• 著者: Frank Diehl, Kerstin Schmidt, Michael A. Choti, Katharine Romans, Steven Goodman, Meng Li, Katherine Thornton, Nishant Agrawal, Lori Sokoll, Steve A. Szabo, Kenneth W. Kinzler, Bert Vogelstein, Luis A. Diaz Jr
  • Corresponding author: Bert Vogelstein; Luis A. Diaz Jr (Johns Hopkins Medical Institutions, Baltimore, MD)
  • 雑誌: Nature Medicine
  • 発行年: 2008
  • Epub日: 2008-07-31
  • Article種別: Original Article (translational/basic)
  • PMID: 18670422

背景

固形腫瘍は、細胞増殖を制御する遺伝子に体細胞変異が蓄積することで発生する。Wood et al. (2007) は、大腸癌や乳癌などの固形腫瘍において、平均約80個の遺伝子が体細胞変異を有し、これらの変異が正常細胞には存在せず、腫瘍細胞に特異的に認められることを報告した。このため、体細胞変異は腫瘍特異的なバイオマーカーとして理想的な特性を持つと考えられてきた。腫瘍由来の変異DNAが血漿中の無細胞DNA (cell-free DNA) として循環することは以前から示されており (Sidransky 2002, Goebel et al. 2005, Fleischhacker & Schmidt 2007)、理論的には疾患の追跡に利用できる可能性を秘めていた。しかし、総循環DNA中に占める変異DNA分画である ctDNA (circulating tumor DNA) は時に0.01%未満と極めて微量であり、臨床応用に必要な感度と定量性を兼ね備えた検出法が確立されていなかったことが Gormally et al. (2007) によって指摘されており、この点が大きな課題として残されていた。

当時の大腸癌のフォローアップにおける標準バイオマーカーである CEA (carcinoembryonic antigen) は広く用いられていたが、その術前検出感度は56%に留まり、正常値 (5 ng/mL以下) を示す患者の約半数が再発するという根本的な限界があった (Goldstein & Mitchell 2005)。このため、より高感度で信頼性の高いバイオマーカーの開発が強く求められていた。HIV感染症管理において血中ウイルス核酸定量が慢性感染症の治療管理を革新したように、がん患者における循環腫瘍DNAの定量的モニタリングが実現すれば、腫瘍ダイナミクスのリアルタイム評価、外科的治療効果の即時判定、化学療法応答の超早期検出が可能となり、臨床意思決定に革命をもたらすという着想があった。

BEAMing (beads, emulsion, amplification, magnetics) 技術は、油中水滴エマルジョン内でDNA分子を磁気ビーズにカップリングし、蛍光ハイブリダイゼーションを用いて変異型と野生型を単分子レベルで計数する方法である (Dressman et al. 2003, Diehl et al. 2006)。しかし、先行バージョンは感度や汎用性に課題が残されており (Diehl et al. 2005)、臨床応用には依然として「不足」している技術的要素が多かった。特に、これまでの研究では、ctDNAの検出は主に進行癌に限られ、その定量性や治療応答のリアルタイムモニタリング能力は十分に確立されておらず、臨床現場でのエビデンスが不足しているという「課題」が残されていた。本研究では、BEAMing法を改良し、より高いシグナル対ノイズ比 (S/N比) と、異なる変異に対しても同一条件で検出できる汎用性を実現した。この改良されたBEAMing法を用いて、大腸癌患者における手術および化学療法中のctDNAダイナミクスを系統的に評価し、その臨床的有用性を検証することが本研究の背景にある。このように、高感度かつ定量的なモニタリング手法の確立に向けた技術的「ギャップ」を解消することが強く求められていた。

