• 著者: Minoru Inoue, Ryota Nakashima, Masahiro Enomoto, Yuhki Koike, Xiao Zhao, Kenneth Yip, Shao Hui Huang, John N. Waldron, Mitsuhiko Ikura, Fei-Fei Liu, Scott V. Bratman
  • Corresponding author: Scott V. Bratman (Princess Margaret Cancer Centre and Department of Radiation Oncology, University of Toronto, Toronto, ON, Canada; scott.bratman@rmp.uhn.ca)
  • 雑誌: Nature Communications
  • 発行年: 2018
  • Epub日: 2018-12-05
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 30504805

背景

好中球細胞外トラップ (NETs) は、病原体を捕捉し、その全身への拡散を防ぐために好中球が放出するDNA含有の網状構造物である Brinkmann et al. Science 2004。近年、前臨床癌モデルにおいて、NETsが循環腫瘍細胞 (CTCs) の定着を促進することで転移開始の病理学的メカニズムとなるというエビデンスが蓄積されている Cools-Lartigue et al. JClinInvest 2013、Tohme et al、Park et al. SciTranslMed 2016。しかし、これらのモデルは、リポ多糖 (LPS) 注入や肝動脈・門脈のクランプ、盲腸結紮など、大規模な全身性炎症を伴う外因性の刺激に依存しており、癌患者が大規模な全身性炎症を伴わない生理的条件下でNETosisを経験するかどうか、またその生理的トリガーが何であるかは依然として未解明であった。このような大規模な炎症を伴わない生理的条件下でのNETosisの誘導メカニズムは、これまで十分に解明されていなかった点が知識のギャップとして残されていた。

好中球内での活性酸素種 (ROS) の蓄積は、NETosis開始の重要なプロセスであり Fuchs et al. JCellBiol 2007、フリーチオール含有抗酸化剤によるこのプロセスの阻害はNETosisを予防することが報告されている。内因性抗酸化物質の中で、アルブミンは血漿チオールプールの大部分を占め、血漿レドックス状態を決定する主要な因子である。アルブミン中のフリーチオール基とROSの相互作用により、ROSを代謝する代わりに酸化アルブミンが生成される。様々な慢性疾患の進行において酸化アルブミンの蓄積が関連しているが、癌の病態生理におけるアルブミン酸化の役割はこれまで知られていなかった。この点においても、癌におけるアルブミン酸化の具体的な役割は未開拓であった。

癌患者は低アルブミン血症とアルブミン酸化(Cys34残基のHNE/S-グルタチオン化修飾)の進行という臨床生化学的特徴を有し、血漿レドックスバランスが不均衡に傾くことが知られている。また、肺は多数の毛細血管床を有し、好中球が捕捉されやすい解剖学的特徴から、肺優位なNET沈着が予測される。しかし、血漿レドックス状態、NETosis、および肺転移の間の因果関係は確立されていなかった。本研究は、大規模な全身性炎症を伴わない生理的条件下でNETosisを誘発する内因性かつ生理的な制御因子を特定し、癌転移におけるその役割を解明することで、この知識のギャップを埋めることを目的とした。特に、癌患者における生理的なNETosisのトリガーと、それが特定の臓器への転移にどのように影響するかという点が不足していた。

目的

本研究の目的は、(1) アルブミン酸化による血漿レドックス不均衡が炎症非依存的にNETosisを誘発するメカニズムを解明すること、(2) 生理的条件下でNETsが肺に優位に沈着することを証明すること、(3) このNETsが4T1乳癌およびCAL-33頭頸部扁平上皮癌 (HNSCC) の肺転移を促進する機能的役割を検証すること、(4) 2光子顕微鏡を用いて肺微小血管内でのNETと循環腫瘍細胞 (CTC) の相互作用を直接可視化すること、(5) 頭頸部癌 (HNSCC) 患者コホート (n=22) において、治療中の血漿フリーチオール値および非酸化アルブミン値と肺転移発症との関連性を臨床的に検証すること、であった。これらの目的を達成することで、血漿レドックスバランスがNETosisおよび肺癌転移の内因性かつ生理的制御因子であることを確立し、血漿レドックス不均衡を腫瘍学における新たな治療標的および診断バイオマーカーとして確立することを目指した。特に、癌患者における炎症非依存的なNETosisの生理的トリガーを特定し、その転移における臓器特異的な役割を解明することが主要な目的である。

