• 著者: Young Hun Chung, Oscar A. Ortega-Rivera, Britney A. Volckaert, Eunkyeong Jung, Zhongchao Zhao, Nicole F. Steinmetz
  • Corresponding author: Nicole F. Steinmetz (nsteinmetz@ucsd.edu, University of California San Diego, USA)
  • 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2023-10-16
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 37844250

背景

転移がんはがん関連死の90%を占める極めて深刻な課題であり、特に肺は主要な転移標的臓器の一つとして知られている。全悪性腫瘍の20%から54%において肺転移が併発し、患者の予後を著しく悪化させる。近年の研究により、遠隔転移の成立に先立って、将来の転移先となる臓器において腫瘍細胞の生着・増殖を支持する微小環境、すなわち前転移ニッチ (pre-metastatic niche) が形成されることが明らかになってきた。この前転移ニッチの形成機序として、腫瘍由来のエクソソームRNAが肺胞上皮細胞のTLR3を活性化して骨髄系細胞を動員すること (Liu et al. CancerCell 2016)、あるいは細胞外小胞上のインテグリンが臓器特異的な転移先を規定すること (Hoshino et al. Nature 2015)、さらに様々な免疫学的決定因子が肺内に集積すること (Patras et al. CancerCell 2023) などが報告されている。しかし、これらの複雑な分子機構を標的とした有効な治療介入手段は依然として未確立であり、臨床応用可能な技術が決定的に不足しているという深刻な知識ギャップ (knowledge gap) が存在していた。

特に、カルシウム結合タンパク質であるS100A9(S100 calcium-binding protein A9)は、S100A8とヘテロ二量体を形成して炎症反応を強力に制御する因子であり、肺前転移ニッチ形成における中心的な役割を担う。S100A9は好中球やマクロファージなどの骨髄系細胞に高発現し、がん微小環境において過剰発現することで、MDSC(myeloid-derived suppressor cell:骨髄由来抑制細胞)の異常な動員や活性化、免疫抑制性サイトカインの放出、血管新生を誘導し、循環腫瘍細胞の肺への播種・生着を促進する。血清中の高濃度S100A9やS100A9陽性単球の存在が患者の予後不良と直接相関することが示されているものの、S100A9は生体内における自己抗原であるため、これに対する能動免疫(ワクチン)を誘導しようとすると免疫寛容の突破が困難であり、かつ自己免疫疾患などの安全性の懸念から、効果的な治療戦略は未解明のままであった。また、従来のsiRNAや低分子阻害薬を用いた治療法は、持続的な投与が必要であることや標的特異性の低さが課題であり、より持続的かつ安全にS100A9を中和する能動免疫療法の開発に向けたアプローチが不足していた。植物ウイルス由来ナノ粒子であるCPMV(cowpea mosaic virus:ササゲモザイクウイルス)や、バクテリオファージ由来のQβ VLP(virus-like particle:ウイルス様粒子)は、哺乳類に対して非感染性でありながら、強力なアジュバント作用(免疫増強作用)を有し、toll-like receptorを介して先天性免疫系を活性化する優れたプラットフォームとして注目されている。

目的

本研究の目的は、自己抗原に対する免疫寛容を克服するため、植物ウイルスCPMV(cowpea mosaic virus)およびバクテリオファージ由来Qβ VLP(virus-like particle)のナノ粒子表面に、免疫原性を最適化したS100A9ペプチドエピトープを提示させた新規ナノ粒子ワクチン(CPMV-S100A9およびQβ-S100A9)を開発することである。さらに、開発したワクチン候補が、B16F10黒色腫および4T1-Luc(ルシフェラーゼ発現4T1)トリプルネガティブ乳がんのマウス肺転移モデルにおいて、肺への腫瘍細胞播種および転移結節の形成をどの程度抑制できるかを定量的に検証する。加えて、ワクチン接種によって誘導される抗S100A9特異的抗体の産生動態、肺内および血清中におけるS100A8/9発現への影響、MDSC(myeloid-derived suppressor cell)をはじめとする免疫細胞プロファイルおよび抗腫瘍サイトカイン回路の修飾作用を多角的に解析し、前転移ニッチの免疫抑制環境を抗腫瘍活性環境へとリプログラミングする詳細な分子・細胞免疫学的機序を解明することを目的とする。

