- 著者: Azuma K, Ota K, Kawahara A, Hattori S, Iwama E, Harada T, Matsumoto K, Takayama K, Takamori S, Kage M, Hoshino T, Nakanishi Y, Okamoto I
- Corresponding author: Isamu Okamoto (Center for Clinical and Translational Research, Kyushu University Hospital, Fukuoka, Japan)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2014
- Epub日: 2014-07-09
- Article種別: Original Article
- PMID: 25009014
背景
非小細胞肺がん (NSCLC) は世界におけるがん死因の第1位であり、治療成績の向上が急務である。近年、上皮成長因子受容体 (EGFR) 遺伝子変異やALK (anaplastic lymphoma kinase) 融合遺伝子などのドライバー遺伝子変異を有する症例に対して、分子標的治療薬が劇的な予後改善をもたらした (Oxnard et al. JClinOncol 2013)。しかし、これらのドライバー遺伝子変異を持たない陰性症例の予後は依然として不良であり、新たな治療戦略の確立が強く望まれていた。このような背景の中、免疫チェックポイント阻害療法が注目を集めており、抗PD-1 (programmed death 1) 抗体や抗PD-L1 (programmed death-ligand 1) 抗体を用いた早期臨床試験において、一部の進行非小細胞肺がん患者に対して有望な抗腫瘍効果と客観的奏効が示され、腫瘍組織におけるPD-L1発現レベルが治療奏効率と相関する可能性が示唆された (Topalian et al. NEnglJMed 2012; Brahmer et al. NEnglJMed 2012)。
PD-L1はB7ファミリーに属する膜タンパク質であり、腫瘍細胞や腫瘍浸潤免疫細胞の表面に発現してT細胞上のPD-1と結合し、T細胞の活性化抑制、アポトーシス、または疲弊を誘導することで、腫瘍が宿主の免疫監視機構から逃れる免疫逃避を促進する (Pardoll et al. NatRevCancer 2012)。複数のがん種においてPD-L1の高発現が予後不良と関連することが報告されていたが、外科切除されたNSCLC症例におけるPD-L1発現の臨床病理学的意義や予後への影響は十分に解明されておらず、多くの課題が残されていた。
さらに、マウスモデルを用いた基礎研究では、EGFR活性化変異がPD-1/PD-L1経路を介した免疫逃避に寄与することが示されていた (Akbay et al. CancerDiscov 2013)。しかし、実際のヒト切除標本において、EGFR遺伝子変異ステータスとPD-L1発現との系統的な関連性や、EGFRシグナル伝達によるPD-L1発現の直接的な制御機構については未解明であり、臨床データは決定的に不足していた。特に、欧米に比べてEGFR遺伝子変異の頻度が高い日本人コホートにおける詳細な検討はこれまで行われておらず、この知識のギャップを埋めるための包括的な研究が求められていた。このように、切除NSCLCにおけるPD-L1発現の臨床病理学的・予後的意義、およびEGFR変異との関連性については未解明な点が多く、臨床データが不足している状況であった。
目的
本研究の目的は、外科切除された非小細胞肺がん (NSCLC) 症例におけるPD-L1発現状況を免疫組織化学染色 (IHC) により評価し、臨床病理学的因子 (EGFR変異、組織型、性別、喫煙歴、病期) との独立した関連を多変量解析によって明らかにすることである。さらに、EGFR活性化変異を有するNSCLC細胞株を用いて、EGFRシグナリングによるPD-L1発現調節機構をin vitroで検証するとともに、EGFR阻害薬であるerlotinibがPD-L1発現に与える影響を評価する。最終的に、PD-L1発現が切除NSCLC患者の術後生存期間 (OS) に及ぼす予後的意義を評価し、PD-L1高発現が独立した予後不良因子となり得るかを検証することを目的とする。
結果
**臨床病理学的因子とPD-L1発現の単変量相関**:
外科切除されたNSCLC 164例を対象とした単変量解析において、PD-L1のH scoreは女性 (p<0.001), 非喫煙者 (p<0.001), 腺癌 (p<0.001), およびEGFR変異陽性症例 (p<0.001) で有意に高値であった (Figure 1B)。一方で、年齢 (66歳以下 vs 66歳超、p=0.228) や病理病期 (pStage I vs II/III、p=0.207) とPD-L1発現との間には有意な相関は認められなかった。PD-L1の染色は、主に腫瘍細胞の細胞膜および細胞質に観察され、一部の腫瘍浸潤リンパ球にも陽性像が認められた (Figure 1A)。これらの単変量解析の結果は、日本人NSCLC患者における女性、非喫煙、腺癌、EGFR変異陽性という臨床的特徴の重複を強く反映していると考えられた (Table 1)。
