- 著者: Motonobu Saito, Yoko Shimada, Kouya Shiraishi, Hiromi Sakamoto, Koji Tsuta, Hirohiko Totsuka, Suenori Chiku, Hitoshi Ichikawa, Mamoru Kato, Shun-ichi Watanabe, Teruhiko Yoshida, Jun Yokota, Takashi Kohno
- Corresponding author: Takashi Kohno (National Cancer Center Research Institute, 1-1 Tsukiji 5-chome, Chuo-ku, Tokyo 104-0045, Japan)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2015
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 25855381
背景
肺腺癌 (LADC) は肺がんの組織型として最も頻度が高く、アジアおよび欧米諸国でその発生率が増加している。ALK、RET、ROS1融合遺伝子は、それぞれLADCの約3〜4%、1〜2%、1〜2%の症例でドライバー変異として検出され、対応するチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるクリゾチニブ、アレクチニブ、カボザンチニブ等に高い臨床応答を示すことが報告されている Shaw et al. NEnglJMed 2013。これらの融合遺伝子陽性LADCは、若年・非/軽喫煙者に多く、粘液-篩状パターンを呈することが多いなど、既知の別のドライバー変異陽性例とは異なる臨床的特徴を持つことが報告されている Shaw et al. JClinOncol 2009、Bergethon et al. JClinOncol 2012。これらの臨床的特徴は、融合陽性LADCがLADCの明確な分子実体であることを示唆する。
先行する大規模ゲノム解析 (TCGA肺腺癌コンソーシアム、Imielinski et al. Cell 2012等) では、ALK、RET、ROS1融合陽性LADCの包括的な付加的ゲノム異常プロファイルは、その希少性ゆえに未解明であった。EGFR変異やKRAS変異など従来のドライバー変異との相互排他性は示されていたものの、TP53、SWI/SNF複合体、STK11、KEAP1等の共起変異の有無は系統的に検討されていなかった。融合遺伝子以外に共存する変異の存在が確認されれば、TKI単剤よりも各共変異を標的とする併用療法が必要との根拠となりうる。逆に、融合遺伝子への「排他的依存 (exclusive dependence)」が証明されれば、TKI単剤療法の分子的正当性が確立されるが、この点に関する包括的なゲノムデータは不足していた。融合陽性LADCのより良い遺伝学的特徴付けは、治療戦略を改善するために必要である。もし他の遺伝子異常が検出されれば、これらの欠陥を標的とする薬剤をTKIと組み合わせて使用することで、有効性と転帰を改善できる可能性がある。
本研究は、ALK、RET、ROS1融合遺伝子陽性LADCの包括的ゲノム変異プロファイルを全エクソーム解析とコピー数解析で明らかにし、ドライバー変異群 (EGFR/KRAS/HER2/BRAF/HRAS変異) およびpan-negative群と3群比較することにより、融合陽性LADCが付加的変異への依存なく融合遺伝子のみで発生するかを実証することを目的とした。さらに、米国TCGAコホートで独立検証し、民族によらない普遍的特徴かどうかを確認することも目的とする。この研究は、融合陽性LADCの分子病態を深く理解し、個別化医療の進展に貢献する上で重要なギャップを埋めるものである。
目的
本研究の目的は、ALK、RET、ROS1融合遺伝子陽性LADCの包括的ゲノム変異プロファイルを全エクソーム解析とコピー数解析で明らかにすることである。具体的には、日本人LADCコホート200例(融合陽性31例を豊富化)を用いて、融合陽性LADCが、他のドライバー変異群(EGFR/KRAS/HER2/BRAF/HRAS変異陽性)およびpan-negative群と比較して、がん関連遺伝子の非同義変異数やSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体遺伝子の切断型変異が有意に少ないことを実証する。これにより、融合陽性LADCが融合遺伝子への排他的依存によって発生するという仮説を検証する。さらに、米国TCGAコホート230例(融合陽性9例)で独立検証を行い、日本人コホートで得られた知見の普遍性を民族横断的に確認することを目的とする。最終的に、これらの結果が融合産物を標的とするTKI単剤療法の合理性を分子レベルで支持することを示す。
結果
