- 著者: Chen N, Fang W, Zhan J, Hong S, Tang Y, Kang S, Zhang Y, He X, Zhou T, Qin T, Huang Y, Yi X, Zhang L
- Corresponding author: Li Zhang, MD (State Key Laboratory of Oncology in South China, Department of Medical Oncology, Sun Yat-Sen University Cancer Center, Guangzhou, China); Xianping Yi, MD, PhD (Department of Pathology, The Fifth Affiliated Hospital of Sun Yat-Sen University, Zhuhai, China)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 25658629
背景
肺癌は世界的にがん関連死亡の主要原因であり、非小細胞肺癌 (NSCLC) はその約85%を占める。上皮成長因子受容体 (EGFR) はNSCLCの最も重要な癌遺伝子の一つであり、アジア人NSCLC患者の最大47.9%がEGFR変異を有すると報告されている。EGFR変異の2大サブタイプはexon 19欠失とexon 21 L858R変異であり、いずれも gefitinib や erlotinib などのEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) に対する感受性を付与する。しかし、大多数の患者は治療中にEGFR-TKIへの耐性を獲得し、耐性後の治療選択肢は限られていた。このため、新規かつより効果的なNSCLC治療法の開発が喫緊の課題であった。
当時、免疫療法が精力的に研究されており、プログラム細胞死1 (PD-1) とそのリガンドであるプログラム細胞死リガンド1 (PD-L1) 経路が最も有望な標的として注目されていた。PD-1とPD-L1の相互作用はT細胞の増殖と活性化を阻害し、最終的に腫瘍細胞の免疫逃避を招くことが知られている。複数の研究により、PD-1/PD-L1経路を阻害することで、Tリンパ球の作用を回復させ、内因性の抗腫瘍免疫を増強できることが示されていた (Pardoll et al. NatRevCancer 2012)。したがって、PD-1/PD-L1軸を操作することは、NSCLCの有望な治療選択肢となり得ると考えられていた。
先行研究では、EGFR変異状態がPD-L1発現と関連することが報告されていた (Akbay et al. CancerDiscov 2013; Azuma et al. AnnOncol 2014)。また、PD-L1陽性患者がEGFR-TKI治療でより高い奏効率と長い無増悪生存期間 (TTP) を示すことも報告されていた。しかし、EGFR活性化によるPD-L1発現調節の詳細な分子機序、特にどのシグナル伝達経路を介してPD-L1が上方制御されるのかは未解明のままであった。具体的には、ERK1/2経路とAKT経路のどちらが主要な役割を果たすのか、その詳細なメカニズムには知識のギャップが残されていた。さらに、EGFR変異NSCLC患者においてPD-1/PD-L1遮断療法が有効であるか、およびEGFR-TKIとの組み合わせが相乗効果をもたらすかどうかも重要な未解決の臨床的疑問として残されていた。これらの知識ギャップを埋めることが、EGFR変異NSCLCに対する最適な免疫標的療法の開発に不可欠であると考えられた。本研究は、これらの疑問に答えることを目的とした。
目的
本研究の目的は、EGFR活性化がどのシグナル経路(ERK1/2経路とAKT経路のどちらか)を介してPD-L1を上方制御するかを前臨床的に解明することである。また、EGFR-TKIおよびPD-1/PD-L1遮断がNSCLC細胞に対して免疫調節的効果を持つかどうかを評価する。さらに、EGFR-TKIと抗PD-1抗体の組み合わせが、共培養系において相乗的な腫瘍細胞殺傷効果を示すかどうかを検討することも目的とした。これらの検討を通じて、EGFR変異NSCLC患者におけるPD-L1発現の分子メカニズムを明らかにし、EGFR-TKI感受性および耐性NSCLCに対する新たな治療戦略の可能性を探ることを目指した。特に、EGFR-TKI治療後の患者血清におけるT細胞機能の指標であるIFNγレベルの変化を検証し、臨床的意義を評価することも重要な目的の一つであった。
