• 著者: Tzu-Hao Wang, Shih-Min Hsia, Tzong-Ming Shieh
  • Corresponding author: L. Liu (cdlihualiu@aliyun.com) (The Fourth Hospital of Hebei Medical University, Shijiazhuang, China)
  • 雑誌: Oncogene
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-07-17
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28714960

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) は世界的に最も一般的で悪性度の高い癌の一つであり、その罹患率と死亡率は急速に増加している。近年、PD-1/PD-L1シグナル伝達を標的とした免疫療法はNSCLC治療において顕著な臨床効果を示しているが、客観的奏効率 (ORR) は一部の患者に限定されており、その有効性をさらに向上させるためには、PD-L1の発現を制御する分子メカニズムの理解が不可欠である。PD-L1 (CD274) の腫瘍細胞表面発現は、PD-1+ T細胞の機能抑制を介した免疫回避の主要機序として広く認識されているが、NSCLCにおけるPD-L1の転写調節機序は依然として十分に解明されていない点が課題として残されている。

先行研究では、MYCの不活性化がCD47 (Cluster of Differentiation 47) およびPD-L1の発現を下方制御することで抗腫瘍免疫応答を増強することが報告されている Casey et al. Science 2016。また、上皮成長因子受容体 (EGFR) の活性化がPD-L1の発現と関連することが複数の研究で示されており Azuma et al. AnnOncol 2014、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) がPD-L1発現を抑制することでT細胞のアポトーシスを逆転させることが示唆されている Akbay et al. CancerDiscov 2013Chen et al. JThoracOncol 2015。しかし、EGFR-TKIと抗PD-1抗体のNSCLCにおける相乗効果については未だ不明な点が多い。

Bridging Integrator 1 (BIN1) は、c-MYC癌タンパクと直接相互作用してその転写活性を抑制することが報告されている腫瘍抑制遺伝子である。BIN1はメラノーマ、乳癌、前立腺癌、膀胱癌、肺癌を含む多くのヒト腫瘍で発現が低下または消失していることが知られている。また、BIN1はインドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ (IDO) の発現を抑制することでT細胞依存性の抗腫瘍活性を増強することが示されており Muller et al. NatMed 2005、その機能が腫瘍免疫学にも及ぶことが示唆されている。しかし、BIN1がPD-L1発現の制御を通じて腫瘍免疫回避にどのように関与するかは不明であり、この領域には知識のギャップが残されている。NSCLCの免疫療法において、PD-L1発現調節因子の解明は、治療戦略の改善および予測バイオマーカーの同定に繋がる可能性があり、この分野における研究が不足していた。

目的

本研究の目的は、NSCLC患者の腫瘍組織において、腫瘍抑制遺伝子であるBIN1 (Bridging Integrator 1) と免疫チェックポイント分子であるPD-L1の発現パターンおよびその臨床病理学的意義を詳細に解析することである。具体的には、まずNSCLC患者組織におけるBIN1とPD-L1の発現レベルの相関関係を評価し、両者の発現がTNM病期、浸潤範囲、リンパ節転移、および患者の全生存期間 (OS) とどのように関連するかを検証する。次に、BIN1がPD-L1の発現を調節する分子メカニズムを、特にc-MYC経路およびEGFR/MAPK経路との関連において解明することを目的とする。さらに、BIN1発現が腫瘍浸潤リンパ球 (TILs) の密度に与える影響を評価し、BIN1がPD-L1を介した免疫回避を逆転させることでNSCLCの免疫微小環境に与える影響をin vitroおよびin vivoモデルで実証する。これらの知見を通じて、NSCLCにおけるBIN1の新規な腫瘍抑制機能、特に免疫回避制御における役割を確立し、将来的な治療戦略開発のための基盤を提供することを目指す。

結果

NSCLC患者組織におけるBIN1とPD-L1の強い負の相関および予後との関連: 179例のNSCLC患者腫瘍組織の免疫組織化学 (IHC) 解析により、BIN1とPD-L1の発現レベル間に強い負の相関 (Spearman r=-0.555, P<0.001) が認められた (Figure 1c)。BIN1は主に核に、PD-L1は細胞膜および細胞質に発現していた (Figure 1a, b)。BIN1低発現はPD-L1高発現と関連し、両者の発現はTNM病期、浸潤範囲、およびリンパ節転移と有意に相関していた (P<0.001)。Kaplan-Meier解析では、BIN1低発現群は高発現群と比較して有意に短い全生存期間 (OS) を示し (中央生存期間: 15ヶ月 vs 25ヶ月、ハザード比 [HR] 0.404, 95% CI 0.284–0.574, P<0.001) (Figure 1d)、PD-L1高発現群も低発現群と比較して有意に短いOSを示した (中央生存期間: 16ヶ月 vs 22ヶ月、HR 2.717, 95% CI 1.905–3.873, P<0.001) (Figure 1e)。多変量Cox解析により、BIN1低発現およびPD-L1高発現がNSCLC患者の独立した不良予後因子であることが確認された。特に、BIN1低発現かつPD-L1高発現の患者群は最も不良な予後を示した。