融合陽性LADCにおけるがん関連遺伝子非同義変異数の有意な低下: ドライバー融合群 (ALK/RET/ROS1融合, n=31 patients) では、ドライバー変異群およびpan-negative群と比較してがん関連遺伝子の非同義変異数が有意に少なかった (P<0.0001)。全非同義変異数の中央値はドライバー融合群で0.37/Mb (範囲0-1.5)、ドライバー変異群で0.65/Mb (範囲0-6.0)、pan-negative群で0.87/Mb (範囲0-24.8) であった (Figure 3A)。この低変異率は多変量解析で年齢、性別、喫煙状況、病期、分化度とは独立した所見であった (P<0.0001)。喫煙者での高変異率バイアスを統計的に制御した上でも差が維持されたことは、融合遺伝子陽性という生物学的特徴そのものが変異蓄積の少なさを規定することを示す。がん遺伝子センサス (CGC) 遺伝子の変異数中央値も、ドライバー融合群で1.0 (範囲0-4) と、ドライバー変異群 (3.0、範囲1-12) およびpan-negative群 (3.0、範囲0-46) と比較して有意に少なかった (P<0.0001)。同様に、SMG (Significantly Mutated Genes) の変異数中央値もドライバー融合群で1.0 (範囲0-4) と、ドライバー変異群 (3.0、範囲1-7) およびpan-negative群 (2.0、範囲0-25) と比較して有意に少なかった (P<0.0001)。これらの結果は、ドライバー融合陽性LADCが他のLADCタイプと比較して、有意に少ない数の遺伝子変異の蓄積から発生することを示唆する。
SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体truncating変異の有意な低頻度: SWI/SNF複合体構成遺伝子 (SMARCA4、ARID1A、PBRM1、ARID2、ARID1B、SMARCB1等) のtruncating変異もドライバー融合群で有意に少なかった (P<0.0001)。SWI/SNF複合体変異は他のLADC (特にpan-negative群) では相当頻度で蓄積しており、例えばARID1A変異はpan-negative群で11.0% (8/73 patients) に認められたが、ドライバー融合群では0%であった (Figure 3B, Table 2)。これはクロマチンリモデリング異常を介した追加的がん進展経路が融合陽性LADCでは発動されていないことを示唆する。深部リシークエンシングによる検証でも、ドライバー融合群31例中、SWI/SNF関連遺伝子のtruncating変異は検出されなかった。この結果は、融合陽性LADCが、他のLADCサブタイプとは異なる、より単純な遺伝子異常プロファイルを持つことを強く裏付ける。
TP53変異頻度の有意な低下と他のco-mutationの欠如: TP53変異頻度はドライバー融合群 (16.1%, 5/31 patients) でドライバー変異群 (42.7%, 41/96 patients) およびpan-negative群 (39.7%, 29/73 patients) と比較して有意に低値であった (P=0.026) (Figure 3B, Table 2)。TP53は肺腺癌で最頻の共変異遺伝子であるが、融合陽性例では融合遺伝子単独の強力な腫瘍形成能があるためTP53変異の選択圧が弱いと解釈された。STK11、KEAP1、NF1等の他の共起変異もドライバー融合群ではほとんど認められなかった。コピー数変化 (CNA) もドライバー融合群ではゲノムワイドに少ない傾向を示し、染色体不安定性のレベルが低いことが示唆された。これは、融合陽性LADCが融合遺伝子以外のゲノム異常にほとんど依存しないことを裏付ける。APC、CTNNB1、PIK3CAといったWNTシグナル伝達やPI(3)Kシグナル伝達に関わる遺伝子の変異は、ドライバー遺伝子状態に関わらず認められたが、その頻度は融合陽性LADCでは比較的低かった。
TCGA米国人コホートでの独立検証による民族横断的普遍性の確立: TCGA米国人LADCコホート (n=230 patients、融合陽性9例) においても、融合陽性LADCで同様の低変異率傾向が確認された。このコホートでは、ドライバー融合群が他の群と比較して有意に少ない非同義変異数を示した (P=0.046)。TP53変異頻度もドライバー融合群で他の群より有意に低かった (P=0.003)。日本人コホート (n=31 patients) と米国人コホート (n=9 patients) という独立した民族・医療環境由来のデータが整合的な結果を示したことにより、融合陽性LADCの低変異率は人種や地域に依存しない普遍的な分子的特徴であることが確立された。これらの結果は、融合陽性LADCが他のLADCサブタイプと比較して、より少ない遺伝子変異の蓄積によって発生することを示唆する。