結果

Alb⁻/⁻マウスにおける血漿フリーチオールの大幅な低下と自発的NETosisの亢進: アルブミン遺伝子欠損マウス (Alb⁻/⁻マウス) は、野生型 (WT) C57BL/6Jマウスと比較して血漿フリーチオール濃度が約90%低下していることがDTNBアッセイにより示された (Fig. 2a)。このフリーチオール濃度の低下は、循環中のMPO-DNAおよびCit-H3レベルの3-5倍の上昇と相関し、肺組織の免疫蛍光染色 (NE、Cit-H3、DNAの三重染色) においても自発的なNETosisの亢進が確認された。また、血漿中のタンパク質カルボニルも上昇しており、血漿レドックスバランスが全身性NETosisの生理的制御因子であることが遺伝学的に証明された。これは、in vivoにおける「生理的条件下でのNETosis」の主要な原因として、アルブミンのフリーチオールが抗酸化リザーバー機能を果たすことを確立するものである。Alb⁻/⁻マウス (n=6 mice) の血漿では、Cit-H3と結合した細胞外DNAがWTマウスと比較して有意に増加していた (p<0.05)。

IAA誘導酸化によるレドックス不均衡とNETosis: WTマウスにヨードアセトアミド (IAA) 30 mg/kgを腹腔内投与することで、アルブミンCys34残基のアルキル化を強制的に誘導した。これにより、血漿フリーチオール濃度が約80%減少し、循環NETsマーカーが約4倍上昇した (Fig. 2f, g)。この結果は、Alb⁻/⁻マウスと同様のNETosis亢進が薬理学的に再現され、レドックス不均衡がNETosisの直接的な原因であることを示唆した。FPLC分析により、IAA投与マウス (n=3 mice) の血漿では還元型アルブミンが減少し、酸化型アルブミンが増加していることが示され、アルブミン酸化がNETosisを誘発するメカニズムであることが確認された (Fig. 2b, c)。対照的に、LPS注入による全身性炎症では、CRPやSAPといった炎症マーカーは上昇したが、アルブミンの酸化シフトは観察されなかった (Fig. 2c, d)。IAA投与群では、対照群と比較してCit-H3レベルが有意に高かった (p<0.05)。

細胞内ROS蓄積を介したNETosisメカニズム: In vitro実験において、酸化アルブミンで処理されたヒト好中球 (n=3 replicates) は、細胞内ROS (DCFDA) が約4倍蓄積することが示された (Fig. 1f, g)。N-アセチルシステイン (NAC) による抗酸化前処理は、ROS蓄積とNETosisの両方を抑制した。酸化アルブミン自体は好中球に取り込まれず、血漿中のチオールシンクの喪失が細胞内ROSの解毒不全を引き起こし、NAD(P)Hオキシダーゼ依存的なNETosisを誘発することが示唆された。酸化アルブミン処理群では、細胞内ROSレベルが未処理群と比較して有意に上昇した (p<0.05)。

肺優位なNET沈着の2光子生体イメージング: Alb⁻/⁻マウス (n=3 mice) の肺を2光子顕微鏡で観察したところ、肺微小血管床 (毛細血管径5-10 μm) においてLy6G⁺好中球が捕捉され、SYTOX Green陽性NETs線維が沈着している様子がリアルタイムで可視化された (Fig. 3a)。肝臓や脾臓ではNETs沈着は限定的であった。この肺優位なNETs沈着は、肺血流の遅い通過時間と肺に常在する好中球プール (マージナルプール) が解剖学的な基盤となっている可能性が示唆された。DNase I、Cl-amidine、またはアルブミンを投与したマウスでは、これらのNETs様構造は観察されなかった (Fig. 3b)。IAA投与マウスの肺組織では、Cit-H3と結合したDNAが有意に検出された (p<0.05)。

4T1およびCAL-33細胞による肺転移促進効果: IAA投与によりレドックス不均衡を誘導したマウス (n=9 mice) にGFP標識4T1乳癌細胞を尾静脈注入したところ、肺転移病変数がWTマウスの3-5倍に増加した (Fig. 4h, i)。同様に、CAL-33 HNSCC細胞の肺転移も増加した。2光子顕微鏡により、GFP標識CTCがNETs線維に物理的に捕捉されている様子が直接観察された (Fig. 4b, c)。DNase I、Cl-amidine、sivelestatの3剤いずれの治療介入でも、肺転移が70-80%減少したことから、NETs依存的な転移の因果関係が薬理学的に検証された (Fig. 4d, e, h, i)。興味深いことに、仙骨骨転移も観察されたが、NETs誘導は骨転移には影響を与えなかった (Supplementary Figure 11b, c)。IAA投与群では、対照群と比較して肺転移コロニー数が有意に増加した (p<0.05)。

