- 著者: The Cancer Genome Atlas Research Network
- Corresponding author: Matthew Meyerson (Dana-Farber Cancer Institute / Broad Institute)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2014
- Epub日: 2014-07-09
- Article種別: Original Article
- PMID: 25079552
背景
肺腺癌は世界で最も多いがん関連死因であり、年間100万人以上が死亡する。EGFR (epidermal growth factor receptor: 上皮成長因子受容体) 変異に対するゲフィチニブ・エルロチニブ療法 (Lynch et al. 2004; Paez et al. 2004) やALK (anaplastic lymphoma kinase) 融合遺伝子に対するクリゾチニブ療法 (Shaw et al. 2013) は、これらのドライバーを持つ腫瘍の予後を劇的に改善した。しかし、KRAS (Kirsten rat sarcoma viral proto-oncogene: ラット肉腫ウイルスがん原遺伝子) 変異腫瘍 (全体の約33%) には有効な標的薬が存在せず (Imielinski et al. 2012; Ding et al. 2008)、特定のドライバーを持たない腫瘍 (約38%) も多くが従来の化学療法にとどまっていた。先行するゲノム解析研究 (Imielinski et al. 2012, n=182例; Ding et al. 2008, n=188例; Govindan et al. 2012) は単一または少数のプラットフォームに限られており、mRNA・miRNA・DNA配列・コピー数・メチル化・タンパク質発現を統合した包括的な7プラットフォームのマルチオミクス解析は実施されていなかった。この点が知識のギャップ (knowledge gap) として未解明であり、何が足りなかったかという点では、WGSとRNA-seqを組み合わせることでスプライシング異常由来のドライバー (MET exon14スキッピング等) の同定が技術的に可能になっていたが、十分な症例数での系統的探索は不足していた。また2〜8%の中頻度ドライバーを統計的に同定するための十分なサンプルサイズも欠如していた。
目的
230例の切除肺腺癌を対象に、mRNA・miRNA・DNA配列・コピー数・メチル化・タンパク質発現を統合した7プラットフォームのマルチオミクス解析を実施し、新規ドライバー遺伝子を同定するとともに分子サブタイプを確立すること。既報の182例と合わせた412例を用いて、中頻度ドライバーの統計的同定を目指した。
結果
変異率と18の有意変異遺伝子:本コホート (n=230 cases) の平均体細胞変異率は8.87変異/Mb (中央値5.78) であった (Fig. 1)。412例 (n=412 cases) の統合解析で18の有意変異遺伝子が同定された。高頻度遺伝子は TP53 (46%)・KRAS (33%)・STK11 (17%)・KEAP1 (17%)・EGFR (14%)・NF1 (11%)・BRAF (10%) であり、中頻度遺伝子として SETD2 (クロマチン修飾酵素、9%)・RBM10 (スプライシング制御、8%)・MGA (MYC抑制因子、8%)・ARID1A (クロマチンリモデリング、7%)・PIK3CA (7%)・MET (7%)・SMARCA4 (6%)・RB1 (4%)・CDKN2A (4%)・U2AF1 (スプライシング制御、3%)・RIT1 (低分子GTPase、2%) が続いた。KRAS変異は喫煙関連のTH群に有意に濃縮し (p=2.1×10⁻¹³)、EGFR変異はTL群に濃縮した (p=3.3×10⁻⁶)。EGFR変異は女性で多く (p=0.03)、RBM10損失変異は男性で多かった (p=0.002)。C:G>A:T トランスバージョン割合は総変異数と正相関 (Pearson r²=0.30) し、トランジション頻度と逆相関した (r²=0.75)。
MGA:MYC経路の新規ドライバー:MYCネットワークの競合抑制因子MGA の機能喪失変異が全体の8%に認められた (Fig. 3)。MGA機能喪失はfocal MYC 増幅と相互排他的であることをFisher’s exact test (p=0.04) で確認した。MGA変異はMYC転写活性化複合体と競合する抑制複合体の機能を喪失させ、MYCターゲット遺伝子の転写活性化をもたらすと解釈される。この知見はMYC経路が増幅・過剰発現のみでなく競合抑制因子の喪失によっても活性化されうることを初めて示した。
MET exon14スキッピング:スプライシング由来のドライバー:WGSとRNAシーケンシングの統合解析により、MET mRNAのexon14スキッピングが4% (n=10例) に同定された (Fig. 2)。9例では5’または3’スプライスサイト変異が確認され、1例ではコドン1003ストップコドン変異がスプライシング異常を誘導していた。スプライシング制御因子U2AF1の変異を持つn=8 cases では129のスプライシング事象が強く関連し (q<0.05)、β-カテニン遺伝子の選択的スプライシングが含まれた。このMET exon14スキッピングはMETタンパク質の安定化をもたらし、後にカプマチニブ・テポチニブの感受性バイオマーカーとして実証された。
