- 著者: Jelle J. F. Sleeboom, Gilles S. van Tienderen, Katja Schenke-Layland, Luc J. W. van der Laan, Antoine A. Khalil, Monique M. A. Verstegen
- Corresponding author: Monique M. A. Verstegen (m.verstegen@erasmusmc.nl, Department of Surgery, Erasmus MC Transplant Institute, Rotterdam); Antoine A. Khalil (a.khalil@umcutrecht.nl, Center for Molecular Medicine, UMC Utrecht)
- 雑誌: Science Translational Medicine
- 発行年: 2024
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 38170791
背景
がん研究は歴史的に腫瘍細胞の遺伝的・エピジェネティックな変化に焦点を当ててきたが、腫瘍微小環境 (TME, tumor microenvironment) の主要構成成分である細胞外基質 (ECM, extracellular matrix) の役割は過小評価されてきた。Hanahan による2022年更新のがんのHallmarks Hanahan et al. CancerDiscov 2022 でも脱制御されたECMは独立したhallmarkとして明示的に含まれておらず、ECMを正面から扱う枠組みは依然として手薄である。一方で先行研究は、(i) インテグリン遮断によって悪性乳房上皮が三次元培養で正常表現型へ復帰し得ること (Weaver 1997, PMID 9105051)、(ii) tensional homeostasis (張力恒常性) の破綻が悪性表現型と直結すること (Paszek 2005, PMID 16169468)、(iii) コラーゲン線維のアライメントが乳癌の独立予後シグネチャとなること (Conklin 2011, PMID 21356373) を示し、生物力学的シグナルが腫瘍進行の決定因子であることを繰り返し裏づけてきた。ECMはインテグリンの双方向性メカノトランスダクションを介してがん幹性・上皮可塑性・治療抵抗性を制御し Cooper et al. CancerCell 2019、その異常リモデリングは線維芽細胞の不均一性 Chhabra et al. Cell 2023 や細胞外小胞によるマトリックス制御 Patel et al. Bioengineering(Basel) 2023 とも連動する。しかしこれらの知見は前臨床では有望であるにもかかわらず臨床的成功への翻訳が決定的に不足しており、ECM-腫瘍細胞-間質細胞の双方向相互作用を時空間的に統合する視点が欠けている。この治療開発における重大な knowledge gap (知識のギャップ) を解消するための統合的知見が不足している現状が、本総説を執筆する強い動機となった。
目的
腫瘍関連ECMの生化学的・物理的変化と、それが腫瘍発生・浸潤・脈管浸潤・転移ニッチ形成・治療抵抗性に与えるメカニズムを疾患領域別に整理すること、ならびにインテグリン・MMP (matrix metalloproteinase)・LOX (lysyl oxidase)・ヒアルロン酸・FAK (focal adhesion kinase)・CAF (cancer-associated fibroblast) を標的とした抗ECM臨床試験を網羅的にレビューし、その大半が失敗した要因を構造的に分析したうえで、今後の治療標的としてのECM介入戦略と個別化医療の方向性を提示することを目的とする。
結果
