- 著者: Yu-Jui Chiu, Wei Cai, Yu-Ru V. Shih, Ian Lian, Yu-Hwa Lo
- Corresponding author: Yu-Hwa Lo (Department of Electrical and Computer Engineering, University of California at San Diego, La Jolla, CA)
- 雑誌: Small
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-06-02
- Article種別: Original Article
- PMID: 27254278
背景
エクソソームをはじめとする細胞外小胞 (EV) は、細胞間コミュニケーション、腫瘍形成、薬剤耐性、臓器向性転移において重要な役割を担うことが多数の研究で示されている。例えば、Hoshino et al. Nature 2015はエクソソームのインテグリンが臓器向性転移を決定することを示し、Boelens et al. Cell 2014は間質細胞から乳癌細胞へのエクソソーム転送が治療抵抗性経路を制御することを報告している。しかし、既存のエクソソーム解析技術は、細胞集団全体から精製した混合物を解析するものであり、「どの個々の細胞が、どの程度のエクソソームを分泌しているか」という個体レベルの情報を得ることができなかった。細胞集団の不均一性 (heterogeneity) は癌の進展や治療耐性において決定的な役割を果たすことが知られているが、エクソソーム分泌の個体差解析は技術的障壁のため未開拓のまま残されていた。
既存の単一細胞解析技術には、マイクロフルイディクス、液滴カプセル化、バイオプリンティングなどがあるが、これらは細胞に非生理的な環境を強いることが多く、細胞生存率の低下や行動の変化を引き起こす問題があった。例えば、Thery et al. CurrProtocCellBiol 2006が報告したような標準的なエクソソーム分離法では、細胞集団からの大量処理が前提であり、単一細胞レベルでの動態解析は不可能であった。また、細胞源を同定しながら当該細胞の分泌物を経時的に定量する技術は存在しなかった。さらに、パクリタキセル等の微小管標的薬がエクソソーム放出に与える影響は定量的に未解明であり、癌種による違いも不明であった。同様に、pH低下 (腫瘍微小環境で典型的に生じる) がエクソソーム分泌率や表面タンパク発現に及ぼす影響も定量的根拠が乏しかった。Parolini et al. JBiolChem 2009はpHがエクソソーム輸送に影響を与える可能性を示唆したが、単一細胞レベルでの定量的な影響は不明であった。これらの課題を克服し、単一細胞レベルでのエクソソーム動態を非侵襲的かつ定量的に解析できるプラットフォームの開発が強く求められていた。
目的
本研究の目的は、異なる細胞種に汎用的に適用可能な単一細胞アッセイプラットフォームを開発し、以下の点を明らかにすることである。(1) 単一細胞のエクソソーム分泌率を細胞源と対応付けながら非侵襲的かつ定量的に経時測定するシステムを確立すること。(2) MCF10A (正常乳腺上皮細胞)、MCF7 (エストロゲン受容体陽性乳癌細胞)、MDA-MB-231 (トリプルネガティブ乳癌細胞) の3乳癌関連細胞株における基準エクソソーム分泌率とテトラスパニン (CD63、CD9、CD81) 発現プロファイルを比較すること。(3) パクリタキセル (5 ng/mL)、pH低下 (pH 6.7)、TGFβ (10 ng/mL) という3種の外部刺激が各細胞種のエクソソーム分泌に与える量的・質的影響を定量的に評価することである。これにより、細胞の不均一性や薬剤応答の個体差をエクソソーム分泌の観点から解明するための基盤技術を提供することを目指す。
結果
単一細胞エクソソーム分泌率の細胞種間比較: MCF7とMDA-MB-231細胞は、各細胞当たり60〜65個のCD63+エクソソーム/時間を分泌し、両細胞株でほぼ同等の分泌率を示した。一方、MCF10A (正常乳腺上皮) 細胞は各細胞当たり約170〜180個のCD63+エクソソーム/時間を分泌し、MCF7およびMDA-MB-231細胞の約2.8倍の分泌率を示した (Figure 4a)。この結果は、正常細胞が癌細胞より多くのエクソソームを分泌するという、細胞集団レベルの測定では検出困難な定量的知見であり、直感に反する。本プラットフォームは、単一細胞レベルでのエクソソーム分泌の不均一性を明らかにする上で極めて有用であることが示された。n=8-10 cellsで各細胞株の分泌率を測定した。