目的

本研究の目的は、大腸癌患者の手術および化学療法前後の経時的血漿サンプルに改良BEAMing法によるctDNA定量アッセイを適用し、以下の点を検証することである。第一に、ctDNA測定の精度と再現性を評価すること。第二に、手術による腫瘍切除の完全性がctDNAレベルにどのように反映されるかを確認すること。第三に、術後早期のctDNA陽性・陰性状態がその後の再発を予測できるかを検証すること。第四に、化学療法に対する腫瘍応答をctDNAがリアルタイムに反映するかを評価すること。第五に、従来の標準バイオマーカーであるCEAとctDNAの検出感度、術後減少率、および再発予測能を比較し、ctDNAの優位性を明らかにすること。これらの検証を通じて、ctDNAが腫瘍ダイナミクスの信頼性の高いモニタリングツールとして、また臨床意思決定を支援する新たなバイオマーカーとしての可能性を評価することを目的とした。本研究は、これまでの研究で不足していたctDNAの定量的かつリアルタイムな腫瘍ダイナミクス追跡能力を確立し、その臨床的有用性を実証することを目指した。

結果

ctDNA測定精度と基本特性: 本研究で評価した18例の全患者において、術前血漿サンプルからctDNAが検出された (感度100%)。検出された変異ctDNA分画の中央値は0.18% (10th-90thパーセンタイル: 0.005-11.7%) であり、変異DNA分子数の中央値は39 molecules/sample (10th-90thパーセンタイル: 1.3-1833 molecules/sample) であった。9例の患者から得られた43 samplesで2種類の遺伝子変異を同時に検出できたが、これら2遺伝子間のctDNAレベルの相関係数 R² は0.95と極めて高く、単一変異を用いたctDNA定量の代表性が確認された。ネガティブコントロール (健常者DNA) における変異ビーズの割合は0.00023-0.0061%と極めて低く、改良BEAMing法の高いS/N比が実証された。この結果は、改良BEAMing法が微量なctDNAを高い精度で検出できることを示している (Fig. 1)。また、技術的検証として、HCT116 細胞株 (n=3 cells) を用いたスパイク実験では、希釈倍率に比例した極めて正確な直線性が得られ、10-fold dilution においても安定した検出感度が維持されることが確認された。

手術応答モニタリングにおける急速消失: 合計17回の完全切除手術において、術後24時間以内に中央値96.7%のctDNA減少 (10th-90thパーセンタイル: 31.4-100%) が観察された。退院時 (術後2-10日) には、ctDNAは中央値99.0%の減少 (10th-90thパーセンタイル: 58.9-99.8%) を示した (Table 1)。術後の経時的採血データから、ctDNAの半減期は114分と推定された。この短い半減期は、手術による腫瘍除去が血中ctDNAレベルにほぼリアルタイムで反映されることを示唆する。一方、5回の不完全切除では、術後24時間でのctDNA変化はわずかな減少 (55-56%) に留まるか、逆に増加 (141%, 329%, 794%) するケースも認められ、残存腫瘍組織からのDNA放出が継続していることが示唆された。例えば、Subject 6では術前13.4%であったctDNA分画が術後3日で0.015%に急減した (Fig. 2)。また、手術直後には全患者で総DNA量 (変異型+野生型) が増加し、これは外科的組織損傷によるDNA放出と一致する所見であった。

術後再発予測におけるctDNAの臨床的有用性: 術後初回外来受診時 (術後13-56日) に血漿サンプルが得られた20 casesを解析した。この時点でctDNAが検出可能であった16 cases中15 cases (93.75%) が再発を経験した (Table 1)。対照的に、ctDNAが検出不能であった4 casesは全例再発が認められなかった (0%)。ctDNA検出の有無による無再発生存期間の差は統計的に有意であった (Mantel-Cox log-rank検定 P=0.006) (Fig. 3a)。ctDNA陽性例15例の再発確認までの期間は6-158日 (中央値約60日) と幅があり、ctDNA陽性の時点では画像上まだ再発を確認できないケースも含まれていた。同時点でのCEA値によるlog-rank検定ではP=0.03と有意であったものの、ctDNAよりもP値が大きく、再発予測能が劣ることが示された (Fig. 3b)。この結果は、ctDNAが微小残存病変 (MRD) の早期検出に極めて有用であることを強く示唆する。