結果

高品質なナノ粒子ワクチンの創製と強力なTh1偏向性抗体応答の誘導: 物理化学的解析により、CPMV-S100A9(ペプチド搭載密度:約30ペプチド/粒子)およびQβ-S100A9(ペプチド搭載密度:約120ペプチド/粒子)の合成に成功した。TEM観察およびDLS測定において、ペプチド結合後もカプシド構造は完全に維持されており、Qβ-S100A9の粒子径は結合前の32.7 nmから結合後に42.7 nmへとシフトした (Fig. 1B)。C57BL/6Jマウスを用いた免疫試験において、Qβ-S100A9接種群は4〜8週目にかけてエンドポイント抗体価800,000〜880,000という極めて高い抗S100A9特異的IgG抗体価を維持した (Fig. 2B, n=3 mice)。これに対し、CPMV-S100A9接種群の抗体価は25,600であった。フリーペプチド単独投与群では抗体が全く検出されず、自己抗原に対する免疫寛容の打破にはウイルスナノ粒子キャリアが不可欠であることが実証された。産生された抗体はフルレングスのS100A9タンパク質のみを特異的に認識し、類似ファミリー分子であるS100A8に対する交叉反応性は一切認められなかった。IgGアイソタイプ解析では、CPMV-S100A9群において6週目以降にIgG2b/IgG1比が1を大きく上回り、強力なTh1(1型ヘルパーT細胞)偏向性免疫応答へのシフトが確認された (Fig. 2C, n=4 mice)。一方、Qβ-S100A9群はTh1とTh2が均衡した安定的な抗体応答を示した。

B16F10黒色腫モデルにおける肺転移播種の劇的抑制: C57BL/6Jマウスに50,000個のB16F10細胞を静脈内注射した肺転移播種モデルにおいて、CPMV-S100A9ワクチン接種群は、対照群であるCPMV単独群、PBS群、およびフリーペプチド群と比較して、肺表面の黒色腫転移結節数をそれぞれ10.7-fold、9.7-fold、7.6-fold減少させ、極めて強力な転移阻止効果を示した (Fig. 3B, p<0.0001, n=10 mice)。また、Qβ-S100A9接種群においても、Qβ単独群、PBS群、ペプチド群と比較してそれぞれ4.5-fold、6.6-fold、5.1-foldの結節数減少が達成された。さらに、より過酷な腫瘍負荷条件である100,000個のB16F10細胞を投与した2週間後の評価モデルにおいても、両ワクチン群は対照群に対して極めて有意な転移結節数の減少を維持し、腫瘍細胞の初期播種段階を強力に阻害することが実証された (Fig. 3C, n=5 mice)。

4T1-Luc乳がん転移モデルにおける生体内発光抑制と外科切除後の生存率改善: BALB/cマウスを用いた4T1-Lucトリプルネガティブ乳がん肺転移モデルにおいて、Qβ-S100A9ワクチン接種群は、Qβ単独群、PBS群、およびペプチド群と比較して、肺内の腫瘍結節数をそれぞれ2.6-fold、2.4-fold、2.6-fold減少させた (Fig. 3E, p<0.01, n=10 mice)。IVISを用いた生物発光強度の定量解析では、接種後12日目におけるQβ-S100A9群の肺内発光量は、Qβ単独群の24.7%、PBS群の24.5%、ペプチド群の38.0%にまで抑制され、腫瘍増殖が著しく遅延していることが示された (Fig. 3G, p<0.01, n=8 mice)。さらに、臨床病態を模した原発巣外科切除後の転移・再発モデル(200,000個の4T1-Luc細胞を皮下移植し14日目に切除)において、Qβ-S100A9ワクチン接種群は術後60日目において80%という極めて高い生存率を維持した (Fig. 4B, n=10 mice)。これに対し、PBS群の生存率は20%、Qβ単独群は30%、ペプチド群は30%にとどまり、ワクチン接種によって生存率が267%から400%へと劇的に改善することが証明された (Fig. 4B, p<0.01, log-rank検定)。