結果
EGFR変異NSCLC細胞株におけるPD-L1の高発現: Western blotおよびqRT-PCR解析により、EGFR変異を有するNSCLC細胞株(PC-9、HCC827、H1975)では、EGFR野生型細胞株(A549、H1993)および不死化正常気管支上皮細胞株(Beas-2B)と比較して、PD-L1のタンパク質およびmRNA発現レベルが有意に高いことが示された (p<0.001)。特にH1975細胞では、細胞膜および細胞質に強いPD-L1シグナルが免疫蛍光染色で確認された (Fig. 1C)。フローサイトメトリーでも、A549とH1975におけるPD-L1の細胞表面発現の差異が明確に示された (Fig. 1D)。これらの結果は、EGFR変異状態がPD-L1発現と密接に関連していることを強く示唆する。
3種類のEGFR活性化モデルにおけるPD-L1誘導: 3つの異なるモデルを用いて、EGFR活性化とPD-L1誘導の関連性を検証した。(1) EGF刺激:Beas-2B細胞にEGFを0〜40 ng/mLの用量で投与すると、p-EGFRとPD-L1のタンパク質レベルが用量依存的に増加した (Fig. 2A)。EGF 40 ng/mL投与30分後からPD-L1の上昇が始まり、p-EGFRがベースラインレベルに回復した48時間後もPD-L1の上昇が維持された (Fig. 2B)。(2) EGFR exon 19欠失過剰発現:Beas-2B細胞にEGFR exon 19欠失変異体を異なるプロモーター活性で発現させると、p-EGFRの発現量に依存してPD-L1が用量依存的に誘導された (CAGプロモーター > Rosa26プロモーター) (Fig. 2C)。(3) L858R変異:ドキシサイクリン誘導によりBeas-2B-EGFR-L858R細胞でEGFR-L858R変異が発現すると、p-EGFRとPD-L1が時間依存的に増加した (3〜12時間で増加) (Fig. 2D)。これらのモデル全てにおいて、免疫蛍光染色およびフローサイトメトリーにより一貫したPD-L1誘導が確認された (Fig. 2E, F, G)。これらのデータは、EGFRの活性化が様々な様式でPD-L1発現を誘導することを明確に示している。
EGFR活性化はERK1/2/c-Jun経路を介してPD-L1を上方制御し、AKT経路は関与しない: EGFR活性化によるPD-L1上方制御の分子メカニズムを解明するため、下流のシグナル経路を解析した。Beas-2B-CAG-EGFR-19del細胞およびHCC827細胞を用いて、ERK1/2阻害薬 (SCH772984) がp-ERK1/2とp-c-Junを用量依存的に抑制し、それに伴いPD-L1発現も低下することを確認した (Fig. 4C, E)。ERK1/2阻害薬はHCC827細胞の生存率を78.95±2.17% (p<0.001) に、H1975細胞の生存率を82.28±3.29% (p<0.001) に低下させた。一方、AKT1/2/3阻害薬 (MK2206 2HCL) はp-AKTおよびp-S6を用量依存的に抑制したが、PD-L1発現には影響を及ぼさなかった (Fig. 4D, F)。これらの結果は、p-ERK1/2/p-c-Jun経路がEGFR活性化によるPD-L1上方制御において中心的な役割を果たすことを示している。
EGFR活性化依存的なPD-L1上昇がT細胞アポトーシスを誘導し、抗PD-1抗体で抑制可能: PD-L1過剰発現細胞 (Beas-2B-PD-L1) とPBMCの共培養系では、コントロールと比較してCD3陽性T細胞のアポトーシス率が有意に増加した (42.3±2.5% vs 7.2±1.4%、p<0.0001)。抗PD-1抗体処理によりアポトーシス率は12.1±1.3%に有意に低下した (p<0.0001) (Fig. 5C, D)。EGFR-19del高発現細胞 (Beas-2B-CAG-EGFR-19del) との共培養でも同様にT細胞アポトーシスが増加し (38.6±3.5% vs 13.2±1.1%、p=0.0004)、抗PD-1抗体処理で14.2±1.0% (p=0.0005) に低下した。Gefitinib処理 (PD-L1下方制御) でもアポトーシス率は19.8±2.4% (p=0.0027) に低下した (Fig. 5E, F)。これらの結果は、EGFR活性化依存的なPD-L1誘導がPD-L1/PD-1軸を介してT細胞アポトーシスを促進することを示している。
