• 著者: Myung-Chul Kim, Nicholas Borcherding, Kawther K. Ahmed, Andrew P. Voigt, Ajaykumar Vishwakarma, Ryan Kolb, Paige N. Kluz, Gaurav Pandey, Umasankar De, Theodore Drashansky, et al.
  • Corresponding author: Xuefeng Wu (Shanghai Jiao Tong University School of Medicine, Shanghai, China); Yousef Zakharia (University of Iowa, Iowa City, IA, USA); Weizhou Zhang (University of Florida, Gainesville, FL, USA)
  • 雑誌: Nature Communications
  • 発行年: 2021
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34599187

背景

腫瘍浸潤制御性T細胞 (TI-Treg: tumor-infiltrating regulatory T cell) は、腫瘍微小環境 (TME: tumor microenvironment) において強力な免疫抑制能を発揮し、抗腫瘍免疫を阻害する主要な細胞群である。がん免疫療法、特に免疫チェックポイント阻害剤 (ICI: immune checkpoint inhibitor) に対する治療抵抗性や、PD-1阻害による過剰進行 (hyperprogression) にもTI-Tregが深く関与していることが報告されている (Kamada et al. ProcNatlAcadSciUSA 2019)。しかし、Tregは正常組織の恒常性維持や自己寛容にも不可欠であるため、全身のTreg機能を非特異的に阻害することは重篤な自己免疫疾患などの副作用を誘発するリスクがある。したがって、正常組織に存在するTregと腫瘍に浸潤するTregを明確に区別し、TI-Treg特異的に機能や生存を制御できる治療標的の同定が求められてきた。

従来の免疫学的研究では、Tregは主に転写因子であるFOXP3 (forkhead box P3) の発現によって定義されてきたが、FOXP3単一の指標では腫瘍内におけるTregの機能的多様性や予後予測能を十分に説明できないことが指摘されている (Saito et al. NatMed 2016)。近年、シングルセルRNAシーケンシング (scRNA-seq: single-cell RNA sequencing) 技術の発展により、乳がんなどの腫瘍微小環境における免疫細胞の多様性が描出されつつあるが (Azizi et al. Cell 2018)、TI-Treg特異的な機能分子の同定やその詳細な分子機構については未だ不明な点が多い。特に、好中球の表面マーカーとして知られるCD177 (CD177 molecule) が一部のがん種においてTI-Tregに発現していることが示唆されていたものの、その詳細な機能的意義や腫瘍免疫における役割は未解明であり、治療標的としての検証は極めて不足している。この知識の gap (knowledge gap) が残されていることが、TI-Tregを標的とした安全かつ効果的な新規がん免疫療法の開発を阻む大きな課題となっていた。このように、正常組織のTregを温存しつつ、腫瘍局所のTI-Tregのみを特異的に制御するための標的分子の同定に関する研究はこれまで極めて手薄であり、詳細な機能解析が不足している。

目的

本研究の目的は、腎細胞がん、特に腎明細胞がん (ccRCC: clear cell renal cell carcinoma) および肝細胞がん (HCC: hepatocellular carcinoma) の患者由来サンプルを用いたシングルセル解析により、腫瘍浸潤制御性T細胞 (TI-Treg) の転写的な多様性と分化軌跡を系統的に解明することである。さらに、TI-Tregに特異的に発現する新規機能分子としてCD177を同定し、その発現パターン、免疫抑制能における機能的意義、および腫瘍の増殖や恒常性維持における役割をin vitro (試験管内) およびin vivo (生体内) の実験モデルを用いて多角的に検証することを目指す。最終的には、CD177を標的としたTI-Treg特異的な新規がん免疫療法の治療標的としての可能性や、がん患者の予後を予測するバイオマーカーとしての有用性を評価することを目的とする。

結果

ccRCCおよびHCCにおけるTI-Treg特異的CD177高発現の同定: ccRCC患者3例のscRNA-seq解析から、FOXP3およびIL2RA (CD25) の発現に基づき、160個 of PB-Tregおよび574個 of TI-Tregを同定した (Fig. 1)。PB-TregとTI-Tregの比較解析により、273個の有意な変動遺伝子 (DEG) を抽出した。このうち、末梢血Tregでの発現が0%であり、腫瘍浸潤Tregにおいて特異的に発現が上昇している遺伝子としてCD177 (Δ%差 = 20.2%) およびNR4A1 (Δ%差 = 51.4%) を同定した。さらに、HCCのscRNA-seqデータセット (GSE98638) との統合解析を行い、共通する143個のDEGを同定した。CD177は、ccRCCにおいて log2FC 4.86、HCCにおいて log2FC 4.55 という極めて高い発現上昇を示し、両がん種において最も顕著に上昇している遺伝子であった (Fig. 1)。

