- 著者: Monteiro C, Miarka L, Perea-García M, Priego N, García-Gómez P, Álvaro-Espinosa L, de Pablos-Aragoneses A, Yebra N, Retana D, Baena P, Fustero-Torre C, Graña-Castro O, Troulé K, Caleiras E, Tezanos P, Muela P, Cintado E, Trejo JL, Sepúlveda JM, González-León P, Jiménez-Roldán L, Moreno LM, Esteban O, Pérez-Núñez Á, Hernández-Lain A, Mazarico Gallego J, Ferrer I, Suárez R, Garrido-Martín EM, Paz-Ares L, Dalmasso C, Cohen-Jonathan Moyal E, Siegfried A, Hegarty A, Keelan S, Varešlija D, Young LS, Mohme M, Goy Y, Wikman H, Fernández-Alén J, Blasco G, Alcázar L, Cabañuz C, Grivennikov SI, Ianus A, Shemesh N, Faria CC, Lee R, Lorigan P, Le Rhun E, Weller M, Soffietti R, Bertero L, Ricardi U, Bosch-Barrera J, Sais E, Teixidor E, Hernández-Martínez A, Calvo A, Aristu J, Martin SM, Gonzalez A, Adler O, Erez N, RENACER, Valiente M
- Corresponding author: Manuel Valiente (Brain Metastasis Group, CNIO, Madrid, Spain)
- 雑誌: Nature medicine
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-04-11
- Article種別: Original Article
- PMID: 35411077
背景
脳転移は固形がん患者の20〜40%に発生し、特に肺がん、乳がん、メラノーマからの転移が多く、多くの患者は診断後12ヶ月以内に死亡する予後不良の病態である (Bos et al. Nature 2009、Boire et al. NatRevCancer 2020)。脳転移の治療では、頭蓋内の局所および遠隔病変の双方に到達できる利点から放射線治療が中心的役割を担い、歴史的には全脳放射線治療 (WBRT: whole-brain radiotherapy) が標準治療であった。しかし、WBRTは症状緩和や頭蓋内再発抑制には寄与するものの、支持療法と比較して全生存期間 (OS: overall survival) や生活の質を改善する効果は無作為化試験で示されておらず、健常脳組織への照射に伴う神経認知機能低下が高頻度に生じることが問題視されてきた (Mulvenna et al. Lancet 2016、Tsao et al. CochraneDatabaseSystRev 2018、Brown et al. JClinOncol 2020)。こうした懸念から、近年では病変限局的に高線量を照射する定位放射線手術 (SRS: stereotactic radiosurgery) が標準治療として広く採用されたが、多発性病変や大型病変ではSRSは適用困難であり、WBRTは依然として不可欠な選択肢である。
一方で、WBRTの限定的な有効性と照射野内での高頻度の再発は、脳転移における深刻な放射線抵抗性の存在を示唆する。しかし前臨床脳転移モデルを用いた放射線治療の研究は手薄であり、既報の多くは臨床で用いられる低分割プロトコルではなく単回照射を用いるなど臨床状況を忠実に再現しておらず、放射線抵抗性の出現に対する分子的説明はこれまで全く提供されてこなかった。すなわち、脳という臓器特異的な微小環境がWBRT抵抗性をどのように生み出すかという理解は決定的に不足しており、治療反応を予測するバイオマーカーや標的可能な耐性機序の同定が満たされていない課題 (gap in knowledge) として残されていた。脳転移の微小環境がアストロサイトやミクログリアとの相互作用を介して治療応答を左右することは示唆されていたが (Quail et al. CancerCell 2017)、放射線抵抗性との直接的な分子連関は未解明であった。