肺内S100A8/9蓄積の阻止と免疫抑制性MDSCの減少: B16F10細胞注射後3週間目の肺組織解析において、非ワクチン接種マウスの肺内S100A8/9複合体濃度は13,767 ng/mL(未処置ベースラインの664 ng/mLから約20倍に急増)に達していたのに対し、Qβ-S100A9ワクチン接種群では360.3 ng/mLと極めて低値に抑え込まれ、38.3-foldの蓄積抑制効果が確認された (Fig. 5B, p<0.001, n=3 mice)。また、個体ごとの血清中S100A8/9濃度と肺転移結節数の間には、R2=0.9025という極めて高い正の相関関係が認められた (Fig. 5F)。肺内浸潤免疫細胞のフローサイトメトリー解析では、ワクチン接種により、肺内の免疫抑制性細胞であるM-MDSC(単球性MDSC)が3.0-fold、G-MDSC(顆粒球性MDSC)が3.1-fold減少した (Fig. 6D, p<0.01, n=4 mice)。

抗腫瘍サイトカインプロファイルへのリプログラミング: 肺組織ホモジネートのサイトカイン解析において、Qβ-S100A9ワクチン群では、免疫抑制性サイトカインであるIL-10が3.1-fold、TGF-βが5.9-fold低下した (Fig. 6B, p<0.01, n=3 mice)。これとは対照的に、抗腫瘍活性を担う主要なサイトカインであるIFN-γは、腫瘍接種3週間後において非接種群の3.7-foldにまで著明に増加した (Fig. 6B, p<0.001, n=3 mice)。さらに、抗腫瘍性T細胞やNK細胞を活性化するIL-12は、非ワクチン群では全経過を通じて検出限界以下であったのに対し、ワクチン接種群ではすべての評価タイムポイントにおいて高レベルで検出された (Fig. 6B)。これらの結果から、本ワクチンは前転移ニッチの免疫抑制環境を排除し、強力な抗腫瘍免疫活性化微小環境へと転換させることが明らかになった。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、腫瘍由来のエクソソームRNAによる前転移ニッチ形成 (Liu et al. CancerCell 2016) や、細胞外小胞上のインテグリンによる臓器指向性転移 (Hoshino et al. Nature 2015)、あるいは前転移ニッチにおける免疫学的決定因子の集積 (Patras et al. CancerCell 2023) を報告したこれまでの研究と異なり、ニッチを構成する中心的な免疫抑制メディエーターであるS100A9そのものを標的とし、能動免疫(ワクチン)によって持続的に中和するアプローチを確立した点で大きく異なる。従来のS100A9阻害戦略(siRNA、モノクローナル中和抗体、あるいは低分子阻害薬であるtasquinimod)が、頻回かつ継続的な投与を必要とし、患者への身体的・経済的負担が大きいことと対照的に、本ワクチン療法は初回シリーズの接種のみで持続的な自己抗体産生を維持できるため、極めて実用的かつ持続的な治療効果を提供する。

新規性: 本研究は、植物ウイルスCPMV(cowpea mosaic virus)およびバクテリオファージQβ VLP(virus-like particle)を抗原提示プラットフォームおよび強力なアジュバントとして利用することで、自己抗原であるS100A9に対する免疫寛容を安全に打破できることを本研究で初めて新規に実証した。フリーペプチド単独では全く免疫応答を誘導できなかった事実と比較して、高密度に整列配置されたナノ粒子キャリアを用いることで、自己免疫疾患などの毒性を誘発することなく、前転移ニッチにおけるMDSC(myeloid-derived suppressor cell)主体の免疫抑制環境を、IFN-γおよびIL-12を中心とする強力な抗腫瘍性免疫微小環境へとリプログラミングできることを初めて明らかにした。