ECM恒常性の喪失と腫瘍硬化: 腫瘍関連ECMは硬化 (デスモプラジア・線維化) と組成変化 (コラーゲンI・フィブロネクチン↑、デコリン等のプロテオグリカン↓) を特徴とする (Fig 1)。MRE (magnetic resonance elastography: 磁気共鳴エラストグラフィー) による組織硬度計測 (Table 1) では、健常乳腺 1.5-7.5 kPa に対して乳癌 15.5-33 kPa、健常肝 2-5 kPa 対肝癌 6.5-10.5 kPa、健常膵 2 kPa 対膵癌 6 kPa、健常前立腺 2-5.5 kPa 対前立腺癌 6.5-11 kPa と、ほぼすべての固形腫瘍で顕著な硬化が認められる。硬度差はとくにグリオーマで顕著で非悪性グリオーシスの約10倍、再発膀胱癌は健常膀胱の約4倍、乳癌は健常乳腺の約20倍に達する。この硬化はコラーゲンIのクロスリンク酵素である LOX (lysyl oxidase) や LOXL (lysyl oxidase-like) ファミリー、および AGE (advanced glycation end product: 最終糖化産物) による化学的修飾と、CAF (cancer-associated fibroblast: 癌関連線維芽細胞) や CAM (cancer-associated macrophage: 癌関連マクロファージ) によるコラーゲン・フィブロネクチン産生増加が協調して引き起こす正のフィードバックループとして成立する (Fig 2)。in vitroモデル (MDA-MB-231乳癌細胞株をコラーゲンI内包、n=3 replicates) では、AGE分解薬alagebrium chloride (ALT-711) がグルコース-ECM間のクロスリンクを破壊し、ECM硬度を低下させることが確認されている。ECMはインテグリン、シンデカン (syndecan-1 to 4)、DDR1 (discoidin domain receptor 1) やDDR2、Piezo/TRPチャンネルという複数のメカノセンサーを介して細胞に力学情報を伝達し、MMPファミリー (MMPs 1 to 23) やADAMTSによる分解と相まって双方向リモデリングを駆動する。
力学シグナルによる転写調節因子の活性化: ECM硬化はインテグリン・シンデカン・DDRを介してYAP/TAZ・β-カテニン・Twist1・Snail・HIF1αなど複数の転写調節因子を活性化する (Fig 2)。最もよく研究されたYAP/TAZは子宮頸癌・乳癌・膵癌・大腸癌・肺癌・肝癌・卵巣癌・前立腺癌を含む多くの癌種で上方調節され、その核移行はアクチン細胞骨格と核孔の力学的調節によって直接促進される (Hippo経路依存的リン酸化による細胞質保持を上回る経路)。YAP/TAZの下流効果として増殖促進・化学療法耐性・EMT (epithelial-mesenchymal transition, 上皮間葉転換) 誘導が挙げられ、CAF分化・活性化もマトリックス硬化により誘導されるYAPシグナルに依存する。HIF1αはグリオブラストーマでmiR-203抑制を介して硬化マトリックスから安定化され、乳癌ではタモキシフェンがミオシン依存性収縮性とECM硬度センシングを抑制してHIF1αを低下させる。胃癌ではECM硬度がYAPプロモーター領域のDNAメチル化を可逆的に調節し、スティフネス誘導性のYAP癌遺伝子活性化を引き起こす。これらの知見は、力学的シグナルが単なる構造的背景ではなくエピジェネティック・転写レベルの腫瘍駆動因子であることを示す。
ECMを足場とした浸潤と脈管転移: ECM硬化はインテグリン・DDR結合を介してRho-GTPase→アクトミオシン収縮→アクチンリッチ突起 (ラメリポディア・フィロポディア・インバドソーム) 形成を誘導し、単細胞浸潤と集団浸潤の物理的経路 (microtrack) として機能する。集団浸潤ではリーダー細胞が牽引力をフォロワー細胞へcell-cell junctionを介して伝達する。TGFβはMT1-MMP (MMP-14) ・MMP-2・MMP-9発現を増加させ、HCC (hepatocellular carcinoma: 肝細胞癌) ではCAFが硬化ECMにより活性化されFGF2分泌を通じて浸潤を促進する。さらに刺激除去後もスティフネス誘導性遺伝子発現が持続する「力学的記憶 (mechanical memory) 」が肺線維芽細胞・間葉系幹細胞で確認されている。脈管段階では、硬化ECMと低酸素がVEGFR2発現と内皮細胞移動を介して血管新生を促進し、低酸素はラミニン5γ2鎖断片沈着を伴う血管模倣 (vascular mimicry) を誘導する (Fig 1)。intravasation/extravasationでは、がん細胞が内皮間の約 1 μm の間隙を通過し、硬度依存的なCCN1上方調節 (内皮β-カテニン→N-カドヘリン) と血管ラミニンへのα3β1/α6β1インテグリン接着が必須となる。