目的
本研究は、脳転移におけるWBRT抵抗性の根底にある分子メカニズムを解明し、患者選択を洗練するための標的可能な因子およびバイオマーカーを特定することを目的とした。特に、脳微小環境ががん細胞の放射線抵抗性獲得をどのように駆動するかを明らかにし、その経路を遺伝学的・薬理学的に標的とすることで、より低い放射線量でWBRTの治療効果を増強し毒性を抑制する新たな個別化戦略を確立することを目指した。
結果
実験的脳転移のWBRT抵抗性とその微小環境依存性: H2030-BrM肺腺癌およびE0771-BrM乳癌を用いたマウス脳転移モデルにおいて、臨床を模倣した複数の低分割WBRTプロトコル (10回3Gy、3回5.5Gy、3回3Gy) はいずれも脳転移の進行を阻止できず、非照射対照群と生存期間に有意差を認めなかった (非照射群 vs 10x3Gy群でp=0.7065)。対照的に、これらの癌細胞はin vitro単層培養では高い放射線感受性を示し、10Gy単回照射後72時間でH2030-BrMの生存率は27.63 ± 1.25% (p=0.0046)、MDA231-BrM乳癌では14.12 ± 3.35% (p=0.0010) まで有意に減少し、試験した10種類の脳指向性細胞株すべてで同様の感受性が確認された (Figure 1c)。しかし生きた脳スライス上での培養、オンコスフィア形成、グリア細胞との直接共培養といった微小環境を模倣した条件下では顕著な放射線抵抗性を獲得した (Figure 1d,e,g,h,j)。重要なことに、抵抗性の増強は癌細胞とグリア細胞の物理的な細胞間接触を伴う直接共培養でのみ生じ、接触を妨げるインサートを介した間接共培養では誘導されなかった (Figure 1j)。これは脳転移のWBRT抵抗性が癌細胞固有の性質ではなく、微小環境との物理的相互作用により後天的に獲得される形質であることを示す。
S100A9-RAGE-NFκB-JunB経路の同定と活性化: 放射線感受性 (単層培養) と抵抗性 (オンコスフィア・共培養) 条件のRNA-seq比較により、S100A9が抵抗性条件で最も強く上方制御される最上位遺伝子として同定された (Figure 2a)。このS100A9誘導はマウスおよびヒト脳転移組織のタンパク質レベルでも確認され、ヒト脳転移66例のIHCでは61例中25例 (score 1〜3) がS100A9陽性であった (Figure 2b,c)。S100A9の発現は反応性アストロサイト由来サイトカインCXCL1・TGFαにより誘導され、リコンビナントCXCL1 (100 ng/ml) の添加でS100A9が有意に増加した (p=0.0111、Figure 2d,e)。S100A9は細胞外に分泌され受容体RAGEに結合するが、RAGEの膜発現は放射線照射後に癌細胞で増加し (Figure 2h)、下流のNFκB経路を活性化した。実際、放射線照射後の脳オルガノイド培養でNFκB活性レポーター陽性細胞の割合は非照射群1.8%から照射群4.9%へ有意に増加し (p=0.0018、Figure 2i)、さらにリコンビナントS100A9 (200 ng/ml) の添加は放射線抵抗性を約3倍に誘導した。このNFκB活性化は転写因子JunBの誘導を伴った (Figure 3f)。以上より、脳転移の放射線抵抗性は微小環境が駆動するS100A9-RAGE-NFκB-JunB経路に依存することが分子レベルで示された。
S100A9標的化による放射線感受性の回復と生存延長: S100A9が放射線抵抗性の機能的ドライバーかを検証するため、shRNAでH2030-BrMのS100A9をノックダウンした。S100A9ノックダウンはin vivoで脳転移の放射線抵抗性を半量線量でも回復させ、WBRT併用でマウスのOSを有意に延長した (log-rank、Figure 3d)。S100A9遺伝子ノックアウトマウスを用いた検証では、微小環境由来S100A9を欠いてもE0771-BrMは放射線抵抗性を維持し (S100A9+/+ n=10匹 vs S100A9-/- n=16匹、Figure 3i-k)、癌細胞自身が産生するS100A9が放射線抵抗性に必要十分であることが確認された。scRNA-seq解析では、S100A9高発現のcluster 5が幹細胞性・上皮間葉転換・解糖系・DNA修復など放射線抵抗性関連シグネチャーに濃縮されていた (Figure 4b)。この集団は細胞表面マーカーCD55を共発現し、CD55陽性分画のみがオンコスフィアを形成して癌幹細胞様の性質を示した (n=30 wells、p<0.0001、Figure 4e,f)。CD55陽性オンコスフィアではcluster 5の遺伝子発現が再現され、S100A9はCD55陰性比で36.91-fold、IGFBP3 (insulin-like growth factor-binding protein 3) は167.68-fold、FAM83Aは148.97-foldに上昇した (Figure 4g)。