Pan-negative LADCにおける高頻度変異とSWI/SNF複合体変異の蓄積: Pan-negative LADCは、男性、喫煙者、低分化腫瘍の割合が有意に高く (Table 1)、3群中最も高い非同義変異数の中央値を示した (Figure 3A)。CGC遺伝子やSMGの変異も他の群より高頻度であり、特にTSHZ3 (TSHZ Family Zinc Finger 3)、SETBP1 (SET Binding Protein 1)、EPHA3 (EPH Receptor A3)、NAV3 (Neuron Navigator 3) などのSMGがpan-negative症例で優先的に変異していた (Table 2)。さらに、ARID1AやSMARCA4/BRG1などのSWI/SNFクロマチンリモデリング遺伝子のtruncating変異もpan-negative症例で有意に高頻度であった (P<0.0001)。これは、喫煙によるタバコ発がん物質への曝露によって引き起こされる多数の遺伝子変異が、既知のドライバーがん遺伝子変異なしに腫瘍発生につながる可能性を示唆する。ただし、KEAP1、NF1、RIT1変異は本コホートのpan-negative腫瘍では高頻度ではなかったため、アジア人と欧米人のpan-negative症例では発がん経路に違いがある可能性も示唆された。一部のpan-negative症例では、腫瘍細胞含有率が低いことや腫瘍内異質性により、エクソームシーケンスでの変異検出が困難であったことも示された。
考察/結論
本研究はALK、RET、ROS1融合遺伝子陽性LADCが「融合遺伝子への排他的依存 (exclusive dependence)」により発生するという概念を全エクソームレベルで初めて実証した。融合陽性LADCではがん関連遺伝子変異、SWI/SNF複合体変異、TP53変異、コピー数変化のいずれも他のLADC群より有意に少なく、融合遺伝子単独の強力なドライブ力によって発癌・進展が駆動されていることを示す。この「purely oncogene-addicted」な状態は、ALK/RET/ROS1-TKI単剤療法の臨床的奏効率が高い理由を分子レベルで説明するものである。
先行研究との違い: これまでの研究では融合陽性LADCの包括的なゲノムプロファイルは希少性のため不明であったが、本研究は融合陽性LADCを豊富化したコホートを用いることで、他のLADCサブタイプと明確に異なる低変異率プロファイルを明らかにした点で先行研究と異なる。特に、Cancer et al. Nature 2014で報告されたTCGAコホートのデータを用いて、日本人コホートの知見を独立して検証した点は、民族横断的な普遍性を示す点で重要である。融合陽性LADCの非同義変異率は、卵巣癌、乳癌、脳腫瘍、腎臓癌、造血器腫瘍など、変異率が低いとされる他の癌種と同様のレベルであった Kandoth et al. Nature 2013。
新規性: 本研究で初めて、融合陽性LADCががん関連遺伝子、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体遺伝子、TP53遺伝子において、他のLADCサブタイプと比較して有意に少ない非同義変異数を示すことを実証した。この知見は、融合遺伝子単独の強力な発癌駆動能が、追加的なゲノム変異の蓄積を必要としない発癌経路を確立しているという新規な概念を提示する。また、喫煙者で優勢なC>A転座の頻度が融合陽性LADCで低いことも示された。
臨床応用: 本知見は、融合陽性LADC患者に対するTKI単剤療法の合理性を分子レベルで強く支持する。臨床的意義として、融合陽性LADC患者ではTKI単剤療法が合理的であり、併用療法の積極的探索優先度は他サブタイプより低い可能性が示唆される。また、融合陽性例における稀なco-alteration検出は薬剤耐性や治療応答不良の予後因子となりうる。一方、ドライバー変異群・pan-negative群では複数のcooperating alterationが蓄積しているため、TKI+他経路阻害剤や免疫療法を含む複雑な治療戦略が必要となる可能性があり、治療層別化の分子基盤を提供する。
残された課題: 今後の検討課題として、融合陽性LADCの耐性獲得機構 (ALK耐性のsecondary ALK変異、バイパス経路活性化等) のゲノム的基盤の解明が挙げられる。また、稀な融合パートナーバリアント (EML4-ALK variant 1 vs. 3a/b等) によるco-mutation差異や、エピジェネティック・転写レベル変化の寄与についてもさらなる研究が必要である。本研究は希少な融合遺伝子陽性LADCを系統的に集積・解析した点で希少がんゲノミクス研究のモデルケースとなり、後の次世代ALK/RET/ROS1阻害薬の開発と臨床試験設計に分子的根拠を提供した。
方法