HNSCC患者コホート (n=22) における臨床的検証: Princess Margaret Cancer CentreのHNSCC患者コホート (n=22の肺転移発症群とn=22の肺転移なし対照群) の解析では、肺転移発症群の治療中期の血漿フリーチオール値が肺転移なし群と比較して有意に約30%低値であった (p=0.001) (Fig. 5a)。同様に、非酸化アルブミン濃度も有意に低値であった (p=0.011) (Fig. 5b)。Cox比例ハザードモデルを用いた解析では、治療中期のフリーチオール低値が肺転移発症のハザード比 (HR) 5.3 (95% CI 1.1-26.7, p=0.023) と、非酸化アルブミン低値がHR 9.8 (95% CI 1.2-80.0, p=0.009) と有意に相関することが示された (Fig. 5d, e)。従来の炎症マーカーであるLDHやCRPは有意な関連を示さず、血漿レドックス状態が独立した肺転移予測因子であることが確立された (Fig. 5g)。さらに、非酸化アルブミン低値の患者群では、NETsレベルの有意な増加が観察された (p=0.008) (Fig. 5f)。

考察/結論

本研究は、アルブミン酸化に起因する血漿レドックス不均衡が、大規模な炎症を伴わない生理的条件下でNETosisを誘発し、主に肺における癌転移を促進するという、これまで未解明であった癌転移カスケードを定義した点で、転移生物学における画期的な成果である。従来のNETsと癌転移に関する研究は、炎症や感染性刺激に依存していたが、本研究は癌患者において生理的に生じるNETosisのメカニズムを初めて分子レベルで説明した。

先行研究との違い: これまでのNETsと癌転移に関する研究は、LPS注入や外科的ストレスといった大規模な炎症性刺激を前提としていた。本研究は、これらの外因性刺激とは異なり、アルブミン酸化という内因性かつ生理的なメカニズムがNETosisを誘発し、癌転移を促進することを示した点で新規性が高い。特に、血漿レドックスバランスがNETosisの生理的制御因子であるという概念は、これまで報告されていない。

新規性: 本研究で初めて、血漿中のアルブミン由来フリーチオールがレドックスバランス維持の主要な抗酸化リザーバーとして機能し、その酸化が好中球内のROS蓄積を介してNETosisをトリガーすることを明らかにした。さらに、NETsが主に肺で検出され、循環腫瘍細胞の定着に寄与することで肺転移を引き起こすという、肺転移の臓器特異性を説明する新たなメカニズムを提示した。2光子顕微鏡による肺微小血管内でのNET-CTC相互作用の直接可視化も、本研究の重要な新規所見である。

臨床応用: 本知見は、癌患者の肺転移リスク層別化および新たな治療戦略の開発に直結する臨床的含意を持つ。頭頸部癌患者コホート (n=22) における血漿フリーチオール低値 (HR 5.3, 95% CI 1.1-26.7) および非酸化アルブミン低値 (HR 9.8, 95% CI 1.2-80.0) が肺転移発症と有意に相関するという臨床的検証結果は、血漿レドックス状態が肺転移の独立した予測バイオマーカーとなり得ることを示唆する。これにより、(i) 血漿フリーチオールを指標とした肺転移リスク層別化、(ii) 静脈アルブミン補充療法やN-アセチルシステイン (NAC) などの経口抗酸化療法による肺転移予防、(iii) DNase IやPAD4阻害薬 (Cl-amidine) といったNETs標的療法の開発 rationale が提供される。これらのアプローチは、癌サポーティブケアや精密栄養学の新たな標準となる可能性を秘めている。

残された課題: 今後の検討課題として、(i) HNSCCコホートのサンプルサイズが比較的小さく、単一施設での研究であるため、多施設・大規模コホートでの検証が必要であること、(ii) 血漿フリーチオール測定法の臨床検査室での標準化が未確立であること、(iii) Alb⁻/⁻マウスモデルが重度の低アルブミン血症や浮腫を伴うため、アルブミン特異的な効果か他の要因によるものかのさらなる検証が必要であること、(iv) 肺以外の臓器特異的転移(肝臓、骨、脳など)へのアルブミン酸化の影響が未検証であること、(v) アルブミン補充療法の癌における最適な投与量やタイミングの確立、(vi) 頭頸部癌以外の腫瘍タイプへの知見の直接的な外挿には独立した検証が必要であること、(vii) 2光子生体顕微鏡による観察が短期的なものであり、長期的な微小転移形成ダイナミクスが未評価であること、などが挙げられる。これらの限界を克服し、NETsを標的とした治療法の臨床応用を進めるためには、さらなる研究が必要である。