BIN1発現とPD-L1発現が腫瘍浸潤リンパ球 (TILs) 密度に与える影響: NSCLC組織におけるCD3+およびCD8+ TILsのIHC解析では、BIN1発現とCD3+ TILsおよびCD8+ TILs密度との間に有意な正の相関が認められた (両者ともP<0.001)。具体的には、CD3+ TILs陽性組織の61.96%がBIN1陽性であり、CD8+ TILs陽性組織の65.28%がBIN1陽性であった (Figure 2a, b)。対照的に、PD-L1発現はCD3+ TILsおよびCD8+ TILs密度と有意な負の相関を示した (両者ともP<0.001)。これらの結果は、BIN1低発現がPD-L1高発現を誘導し、それがTILsの浸潤低下を招き、結果として免疫回避を促進するという臨床的連鎖を示唆している。

BIN1によるPD-L1発現抑制の分子メカニズム (c-MYC経路): NSCLC細胞株 (H1975, HCC827) へのBIN1過剰発現 (OE) 導入により、PD-L1 mRNAおよびタンパク質発現が有意に低下した (P<0.05) (Figure 3c-f)。BIN1過剰発現H1975細胞では、PD-L1 mRNAが約2.5-fold減少した。逆に、BIN1をノックダウンしたH460およびH1299細胞ではPD-L1発現が有意に増加した (P<0.001) (Figure 3g-j)。共免疫沈降 (co-IP) 解析により、BIN1とc-MYCの直接的な物理的相互作用が確認された。二重免疫蛍光染色および核細胞質分画解析では、BIN1 OEにより核内のc-MYC量が有意に低下し、細胞質への再局在が示された (P<0.05) (Figure 4a)。さらに、c-MYCのsiRNAによるノックダウンはPD-L1 mRNAおよびタンパク質発現を低下させ (P<0.001) (Figure 4b, c)、BIN1がc-MYCの核移行を抑制することでPD-L1の転写を低下させるメカニズムが示唆された。

BIN1によるPD-L1発現抑制の分子メカニズム (EGFR/MAPK経路): 低PD-L1発現のA549細胞にEGFを刺激すると、EGFRおよびERKのリン酸化が亢進し、PD-L1発現が有意に増加した (P<0.001) (Figure 5a)。一方、PD-L1高発現のH1975細胞にEGFR阻害薬Icotinibを処理すると、p-EGFRおよびp-ERKレベルが低下し、PD-L1タンパク質発現も減少した (P<0.001) (Figure 5b)。同様に、MEK阻害薬GSK1120212はERKのリン酸化を抑制し、PD-L1発現を低下させた (P<0.001) (Figure 5c)。BIN1 OE細胞 (n=3 replicates) では、p-EGFR、p-MEK、p-ERKのリン酸化レベルが有意に低下しており (P<0.001) (Figure 5d)、BIN1がEGFR/MAPKカスケードを抑制することでPD-L1発現を調節することが示された。

in vivoにおけるBIN1の腫瘍抑制効果と免疫微小環境への影響: ヌードマウス異種移植モデル (n=5匹のBALB/cヌードマウス/群) において、BIN1過剰発現H1975細胞を移植したマウスの腫瘍体積は、対照群と比較して有意に小さかった (P<0.05) (Figure 5e)。腫瘍組織のフローサイトメトリー解析では、BIN1過剰発現群でp-EGFRおよびPD-L1の発現が有意に低下していることが確認された (P<0.001) (Figure 5f)。これらのin vivoデータは、BIN1の発現回復がEGFR/MAPK/PD-L1軸を不活性化することにより、腫瘍形成を抑制し、免疫回避を逆転させることを示唆している。

考察/結論

本研究は、NSCLCにおいて腫瘍抑制遺伝子であるBIN1 (Bridging Integrator 1) が、c-MYCおよびEGFR/MAPKという二つの主要なシグナル伝達経路を不活性化することにより、PD-L1の発現を抑制し、腫瘍浸潤リンパ球 (TILs) の浸潤を促進することで、PD-L1を介した免疫回避を逆転させるという新規メカニズムを明らかにした。