EGFR-TKIはT細胞アポトーシスを抑制しIFNγ産生を増強する;臨床患者でも確認: Gefitinib投与により、HCC827/PBMC共培養系でT細胞アポトーシス率は37.5±1.5%から17.1±1.6%に低下した (p<0.0001) (Fig. 6A, B)。H1975 (gefitinib耐性) ではgefitinibは効果を示さなかったが、CO-1686投与でアポトーシス率は32.6±1.3%から18.8±1.0%に低下した (p<0.0001) (Fig. 6C, D)。IFNγ産生はHCC827/PBMC系でgefitinib処理後に有意に増加し (Fig. 6E)、H1975/PBMC系ではCO-1686処理後に増加した (Fig. 6F)。さらに、EGFR変異NSCLC患者20例の血清IFNγレベルは、EGFR-TKI治療1ヶ月後に治療前と比較して有意に増加した (p=0.0167) (Fig. 6G)。これは、EGFR-TKIによるPD-L1下方制御を介した間接的な抗腫瘍免疫増強効果の臨床的証左である。
抗PD-1抗体はEGFR-TKI感受性・耐性NSCLC両者の生存率を低下させるが、EGFR-TKIとの相乗効果なし: 腫瘍細胞生存率 (CCK8アッセイ、PBMC共培養下) の結果、HCC827細胞ではgefitinibにより生存率が38.87±2.60%に低下した (Fig. 7A)。抗PD-1抗体単独では、HCC827細胞の生存率を67.90±2.39% (p<0.0001) に、H1975細胞の生存率を67.23±4.59% (p=0.0003) に低下させた (Fig. 7A, B)。しかし、EGFR-TKIと抗PD-1抗体の組み合わせでは、単剤と比較して相乗的な腫瘍細胞殺傷効果は確認されなかった (HCC827: gefitinib+抗PD-1抗体 vs gefitinib単独で差なし;H1975: CO-1686+抗PD-1抗体 vs CO-1686単独で差なし) (Fig. 7A, B)。
考察/結論
新規性: 本研究は、EGFR活性化がERK1/2/c-Jun経路(AKT/S6経路ではない)を介してPD-L1を上方制御し、T細胞の免疫抑制およびアポトーシスを通じた免疫逃避を促進することを初めて詳細に示した。EGFR活性化(EGF刺激、exon19欠失、L858R変異)という3種類の異なるモデルでこの関連を一貫して証明した点が本研究の強みである。これは、EGFR駆動型NSCLCにおけるPD-L1発現が、構成的な癌遺伝子経路活性化によって誘導される内在的なメカニズムであることを示唆する。先行研究では、EGFR変異がPD-L1発現と関連することが報告されていたが (Akbay et al. CancerDiscov 2013; Azuma et al. AnnOncol 2014)、本研究で初めて、その詳細な分子メカニズム、特にERK1/2/c-Jun経路の関与を明確に特定した点で新規性がある。
先行研究との違い: これまでの研究では、EGFR活性化がPD-L1発現を誘導する可能性が示唆されていたが、その具体的な下流シグナル経路は不明であった。本研究は、ERK1/2/c-Jun経路がPD-L1の上方制御において中心的な役割を果たすことを明確に示し、AKT経路が関与しないという点で、先行研究と異なり、より詳細な分子メカニズムを解明した。
臨床応用: 本研究の持つ重要な臨床的示唆として、EGFR-TKIがPD-L1を下方制御することで、EGFR阻害に加えて間接的な抗腫瘍免疫増強効果を持つ可能性が挙げられる。患者20例でのEGFR-TKI治療後の血清IFNγ増加の観察 (p=0.0167) は、この仮説の臨床的支持根拠となった。これは、EGFR変異NSCLC患者がEGFR-TKIの直接的な腫瘍殺傷効果だけでなく、免疫増強効果からも利益を得る可能性を示唆する。また、PD-L1高発現NSCLC患者がEGFR-TKI治療でより良好な奏効率を示すという当時の臨床データとも整合する。抗PD-1/PD-L1抗体は、EGFR-TKI感受性および特にEGFR-TKI耐性NSCLC患者にとって、新たな治療選択肢となり得る可能性を示す。