臨床応用: 本研究の成果は、がん治療における術後補助療法(アジュバント療法)としての臨床応用に直結する。特に、原発巣の外科的切除後にQβ-S100A9ワクチンを投与することで、生存率を最大400%改善した結果は、臨床現場における術後の微小残存病変(MRD)の排除や、遠隔転移・再発の予防において極めて高い臨床的有用性を示唆している。S100A9は黒色腫や乳がんのみならず、胃がん、食道がん、膵がん、肺がんなど非常に多岐にわたる固形がんで過剰発現し、予後不良因子となっているため、広範ながん種に対する汎用的な転移予防ワクチンとしての臨床展開が期待される。また、脳転移におけるS100A9/RAGE経路の重要性 (Monteiro et al. NatMed 2022) を考慮すると、肺以外の他臓器転移抑制への応用も大いに視野に入る。

残された課題: 今後の検討課題として、ヒトとマウスのS100A9ペプチド配列の同一性が62%にとどまるため、ヒトへの臨床応用に向けた最適なヒトエピトープ配列の再設計および最適化が必要である。また、S100A9は生体内で感染防御や病原体排除において重要な役割を果たしているため、ワクチン接種による長期的な感染感受性の変化や、自己免疫反応の有無について、大型動物モデルを用いた詳細な長期安全性検証(limitation)を行うことが今後の研究方向性として不可欠である。

方法

S100A9ペプチドエピトープとして、BepiPred-2.0予測ツールを用いて親水性とB細胞エピトープスコアを最適化した配列「RGHGHSHGKG」(S100A9の101-110残基)を選定し、コンジュゲーション効率と柔軟性を高めるためにGSG(Gly-Ser-Gly)リンカーおよび末端システインを付加した「CGSGRGHGHSHGKG」ペプチドを合成した。CPMV(cowpea mosaic virus)はササゲ葉から抽出し、Qβ VLP(virus-like particle)は大腸菌BL21 (DE3) 株を用いて発現・精製した。ナノ粒子表面の露出リジン残基に対して、ヘテロ二量体架橋剤であるSM(PEG)8(succinimidyl-methyl-polyethylene glycol-maleimide)リンカーを反応させた後、ペプチドの末端システインをマレイミド結合によりコンジュゲートした。合成されたナノ粒子ワクチンは、UV-VIS(紫外可視分光法)スペクトル測定、SDS-PAGE(ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動)、アガロースゲル電気泳動、TEM(透過型電子顕微鏡)観察、DLS(動的光散乱法)、およびSEC(サイズ排除クロマトグラフィー)を用いて、構造の完全性とペプチド搭載密度を物理化学的に評価した。

動物実験として、6-8週齢の雌性C57BL/6JマウスおよびBALB/cマウスを用い、200 μgの各ワクチン(CPMV-S100A9、Qβ-S100A9)または対照群(PBS、CPMV単独、Qβ単独、フリーペプチド)を2週間隔で計3回(初回免疫+2回追加免疫)皮下投与した。抗体価およびIgGアイソタイプは、マレイミド修飾プレートを用いたELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)法にて測定した。肺転移モデルとして、免疫完了2週間後にB16F10細胞(50,000個または100,000個)または4T1-Luc細胞(50,000個)を尾静脈より静脈内注射(i.v.)した。4T1-Luc同所性腫瘍切除モデルでは、200,000個の4T1-Luc細胞を乳腺脂肪体に皮下移植し、3日目に初回免疫を開始、14日目に原発巣を外科的に切除した後に追加免疫を継続した。転移および再発の進展は、IVIS(in vivo imaging system)を用いた生物発光イメージングにより経時的に追跡した。肺組織および血清中のS100A8/9複合体濃度、ならびに肺内サイトカイン(IL-10、TGF-β、IL-6、IFN-γ、IL-12)レベルはELISA法にて定量した。肺内浸潤免疫細胞は、肺組織を酵素消化して単一細胞懸濁液を調製後、抗CD45、抗CD11b、抗Ly6G、抗Ly6C抗体を用いて染色し、BD FACSCelestaフローサイトメーターによりM-MDSC(CD45+CD11b+Ly6C+Ly6G-)およびG-MDSC(CD45+CD11b+Ly6G+Ly6C-low)の比率を解析した。統計解析にはGraphPad Prismを用い、2群間比較にはStudent’s t-test、多群間比較には1元配置分散分析(one-way ANOVA)およびTukey多重比較検定、生存率解析にはlog-rank(Mantel-Cox)検定を適用した。