コホート構成: 国立がんセンター病院で1997〜2008年に外科切除を受けた608例の連続LADCから200例を選択し、研究コホートとした (Figure 1A)。全608例は、HRM (High Resolution Melting) 法によりEGFR、KRAS、BRAF、HER2ホットスポット変異についてスクリーニングされ、RT-PCRによりEML4/KIF5B-ALK、KIF5B/CCDC6-RET、CD74/EZR/SLC34A2-ROS1融合が同定された。本研究コホートには、ドライバー融合群31例 (ALK: n=11、RET: n=11、ROS1: n=9)、ドライバー変異群96例 (EGFR/KRAS/HER2/BRAF/HRAS変異)、pan-negative群73例の3群が含まれた (新規KIAA1468-RET融合例1例を含む)。ドライバー融合群は、元のNCCコホートの50例の融合陽性症例から、全エクソームシーケンスに十分なゲノムDNA量があるという基準に基づいて選択された。EGFR陽性 (n=72)、他のドライバー変異 (n=23)、pan-negative症例 (n=74) は、元のNCCコホートからランダムに選択され、EGFR陽性症例とpan-negative症例の比率が約1:1となるように、合計200サンプルとした。患者はGoldstraw et al. JThoracOncol 2007に従って診断された。本研究はNCCの施設内倫理委員会によって承認された。
全エクソーム解析 (WES): 2.5 µgの腫瘍DNAおよび非腫瘍DNAからエクソーム捕捉をAgilent SureSelect Human All Exon 50-Mb V4またはV5キットを用いて行い、Illumina HiSeq 2000 (75 bp paired-end) で配列決定した。リードはUCSC human genome 19 (Hg19) にBurrows Wheeler Aligner Multi-Visionソフトウェアパッケージを用いてアラインメントされた。PCR増幅プロセス中に生成された重複リードはSAMtoolsを用いて除去された。体細胞SNVは、低アレル頻度の体細胞変異の検出を可能にするベイジアン分類器を適用するMuTectプログラムにより同定された Cibulskis et al. NatBiotechnol 2013。体細胞InDelはGATK Somatic Indel Detectorにより同定された。SNVおよびInDel検出はIntegrative Genomics Viewerソフトウェアを用いた視覚的検査によってもサポートされた。ドライバー融合群、ドライバー変異群、pan-negative群の平均シーケンス深度はそれぞれ中央値で106 (範囲84-218)、98 (82-216)、104 (82-145) であり、有意差はなかった (P > 0.05)。
コピー数解析: Illumina OMNI 2.5Mアレイを用いて、全200例の腫瘍および非腫瘍肺DNAから全ゲノムコピー数およびアレル状態を解析した。Global Parameter Hidden Markov Model法により、各腫瘍サンプル中の腫瘍細胞含有率および各遺伝子のコピー数が推定された。腫瘍細胞含有率も3群間で有意差はなかった (P > 0.05)。
深部リシークエンシングによる検証: 28遺伝子 (がん遺伝子センサス10遺伝子 + SWI/SNFクロマチンリモデリング遺伝子18遺伝子) をHaloplex Custom Enrichment Kit (Agilent) + HiSeq 2000で約1,000xの深部リシークエンシングで検証した。この検証により、エクソームシーケンスで検出された36例中19個の非同義変異が確認され、低深度のために見逃されたARID1Aミスセンス変異1個がドライバー融合群の1例で新たに検出された。
がん遺伝子センサス (CGC): COSMIC V70から最新のがん遺伝子センサス遺伝子の体細胞変異リストをダウンロードした。
TCGA独立検証: 米国人LADCコホート (TCGA, n=230 patients、融合陽性9例) に同じ比較を適用し、日本人コホートの知見の普遍性を確認した。このコホートには3例のALK融合、2例のRET融合、4例のROS1融合が含まれていた。解析には、Figure 2で調査されたがん関連遺伝子およびSWI/SNFクロマチンリモデリング遺伝子のうち、CDKN2A、RBM10、RB1、NF1、KEAP1、MET、MGA、U2AF1、PIK3CA、STK11、TP53、SMARCA4、ARID1Aの情報が利用可能であったため、これらを用いた。
統計解析: 3群間変異数比較はKruskal-Wallis検定およびMann-Whitney U検定、多変量回帰分析で年齢・性別・喫煙歴・病期・分化度を調整してP<0.05を有意とした。GraphPad Prism 5ソフトウェアを用いて、遺伝子異常、臨床病理学的因子、喫煙状況の差を評価した。多変量回帰分析はJMP 10ソフトウェアを用いて実施された。