EGFR T790M 耐性
定義と現象
T790M (Thr790Met) は EGFR exon 20 の gatekeeper 残基変異で、1st/2nd 世代 EGFR-TKI (gefitinib, erlotinib, afatinib) に獲得耐性を示す EGFR-mutant NSCLC の 約 50–60% に出現する代表的耐性変異。最初の症例報告 (Kobayashi et al. NEnglJMed 2005) 以降、TKI 治療圧下での selective expansion という疾患モデルが確立し、T790M が獲得耐性検体の約 60% を占めること、MET 増幅 (約 5%) や SCLC transformation (約 5%) を含む多様な並存機序が共存することが示された (Yu et al. ClinCancerRes 2013)。L858R に伴う germline 感受性として T790M を生殖細胞系列に持つ家族性肺癌例も知られ (Bell et al. NatGenet 2005)、本変異は獲得・新生両面で EGFR-mutant 肺癌の中心 paradigm となった。1L osimertinib が標準となった現代では、osimertinib 1L 後の獲得耐性 spectrum — C797S (~6%, 1L ctDNA 解析)、MET 増幅 (>15%)、lineage plasticity (SCLC transformation 3–10%)、RTK fusions — が中心課題となっており (Zhao et al. NatRevClinOncol 2026)、特に TP53+RB1 double 機能喪失が SCLC transformation リスクを RR 42.8 (95% CI 5.88–311) まで高めることが示され、再生検時の組織型確認の重要性が強調されている。
メカニズム
T790M は ATP 結合ポケットの gatekeeper 位 Thr790 がメチオニンに置換することで① 野生型 EGFR と同等の ATP 親和性を復元して L858R/del19 の活性化変異が ATP 競合阻害剤に与える感受性を打ち消し、② 1st/2nd 世代 reversible TKI の結合ポケットへ立体障害を生じさせ、③ kinase 活性を維持する、という三重効果を生じる (Yun et al. CancerCell 2007)。3rd 世代 EGFR-TKI (osimertinib, lazertinib) は EGFR Cys797 への共有結合により mutant-selective irreversible inhibition を達成し、AURA3 で T790M+ PFS HR 0.30 を示して 2L 標準となった (Mok et al. NEnglJMed 2017)。
3rd 世代 TKI 特異的耐性として C797S (Cys797 共有結合サイト変異) が 2L 治療後コホートで約 22% に同定されたが、1L osimertinib の FLAURA ctDNA 解析では約 6% と低頻度であり、設定によって頻度が大きく異なる (Zhao et al. NatRevClinOncol 2026)。C797S が T790M と同一 allele (cis) にある場合は全 EGFR-TKI に耐性となるが、trans 配置では 1st+3rd 世代 TKI 併用が理論上有効であり (Wang et al. JThoracOncol 2017)、4th 世代 EGFR-TKI (BLU-945, BBT-176) 開発の基盤となっている。MET 増幅は 1L osimertinib 耐性では >15% と最多の off-target 機序であり、RTK fusions (ALK, RET) も後方コホートで確認されている (Zhao et al. NatRevClinOncol 2026)。
薬剤残存細胞 (DTP: drug-tolerant persister) は osimertinib 添加下で CD74 上昇・AURKA/TPX2 高発現・AXL を介する EMT 様 phenotype を呈し、epigenetic 機序でバルク耐性集団へ進化しうることが実証された (Hata et al. NatMed 2016)。SCLC を含む lineage plasticity は EGFR-mutant NSCLC の 3–10% で生じ、TP53+RB1 の double 機能喪失が高リスク前提条件となることが多い (Zhao et al. NatRevClinOncol 2026)。
治療戦略 / 臨床的意義
T790M+ 2L: osimertinib が標準 — AURA3 (PFS HR 0.30, ORR 71% vs 31%, CNS 転移サブグループ HR 0.32) に基づき確立 (Mok et al. NEnglJMed 2017)。T790M+ 2L での osimertinib + bevacizumab 上乗せは WJOG 8715L (n=81, ランダム化 phase II) で PFS 9.4 vs 13.5 か月 (HR 1.44, p=0.20) と有意差なく、Grade ≥3 AE が combo で高率 (68.3% vs 40.0%) であり推奨されない (Akamatsu et al. JAMAOncol 2021)。
1L 治療の進化: FLAURA2 と MARIPOSA — FLAURA で OS 38.6 vs 31.8 か月が示され (Ramalingam et al. NEnglJMed 2020)、1L 標準となった osimertinib は FLAURA2 (osimertinib + プラチナ + pemetrexed) で PFS 29.4 vs 19.9 か月 (HR 0.62) に加え OS 47.5 vs 36.7 か月 (HR 0.77) を達成した (Zhao et al. NatRevClinOncol 2026)。MARIPOSA (amivantamab + lazertinib vs osimertinib) では PFS 23.7 vs 16.6 か月 (HR 0.70)・OS HR 0.75 を示し、EGFR × MET 二重標的が 1L 戦略として確立しつつある (Zhao et al. NatRevClinOncol 2026)。
