- 著者: Ashley M. Laughney, Jing Hu, Nathaniel R. Campbell, Samuel F. Bakhoum, Manu Setty, Vincent-Philippe Lavallée, Yubin Xie, Ignas Masilionis, Ambrose J. Carr, Sanjay Kottapalli, Viola Allaj, Marissa Mattar, Natasha Rekhtman, Joao B. Xavier, Linas Mazutis, John T. Poirier, Charles M. Rudin, Dana Pe’er, Joan Massagué
- Corresponding author: Dana Pe’er; Joan Massagué (Memorial Sloan Kettering Cancer Center)
- 雑誌: Nature Medicine
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-02-10
- Article種別: Original Article
- PMID: 32042191
背景
組織の恒常性は幹細胞によって維持され、損傷した組織は傷害時に活性化するfacultative progenitorによって修復されることが知られている。肺上皮は通常、細胞の代謝回転が低い組織であるが、損傷時には相互変換能を示す高い可塑性を持つことが報告されている。これまでの研究では、胚性経路が原発性肺癌において再活性化することが示唆されてきたが、腫瘍の進展や転移における発達可塑性の具体的な寄与、および抗腫瘍免疫の持続的な選択圧下でこれらの経路がどのように形成されるかについては、依然として未解明な点が多かった。特に、転移巣においてNK細胞などの自然免疫細胞が、腫瘍細胞の発生段階特異的な選択的除去を行う可能性については、これまで体系的に検証されていなかった。
肺腺癌 (LUAD) は、世界的に罹患率と死亡率が高い癌種であり、転移が予後不良の主要な原因である。転移過程は、原発腫瘍からの細胞の遊離、血流への侵入、遠隔臓器への定着、そして増殖という多段階の複雑なプロセスである。この過程において、癌細胞は微小環境からの様々な選択圧に適応する必要がある。特に、免疫監視からの逃避は、転移成功の重要な要素であると考えられている。例えば、Malladi et al. Cell 2016は、転移性休眠と免疫回避におけるWNTシグナル伝達の役割を報告している。また、Lavin et al. Cell 2017は、初期肺腺癌における自然免疫のランドスケープを単細胞解析で明らかにし、腫瘍微小環境における免疫細胞の多様性を示唆した。
癌細胞の可塑性は、治療抵抗性や転移能の獲得に寄与すると考えられている。肺癌細胞が肺損傷後の再生系譜を模倣する能力を持つことは、癌の進展における発達経路の再活性化の重要性を示唆する。しかし、この可塑性が転移過程でどのように変化し、免疫細胞との相互作用によってどのように選択されるのかについての包括的な理解は不足していた。特に、NK細胞が癌細胞の特定の発生段階に対して選択的な殺傷能を持つかどうか、またそのメカニズムは未解明なままであった。Massague et al. Nature 2016は、循環腫瘍細胞による転移性定着のメカニズムを概説しているが、発生可塑性と免疫選択圧の相互作用については深く掘り下げられていなかった。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目指したものである。
目的
本研究の目的は、ヒト肺腺癌 (LUAD) の原発腫瘍、転移巣、および隣接する正常肺組織の単細胞RNAシーケンス (scRNA-seq) 解析とマウスモデルを用いた実験を通じて、以下の3点を明らかにすることである。
- 肺上皮発達系譜と腫瘍細胞状態のマッピング: 正常肺上皮の発達系譜と、原発腫瘍および転移巣における癌細胞の多様な状態を詳細にマッピングし、それらの類似点と相違点を特定する。特に、肺損傷後の再生プロセスに関与する細胞タイプが腫瘍でどのように出現するかを明らかにする。
- 原発から転移への発達可塑性の変化: 原発腫瘍から転移巣への移行に伴う癌細胞の発達可塑性の変化を解析する。具体的には、転移巣においてSOX2やSOX9などの発生関連転写因子がどのように発現し、より原始的な発達段階への復帰が起こるのかを検証する。