テトラスパニン表面発現プロファイルの細胞種差: CD63+エクソソームに占めるCD9陽性率はMCF10Aで約31%、MCF7で89%、MDA-MB-231で97%と、悪性度の高い細胞株ほど高値を示した (Figure 4b)。CD81陽性率はMCF10Aでほぼ0%、MCF7で約20%、MDA-MB-231では93%と、CD9よりさらに明確な悪性度相関を示した。この結果は、CD9およびCD81 tetraspanin高発現が癌細胞の悪性度指標となりうるという既報の仮説を、単一細胞レベルの定量データで初めて支持したものである。特にCD81は、正常細胞と悪性細胞を識別する鋭敏なバイオマーカーとしての可能性が示唆された。これはn=8-10 cellsのデータに基づく。
パクリタキセルに対する応答の細胞種差: パクリタキセル (5 ng/mL) を添加したところ、MCF7細胞では24〜48時間後にCD63+エクソソーム分泌率が処理前 (約60〜65個/時間) から著明に低下し、48〜51時間後には約20個/時間未満にまで減少した (約70%以上の減少) (Figure 5a)。これに対しMDA-MB-231細胞は、24時間後の分泌率低下が約20%にとどまり、ほぼ不応性であった (Figure 5b)。この細胞種依存的な応答差は、MDA-MB-231のパクリタキセル耐性がMCF7より高いという既報と一致し、微小管標的薬がエクソソーム放出を抑制する機序に細胞種差があることを定量的に示した。Impact factor解析では、CD81発現比率はMCF7でパクリタキセル処理後に正の影響 (F>0、上昇) を示したが、MDA-MB-231では負の影響 (F<0、低下) と逆方向の変化が観察された。CD9についてはいずれの細胞株でも影響は軽微であった。
pH低下 (pH 6.7) の影響: pH 6.7の酸性培地条件下では、MCF7およびMDA-MB-231いずれの細胞株も、CD63+エクソソームの総分泌率は正常pH (7.4) と比較して顕著な変化を示さなかった (Figure 6a,b)。しかし、MCF7細胞ではpH低下後最初の3時間でCD9およびCD81発現比率が有意に低下し (impact factor ≒ -0.5)、その後24〜27時間には正常レベルに回復するという一過性の変化が観察された。MDA-MB-231ではpH変化によるCD9およびCD81発現比率への影響は認められなかった。この結果は、MCF7とMDA-MB-231がいずれも酸性環境に対してエクソソーム分泌総量では比較的耐性を示し、表面タンパク組成の応答には細胞種差が存在することを示唆する。
TGFβの影響 (MCF7): MCF7細胞にTGFβ (10 ng/mL) を添加すると、最初の0〜3時間は分泌率が基準値の約70%に低下したが、24時間後には120%以上に増加した (一過性抑制後の回復・超過) (Figure 7)。Impact factor解析では、TGFβ処理48時間後にCD63+エクソソーム中のCD81発現比率が顕著に増加し (impact factor ≒ +2と大きな正値)、CD9は軽微な影響のみであった。TGFβはMCF7細胞の上皮間葉転換 (EMT) を誘導することが既知であり、CD81高発現は間葉系表現型のエクソソームへの反映と解釈された。この結果は、TGFβがエクソソームの質的特性を変化させる可能性を示唆している。
プラットフォーム特性評価: 収集ガラスの最大エクソソーム捕捉能は100 μm×150 μm視野で約1,500個 (エクソソーム濃度2×10^4/μL以上で飽和)、0.5×10^4/μLでは約730個と線形応答域を確認した。クロストーク (隣接ウェルへの拡散) は約3%にとどまり、空ウェルのバックグラウンドQdot計数 (約25個/視野) と同等レベルであった (Figure 3)。単一細胞生存率は96時間後も全細胞で生存・増殖が確認され (Figure 2d)、本プラットフォームが長時間タイムラプス解析に適することを示した。細胞分裂が起きた場合は、測定エクソソーム数を細胞数で正規化して一細胞当たりの分泌率を算出した。細胞ローディング効率は約70%であり、複数細胞充填率は10%未満であった (Figure 2c)。
考察/結論
新規性: 本研究は、PDMS (polydimethylsiloxane) メッシュによる単一細胞配置と機能化収集ガラスという低コストかつ汎用的なプラットフォームを組み合わせ、単一細胞のエクソソーム分泌をリアルタイムかつ定量的に解析するという、これまで報告されていない実験系を確立した。最大96時間の連続モニタリングで細胞生存率を維持しつつ、3時間ごとのエクソソームサンプリングを非侵襲的に実施できる点が最大の技術的特徴である。生物学的発見として最も注目されるのは、MCF10A (正常乳腺) が悪性癌細胞株 (MCF7、MDA-MB-231) の約2.8倍のエクソソームを分泌するという「逆説的」な結果である。この発見は「悪性癌細胞は正常細胞よりエクソソームを多く分泌する」という従来の集団レベル測定から導かれた仮説に疑義を呈するものであり、本研究で初めて単一細胞レベルで定量的に示された。