残された課題: EGFR-TKIと抗PD-1抗体の組み合わせに関して、本研究ではin vitro共培養系において相乗効果は観察されなかった。その理由として著者らは、EGFR活性化依存的な免疫逃避の主要メカニズムがPD-L1/PD-1軸を介するものであるため、EGFR-TKIと抗PD-1抗体が類似したが付加的ではない効果をもたらすと説明した。これは、EGFR-TKIがPD-L1発現を下方制御することで、PD-1/PD-L1経路の相互作用をすでに阻害しているため、抗PD-1抗体による追加的な阻害効果が限定的である可能性を示唆する。本研究の主要なlimitationとして、in vitro研究であること、健常人ドナー由来のPBMCが実際の腫瘍浸潤T細胞の機能を完全に反映しない可能性があること、および患者20例という小規模な血清サンプル解析が挙げられる。今後の検討課題として、in vivoモデルやより大規模な臨床コホートでの検証が残されている。特に、その後の臨床試験(TATTON: osimertinib+durvalumab、CAURAL: osimertinib+durvalumab)では、EGFR-TKIとPD-1/PD-L1阻害薬の組み合わせが重篤な間質性肺疾患 (ILD) を引き起こすことが確認されており、本前臨床研究の予測(相乗効果なし)とは異なる安全性懸念が明らかとなった。この臨床知見は、in vitroの共培養系と実際の生体内腫瘍免疫環境の複雑さの違いを示しており、臨床応用にはさらなる慎重な検討が必要であることを示している。
方法
使用細胞株:ヒトNSCLC細胞株としてA549 (EGFR野生型)、PC-9 (EGFR exon19欠失)、HCC827 (EGFR exon19欠失)、H1975 (EGFR L858R/T790M変異、gefitinib耐性)、H1993 (EGFR野生型)、および不死化ヒト肺気管支上皮細胞株Beas-2Bを使用した。EGFR変異の安定発現系として、CAGプロモーター駆動のBeas-2B-CAG-EGFR-19del (高発現)、Rosa26プロモーター駆動のBeas-2B-Rosa-EGFR-19del (低発現)、およびドキシサイクリン誘導型のBeas-2B-EGFR-L858Rを構築し、使用した。Beas-2B-CAG-EGFR-19del細胞株は、CAGプロモーターという強力なプロモーターを用いてEGFR exon 19欠失変異体の高発現を模倣している。一方、Beas-2B-Rosa-EGFR-19del細胞株はRosa26プロモーターという弱〜中程度のプロモーターを用いて低発現を模倣した。また、PD-L1を過剰発現させたBeas-2B-PD-L1細胞株も作製した。
評価手法:PD-L1のタンパク質発現はWestern blot (E1L3N™抗体)、mRNA発現は定量的リアルタイムPCR (qRT-PCR) で評価した。細胞内局在は免疫蛍光染色、細胞表面発現はフローサイトメトリーで解析した。シグナル経路の解析には、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (gefitinib、CO-1686)、ERK1/2阻害薬 (SCH772984)、AKT1/2/3阻害薬 (MK2206 2HCL) を使用した。CO-1686は当時開発中の第3世代EGFR-TKIであり、EGFR T790M変異に有効であると報告されていた (Walter et al. CancerDiscov 2013)。
免疫機能評価:健常人ドナー由来の末梢血単核球 (PBMC) をFicoll Paque密度勾配遠心法で分離し、NSCLC細胞との共培養系を構築した。CD3陽性T細胞のアポトーシスはAnnexin V-APC/7-AADアッセイでフローサイトメトリーにより評価した。Annexin V-APC (Allophycocyanin) と7-AAD (7-aminoactinomycin D) は、それぞれアポトーシス細胞と壊死細胞を検出するための蛍光色素である。IFNγ産生は培養上清のELISAで測定した。抗PD-1抗体 (SHR-1210、組換えヒト化抗体) との組み合わせ効果は、腫瘍細胞生存率 (CCK8アッセイ) で評価した。EGFR変異NSCLC患者20例 (Sun Yat-Sen University Cancer Centerで2014年4〜6月に登録) のEGFR-TKI治療前後 (1ヶ月後) の血清IFNγレベルをELISAで測定し、治療前後の比較には二側性Studentのt検定を用いた。すべての実験は3回繰り返して実施された。この臨床研究プロトコルはSun Yat-Sen University Cancer Centerの治験審査委員会によって承認され、ヘルシンキ宣言およびGCPに準拠して実施された。すべての患者から書面によるインフォームドコンセントが得られた。