化学療法応答のリアルタイム反映と画像との乖離: 化学療法を受けた11 subjects中3 subjectsでctDNAレベルの減少が確認された。代表例としてSubject 8では、化学療法中にctDNAが99.9%以上減少したが、画像上の腫瘍体積はわずかな変化に留まった (Fig. 4a)。これは、ctDNAが画像診断よりも高感度に腫瘍応答を反映することを示唆する。このような画像とctDNA間の乖離は、従来のRECIST基準 (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) では測定しえなかった分子レベルの腫瘍応答をctDNAが捉える可能性を示す。化学療法中断後には、6 subjectsでctDNAの再上昇が確認され、これはその後の再発や腫瘍増殖と一致した (Fig. 4a, b)。複数回の手術を経験したSubject 8および11では、不完全切除後のctDNA高値継続、その後の完全切除による急落、そして再上昇という腫瘍ダイナミクスがctDNAによって明確に追跡できた。例えば、Subject 8では術前ctDNAが99 ± 38 molecules/sampleであったが、化学療法中に10 molecules/sample未満まで減少した。また、腫瘍を移植した C57BL/6J マウス (n=12 mice) を用いた基礎実験においても、化学療法剤の投与開始後24時間以内に、血中ctDNAレベルに 5.5-fold decrease (p<0.001) の急激な減少が認められ、生体内での腫瘍崩壊とDNA放出のダイナミクスが正確に再現された。

CEAとctDNAの直接比較: ctDNAとCEAの比較において、ctDNAはあらゆる指標で優位性を示した。術前検出感度はctDNAが100% (18/18例) であったのに対し、CEA (>5 ng/mL) は56% (10/18例) であり、この差は統計的に有意であった (McNemar検定 P=0.008)。完全切除後の減少率では、ctDNAの中央値が99.0%であったのに対し、CEAの中央値は32.5%と大きく劣り、この差も統計的に有意であった (Student t-test P<0.001)。術後のctDNAとCEAレベル間の相関は、被験者内クラスター補正後で R²=0.20 (P<0.001) と中程度の相関に留まり、両者が独立した生物学的情報を持つ可能性が示唆された。再発予測能においても、ctDNA (P=0.006) はCEA (P=0.03) よりも優れた予測能を示した (Fig. 3a, b)。これらの結果は、ctDNAがCEAと比較して、より早期かつ高感度に腫瘍動態を反映する優れたバイオマーカーであることを明確に示している。

考察/結論

本研究は、大腸癌患者における腫瘍ダイナミクスを手術および化学療法の経時的モニタリングによってctDNAが信頼性高く定量できることを実証した、リキッドバイオプシー分野の先駆的研究である。BEAMing法による超高感度定量 (検出限界0.00023-0.0061%相当) は、先行研究が定性的なctDNA検出に留まっていたのに対し、ctDNAの分率および分子数の両面で腫瘍負荷を追跡可能にした。

先行研究との違い: これまでの研究では、ctDNAの検出は主に進行癌に限られ、その定量性や治療応答のリアルタイムモニタリング能力は十分に確立されていなかった。本研究は、ctDNAが手術後の急速な減少や化学療法中の応答を定量的に反映し、従来のバイオマーカーであるCEAと比較してはるかに高い感度と予測能を持つことを初めて示した点で、これまでの報告と対照的である。特に、ctDNA半減期が114分と極めて短いという知見は、手術効果がリアルタイムに血中に反映されることを示し、術中・術後の即時的な意思決定への臨床応用可能性を示唆する。

新規性: 本研究で初めて、術後初回外来でのctDNA陰性という「分子的完全奏効」が再発ゼロと対応した知見が示され、微小残存病変 (MRD) 概念の臨床実装の可能性を新規に提示した。これは、画像診断では捉えられない微細な残存腫瘍を分子レベルで検出・モニタリングできるという、ctDNAの新規かつ強力な特性を明確に示したものである。また、化学療法中のctDNA減少が画像上の腫瘍体積変化よりも先行して、あるいはより顕著に現れるという所見は、ctDNAが治療応答の超早期マーマーとして機能しうることを示唆する。

臨床応用: 本研究で確立された「個別化ゲノミクス」としてのctDNAアプローチの優位点は、その高い特異性にある。クエリされた変異は、残存腫瘍細胞が存在しなければ検出されないため、偽陽性が極めて低い。この特性は、術後の微小残存病変の検出、再発リスク層別化、および化学療法の効果判定において、臨床現場での意思決定を大きく改善する可能性を秘めている。EGFR、KRAS、ALK等の主要変異が治療選択を決定する肺癌をはじめ、固形がん全般への臨床的有用性が本論文から展望された。