- NK細胞による発達段階特異的な選択圧の存在: 転移過程における免疫監視、特にNK細胞が癌細胞の特定の発達段階に対して選択的な除去圧をかける可能性を評価する。マウスモデルを用いたNK細胞除去実験とin vitro共培養アッセイにより、SOX9高発現細胞がNK細胞による殺傷に対し抵抗性を示すメカニズムを解明し、転移巣の表現型が免疫選択によってどのように形成されるかを明らかにする。
結果
ヒトLUADの単細胞ランドスケープ: 合計40,505個の細胞から、間質、リンパ、骨髄、上皮、内皮細胞、周皮細胞、線維芽細胞、癌細胞を含む20種類の細胞型を同定した (Fig. 1b,c)。原発LUADでは、正常肺と比較してNK細胞の割合が有意に減少しており (Kruskal-Wallis, p=0.05)、一方で骨髄由来抑制細胞 (MDSC) の割合が増加していた (Fig. 1d)。癌細胞の純度は、単細胞解析で7-32%と推定され、バルクシークエンスによる20-40%という推定値と概ね一致していた。
原発腫瘍の再生・混合系譜: 正常肺上皮では、遠位肺のAEC1およびAEC2、ならびに上気道の線毛細胞およびクラブ細胞の4つの成熟細胞型が同定された。原発腫瘍では、これらの成熟細胞型に加えて、重度の肺損傷時に再生に関与する2つの前駆細胞型が出現した。これらには、SOX2由来のKRT5+ basal-like細胞 (PhenoGraphクラスター13) と、SOX9発現AEP (PhenoGraphクラスター10および11) が含まれる (Fig. 2a-c)。特に、50%以上の癌細胞が近位および遠位肺系譜マーカーを混合発現しており、これを「混合系譜」と注釈した (Fig. 2b-d)。Phenotypic volume metricを用いた解析では、原発腫瘍の細胞は正常肺上皮と比較して、系譜遺伝子-遺伝子共分散構造が有意に拡張していることが示され (Mann-Whitney U検定, p<0.001)、原発腫瘍における異常な系譜マーカーの組み合わせによる高い異質性が定量的に示された (Fig. 2g)。
転移巣の発達連続体: 正常肺、原発腫瘍、転移巣由来の上皮細胞を統合したPhenoGraphクラスタリングにより、21の異なる表現型状態が明らかになり、そのうち11が転移巣で有意に検出された。これらの転移性クラスターは、胚性幹細胞、創傷治癒、形態形成に関連する経路、および保存されたAEPの遺伝子セットの発現上昇によって特徴付けられた。肺上皮発達シグネチャ (GO:0060428) に基づいて転移性クラスターを順序付けした結果、3つの主要な発達段階 (type I: SOX17, HHEX; type II: SOX2, NKX2-1, FOXA2; type III: SOX9, WNT7B) が明らかになった (Fig. 3a,c)。特に、4組の対応する患者の原発腫瘍と転移巣の免疫蛍光染色では、転移巣の上皮細胞が強い核内SOX2およびSOX9発現を示し、原発巣では検出されないことから、転移特異的な原始的発達状態への復帰が確認された (Fig. 3d)。さらに、type I細胞の割合が高い原発腫瘍の患者は、LUADコホート (n=673) において全生存期間が有意に短縮されることが示された (Fig. 3f)。
マウスモデルでの発達連続体の再現: H2087-LCCマウス転移モデルを用いた経時的なscRNA-seq解析により、播種性腫瘍細胞 (DTC) →初期コロニー (incipient colony) →巨視的転移巣 (macrometastasis) の各段階における癌細胞の表現型変化が追跡された。DTCは主にquiescent stem-like (type I-Q) 状態と相関し、初期コロニーはSOX2高発現のregenerative (type II) 状態と相関した。一方、巨視的転移巣はSOX9高発現のAEP (type III) 状態と強く相関しており、ヒト転移で観察されたtype I→II→IIIの発達連続体がマウスモデルでも完全に再現されることが確認された (Fig. 4f)。このモデルでは、n=6 miceから合計8,748 cellsの腫瘍細胞が単離された。