先行研究との違い: これまでの研究ではエクソソームの量的側面が強調されることが多かったが、本研究はエクソソームの病的意義は分泌「量」よりも「質」(表面テトラスパニン組成、搭載cargo) にある可能性を示唆した点で、先行研究とは対照的な視点を提供している。特にCD9およびCD81高発現が悪性度と関連することを示した。CD81は正常MCF10AではほぼゼロだがMDA-MB-231では93%と極めて鋭敏な識別指標であり、悪性度バイオマーカーとしての可能性を示す。
臨床応用: 薬剤感受性の個体差解析への応用可能性も示された。パクリタキセルに対するMCF7 (感受性) とMDA-MB-231 (抵抗性) の分泌応答の違いは、単一細胞エクソソームアッセイが薬剤耐性スクリーニングの新たなツールとなりうることを示唆する。pHや増殖因子 (TGFβ) の影響定量も、腫瘍微小環境下でのエクソソーム動態を理解する上での基礎データを提供し、将来的な臨床応用への道を開くものである。
残された課題: 本プラットフォームの限界として、Qdot計数の上限 (最大約1,500/視野) による高分泌細胞での飽和リスク、各8〜10細胞と測定細胞数が少ないこと、2D配列に固定した細胞での測定であり動的な細胞移動を反映しないこと、が挙げられる。今後の検討課題として、より高スループットな測定系への拡張、エクソソーム内部のカーゴ解析との統合、そして生体内環境をより忠実に再現した3D培養モデルへの応用が期待される。
方法
PDMSメッシュの作製と単一細胞ローディング: PDMS (polydimethylsiloxane) メッシュは、直接フォトリソグラフィーと深掘り反応性イオンエッチング (DRIE) プロセスを用いて作製された。具体的には、6 μm厚のNR9-3000PY (ネガ型フォトレジスト) をマスクとして、40 μm径、400 μm間隔の2D貫通孔アレイメッシュを100 μm深さのメサとして加工した。O2プラズマ処理 (100 W、30秒) でガラス基板に弱接着後、細胞懸濁液を添加し、140 gで1分間の遠心により細胞をウェルに誘導した。充填効率は約70%、複数細胞充填率は10%未満 (n=200ポジション) であることを確認した。4〜6時間後に細胞がガラス底面に接着した後、PDMSメッシュを機械的せん断で剥離し、細胞が空間的制約を受けずに培養できる環境を確保した。
エクソソーム収集と標識: 抗CD63抗体固定化機能化収集ガラス (カバーガラスをMPS (3-mercaptopropyl) trimethoxysilaneでシラン化後、Sulfo-GMBS架橋剤で抗CD63抗体 0.05 μMを固定化し、BSAでブロッキング) を細胞上方100 μmに設置し、3時間ごとに交換した。収集したエクソソームをビオチン化抗CD63/CD9/CD81二次抗体で標識後、StreptavidinQdots (10 nM) で蛍光修飾した。倒立蛍光顕微鏡 (Keyence BE-II 9000、励起405/10 nm、検出536/40 nm) でQdotを計数した。最大検出能は100 μm×150 μm視野内で約1,500 Qdot (検出上限) であり、バックグラウンド非特異結合は約25 Qdot/視野であった。クロストーク (隣接細胞由来エクソソーム混入) は3%以内と確認された。
細胞株と培養: MCF7/GFP細胞とMDA-MB-231/GFP細胞はDMEM + 10% FBS培地で培養した。MCF10A細胞はDMEM/F12 + 5% 馬血清 + EGF 20 ng/mL + ヒドロコルチゾン 0.5 μg/mL + コレラトキシン 100 ng/mL + インスリン 10 μg/mL培地で培養した。各細胞株8〜10個の単一細胞を測定対象とした。細胞は96時間まで培養され、その間、細胞の生存と増殖が顕微鏡下で定期的に観察された。細胞分裂により細胞数が増加した場合は、測定されたエクソソーム数を細胞数で正規化し、単一細胞あたりの分泌率を算出した。
刺激実験: (1) パクリタキセル: 5 ng/mL PBS溶液を2 mLエクソソーム除去培地に溶解して添加した。細胞培養48時間後から開始し、96時間にわたり3時間ごとに計測した。24時間ごとに培地交換を行った。(2) 低pH: HCl添加でpH 6.7に調整した培地を添加した。同様に3時間ごとに計測し、24時間ごとに培地交換を行った。(3) TGFβ: 10 ng/mL TGFβをエクソソーム除去培地に溶解して添加した。MCF7細胞単独で測定した。刺激の影響を定量化するため、Impact factorをF = (R - R*) / R* として定義した (R=処理後分泌率、R*=非処理分泌率)。F>0は増加、F<0は減少を示す。統計解析にはStudent t-testを用いた。