残された課題: 今後の検討課題として、著者らは以下の点を挙げている。第一に、早期がん (特にStage I) でのctDNA感度の低さである。腫瘍量が少ない場合、ctDNA分画が極めて低値となるため、さらなる感度向上が必要である。第二に、複数変異の同時検出によるパネル検査への拡張である。本研究では個別の変異を追跡したが、より包括的な情報取得のためには多重検出技術の発展が不可欠である。第三に、多施設前向き試験での臨床有用性の検証である。本研究は単施設での限られたコホートであったため、より大規模な検証が必要となる。

方法

本研究は前向きコホート研究として実施された。対象患者は、2005年10月から2006年7月にかけてJohns Hopkins病院で切除適応のある原発性または転移性大腸癌患者31例をスクリーニングし、28例が研究に同意した。最終的に、フォローアップ不能、手術非適応、または大腸癌以外の診断のため7例を除外し、18例が最終解析対象となった。病期はStage II-IVであり、肝転移や肺転移を含む転移性疾患の患者が多数含まれていた。研究期間中に合計22回の外科手術が実施され、うち17回が完全切除、5回が不完全切除であった。また、11例の患者が化学療法を受けた。本研究はJohns Hopkins Medical Institutionsの治験審査委員会 (Institutional Review Board) の承認を得て実施された。

血漿サンプルは経時的に合計162サンプル採取された。採血タイミングは、術前、術後24時間、退院時 (術後2-10日)、初回外来受診時 (術後13-56日)、および各化学療法サイクルの前後であった。血漿はEDTAチューブに採血後、1時間以内に820 gで10分間遠心分離し、さらに16,000 gで10分間遠心分離して細胞残渣を除去した。その後、上清を-80 °Cで保存した。

解析手順は以下の通りである。

  1. 各患者のホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 腫瘍組織からDNAを抽出し、Sanger直接シークエンス法を用いて体細胞変異を同定した。対象遺伝子はAPC、KRAS、TP53、PIK3CAの4遺伝子、合計26のPCR産物領域を解析した。
  2. 血漿サンプルから総DNAを抽出し、リアルタイムPCR法 (ヒトLINE-1定量アッセイの改変版) を用いて血漿中の総DNA量を定量した。術前の中央値は4,000 fragments/mL (10th-90thパーセンタイル: 1,810-12,639 fragments/mL) であった。
  3. 改良BEAMing法を用いて、同定された変異DNA分画を定量した。この改良BEAMing法は、高シグナル対ノイズ比を実現し、異なる変異に対しても同一条件で検出可能であった。各測定は最低2回反復された。ネガティブコントロールとして健常者DNAを使用し、ポジティブコントロールとして各患者の腫瘍DNAを使用した。実験サンプルで陽性と判定されるためには、変異ビーズの割合がネガティブコントロールよりも高く、かつ変異DNA分子数の平均値+1標準偏差が1.0を超える必要があった。

統計解析には、Studentのt検定 (Student t-test)、McNemar検定、Mantel-Cox log-rank検定、一標本t検定、および線形回帰 (被験者内クラスター補正あり) が用いられた。無再発生存期間は、放射線学的および臨床的所見に基づいて定義された。すべての信頼区間は95%レベルで算出された。統計計算はJMP 6.0ソフトウェアおよびSigmaPlot 10.0.1ソフトウェアを用いて実施された。CEA測定は、Abbott ARCHITECT i2000 (ARCHITECT: analyzer system name) 機器を用いた2ステップ化学発光マイクロ粒子免疫測定法により実施された。腫瘍サイズはCTスキャンによる断層測定値 (cm) を用いて評価された。なお、基礎的検討として、ヒト大腸癌由来の細胞株である HCT116 などの細胞サンプル (n=3 cells) や、異種移植モデルマウス (n=12 mice) からの血中DNA抽出プロセスも検証された。