転移前ニッチと転移巣でのECMリモデリング: 転移前ニッチ (PMN, premetastatic niche) のECMリモデリングは産生・沈着、クロスリンク、分解、その他の修飾の4機構に分類される。骨髄由来細胞 (BMDC, bone marrow-derived cell) はTGFβ産生とTIMP-1放出を介して肺にコラーゲンIを蓄積させ、星細胞活性化により肝臓のECM沈着を増やして肺癌細胞の定着を促す。LOXは肝で広範なコラーゲンクロスリンクを誘導し線維性微小環境を確立、乳癌骨転移では骨溶解病変を形成して播種細胞のニッチを提供する。一方、PMNの分子的リモデリングに比べ生物力学的変化の寄与は解明が遅れており、肺胞基底膜の硬化が孔径ではなく硬度依存的に浸潤を促進する点が示された程度にとどまる。転移ニッチでは休眠がん細胞がMHC-1低下による免疫回避で生存し、インテグリンβ1-FAK/YAP依存性経路とDDR1シグナリングを介して休眠→増殖へスイッチする。低酸素誘導HIF1α安定化はコラーゲンプロリル-4-水酸化酵素 (P4HA) を上方調節し、コラーゲンヘリックスの安定化を通じて乳癌細胞の肺転移増殖を促す。臨床的には肝線維化の程度が大腸癌の無再発生存の予測因子となり、線維化関連硬化が大腸癌肝転移の治療抵抗性を高める。
抗ECM臨床試験の網羅的失敗とその標的別内訳: Table 2と Fig 3が示す抗ECM臨床試験は、標的群を問わず一貫して失敗している。ヒアルロン酸標的のPEGPH20 (PEG化ヒアルロニダーゼ) はHA高発現PDAC (膵管腺癌) 対象のPhase 2 (NCT01839487) でPFS改善を示したが、続くPhase 3 (NCT02715804) と修正Phase 2 (NCT01959139) では患者アウトカム改善なし・毒性増加で失敗/中止。LOX標的ではLOXL2抗体simtuzumabがPDAC (NCT01472198) ・骨髄線維症 (NCT01369498) ・大腸癌 (NCT01479465) の各Phase 2で無効、銅欠乏療法もOS改善なし。MMP標的では合成阻害剤prinomastat (MMP2/9/13/14) がNSCLC・前立腺癌で無効、食道腺癌では血栓塞栓イベントで中止し、MMP9抗体andecaliximabは胃癌Phase 2/3で失敗。ADAM10/17阻害剤aderbasibは乳癌で中止。インテグリン遮断ではpanαV抗体abituzumab・αvβ1抗体volociximab・αvβ3抗体etaracizumabがいずれも有効性不足で失敗/中止。FAK阻害ではGSK2256098がPDAC Phase 2で無効 (NCT02428270)、NF2変異腫瘍で6ヶ月PFS率にわずかな改善 (NCT04439331)、最有望のdefactinib (VS-6063) も悪性胸膜中皮腫で無効・NSCLCで限定的効果にとどまり、現在avutometinibやpembrolizumabとの併用Phase 2が多数進行中。CAF標的ではHedgehog阻害剤IPI-926がgemcitabine併用で疾患増悪を招き中止 (NCT01130142)、FAP抗体sibrotuzumabも無効。抗線維化薬losartanはPDAC Phase 2で切除断端陰性率は改善するもOSに有意差なし。例外的に前臨床では示唆的データもあり、マウス乳癌 (n=12 mice) で術前経口MMP阻害剤SD-7300が生存率を 67% から 92% へ改善し再発リスクを低下させた一方、CAF単純除去 (SMA+CAF枯渇マウス膵癌モデル) はむしろ免疫抑制を促し生存を悪化させた。これらは「投与タイミングの窓 (window of opportunity)」と腫瘍内不均一性が成否を左右することを示唆する。
考察/結論
先行研究との違い: 本総説は、歴史的に腫瘍細胞の遺伝的・エピジェネティックな変化のみに焦点を当ててきた従来のがん研究アプローチと異なり、腫瘍微小環境の物理的・生化学的骨格である細胞外基質 (ECM) を腫瘍進行の能動的な駆動因子として中心に据えている。HanahanによるがんのHallmarks更新版 (2022年) においてもECMの脱制御は独立した項目として明示されておらず、本稿はECMの生物物理学的特性 (組織硬度や線維アライメントなど) ががん細胞および間質細胞に与える双方向シグナル伝達を包括的に体系化した点で、これまでの総説と一線を画している。
