- 著者: Binkley MS, Jeon YJ, Nesselbush M, Moding EJ, Nabet BY, Almanza D, Kunder C, Stehr H, Yoo CH, Rhee S, Maxim PG, Diehn M, Alizadeh AA
- Corresponding author: Maximilian Diehn (Stanford University, Stanford, CA)
- 雑誌: Cancer Discovery
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-09-22
- Article種別: Research Brief
- PMID: 33071215
背景
限局性非小細胞肺癌(NSCLC)は肺癌全体の40%以上を占め、根治的治療の対象となる重要な疾患である。治療選択肢としては、手術、化学放射線療法(CRT)、定位体幹部放射線治療(SABR)などがある。特に、ステージIII NSCLCに対してはCRTが標準治療として確立されており、早期NSCLCに対してはSABRが高い局所制御率(約90%)を示すことが報告されている (Senthi et al. Lancet Oncol 2012)。しかし、CRTを受けた患者の約30%が局所再発(LR)を経験し、これは全生存期間(OS)の悪化に直結する深刻な問題である (Machtay et al. J Thorac Oncol 2012, Bradley et al. LancetOncol 2015)。これまで、腫瘍量のみがLRと一貫して関連する唯一の因子として認識されており、治療の個別化に資する分子レベルでの予測因子は未確立であった。この知識の不足が、放射線治療後のLRリスクが高い患者を特定し、治療を最適化する上での大きなギャップとなっていた。
KEAP1/NFE2L2経路の変異はNSCLC患者の約20%に認められ (TCGA et al. Nature 2012, Cancer et al. Nature 2014)、NFE2L2(NRF2)の構成的活性化を引き起こすことが知られている。NFE2L2は、活性酸素種(ROS)の解毒に関わるグルタチオン合成経路やペントースリン酸経路の遺伝子群を転写活性化する主要な転写因子である。この経路の活性化は、放射線によって誘導されるDNA損傷に対する抵抗性を生じさせる可能性が理論的に示唆されてきた。先行研究では、in vitroおよびin vivoモデルにおいて、KEAP1/NFE2L2経路の活性化が放射線抵抗性を促進することが示されている (Jeong et al. Cancer Discov 2017)。また、同グループは以前の予備的コホートでKEAP1/NFE2L2変異とLRの関連を報告していたが、限局性NSCLCの臨床コホートにおける大規模な検証は不足していた。特に、放射線治療のモダリティ(CRT vs. SABR)や手術との比較において、これらの変異がLRに与える影響を包括的に評価した研究はこれまで報告されていなかった。このため、KEAP1/NFE2L2変異が臨床的な放射線抵抗性の信頼できる予測因子となり得るか、またそのメカニズムを詳細に解明することが喫緊の課題であった。
目的
本研究の主要な目的は、限局性NSCLC患者におけるKEAP1/NFE2L2変異が放射線治療後の局所再発(LR)に対する強力な予測因子となるかを大規模臨床コホートを用いて検証することである。具体的には、化学放射線療法(CRT)および定位体幹部放射線治療(SABR)を受けた患者群と、手術を受けた患者群とを比較し、治療モダリティ特異的なLR予測能を評価する。
第二の目的は、KEAP1/NFE2L2変異の機能的分類(病原性変異 vs. 乗客変異)が放射線抵抗性とどのように関連するかを解明することである。これにより、全ての変異が同等の臨床的意義を持つわけではないという仮説を検証し、より精度の高いバイオマーカーとしての利用可能性を探る。