NK細胞による発達段階特異的選択: type I stem-like細胞では免疫・炎症応答遺伝子の発現が最も高く、SOX9高発現のtype III AEPクラスターでは有意に低下していた (Mann-Whitney U=352,574, p=2×10⁻³⁹) (Fig. 5a)。TCGA LUADコホート (n=510) の解析では、SOX9高発現の原発腫瘍はNK細胞浸潤量が増加しているのに対し、SOX2高発現の原発腫瘍ではNK細胞が減少する傾向が示された (Extended Data Fig. 9a)。H2087-LCC細胞とIL-2活性化マウスNK細胞の共培養実験では、NK細胞はSOX2高発現細胞およびSOX2/SOX9二重発現細胞を選択的に殺傷する一方で、SOX9単独発現細胞はNK細胞抵抗性を示すことが明らかになった (Fig. 5c)。SOX9の過剰発現はNK細胞媒介性細胞溶解を減少させ、SOX2の過剰発現は影響を与えなかった (Fig. 5d)。この抵抗性には、SOX9高発現細胞におけるMHCクラスI分子 (特にHLA-B) の発現上昇が関与していることが示唆された (Fig. 5g,h)。in vivoでのNK細胞除去実験では、n=5 miceから採取されたNK細胞枯渇群の巨視的転移巣において、SOX2高発現細胞や二重陰性細胞を含む多様な癌細胞が転移巣で増加し (Fig. 6b,c,e,f)、NK細胞による選択圧が解除されることで発達可塑性が解放されることが確認された。NK細胞枯渇群ではtype I/II細胞の割合が有意に増加した (p<0.05)。
考察/結論
本研究は、ヒト肺腺癌の原発巣が肺損傷後の再生系譜に類似する多様な細胞タイプと混合系譜を示す一方、転移巣ではSOX2およびSOX9発現が豊富なより原始的な発達段階に富むことを初めて系統的に示した。この発見は、癌の進展が単なる細胞増殖ではなく、発生学的可塑性の再活性化と免疫選択圧との動的な相互作用によって形成されるという新規なパラダイムを提示するものである。
先行研究との違い: これまでの研究では、癌における発生経路の再活性化が個別の現象として報告されてきたが、本研究は、原発腫瘍から転移巣への移行における発達連続体の存在と、それがNK細胞による免疫監視によって動的に「剪定」されるというメカニズムを、ヒトおよびマウスモデルの両方で包括的に示した点で、これまでの報告と対照的である。特に、NK細胞がSOX2高発現の再生段階の細胞を選択的に除去し、SOX9高発現のAEP様細胞がNK細胞抵抗性を持つという知見は、転移巣でSOX9発現細胞が優勢となる現象の機構的な説明を与えるものであり、これまで報告されていない新規な発見である。
新規性: 本研究で初めて、ヒト肺腺癌の転移巣が、内胚葉および肺の形態形成における初期段階を再現する発達連続体を示すことを明らかにした。この連続体は、播種性腫瘍細胞 (DTC) から初期コロニー、そして巨視的転移巣へと進行するマウスモデルの転移過程と一致した。さらに、SOX9高発現細胞がMHCクラスI分子の発現を誘導することでNK細胞からの殺傷に抵抗性を示すという、発生段階特異的な免疫回避メカニズムを新規に同定した。
臨床応用: 本研究の知見は、肺腺癌の転移を標的とした新たな治療戦略の開発に臨床的有用性を持つ。第一に、原発腫瘍におけるtype I stem-like細胞の割合が患者の予後不良と関連することが示されたため、これを転移リスクのバイオマーカーとして活用できる可能性がある。第二に、SOX9高発現細胞がNK細胞抵抗性を示すことから、SOX9シグナル経路の抑制剤とNK細胞活性化療法を組み合わせることで、転移抑制効果を高める併用療法が考えられる。第三に、NK細胞による発達段階特異的な「剪定」を模倣または増強する治療法、あるいは胚性肺発達経路を標的とする薬剤の開発が、転移性疾患の管理において有効な戦略となる可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、NK細胞以外の免疫細胞(T細胞、骨髄系細胞など)が癌細胞の発達段階選択にどのように関与するかを詳細に解析する必要がある。また、SOX9依存性のNK細胞抵抗性の分子機構(例えば、NK細胞活性化リガンドや抑制性リガンドの発現調節)をさらに深く解明することが重要である。さらに、ヒト転移巣における脳や骨といった異なる微小環境が、癌細胞の発達可塑性や免疫選択圧に与える影響を評価することも残された課題である。最後に、化学療法や放射線治療といった既存の治療法が、癌細胞の発達可塑性および免疫応答とどのように相互作用するかについても、今後の研究で明らかにする必要がある。本研究は、癌の進展を「発達逆行+免疫選択」という単一の枠組みで統合する画期的な成果であり、転移性疾患の理解と治療に大きく貢献すると考えられる。