RAGE阻害薬FPS-ZM1による放射線増感とS100A9の臨床バイオマーカー価値: RAGE阻害薬FPS-ZM1とNFκB阻害薬BAY117082はex vivoオルガノイド培養で脳転移の放射線抵抗性を回復させ (FPS-ZM1 10 µM、BAY117082 50 µM、Figure 4i,j)、H2030-BrMマウスモデルではFPS-ZM1 (500 mg/kg/日) とWBRTの併用がWBRT単独より脳転移進行を有意に抑制した (p=0.0348、Figure 6b,c)。この併用は下流JunBを低下させた。臨床検証では、WBRTを受けた肺がん患者 (n=22) でS100A9高値 (IHC陽性率5%以上) 群はWBRT後の脳再発までの期間が有意に短く (p=0.0328)、乳がんコホート (n=42、p=0.0243) および乳がん・メラノーマ混合コホート (n=34、p=0.0131) でもS100A9高値はOS短縮と相関した (Figure 5d,e,f)。さらにWBRTを受けた脳転移患者71名のコホートでは、治療前後の血中S100A9陽性が脳転移診断後のOS短縮と有意に相関する非侵襲的バイオマーカーであることが示され (p=0.0121、Figure 5h)、WBRT非施行患者では相関を認めなかったことから予測価値はWBRT特異的であった。患者由来オルガノイド培養 (PDOCs) を用いた検証では、S100A9高値で放射線単独に抵抗性を示した再発脳転移7例すべてがFPS-ZM1併用で感受性を回復した (n=6/条件、p=0.0348、Figure 6e,f)。重要なことに、FPS-ZM1とWBRTの併用は水迷路試験・高架式十字迷路試験・MRIによるミエリン水画分測定 (n=5/群) で正常脳組織への神経毒性を増強せず、健常脳に影響を与えない放射線増感剤として機能しうることが示された (Figure 6h,j)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、脳転移におけるWBRT抵抗性の根底にある分子メカニズムとして、癌細胞と脳微小環境の相互作用で誘導されるS100A9-RAGE-NFκB-JunB経路を同定した点で、これまでの研究と大きく異なる。既報では前臨床脳転移モデルが単回照射に依存し臨床の低分割WBRTを再現せず、放射線抵抗性の分子基盤を全く説明できていなかったのに対し、本研究は臨床適合プロトコルを用いてS100A9がその主要メディエーターであることを示した。微小環境がん相互作用が治療応答を左右するという従来の知見 (Quail et al. CancerCell 2017) を、放射線抵抗性という具体的な治療文脈と分子経路に接続した点が新しい。
新規性: アストロサイト由来サイトカイン (CXCL1, TGFα) が癌細胞のS100A9発現・分泌を誘導し、放射線で発現が増すRAGEを介してNFκB-JunB経路を活性化して放射線抵抗性を駆動するという新規なメカニズムを詳細に解明した。S100A9高発現細胞がCD55陽性の癌幹細胞様集団であることも本研究で初めて示した。さらに、血液脳関門透過性RAGE阻害薬FPS-ZM1がin vivoおよび患者由来オルガノイド培養で放射線感受性を回復させること、血中S100A9がWBRT反応性を予測する非侵襲的バイオマーカーとなることを、これまで報告されていない形で実証した。
臨床応用: これらの知見は脳転移患者に対するWBRTの個別化に重要な臨床的意義を持つ。組織S100A9発現や液状生検による循環S100A9に基づき、WBRTから利益を得る患者を層別化し、高抵抗性患者には不要な照射とそれに伴う神経認知機能低下を回避できる可能性がある。加えて、RAGE阻害薬FPS-ZM1を放射線増感剤としてWBRTに併用すれば、腫瘍殺傷に必要な線量を低減し正常脳への影響を最小化しつつ生存利益を高めうる。アルツハイマー病で安全性が確認済みのRAGE拮抗薬azeliragon (TTP488) を再利用できる可能性も高く、bench-to-bedsideの橋渡しが現実的である。