第三の目的は、KEAP1変異を有する腫瘍の放射線感受性を増強するための治療戦略を機能的に評価することである。特に、NFE2L2経路の活性化がグルタチオン合成を亢進し放射線抵抗性をもたらすというメカニズムに基づき、グルタミナーゼ阻害がKEAP1変異細胞の放射線感受性を選択的に高める可能性をin vitro実験で検証する。これらの目的を達成することで、KEAP1/NFE2L2変異を標的とした個別化された放射線治療戦略の開発に貢献することを目指す。
結果
KEAP1/NFE2L2変異は放射線治療後LRの唯一の分子予測因子である: CRTおよびSABRコホートを合わせた放射線治療群における解析では、5%以上の頻度で生じる10の変異遺伝子の中で、LRと有意に強く関連したのはKEAP1/NFE2L2変異のみであった(調整済みp=0.005)。これらの変異は、全局所再発例の約半数(Fig 1D)を占めており、臨床的放射線抵抗性の主要な分子ドライバーであることが示唆された。ERK活性化変異群(EGFR/KRAS/BRAF)はLRと関連せず(p=0.49)、E2F活性化変異群(CDKN2A/RB1)も関連しなかった(p=0.15)。KEAP1/NFE2L2変異は遠隔再発とは関連せず(p=0.69)、放射線治療特異的な局所制御失敗を予測するバイオマーカーであることが示された。
CRTコホートにおけるLRの定量的評価: CRTコホート(n=47患者、局所進行NSCLC)において、KEAP1/NFE2L2変異陽性患者の2年LR率は50.0%(95% CI 36.3%-63.7%)であり、変異陰性患者の16.9%(95% CI 14.6%-19.2%)と比較して有意に高かった(p=0.01)。KEAP1/NFE2L2変異状態は、単変量解析(HR 4.74; 95% CI 1.30-17.20; p=0.02)および多変量解析(HR 5.17; 95% CI 1.30-20.58; p=0.02)の両方でLRの独立した予測因子であった (Fig 1F, Supplementary Table S3)。腫瘍の代謝体積(MTV)や病期は、KEAP1/NFE2L2変異の有無で有意な差は認められなかった(p=0.45およびp=0.67)。
SABRコホートにおけるLRの定量的評価: SABRコホート(n=50患者、早期NSCLC)においても、KEAP1/NFE2L2変異陽性患者は有意に高いLR率を示した。2年LR率は変異陽性患者で35.2%(95% CI 23.5%-46.9%)、変異陰性患者で7.0%(95% CI 5.6%-8.4%)であった(p=0.009)。単変量解析(HR 8.50; 95% CI 1.56-46.30; p=0.01)および多変量解析(HR 17.92; 95% CI 2.05-156.67; p=0.009)の両方で、KEAP1/NFE2L2変異はLRの独立した予測因子であった (Fig 1G, Supplementary Table S3)。MTVもLRの有意な予測因子であった(HR 1.42 per 10 cc; 95% CI 1.25-1.62; p=1.2e-7)。
手術コホートではKEAP1/NFE2L2変異はLRを予測しない: 手術コホート(n=135患者)では、KEAP1/NFE2L2変異とLRとの間に有意な関連は認められなかった(Fig 1H)。これは、KEAP1/NFE2L2変異が放射線抵抗性に関与するメカニズムが、放射線照射という治療モダリティに特異的であることを示唆している。TCGAデータセットを用いた検証でも、手術を受けたステージI-IIの肺腺癌および扁平上皮癌患者において、変異状態による予後の差は認められなかった(p=0.71, Supplementary Fig. S3)。
病原性変異のみが放射線抵抗性と関連する: 機能的評価において、KEAP1/NFE2L2の変異は全てが等しく病原性ではないことが示された。CRISPR/Cas9を用いて作製したisogenic細胞株システム(H1299 cells)を用いた機能実験により、病原性変異(NFE2L2の構成的活性化を引き起こす変異)のみが放射線抵抗性と関連することが確認された (Fig 2J)。KEAP1変異の15例中9例(60%)が病原性であり、NFE2L2変異の3例は全て病原性であった。病原性変異を有する患者では、放射線治療後のLR率が約60%であった。また、病原性変異を有する患者のうちLRを発症しなかった患者は、LRを発症した患者と比較して有意に腫瘍が小さかった(中央値2.7 cc vs. 64.1 cc; p=0.03)。KEAP1 NULL H1299 cellsはKEAP1 WT細胞と比較して有意な放射線抵抗性を示し(p<0.001)、DNA損傷の減少とグルタチオン(GSH)レベルの増加が観察された。