方法

動物モデル: アルブミン遺伝子欠損マウス (Alb⁻/⁻マウス)、およびヨードアセトアミド (IAA) 投与によるアルブミンフリーチオール強制酸化モデル (Alb wt/wtマウスにIAA 30 mg/kgを腹腔内投与) を用いた。また、CAL-33頭頸部扁平上皮癌 (HNSCC) 細胞または4T1乳癌細胞の尾静脈注入による肺転移モデル、さらに4T1乳癌細胞の乳腺脂肪パッドへの移植による自然肺転移モデルを確立した。使用したマウス系統はC57BL/6J、NOD scid gamma (NSG)、およびBALB/cByJマウスである。

血漿レドックス状態の測定: 血漿フリーチオール濃度は5,5’-dithiobis-(2-nitrobenzoic acid) (DTNB) アッセイを用いて測定した。アルブミンCys34残基の酸化状態は高速液体クロマトグラフィー (FPLC) により分析し、還元型および酸化型アルブミンのピーク強度比を評価した。また、血漿中のカルボニル基 (タンパク質カルボニル) 濃度も測定した。還元型グルタチオンと酸化型グルタチオンの定量にはGSH/GSSG-Glo Kitを用いた。

NETosisの検出: 血漿中のNETsマーカーとして、ミエロペルオキシダーゼ-DNA複合体 (MPO-DNA) およびシトルリン化ヒストンH3 (Cit-H3) のELISAを用いた。肺組織におけるNETs沈着は、免疫蛍光染色 (好中球エラスターゼ (NE)、Cit-H3、DAPIの三重染色) および2光子生体肺顕微鏡 (麻酔下マウスの肺微小血管床におけるLy6G-PE陽性好中球とSYTOX Green陽性NETs線維のリアルタイム可視化) により評価した。培養細胞のNETs形成はHoechst 33342とSytoxOrange染色により可視化した。

循環腫瘍細胞 (CTC) の捕捉: GFP標識4T1細胞またはmCherry標識CAL-33細胞を尾静脈注入後、2光子顕微鏡を用いて肺微小血管内でのNETとCTCの物理的接触を直接観察し、定量化した。肺転移の成長は、CAL-33-luciferase細胞を用いた生物発光イメージングによって経時的にモニタリングした。

In vitroアッセイ: ヒト末梢血好中球を単離し、酸化アルブミン (次亜塩素酸処理またはIAA処理) で刺激した。細胞内ROSレベルはCM-H₂DCFDAを用いて定量し、NETosisはSYTOX Green染色により評価した。N-アセチルシステイン (NAC) などの抗酸化剤やNAD(P)Hオキシダーゼ阻害剤 (DPI) の効果も検証した。好中球の単離にはPolymorphprepを用いた。

治療介入: NETs形成を阻害する薬剤として、DNase I (10 mg/kg 静脈内投与、日次)、ペプチジルアルギニンデイミナーゼ4 (PAD4) 阻害薬であるCl-amidine (50 mg/kg 腹腔内投与、隔日)、および好中球エラスターゼ (NE) 阻害薬であるsivelestat (50 mg/kg 腹腔内投与) を用いて、NETs依存的な肺転移促進効果の因果関係を検証した。

臨床コホート研究: Princess Margaret Cancer Centreの頭頸部扁平上皮癌 (HNSCC) 患者コホート (n=22の肺転移発症群とn=22の肺転移なし対照群、年齢、性別、臨床病期、治療法でマッチング) から、治療前および治療中期の血漿サンプルを収集した。血漿フリーチオール濃度、アルブミン濃度、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ (AST)、C反応性タンパク質 (CRP) を測定し、肺転移発症に対するハザード比 (HR) を算出した。統計解析にはStudent’s t-test、Dunnett’s test、repeated-measures ANOVA、Pearson相関係数、Kaplan-Meier法、log-rank test、Cox proportional hazardsモデルを用いた。