Monocle 2軌跡解析によるTI-Tregの2大転写分岐の発見: Monocle 2を用いた疑似時間 (pseudotime) 解析により、Treg細胞は末梢血から腫瘍浸潤へと移行する過程で、Cell Fate 1 (CF1) とCell Fate 2 (CF2) という2つの明確な転写分岐に分かれることが明らかになった (Fig. 2)。CF1サブセットは、CD177、CCR8、CTLA4、TNFRSF4 (OX40) などの免疫抑制関連分子が高発現しており、遺伝子セット富裕化解析 (GSEA: gene set enrichment analysis) において細胞毒性シグネチャーや細胞周期 (G2M期) 関連遺伝子群が有意に活性化していた。このうち、CD177の発現はCF1サブセットに極めて特異的であり、CF1にはCD177+ Tregが110個、CD177- Tregが329個含まれるのに対し、CF2にはCD177+ Tregが6個、CD177- Tregが102個しか含まれていなかった (Fig. 2)。

CF1シグネチャーによるがん患者の予後不良予測能の検証: TCGAのKIRCコホート (n=533 patients) を用いて、CF1およびCF2の遺伝子シグネチャーの予後予測能を検証した (Fig. 3)。CF1シグネチャーは、ccRCC患者の全生存期間 (OS: overall survival) の短縮と有意に相関していた (p<0.05)。さらに、このCF1シグネチャーを24のがん種のTCGAデータセットに適用したところ、ccRCCやHCCを含む10種のがん種において予後不良と有意に関連していることが示された。この予測精度は、従来のTregマーカーであるFOXP3単独の発現量や、CCR8:FOXP3比などの既存の予後シグネチャーよりも優れたハザード比 (HR) を示した (Fig. 3)。

ヒト固形がんにおけるCD177発現のTI-Treg特異性と発現頻度: フローサイトメトリー解析により、ヒトの様々な免疫細胞サブセットにおけるCD177のタンパク質発現を評価した (Fig. 4)。CD177は、腫瘍浸潤CD4+エフェクターT細胞、メモリーT細胞、CD8+ T細胞、および末梢血Tregにおいては発現がほぼ0%であったのに対し、TI-Tregにおいてのみ特異的に発現していた。具体的には、ヒト乳がん組織 (n=13 patients) におけるTI-Tregの平均 22.4% ± 8.5%、およびccRCC組織 (n=9 patients) におけるTI-Tregの平均 16.8% ± 6.2% がCD177陽性であった (Fig. 4)。なお、in vitroにおいて末梢血Tregを抗CD3/CD28抗体およびIL-2で刺激してもCD177の発現は誘導されず、腫瘍微小環境特異的な因子が発現誘導に関与していることが示唆された。

CD177+ TI-Tregによる強力な免疫抑制能と抗体阻害効果: ヒト乳がん組織から分取したCD177+ TI-TregとCD177- TI-Tregを用いて、エフェクターT細胞 (Teff: effector T cell) に対するin vitro抑制試験を実施した (Fig. 7)。TeffとTregを 2:1 の比率で共培養した結果、CD177+ TI-TregはCD177-群と比較して、Teffの増殖を有意に抑制した (p<0.0001、n=3 replicates)。さらに、抗CD177阻害抗体 (MEM166) を 2 μg/ml の濃度で添加することにより、CD177+ TI-TregによるTeff増殖抑制活性が消失し、Teffの増殖能が回復した (Fig. 7)。ccRCC組織 (n=7 patients) から得られたTI-Tregを用いたAPC刺激下での抑制試験においても、CD177+ TI-Tregは優れた免疫抑制能を示した。

Cd177欠損による腫瘍増殖抑制と腫瘍内Treg恒常性の破綻: in vivoにおけるCD177の治療標的としての妥当性を検証するため、Cd177欠損マウスを用いた腫瘍移植実験を行った (Fig. 5, Fig. 6)。全身性Cd177 KOマウス (n=12 mice) において、Py8119乳がんおよびMC38大腸がんの腫瘍増殖が野生型マウスと比較して有意に抑制された (p<0.0001)。さらに、Treg特異的Cd177欠損 (Cd177fl/fl/Foxp3-Cre) マウス (n=11 mice) においても、MC38腫瘍の増殖が有意に抑制された (p<0.0001)。cKOマウス of MC38腫瘍内における免疫プロファイリングでは、TI-Tregの頻度が有意に減少し、TI-Teff/Treg比が著しく上昇していた (Fig. 6)。また、cKOマウスのTI-Tregにおいて増殖マーカーであるKi-67の陽性率が低下しており、CD177の欠損が腫瘍内Tregの増殖能および恒常性維持を阻害することが示された。

考察/結論

本研究は、腫瘍浸潤制御性T細胞 (TI-Treg) の機能的多様性をシングルセルレベルで系統的に解析し、その高度に抑制的なサブセットである Cell Fate 1 (CF1) に特異的に発現する表面抗原としてCD177を同定した。