NFE2L2標的遺伝子発現はLRを予測しない: RNAシーケンス解析により、病原性KEAP1/NFE2L2変異を有する腫瘍ではNFE2L2標的遺伝子の発現が有意に高い傾向が認められた(p=0.01)。しかし、NFE2L2標的遺伝子の発現レベルはLRを予測せず(Cox回帰HR 2.33; 95% CI 0.06-84.30; p=0.64)、競合リスク解析でもLRのリスクを層別化しなかった(p=0.93) (Fig 3H)。この結果は、NFE2L2標的遺伝子の発現レベルではなく、KEAP1/NFE2L2変異の有無を腫瘍ゲノタイピングで検出することが、最も信頼性の高いLR予測手段であることを示唆する。
グルタミナーゼ阻害による放射線増感効果: グルタミナーゼ阻害剤CB-839は、KEAP1変異細胞(A549、KEAP1 NULL H1299 cells)において選択的にグルタチオンを枯渇させ、放射線誘導DNA損傷を増強し、放射線増感効果をもたらした (Fig 4K, 4M)。KEAP1野生型細胞ではこの放射線増感効果は認められなかった。例えば、H1299 KEAP1 NULL cellsでは、CB-839と放射線の併用により、単独放射線と比較して細胞死が有意に増加し、線量修飾因子(DMF)は3.4であった (Fig 4F)。この効果は、グルタミナーゼ阻害によりNRF2活性化によって増大したグルタチオン依存性ROSスカベンジング機構が阻害される機序によることが示唆された。外因性のROSスカベンジャーであるN-アセチルシステイン(NAC)の添加により、CB-839による放射線増感効果が有意に抑制されたことから、このメカニズムが確認された (Fig 4L)。
考察/結論
本研究は、限局性NSCLC患者における腫瘍ゲノタイピングの臨床的価値を大規模コホートで初めて実証した点で重要な意義を持つ。進行NSCLCでは腫瘍ゲノタイピングが免疫療法や分子標的治療の個別化に標準化されているが、局所NSCLCにおいては系統的なゲノタイピングはこれまで実施されていなかった。本研究は、KEAP1/NFE2L2変異が放射線治療後のLRの主要な分子予測因子であることを明確に示し、この知識ギャップを埋めるものである。
先行研究との違い: 同グループは以前の予備的コホートでKEAP1/NFE2L2変異とLRの関連を報告していたが (Jeong et al. Cancer Discov 2017)、本研究はより大規模かつ独立した232例のコホートで検証し、CRT、SABR、手術の3コホートによる治療モダリティ特異性の解析を加えた点が新規性として挙げられる。特に、KEAP1/NFE2L2変異が術後再発ではなく放射線後のLRのみに関連するという発見は、手術と放射線が腫瘍殺傷において異なる分子メカニズムを用いることを示しており、治療モダリティ別の個別化戦略の必要性を提唱する点で、これまでの知見と対照的である。また、KRASやTP53変異がLRと関連しないという本研究の結果は、一部の先行研究とは異なるものであり、KEAP1/NFE2L2変異がこれらの変異と共存することが多いため、KEAP1/NFE2L2変異の有無を考慮しない先行研究ではその真の影響が評価されていなかった可能性が示唆される。
新規性: 本研究で初めて、KEAP1/NFE2L2変異が放射線治療後のLRの強力な予測因子であることを大規模臨床コホートで検証した。さらに、全てのKEAP1/NFE2L2変異が等しく病原性ではなく、isogenic細胞株システムを用いた機能的分類により、病原性変異のみが放射線抵抗性と関連することを実証した点も新規の知見である。NFE2L2標的遺伝子の発現レベルがLRを予測しないことも示され、腫瘍ゲノタイピングによる変異検出が最も信頼性の高い予測手段であることが本研究で初めて明確にされた。