残された課題: S100A9依存性放射線抵抗性を促進する詳細な分子機構、特にNFκB下流の標的遺伝子ネットワークのさらなる解明が残された課題である。メラノーマ脳転移ではS100A9を発現するマウスモデルが得られず、S100A9陽性を担う亜型の同定も今後の検討課題として残る。本研究で示したS100A9バイオマーカーとFPS-ZM1放射線増感療法の有効性は、National Network of Brain Metastasis (RENACER) 内での多施設前向き研究と臨床試験で前向きに検証する必要があり、年齢やKarnofsky Performance Statusなど他の交絡因子を含めた結論には、より大規模な前向き臨床研究 (future research) が求められる。
方法
WBRT抵抗性の分子メカニズムを解明するため、in vivo実験モデル、患者由来オルガノイド培養 PDOCs (patient-derived organotypic cultures)、および臨床的にアノテーションされた複数のヒト脳転移患者コホートを統合する多角的アプローチを採用した。
マウスモデルとして、ヒト肺腺癌由来の human brain-metastatic line (H2030-BrM) を心臓内 (IC) 接種し、マウス乳癌由来の established murine brain-metastatic line (E0771-BrM)、すなわちトリプルネガティブ乳癌 TNBC (triple-negative breast cancer) 細胞株を頭蓋内接種して脳転移を確立した。確立後の病変に対し、臨床プロトコルを模倣した低分割WBRT (10回3Gy、3回5.5Gy、3回3Gy) を適用し、生体発光イメージング BLI (bioluminescence imaging) で腫瘍進行を縦断評価した。in vitroおよびex vivoでは、H2030-BrM・E0771-BrMを含む10種類の脳指向性癌細胞株に10Gyの単回照射を行い、ビスベンズイミド陽性核の手動計数で生存率を評価した。脳スライス培養、オンコスフィア形成、グリア細胞 (アストロサイト) との直接・間接共培養により、微小環境が放射線抵抗性に与える影響を切り分けた。
放射線抵抗性に関与する遺伝子を同定するため、放射線感受性 (単層培養) および抵抗性 (オンコスフィア・直接共培養) 条件下の癌細胞でRNAシーケンス (RNA-seq) を実施した。S100A9の誘導機序を解明するため、アストロサイト由来サイトカインCXCL1 (chemokine C-X-C motif ligand 1) およびTGFα (transforming growth factor alpha) の作用を定量PCRおよび酵素結合免疫吸着測定法 ELISA (enzyme-linked immunosorbent assay) で評価した。S100A9・その受容体RAGE (receptor for advanced glycation end products)・下流のNFκB (nuclear factor-kappa B) 経路の活性化は、免疫組織化学 IHC (immunohistochemistry)、免疫蛍光 (immunofluorescence)、およびmCherry NFκB活性レポーターでin vivo/ex vivoに検証した。
S100A9の機能を評価するため、H2030-BrM細胞でのshRNA (short hairpin RNA) ノックダウン株を作製し、ヌードマウスでWBRT併用効果をBLIとOSで評価した。さらにS100A9遺伝子ノックアウトマウスを作製して微小環境由来S100A9の寄与を検証した。癌幹細胞様特性との関連は、単一細胞RNAシーケンス (scRNA-seq) と細胞表面マーカーCD55 (complement decay-accelerating factor) によるフローサイトメトリー選別後のオンコスフィア形成能で評価した。薬理学的介入として、血液脳関門透過性RAGE阻害薬FPS-ZM1とNFκB阻害薬BAY117082 (inhibitor of IκBα phosphorylation) を用い、ex vivoおよびin vivo (FPS-ZM1併用WBRT) で放射線増感効果を評価した。臨床検証では、肺がん (n=22)、乳がん (n=42)、メラノーマ (n=34) の手術切除組織でS100A9をIHC評価し再発・生存と相関させ、加えてWBRTを受けた71名の血清でS100A9をELISA測定した。FPS-ZM1の神経毒性は腫瘍非担持の野生型 C57BL/6 マウスで水迷路試験・高架式十字迷路試験・超高磁場MRIによるミエリン水画分測定で評価した。統計解析はKaplan-Meier法、log-rank (Mantel-Cox) 検定、両側t検定、Mann-Whitney検定、Wilcoxon符号順位検定を用いた。