**多変量解析によるPD-L1高発現の独立した規定因子の同定**:
臨床背景因子の交絡を排除するため、重回帰分析による多変量解析を実施した。その結果、EGFR遺伝子変異陽性 [偏回帰係数 (coefficient) 25.4 (95% CI 2.9-47.9, p=0.027)] および腺癌組織型 [偏回帰係数 (coefficient) 25.1 (95% CI 0.5-49.8, p=0.046)] の2因子が、他の背景因子から独立してPD-L1高発現と正に相関する有意な因子として同定された (Table 2)。一方で、性別 (coefficient 14.5, p=0.511)、喫煙歴 (coefficient -18.6, p=0.426)、病期 (coefficient 2.0, p=0.846)、および年齢 (coefficient 5.3, p=0.584) は多変量解析において有意な相関を示さなかった。この結果は、EGFR変異陽性および腺癌組織型が、腫瘍細胞におけるPD-L1発現を生物学的に誘導している可能性を強く支持するものである。
**EGFR活性化変異株におけるPD-L1高発現とerlotinibによる発現抑制**:
in vitro of 細胞株解析において、EGFR変異陽性株 (PC9、HCC827、H1975) の細胞表面におけるPD-L1の MFI (mean fluorescence intensity: 平均蛍光強度) は、EGFR野生型株11株と比較して有意に高値を示した (p=0.023) (Figure 2A)。EGFR変異陽性かつTKI感受性株であるPC9およびHCC827をerlotinib (100 nM、48時間) で処理したところ、EGFRのリン酸化 (pY1086) の消失とともに、細胞表面のPD-L1発現が著明に下方調節された (Figure 2B, 2C)。これに対し、EGFR野生型株であるA549では、erlotinib処理によるEGFRリン酸化およびPD-L1発現の変化は認められなかった。この結果は、EGFR活性化変異による恒常的なEGFRシグナル伝達が、PD-L1の発現維持に直接関与していることを示している。
**T790M耐性変異株におけるPD-L1発現の維持**:
EGFR活性化変異 (L858R) に加えて二次耐性変異であるT790Mを有するH1975細胞株を用いて、erlotinib処理の影響を検証した。H1975細胞株は、erlotinib (100 nM、48時間) 処理に対してもEGFRのリン酸化が抑制されず、細胞表面のPD-L1発現も高レベルのまま維持された (Figure 2B, 2C)。これは、T790M変異によるEGFR-TKI耐性獲得下においても、持続するEGFRシグナリングを介してPD-L1高発現が維持されることを示している。この知見は、EGFR-TKI耐性肺がんにおいてPD-1/PD-L1経路を標的とした免疫療法が有効な治療戦略となり得る機序的裏付けを与えるものである (Kobayashi et al. NEnglJMed 2005)。
**PD-L1高発現と術後予後不良および晩期再発との関連**:
生存解析において、H scoreの中央値30を基準に分類したPD-L1高発現群 (82例) は、低発現群 (82例) と比較して術後生存期間 (OS) が有意に短縮していた。全生存期間 (OS) 中央値は 55.9 vs 72.6 months であり、多変量Cox比例ハザード回帰分析の結果、PD-L1高発現はOS短縮の独立した予後不良因子であることが示された (HR 1.602 (95% CI 1.078-2.380, p=0.020)) (Table 3, Figure 3)。また、病理病期 (pStage) についても、pStage I群 (67例) はII/III群 (97例) と比較して有意に良好なOSを示し、生存期間中央値は 78.1 vs 48.8 months であり、独立した予後良好因子であった (HR 0.463 (95% CI 0.309-0.695, p<0.001)) (Table 3)。さらに、術後再発率はPD-L1高発現群で79%であり、低発現群の50%と比較して有意に高値であった (p<0.0001)。生存率および再発率の経時的解析では、術後6年以降に生存曲線の乖離が顕著になるという遅延型の曲線乖離パターンが観察された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、EGFR駆動マウスモデルにおいてPD-1経路が免疫逃避に寄与することを示した先行研究 (Akbay et al. CancerDiscov 2013) と異なり、ヒトの外科切除NSCLC組織164例および複数のヒト肺がん細胞株を用いて、EGFR活性化変異とPD-L1発現の直接的な関連を系統的かつ詳細に実証した。また、欧米のコホートではEGFR変異陽性例の頻度が低く十分な解析が困難であったのに対し、変異頻度が高い日本人集団を対象とすることで、両者の独立した正の相関を明確に描き出すことに成功している。