方法
本研究では、17のヒト新鮮組織サンプル(隣接非腫瘍肺 n=4、原発LUAD n=8 [未治療7例、術前補助療法後1例]、脳転移 n=3、骨転移 n=1、副腎転移 n=1)から合計40,505細胞を分離し、10x Genomics Chromiumプラットフォームを用いて単細胞RNAシーケンス (Single-cell RNA sequencing, scRNA-seq) を実施した。データの前処理にはSEQC (Sequence Quality Control) パッケージを使用し、ライブラリサイズ、複雑性、細胞生存率に基づいて細胞をフィルタリングした。その後、MAGIC imputationにより遺伝子発現データのノイズ除去と欠損値補完を行い、t-SNE (t-distributed stochastic neighbor embedding) およびForce-directed graphを用いてデータを可視化した。
細胞型アノテーションは、PhenoGraphクラスタリングと、手動でキュレートした免疫、骨髄、間葉、上皮細胞マーカーの遺伝子発現に基づいて行った。特に、肺上皮細胞の解析では、マウスD18.5胚由来の肺系譜特異的遺伝子セット(Supplementary Table 1)を用いて、AEC1 (alveolar epithelial cell type 1)、AEC2 (alveolar epithelial cell type 2)、ciliated、club細胞などの成熟細胞型、およびSOX2由来のKRT5+ basal-like細胞やSOX9陽性AEP (alveolar epithelial progenitor) などの再生性細胞型を注釈した。Phenotypic volume metricを用いて、原発腫瘍における系譜遺伝子-遺伝子共分散構造の多様性を定量化した。
転移巣における発達連続体を評価するため、肺発達シグネチャ (GO:0060428) に基づいて転移性クラスターを順序付けし、SOX17, HHEX (type I)、SOX2, NKX2-1, FOXA2 (type II)、SOX9, WNT7B (type III) といった主要な内胚葉および肺特異的転写因子の発現パターンを解析した。4組の対応する原発-転移ペアにおいて、SOX2およびSOX9タンパク質の核内発現を免疫蛍光染色で評価した。また、TCGA (The Cancer Genome Atlas) LUADコホート (n=510) およびKM plotterコホート (n=673) のデータを用いて、SOX2/SOX9発現とNK細胞浸潤量、および患者の全生存期間との関連を解析した。
NK細胞による発達段階特異的な選択圧を検証するため、H2087-LCC (RAS変異LUAD由来) マウス転移モデルを用いた。このモデルでは、DTC (播種性腫瘍細胞) →incipient colony (初期コロニー) →macrometastasis (巨視的転移巣) の各段階における癌細胞の経時的なscRNA-seq解析を実施した。NK細胞除去実験では、抗GM1抗体投与によりNK細胞を枯渇させたathymic miceで転移の発生を評価し、DTC、incipient colony、macrometastasisのscRNA-seq解析を行った。さらに、H2087-LCC細胞とIL-2活性化マウスNK細胞のin vitro共培養アッセイを実施し、個々の細胞におけるSOX2/SOX9タンパク質の発現を免疫蛍光定量により測定した。ライブ殺傷アッセイを用いて、SOX2およびSOX9の発現がNK細胞による殺傷感受性に与える影響を評価した。SOX9過剰発現細胞におけるMHCクラスI分子の発現もRT-PCRおよびフローサイトメトリーで確認した。統計解析には、Mann-Whitney U検定、Kruskal-Wallis検定、Student’s t検定、Pearson相関係数、Spearman相関係数、およびKaplan-Meierプロッターを用いたハザード比 (HR) 計算が用いられた。