臨床応用: 本知見は、局所NSCLC患者への腫瘍ゲノタイピングの標準実施と、KEAP1/NFE2L2変異に基づく放射線治療戦略の個別化に直結する臨床的意義を持つ。特に、KEAP1/NFE2L2変異陽性患者では、放射線量の増加(RT dose escalation)やグルタミナーゼ阻害剤(CB-839)との併用といった放射線増感戦略の臨床試験への展開が期待される。これにより、これらの変異を持つ患者の局所制御率を改善し、OSの向上に貢献できる可能性がある。例えば、手術適応のあるリンパ節陰性患者では手術が放射線治療よりも好ましい選択肢となる可能性があり、手術不能な早期患者ではCB-839による放射線増感が有益であると考えられる。
残された課題: 今後の検討課題としては、グルタミナーゼ阻害剤CB-839の臨床試験における有効性・安全性の検証が残されている。特に、放射線治療との併用における毒性プロファイルの評価が重要である。また、SABRコホートでのより大規模な検証、変異の機能的分類の臨床実装に向けた簡便な診断法の開発、および他の放射線増感剤(例: STING活性化薬や免疫療法との組み合わせ)との比較検討も必要である。本研究は単一施設の後方視的解析であるため、他の施設からのコホートでこれらの知見を追認することも今後の課題である。
方法
本研究では、スタンフォード大学において2009年から2018年の間に根治的治療(放射線治療または手術)を受けた連続232例の限局性NSCLC患者を対象とした。これらの患者は、130〜198遺伝子をカバーするハイブリッドキャプチャーベースの臨床シーケンシングアッセイ(STanford Actionable Mutation Panel; STAMP)を用いて腫瘍ゲノタイピングが実施された。対象患者は以下の3つのコホートに分類された:(i)局所進行NSCLC患者47例からなるCRTコホート、(ii)早期NSCLC患者50例からなるSABRコホート、(iii)早期NSCLC患者135例からなる手術コホート。これらのコホートは、以前に報告された同グループのコホートとは完全に独立したものである。
主要評価項目はLRであり、放射線治療コホートでは放射線照射野内での腫瘍再増殖、手術コホートではステープルラインまたは気管支断端での再発と定義された。LRの評価は、病理学的確認または放射線学的変化(CT上の腫瘤性病変のサイズ増加、PET上のFDG取り込みの焦点性増加)に基づいて行われた。放射線学的LRの評価は、腫瘍ゲノタイピング結果を盲検化した単一の評価者(M.S. Binkley)によって実施された。
KEAP1/NFE2L2変異は、NFE2L2の構成的活性化という同一の生化学的表現型をもたらし、かつ相互排他的であるため、一つのグループとして解析された。LRとの関連は、再発頻度が5%を超える他の変異遺伝子(ERK活性化変異群EGFR/KRAS/BRAF、E2F活性化変異群CDKN2A/RB1など)と比較解析された。統計解析には、Kaplan-Meier法によるOS推定、競合リスクモデルを用いたLRの累積発生率の算出、およびCox回帰分析(単変量および多変量)が用いられた。多重比較補正にはBenjamini and Hochberg法が適用された。
機能実験では、CRISPR/Cas9を用いてKEAP1またはNFE2L2をノックアウトしたH1299 NSCLC細胞株が作製された。これらのisogenic細胞株システムを用いて、RTコホートで観察されたKEAP1およびNFE2L2の変異が病原性(機能喪失型または機能獲得型)か乗客変異(中立的)かを機能的に分類した。具体的には、NFE2L2標的遺伝子(HMOX1、NQO1、SQSTM1など)の発現レベル、放射線感受性(クローン形成能アッセイ)、および過酸化水素に対する抵抗性が評価された。
さらに、グルタミナーゼ阻害剤CB-839の放射線増感効果を、KEAP1変異細胞(A549、KEAP1 NULL H1299)とKEAP1野生型細胞(H1299、H1437)で比較評価した。細胞内ROSレベル、グルタチオン(GSH)/グルタチオンジスルフィド(GSSG)比、および放射線誘導DNA損傷(γH2AXフォーカス)の変化が測定され、グルタミナーゼ阻害による放射線増感のメカニズムが探求された。RNAシーケンス解析も行われ、NFE2L2標的遺伝子シグネチャーの発現とLRの関連が評価された。