• 著者: Cui Y et al.
  • Corresponding author: Zhang T, Sun F
  • 雑誌: Cancers
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2022-08-25
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 36077658

背景

EpCAM (epithelial cell adhesion molecule) は上皮由来癌細胞の同定・単離に広く使用される標準的な腫瘍マーカーであり、CellSearch システムをはじめとする CTC (circulating tumor cell) 検出プラットフォームの根幹を成す膜タンパク質である。EpCAM は肺癌・乳癌・子宮頸癌・膵臓癌など多くのヒト癌で高発現し、正常上皮と比べた腫瘍での過剰発現が腫瘍細胞選択の根拠とされてきた。一方、遺伝子発現はゲノム増幅・プロモーターメチル化・ヒストン修飾・転写因子といった複数の階層で制御されることが先行研究で示されており、特に DNA メチル化やヒストン脱アセチル化は癌における遺伝子抑制を駆動する (Dawson et al. Cell 2012)。肺腺癌ではエピゲノム状態の遷移が腫瘍進展に伴って起こることも報告されている (LaFave et al. CancerCell 2020)。しかし、複数のヒト癌で CTC に EpCAM が検出されない例が臨床的に報告されており、EpCAM をマーカーとする際の感度・特異性に疑問が投げかけられてきた。肺癌は世界最多の癌死因 (罹患率 13%、死亡率 21%) でありながら 5 年生存率は約 22% にとどまるため、診断精度向上が急務であるにもかかわらず、原発巣から転移巣への進行に伴う EpCAM 発現の動的変化とその制御機構に関する機序的知見は著しく不足していた。本研究はこの gap in knowledge を埋めることを動機とする。

目的

原発性および転移性肺癌における EpCAM 発現の動的変化を、公共データベース解析と自施設の実験系を統合して包括的に解析し、遺伝的 (ゲノム増幅)・エピジェネティック (プロモーターメチル化、ヒストン脱アセチル化)・腫瘍微小環境という複数の階層で EpCAM 発現を制御する機構を明らかにすることを目的とした。あわせて、DNMT (DNA methyltransferase) 阻害薬・HDAC (histone deacetylase) 阻害薬・TGF-β 中和抗体による EpCAM 発現回復の可能性を検証し、EpCAM をバイオマーカーとして用いる際の段階依存的な制約と治療標的としての妥当性を評価することを狙いとした。

結果

原発性肺癌での EpCAM 高発現と遺伝子増幅:TCGA LUAD (Cancer et al. Nature 2014) および CPTAC のデータは原発性ヒト肺癌で EpCAM が RNA・タンパク質の両レベルで有意に高発現し、mRNA は正常肺に対し約 3-fold の上昇を示すことを明らかにした (Fig 1)。患者ペア検体の qPCR でも mRNA 上昇が再現され、B6C3F1 マウスの自然発生肺腫瘍 (GSE31013) と FVB/N マウスの自然発生・ウレタン誘発肺腫瘍でも qPCR・FACS (n=4 mice)・ウエスタンブロットで一致した (mean ± SD)。機序として TCGA pan-lung データの Gistic 2 解析では epcam 遺伝子座のコピー数が有意に増加し、41% の肺癌が低〜高度の遺伝子増幅を有した (Fig 2)。コピー数と発現量の相関では約 64% の患者が増幅と発現増大を同時に示し、肺癌の主因である喫煙が epcam 遺伝子増幅を有意に促進した (p < 0.01)。

プロモーター低メチル化と非増幅性の上昇機序:遺伝子増幅を伴わない約 17% の高発現患者が存在することから、エピジェネティック制御を解析した。TCGA pan-lung の DNA メチル化データでは原発性肺腫瘍で epcam プロモーターのメチル化が有意に低下し、最大差異は CpG サイト cg03706175 に認められた (Fig 3)。約 70% の原発性肺癌がプロモーター低メチル化と発現増大を同時に示し、喫煙が低メチル化を有意に誘導した (p < 0.05)。一方、epcam 遺伝子変異は 0.7% と稀で発現への影響は無視できる程度であった。少数例 (6.67%) では遺伝子欠失・プロモーター高メチル化を伴いながらも EpCAM 高発現を示し、喫煙誘発 ROS (reactive oxygen species) の関与が示唆された。

転移性肺癌での著明低下と二重エピジェネティック抑制:浸潤性の高いヒト肺癌亜株 CL1 (highly invasive lung cancer subline; GSE42407)、TGF-β 誘導 EMT (epithelial-mesenchymal transition) を再現した A549・HCC827・H358 (GSE49644)、および KrasG12Dp53flox マウスの転移性肺腫瘍 (GDS4402) で EpCAM 発現が有意に低下した (Fig 4)。高転移性ヒト細胞株 (A549, Calu-6, H727, H460) は低発現、低転移性細胞株 (H1650, H1975, H3255, HCC827) は高発現を示し、マウス高転移性細胞株 (LLC, MAD109, LAP0297) でも RNA・タンパク質がほぼ検出されなかった。抑制機序として DNMT 阻害薬 5-aza-dC が時間・用量依存的に EpCAM mRNA を約 5-fold 回復させ、HDAC 阻害薬 MS-275 も Calu-6・H727・H460・A549 で発現を回復させた。両剤併用は単剤を上回る相乗的誘導をヒト・マウス両系で示した (Fig 6, p < 0.01)。MS-275 単剤でも転写回復は用量依存的に確認され、5-aza-dC との併用群では EpCAM タンパク質が単剤群を明確に上回って再発現し、プロモーター高メチル化とヒストン脱アセチル化が転移巣で並行して EpCAM を抑える二重ロックを成すことを支持した。