先行研究との違い: 従来のTreg研究では、FOXP3やCCR8などの一連 of 共通マーカーが用いられてきたが、これらは正常組織のTregや末梢血Tregにも一定レベルで発現しており、TI-Tregのみを特異的に標的化することは困難であった。これに対し、本研究は末梢血Tregや他の腫瘍浸潤T細胞サブセットと異なり、CD177が特定のTI-Tregサブセットにのみ極めて限定的に発現していることを実証した。また、CD177は好中球のマーカーとして知られていたが、がん細胞や好中球における役割に焦点を当てた従来の知見とは対照的に、Tregの免疫抑制能や恒常性維持における直接的な役割を明らかにした。

新規性: 本研究で初めて、CD177がTI-Tregの強力な免疫抑制活性を維持するための機能的分子であることを新規に明らかにした。in vitroにおいて抗CD177抗体 (MEM166) がCD177+ TI-Tregの抑制能を中和すること、およびin vivoにおいてTreg特異的なCd177欠損が腫瘍内Tregの増殖能 (Ki-67陽性率) を低下させ、腫瘍増殖を有意に抑制することを示した。これは、CD177が単なる活性化マーカーではなく、TI-Tregの生存と機能を制御する新規のチェックポイント分子であることを示す重要な知見である。

臨床応用: 本研究の成果は、がん免疫療法の分野における新たな治療戦略の臨床応用に直結する。CD177は細胞表面に発現するGPIアンカー型タンパク質であるため、抗体医薬による標的化が容易である。全身のTregを枯渇させる従来の治療法とは異なり、CD177を標的とすることで、正常な免疫恒常性を維持しつつ、腫瘍局所の免疫抑制環境のみをピンポイントで解除できる可能性がある。このアプローチは、自己免疫疾患などの副作用を最小限に抑えた、極めて安全性の高い臨床的意義を有する次世代のがん免疫療法として臨床現場への導入が期待される。

残された課題: しかしながら、いくつかの残された課題や limitation も存在する。第一に、CD177がTreg細胞内においてどのようなシグナル伝達経路を介して免疫抑制能や増殖能を制御しているのか、その詳細な分子メカニズムは未だ十分に解明されていない。第二に、腫瘍微小環境においてどのような因子がTregへのCD177発現を誘導しているのか、その上流因子の特定が今後の検討課題である。さらに、好中球や一部の上皮細胞におけるCD177の発現が、抗CD177抗体治療時にどのような影響を受けるかについて、より詳細な安全性評価が必要である。

方法

本研究では、ccRCC患者3例から得られた末梢血 (PB: peripheral blood) 由来免疫細胞13,433個および腫瘍浸潤 (TI) 免疫細胞12,239個を対象に、10X Genomics Chromium 5’ ゲノミクスプラットフォームを用いてscRNA-seqを実施した。シーケンシングはIllumina HiSeq 4000で行い、CellRangerおよびSeurat (v2.3.4) パッケージを用いてデータのクオリティコントロール、正規化、およびt-SNE (t-distributed stochastic neighbor embedding) による次元削減とクラスタリングを行った。さらに、公開されているHCCのscRNA-seqデータセット (GSE98638) と統合し、共通する変動遺伝子 (DEG: differentially expressed gene) を抽出した。

Tregの分化軌跡および動的遺伝子発現の解析には、Monocle 2アルゴリズムを用いたリバースグラフ埋め込み (reverse graph embedding) 法を適用した。また、TCGA (The Cancer Genome Atlas) のKIRC (Kidney Renal Clear Cell Carcinoma) コホート (n=533 patients) を用いて、同定されたTregサブセットの遺伝子シグネチャーに基づく予後予測モデルを線形サポートベクターマシン (SVM: support vector machine) を用いて構築した。バルクRNA-seqデータにおける免疫細胞サブセットの定量的評価には、CIBERSORTアルゴリズム (Newman et al. NatMethods 2015) の概念を応用した。生存分析には、カプラン・マイヤー法 (Kaplan-Meier method) およびコックス比例ハザード回帰モデル (Cox regression model) を用い、log-rank検定により有意差を評価した。

in vitroの機能検証として、ヒト乳がん組織 (n=13 patients) およびccRCC組織 (n=9 patients) からフローサイトメトリーを用いてCD177+およびCD177-のTI-Treg細胞を分取し、抗CD3/CD28抗体刺激または樹状細胞 (APC: antigen-presenting cell) との共培養下で、エフェクターT細胞 (Teff: effector T cell) に対する抑制能を評価した。CD177の機能阻害には抗CD177モノクローナル抗体 (MEM166) を使用した。

in vivoの検証には、C57BL/6J背景の野生型 (WT: wild-type) マウス、全身性Cd177遺伝子欠損 (KO: knockout) マウス、およびCd177-floxed (Cd177fl/fl) アレルを持つマウスとFoxp3-YFP/Creマウスを交配させたTreg特異的Cd177欠損 (cKO: conditional knockout) マウスを用いた。これらのマウスに対し、同系腫瘍モデルとしてPy8119乳がん細胞株またはMC38大腸がん細胞株を移植し、腫瘍の増殖を測定した。統計的比較には、2元配置分散分析 (two-way ANOVA) およびMann-Whitney U検定を用いた。