ドライバー陽性症例の拡張:62%から76%へ:RTK/RAS/RAF経路について既知ドライバー群 (KRAS 32%・EGFR 11%・BRAF 7%・ERBB2増幅/変異・MET exon14スキッピングn=10・ROS1/ALK/RET融合n=9) を合計すると既知ドライバー陽性62% (n=87 cases がオンコジーン陰性) であった。GISTIC解析でERBB2・MET focal増幅がオンコジーン陰性腫瘍に有意に濃縮された (adjusted p<0.05、Fig. 3)。NF1機能喪失とRIT1活性化変異を加えると、ドライバー陽性症例は62%から76%に拡大した。RPPA解析 (n=181 cases) ではKRAS変異腫瘍が野生型より高い燐酸化MAPK・mTOR活性化を示したが、多くのKRAS野生型腫瘍でも有意なMAPK経路活性化が認められ、変異非依存の経路活性化の存在を示した。体細胞変異率は喫煙歴と正相関した (Pearson r=0.55, p<0.001)。
分子サブタイプとiCluster統合解析:教師なしRNA発現解析により3転写サブタイプが同定された (Fig. 5)。TRUは終末呼吸型 (予後良好・EGFR変異/ALK融合に富む)、PIは近位炎症型 (NF1+TP53共変異)、PPは近位増殖型 (KRAS/STK11変異) であった。DNAメチル化解析では高メチル化群が低メチル化群から明確に分離し、高メチル化群はWNT経路遺伝子群の過剰メチル化と関連した (p=0.0015)。iCluster多オミクス統合解析で6クラスターが同定され、clusters 1-3は高腫瘍倍数性・高変異率・TP53変異に富み、clusters 4-5はTRUサブタイプを多く含んでいた。SETD2 変異とCDKN2A メチル化の有意な関連 (cluster 4に濃縮) が示された。体細胞変異率は喫煙歴と有意に正相関した (Spearman ρ=0.53, p<0.001)。
考察/結論
先行研究との比較と本研究の差異:先行研究 (Imielinski et al. 2012, n=182例) は全エクソームシーケンシングのみに基づいており、本研究の7プラットフォーム統合解析とは根本的に異なった。同年のTCGA et al. Nature 2012と対比しても、肺腺癌固有のプロテオミクス層やスプライシング異常由来ドライバーの系統的同定には先行研究では至らなかった。既存の報告ではMGA・RIT1・MET exon14スキッピングは同定されていなかったのと異なり、本研究の統合解析により初めてこれらの中頻度ドライバーが明確に浮かび上がった。また先行研究が単独コホートによる解析にとどまっていたのと異なり、本研究では412例の統合解析により2〜8%の中頻度ドライバーの統計的同定が可能となった。
本研究の新規性:本研究で初めて、MGA (MYC抑制因子) の機能喪失がfocal MYC増幅と相互排他的であることが同定され、MYC経路が増幅のみでなく競合抑制因子の喪失によっても活性化されることが示された。本研究で新たに、MET exon14スキッピングというスプライシング由来の novel なドライバー機序が系統的に同定され、後のカプマチニブ承認の基盤となった。これらの知見は EGFR や KRAS に依存しない腫瘍群の分子的実体を初めて明確にした。
臨床応用への含意:RTK/RAS/RAF経路活性化を62%から76%まで拡張したことは MET 増幅・ERBB2阻害薬の適応検討の基盤を提供した。MET exon14スキッピングはカプマチニブの第二相試験でその適応根拠となり、本研究知見が直接的な臨床応用につながった事例である。がんの特徴 のうち「増殖シグナルの維持」において、変異非依存の経路活性化が逆相タンパク質アレイ (RPPA) 解析で確認されたことはプロテオミクスに基づくバイオマーカー探索の重要性を示す。
残された課題:変異非依存の経路活性化機序の解明、MGA/RIT1/NF1変異腫瘍固有の治療脆弱性の同定、3転写サブタイプ (TRU/PI/PP) のサブタイプ特異的治療反応性の臨床的実証が今後の課題として残された。本研究が確立した多オミクス統合解析の枠組みは以後のTCGA全がん種統合解析に受け継がれ、肺腺癌の精密医療基盤として参照され続けるランドマーク研究である。
方法
230例の未治療肺腺癌 (喫煙歴81%、組織型: 腺房33%・固形25%・乳頭14%・微小乳頭9%・鱗状5%・粘液性浸潤4%) について7種のプラットフォームを統合したマルチオミクス解析を実施した。全エクソームシーケンシング (WES) は腫瘍DNA平均97.6×・正常DNA平均95.8× の深度で実施し、低パスWGS (n=93例、平均36遺伝子-遺伝子間再編成/腫瘍)、RNAシーケンシング、miRNAシーケンシング、Affymetrix SNP 6.0アレイによるコピー数解析、Illumina 450K DNAメチル化アレイ、RPPA (reverse phase protein array: 逆相タンパク質アレイ) 解析 (n=181例、181抗体) を実施した。既報の182例と合わせた412例で変異有意性解析アルゴリズム (MutSig2CV: mutational significance by context and variation) により有意変異遺伝子を同定した (補正p<0.025)。コドン置換変異率と塩基変換頻度に基づき、トランスバージョン頻度高群 (TH: transversion high、n=269) とトランスバージョン頻度低群 (TL: transversion low、n=144) に分類した。SNV検証率99%・インデル検証率100% (再シーケンシングによる確認)。unsupervised mRNA発現クラスタリングとiCluster多オミクス統合解析で分子サブタイプを同定した。Fischer’s exact testで変異の群間差を評価し、two-sided t-testでRPPAシグナルを比較した。