TAM 由来 TGF-β による転写抑制と SNAI2 軸:TCGA pan-lung で EpCAM は TGF-β (transforming growth factor beta) および下流シグナル分子 SNAI2 (snail family transcriptional repressor 2) と負の相関を示した (Fig 7)。TGF-β 過剰発現はヒト・マウス肺癌細胞で EpCAM を強力に抑制する一方 SNAI2 を誘導し、SNAI2 は epcam プロモーター上の E-box に結合して転写を抑制した。腫瘍微小環境を検討すると、肺腫瘍細胞を肺胞マクロファージ AM (alveolar macrophage)・腹腔マクロファージ PEC (peritoneal macrophage)・骨髄由来マクロファージ BMM (bone marrow-derived macrophage)・RAW264.7 細胞株と共培養した全条件で EpCAM が抑制された (n=4 wells)。この抑制は TGF-β 中和抗体で完全に解除され (p < 0.01)、TAM (tumor-associated macrophage) が TGF-β-SNAI2 軸を介して腫瘍細胞 EpCAM を抑制することが確認された。SNAI2 の E-box 結合は epcam プロモーター活性を直接減弱させており、原発巣の遺伝子増幅・低メチル化による上昇とは反対方向に、転移巣では微小環境由来 TGF-β が SNAI2 を中心ハブとして転写を切り下げる構図が示された。

考察/結論

本研究は EpCAM 発現が肺癌の進行ステージによって相反する方向に調節される「発現スイッチ」を体系的に示した点に新規性がある。原発性肺癌では遺伝子増幅 (41%) とプロモーター低メチル化 (約 70% の患者) が主要な上昇機序として働く一方、転移性肺癌ではプロモーター高メチル化とヒストン脱アセチル化という二重のエピジェネティック抑制に加え、腫瘍微小環境の TAM が TGF-β-SNAI2 シグナルを介して EpCAM をさらに抑制する。これまでの研究では原発巣での EpCAM 過剰発現とその protumor 活性が主に報告されてきたのに対し、本研究は進行に伴う発現低下の機序を初めて多層的に統合した点で既報と対照的である。エピゲノム遷移が肺腺癌進展を駆動するという知見 (LaFave et al. CancerCell 2020) や、TGF-β が抗腫瘍免疫・上皮可塑性を制御するという報告 (Mariathasan et al. Nature 2018) とも整合し、EMT 経路を介した転移制御 (Nguyen et al. Cell 2009) と本研究の SNAI2 軸が連動する可能性を示す。

臨床応用の観点では含意は重大である。EpCAM 依存性の CTC 検出プラットフォーム (CellSearch 等) は原発巣では高感度に機能するが、EpCAM が低発現となる転移巣・CTC では偽陰性を生じうるため、転移性肺癌の液体生検では EpCAM 非依存的な単離法の併用が望ましい。さらに大腸癌・腎癌・肝癌・甲状腺癌では EpCAM が正常組織と同等または低発現であり、適用癌種の慎重な選択が臨床現場で求められる。治療面では 5-aza-dC・MS-275・TGF-β 中和抗体が転移性肺癌細胞で EpCAM 発現を回復させたことが、エピジェネティック創薬を介した bench-to-bedside の橋渡し候補となりうる。

残された課題として、EpCAM 抑制が転移を能動的に促進するのか、それとも腫瘍進行の結果として生じるのかという因果関係は未解決である。予備データでは EpCAM 再構成が転移を抑制する可能性が示唆されるが機序は不明であり、今後の検討では epcam プロモーターに結合するタンパク質群の時系列プロファイル解析や、転移巣での遺伝的変化 (欠失) の寄与の評価が必要となる。総じて本研究は、遺伝・エピジェネティック・微小環境の三層が EpCAM の動的発現を制御することを明らかにし、肺癌の細胞単離・診断・治療に novel な示唆を与えた。

方法

TCGA (The Cancer Genome Atlas) および CPTAC (Clinical Proteomic Tumor Analysis Consortium) の公共データ (EpCAM 発現・コピー数変異・プロモーターメチル化) を基盤解析とし、NCBI GEO のマウス・細胞株データセット (GSE31013, GSE42407, GSE49644, GDS4402, GSE125113, GDS3710 等) を併用した。実験系にはヒト肺癌細胞株 (KRAS 変異型: A549, Calu-6 (human lung cancer cell line), H727, H460、EGFR 変異型: H1650, H1975, H3255, HCC827, H358) およびマウス肺腫瘍細胞 (LLC, MAD109, LAP0297) を用い、RPMI 1640 + 10% FBS、37 °C、5% CO2 で培養した。生体内モデルとして FVB/N・BALB/c・C57BL/6 マウスを用い、原発巣はウレタン 1 g/kg を 6 週間腹腔投与した発癌モデルおよび 24 か月飼育した自然発生モデル、転移巣は KrasG12Dp53flox マウスを採用した。EpCAM 発現は qPCR (quantitative PCR)・FACS (fluorescence-activated cell sorting, CD45 で免疫細胞を判別)・イムノブロット (10% SDS-PAGE) で評価した。エピジェネティック薬剤として DNMT 阻害薬 5-aza-dC と HDAC 阻害薬 MS-275 の単剤・併用を、微小環境効果としてマクロファージ共培養と TGF-β 中和抗体を検討した。統計は 2 群比較に両側・対応なしの Student’s t-test (two-tailed, unpaired) を用い、データは means ± SEM もしくは means ± SD で表示、有意水準は p < 0.05 (* p < 0.05, ** p < 0.01) とした。