MET 増幅耐性への標的治療 — SACHI 試験 (MET 増幅 osimertinib 耐性) で savolitinib + osimertinib vs 化学療法の PFS HR 0.32 (95% CI 0.18–0.57) が示され (Zhao et al. NatRevClinOncol 2026)、MET 阻害+EGFR-TKI 継続が標準化しつつある。実臨床での vebreltinib + EGFR-TKI (n=49) でも ORR 46.9%、PFS 8.5 か月、OS 16.0 か月を達成し、脳転移例での頭蓋内 ORR 69.6% (n=23)・頭蓋内 PFS 9.72 か月と良好な CNS 効果が確認された (Wang et al. LungCancer 2026)。MET IHC 3+ は OS 予後予測因子 (OS NR vs 14.7 か月, HR 0.12, p=0.024) として同定されている。
Post-osimertinib pan-resistance: ADC の台頭 — HER3 は EGFR-mutant NSCLC で ubiquitous に発現し、耐性機序を問わず治療標的となる。HERTHENA-Lung01 第 II 相 (n=225、post-osimertinib 92.9%) で HER3-DXd (patritumab deruxtecan) 5.6 mg/kg q3w は confirmed ORR 29.8%、PFS 5.5 か月、OS 11.9 か月、未照射脳転移例での CNS ORR 33.3% (n=30) を達成し、EGFR 依存・非依存・不明全ての耐性機序で有効であった (Yu et al. JClinOncol 2023)。HER3 H-score は予測バイオマーカーとならず (H-score 0 でも奏効)、pan-resistance ADC として位置づけられる。Dato-DXd (TROPION-Lung01) も ORR 43%、PFS 5.8 か月、OS 15.6 か月を示し (Zhao et al. NatRevClinOncol 2026)、ADC が post-osimertinib の標準選択肢となりつつある。
T790M 検出戦略 — ctDNA panel (cobas EGFR, Guardant360, Foundation Liquid CDx) は組織再生検の代替として広く採用され、plasma-based T790M+ 例での osimertinib 効果は組織陽性例と同等である (Oxnard et al. JClinOncol 2016)。dynamic plasma ddPCR は progression に先行して T790M emergence を検出可能であり、治療切替の早期判断に活用される。
Open Questions
- 1L 後の最適治療シークエンス: FLAURA2 (OS 47.5 か月) と MARIPOSA (OS HR 0.75) が異なる 1L 標準を確立した結果、各レジメン後の 2L 以降のアルゴリズム — FLAURA2 後の MET/C797S 耐性対応、MARIPOSA 後の osimertinib 単独耐性への対応策 — の最適化が未解決 (Zhao et al. NatRevClinOncol 2026)。
- MET 増幅の定量的バイオマーカー: Vebreltinib 実臨床で MET IHC 3+ が OS 予後因子 (HR 0.12) と同定されたが (Wang et al. LungCancer 2026)、MET FISH コピー数・IHC・ctDNA 増幅の各モダリティで最適カットオフと予測性の prospective 比較が必要。
- Compound mutations (C797S) の管理: cis 配置への 4th 世代 EGFR-TKI (BLU-945, BBT-176, JIN-A02) の臨床開発、trans 配置への 1st+3rd 世代併用の prospective 検証、および C797S の 1L osimertinib 後低頻度 (~6%) を踏まえた実臨床的 relevance の再評価。
- Lineage plasticity と SCLC transformation の予防・治療: TP53+RB1 double KO 例 (RR 42.8) への予防的 re-biopsy プロトコルと早期 SCLC 転換検出戦略、転換後の EGFR-TKI 継続 vs etoposide+platinum 切替の最適化。
- Pan-resistance ADC のシークエンスと biomarker: HER3-DXd と Dato-DXd は耐性機序を問わず有効だが (Yu et al. JClinOncol 2023)、両 ADC 間のシークエンス根拠、ILD リスク (HER3-DXd 5.3%) の早期検出・管理、biomarker 非依存的有効性の分子基盤の解明が課題。
- DTP・lineage plasticity 標的化: CD74-BCL-XL 軸、AURKA 阻害 (alisertib + osimertinib)、Aurora B 阻害 (Tanaka et al. CancerCell 2021) など DTP 形成抑制薬と osimertinib の早期併用の臨床検証。
- T790M paradigm の他 driver への拡張: ALK G1202R、ROS1 G2032R、RET gatekeeper など cognate gatekeeper 変異の管理が T790M paradigm に直接由来し、lorlatinib・repotrectinib・selpercatinib のデザイン哲学への cross-driver 知見の体系化が進行中。
関連エンティティ・概念
- エンティティ: EGFR / EGFR-TKI / FLAURA
- 関連概念 (Phase D 拡張候補) : EGFR C797S resistance / MET amplification bypass / lineage plasticity
- ドメイン: lung-cancer-biology / lung-cancer-treatment