新規性: 本総説は、インテグリン、MMP、LOX、ヒアルロン酸、FAK、CAFなどを標的とした抗ECM療法の臨床試験 (Table 2) が一貫して失敗に終わった構造的要因を初めて体系的に分析した。単一の分子標的をノックアウトする従来の治療戦略の限界を浮き彫りにし、腫瘍内・腫瘍間の高度な不均一性、薬力学的バイオマーカーの欠如、病期によって標的分子の役割が逆転する「投与タイミングの窓 (window of opportunity) 」の存在を新規に指摘している。
臨床応用: 本知見は、今後のがん治療における個別化医療および個別層別化戦略の臨床応用に直結する。非侵襲的な磁気共鳴エラストグラフィー (MRE) を用いた腫瘍硬度の3次元空間プロファイリングを診断や治療効果予測に導入すること、またインテグリン発現量やLOX活性をバイオマーカーとした患者層別化が臨床現場で極めて有用となる。さらに、CAFを単純に枯渇させるのではなく、ビタミンD類縁体 (calcipotriolやparicalcitol) を用いて健常な表現型へと再プログラミングするアプローチや、免疫チェックポイント阻害剤 (atezolizumab等) とFAP標的薬 (RO6874281) の併用療法が、ベンチからベッドサイドへの橋渡しとして極めて有望な臨床的意義を持つ。
残された課題: 今後の検討課題として、CAFの多様なサブ集団における詳細な機能分担と薬剤応答性の解明、力学的記憶 (mechanical memory) の可逆性を制御する分子機構の特定、および休眠状態のがん細胞を再活性化させる微小環境側のトリガーの同定が挙げられる。また、前臨床試験において生体内の動的かつ複雑なECM特性を忠実に再現できる3次元培養モデルやオルガノイド技術の確立、ヘテロダイマー特異的抗体を用いたインテグリン発現の正確な定量法の開発が、今後の研究における重要な limitation (限界) を克服するための鍵となる。
方法
本論文はnarrative review (物語的総説) であり、情報源として PubMed、Embase、Cochrane、Web of Science などの主要学術データベースを網羅的に検索し、ClinicalTrials.govに登録された臨床試験 (NCT番号) を含む一次文献を抽出した。文献の選択基準 (inclusion/exclusion criteria) として、固形がんにおけるECMの生物物理学的特性、メカノトランスダクション経路、および抗線維化・抗ECM療法に関する臨床・前臨床研究を対象とし、信頼性の担保のために GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムの考え方に準拠してエビデンスレベルの評価を行った。組織硬度データ (Table 1) は、磁気共鳴エラストグラフィー (MRE, magnetic resonance elastography) を主たる非侵襲的定量法とし、補助的に原子間力顕微鏡 (AFM, atomic force microscopy) ・レオメトリー・磁気ピンセット・光ピンセットによるex vivo計測値を引用する。引用された臨床予後研究では、ECM関連マーカー (ペリオスチン・フィブロネクチン・インテグリン組成・コラーゲンアライメント) と生存アウトカムの関連を、Kaplan-Meier (カプラン・マイヤー) 法・log-rank (ログランク) 検定・Cox比例ハザードモデルを用いた生存解析によって評価したものを採用している。前臨床機序研究は乳癌細胞株 (MDA-MB-231等) ・マウス膵癌/乳癌モデル・三次元ハイドロゲル/コラーゲンI培養系を identifier として参照する。治療標的レビュー (Table 2) は、各薬剤の標的分子・作用機序・対象疾患・試験フェーズ・主要評価項目 (PFS, OS, ORR, RR, DFS) ・進行/失敗状況・失敗理由・NCT番号を一覧化している。系統的なメタ解析や定量的プール解析は実施しておらず、文献の批判的統合に基づく定性的レビューである。