) sEV_HYPのILK以外の積荷分子やmiRNAの寄与の程度、(3) ILKがp50/p65 NF-κBを具体的にどのように活性化するか (IκB分解経路・直接リン酸化等) の詳細機構、(4) NF-κB阻害剤pXSCの毒性プロファイルおよび乳腺への臨床応用可能性、(5) 乳がん患者血液中のsEV_HYP由来ILKをバイオマーカーとして応用できるかどうかの検証が今後の課題である。本研究が示した低酸素sEV→ILK→NF-κB→フィールド癌化という経路は、乳がんの早期予防および治療介入の新しい視点を提供する。

方法

乳がん細胞株MCF-7 (HER2-/ER+/PR+)、MDA-231、T47Dを1% O₂ (低酸素) または21% O₂ (正常酸素) で培養し、差分超遠心法およびNanoSight NTA (nanoparticle tracking analysis) によりsEVを単離・定量した。sEV産生中の細胞死率は5%未満であることを確認した。RNA-Seqプロファイリングを用いて、受容細胞MCF10AのNF-κB標的遺伝子発現変化を網羅的に解析し、蛍光顕微鏡でp50 NF-κBの核移行率 (核内p50陽性核/全核数) を定量した。LEGENDplexによるサイトカイン (IL-6、IL-8、TNFα、MCP-1) の多重定量、およびNF-κBルシフェラーゼレポーターアッセイによる転写活性測定を実施した。

分子機構の解明には、以下の薬剤および遺伝子操作を用いた。(a) NF-κBのDNA結合阻害剤1,4-phenylenebis(methylene)selenocyanate (pXSC)、(b) p65 NF-κBに対するsiRNA、(c) ILK siRNAおよびHIF1α siRNA、(d) ILK阻害剤Cpd22およびAkt阻害剤MK2206。ILKのL207W変異体 (kinase-dead) を過剰発現させ、その機能が喪失するかを検証した。

3D乳腺腺房形態アッセイ (21日間) では、Ki-67 (増殖)、Caspase-3切断 (アポトーシス)、survivin、およびEMTマーカー (vimentin、N-cadherin、SNAIL) の発現を定量した。ライブイメージングにより、単一細胞の移動速度 (velocity、μm/min) と移動距離 (distance、μm) を計測した。ミトコンドリア動態の変化は、ミトコンドリア融合・分裂イベントの頻度および皮質細胞骨格へのミトコンドリア集積を定量することで評価した。

In vivoモデルとして、マウス乳腺腫瘍AT3細胞の低酸素sEVをC57BL/6マウスの腹部乳腺に注射し、6週間後に免疫組織化学 (IHC) および免疫蛍光染色により、ILK、p50 NF-κB、E-cadherin、SNAIL、vimentinの発現と局在を評価した。統計解析には、1-way ANOVA with Tukey’s posttestおよびunpaired t-testを用いた。