新規性: 本研究で初めて、多変量解析を通じてEGFR遺伝子変異陽性および腺癌組織型が、他の臨床病理学的背景因子から独立してPD-L1高発現を規定する因子であることを明らかにした。さらに、EGFR活性化変異を有する細胞株において、EGFR-TKIであるerlotinibによるEGFRシグナルの遮断がPD-L1発現を直接的に下方調節すること、およびT790M耐性変異株ではerlotinib処理下でもEGFRシグナルとPD-L1高発現が維持されることを新規に同定した。
臨床応用: 本研究の知見は、EGFR変異陽性NSCLCに対する治療戦略の構築において重要な臨床的意義を有する。第一に、EGFR-TKIの治療効果には、直接的な腫瘍増殖抑制作用だけでなく、PD-L1発現低下を介した抗腫瘍免疫の活性化という副次的な免疫活性化効果が寄与している可能性が示唆される。第二に、T790M変異などによりEGFR-TKI耐性を獲得した症例においてPD-L1高発現が維持されている事実は、TKI耐性後のNSCLCに対してPD-1/PD-L1阻害薬を用いた免疫チェックポイント阻害療法が有望な治療アプローチになり得るという理論的根拠を提供する。第三に、PD-L1高発現が独立した予後不良因子であり、術後6年以降に生存曲線が乖離する遅発的なパターンを示すことから、切除後の高リスク症例に対する術後補助療法としての免疫療法の開発に貢献する。
残された課題: 今後の課題およびlimitationとして、第一に単一施設における後ろ向き解析であり、症例数が164例と比較的限定されている点が挙げられる。第二に、対象がStage I-IIIの外科切除例に限られており、Stage IVの進行期症例における外挿性については今後の検討が必要である。第三に、本研究で使用したPD-L1抗体は、その後の臨床試験で標準化されたコンパニオン診断薬とは異なるため、アッセイの標準化と定量性の向上が今後の課題である。また、EGFRシグナル下流におけるPD-L1発現制御の具体的な分子経路の詳細な解明も、今後の研究において解決すべき重要なテーマである。
方法
患者集団と検体: 久留米大学病院で2000年から2010年までに外科切除を受けたNSCLC患者164例を対象とした。組織型は腺癌114例、扁平上皮癌50例であり、男性91例、女性73例、非喫煙者95例、喫煙者69例であった。年齢中央値は66歳 (範囲39-82歳) であった。病理病期 (pStage) はIA期34例、IB期33例、IIA期11例、IIB期35例、IIIA期34例、IIIB期17例であった。本研究はヘルシンキ宣言に準拠し、久留米大学病院の倫理委員会の承認を得て実施された。
EGFR変異解析: 切除腫瘍組織からDNAを抽出し、PNA-LNA (peptide nucleic acid-locked nucleic acid: ペプチド核酸ロックド核酸) PCRクランプ法を用いてEGFR遺伝子変異を同定した。19番目のエキソン (exon 19) におけるグルタミン酸746からアラニン750までのアミノ酸欠失 [del(E746-A750)] を30例、exon 21のL858R変異を27例に認め、残り107例は野生型であった。
PD-L1免疫組織化学染色 (IHC): 4 μm厚のパラフィン切片を用い、BenchMark XT (全自動スライド染色システム) にて染色を実施した。CC1 (Cell Conditioning 1: 細胞コンディショニング1) 液で30分間の熱処理による抗原賦活化を行った後、rabbit polyclonal抗ヒトPD-L1抗体と30分間インキュベートした。検出にはultraVIEW DAB (3,3’-diaminobenzidine: 3,3’-ジアミノベンジジン) 検出キットを用いた。染色強度 (0: 染色なし、1: 弱、2: 中、3: 強) と陽性腫瘍細胞の割合を掛け合わせ、0から300の範囲でH scoreを算出した。2名の病理医が盲検下で独立して評価し、その平均値を用いた。H scoreの中央値である30をカットオフ値として、高発現群と低発現群の2群に分類した。
細胞株を用いたin vitro解析: EGFR変異陽性株としてPC9、HCC827 (いずれもexon 19欠失)、H1975 (L858RおよびT790M二重変異) を使用し、EGFR野生型株としてA549、H1299、H157、H2122、H322、H460、LK2 (ヒト肺扁平上皮癌細胞株)、LK87 (ヒト肺腺癌細胞株)、H23、QG56 (ヒト肺扁平上皮癌細胞株)、1-87の11株を使用した。細胞表面のPD-L1発現は、ビオチン標識抗ヒトPD-L1抗体およびPE (phycoerythrin: フィコエリスリン) 標識ストレプトアビジンを用いて染色し、FACS (fluorescence-activated cell sorting: フローサイトメトリー) にて定量した。EGFR阻害薬erlotinib (100 nM、48時間) 処理後のPD-L1発現変化およびEGFRリン酸化 (pY1086) の変化を、それぞれフローサイトメトリーおよびウエスタンブロット法で解析した。
統計解析: PD-L1発現と臨床病理学的因子との相関はWilcoxon rank-sum検定および重回帰分析を用いた。生存期間の解析にはKaplan-Meier法およびlog-rank検定を用い、独立した予後因子の同定にはCox regression (コックス比例ハザード回帰分析) を用いた。細胞株の比較にはMann-Whitney U検定を用いた。