先行研究との違い: これまでの研究では、BIN1が腫瘍増殖抑制やアポトーシス誘導に関与することが報告されていたが、本研究はBIN1が腫瘍免疫回避の制御においても重要な役割を果たすことを初めて示した点で、これまでのBIN1の生物学的役割に関する理解を大きく拡張するものである。特に、BIN1がc-MYCとEGFR/MAPKという異なる癌関連経路の両方を介してPD-L1を制御するという多面的な機能は、これまでの報告とは対照的である。

新規性: 本研究で初めて、NSCLC患者組織においてBIN1とPD-L1の発現が有意に負の相関を示し、両者が独立した予後因子であることを実証した。また、BIN1がc-MYCの核移行を抑制し、PD-L1の転写を下方制御するメカニズム、およびEGFR/MAPK経路の活性化を抑制することでPD-L1発現を調節するメカニズムを新規に同定した。これらの知見は、BIN1-c-MYC-PD-L1軸およびBIN1-EGFR/MAPK-PD-L1軸がNSCLCにおける免疫回避の新たな分子経路として確立されることを示唆する。

臨床応用: 本研究の知見は、NSCLC患者の層別化および治療戦略の最適化に重要な臨床的意義を持つ。BIN1低発現とPD-L1高発現の組み合わせが最も不良な予後と関連するという発見は、これらのバイオマーカーの二重評価が、免疫チェックポイント阻害薬の治療効果予測や患者選択において有用な補助的ツールとなりうることを示唆する。特に、EGFR変異陽性NSCLC患者においてPD-L1が高発現するメカニズムの一部がBIN1の欠損を介して生じる可能性があり、EGFR阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法における患者選択においてBIN1発現が新たなバイオマーカーとして機能する可能性を秘めている。

残された課題: 今後の検討課題として、NSCLCにおけるBIN1欠損の具体的な機序 (例: プロモーターメチル化、遺伝子欠失など) を系統的に解析する必要がある。また、BIN1低発現NSCLC患者における抗PD-1/PD-L1療法に対する治療効果を予測するバイオマーカーとしてのBIN1発現の前向き検証が不可欠である。さらに、EGFR変異NSCLCのサブグループにおいて、BIN1-EGFR-PD-L1の連関がどのように機能するかを詳細に解析し、個別化医療への応用可能性を探る研究が残されている。

方法

本研究では、179例のNSCLC患者から外科的に切除された腫瘍組織および隣接する正常組織を対象とした。これらの組織検体を用いて、BIN1、PD-L1、c-MYC (核内)、リン酸化EGFR (p-EGFR)、CD3+ T細胞、CD8+ T細胞の発現レベルを免疫組織化学 (IHC) 法により評価した。IHC染色結果は、染色強度と陽性細胞の割合に基づいて半定量的にスコア化された。BIN1とPD-L1の発現レベル間の相関はSpearman相関係数を用いて解析された。患者の全生存期間 (OS) はKaplan-Meier法により推定され、群間比較にはログランク検定が用いられた。多変量解析にはCox比例ハザードモデルが適用され、BIN1およびPD-L1発現の独立した予後因子としての役割が評価された。

in vitro実験では、NSCLC細胞株 (A549, H1299, H1975, HCC827, H460, H1650) およびヒト胚肺細胞株2BSが用いられた。BIN1過剰発現 (OE) ベクターをH1975およびHCC827細胞に導入し、BIN1ノックダウン (siRNA) はH460およびH1299細胞で行われた。PD-L1、c-MYC、p-EGFR、p-MEK、p-ERKなどのタンパク質発現レベルはウエスタンブロット法およびフローサイトメトリー (FCM) により解析された。c-MYCの核細胞質間移行は、細胞分画後のウエスタンブロットおよび二重免疫蛍光染色により評価された。BIN1とc-MYCの直接的な物理的相互作用は共免疫沈降 (co-IP) 法により確認された。EGFR/MAPK経路の活性化は、EGF刺激およびEGFR阻害薬 (Icotinib)、MEK阻害薬 (GSK1120212) 処理後の細胞で評価された。

in vivo実験では、BALB/cヌードマウスにBIN1過剰発現H1975細胞または対照細胞を皮下移植し、腫瘍増殖が経時的に測定された (n=各群5匹)。移植腫瘍組織におけるPD-L1およびp-EGFRの発現はIHCおよびFCMにより解析された。統計解析はSPSS統計ソフトウェアバージョン20.0を用いて行われ、P値が0.05未満の場合を有意差ありと判断した。