• 著者: Takayuki Honda, Hiroyuki Sakashita, Kyohei Masai, Hirohiko Totsuka, Noriko Motoi, Masashi Kobayashi, Takumi Akashi, Sachiyo Mimaki, Katsuya Tsuchihara, Suenori Chiku, Kouya Shiraishi, Yoko Shimada, Ayaka Otsuka, Yae Kanai, Kenichi Okubo, Shun-ichi Watanabe, Koji Tsuta, Naohiko Inase, Takashi Kohno
  • Corresponding author: Takashi Kohno (National Cancer Center Research Institute)
  • 雑誌: JCO Precision Oncology
  • 発行年: 2018
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35135139

背景

通常型間質性肺炎 (UIP: usual interstitial pneumonia) は、肺癌発症の強力なリスク因子であり、先行研究において相対リスクが8.25に達することが報告されている。UIPを合併した肺腺癌 (UIP-LADC) は、UIPのない通常の肺腺癌とは異なる生物学的・臨床的特性を持つ可能性が示唆されていたが、これまで包括的なゲノム解析は行われていなかった。UIP-LADCの分子メカニズムについては、依然として未解明な点が多く残されている。

肺サーファクタント系遺伝子 (PSSG: pulmonary surfactant system gene) であるNKX2-1、SFTPA1 (surfactant protein A1)、SFTPA2 (surfactant protein A2)、SFTPB (surfactant protein B)、SFTPC (surfactant protein C) の生殖細胞系列変異が家族性肺線維症や肺癌発症に関与することは既報の通りであるが、これらの遺伝子の体細胞変異が肺腺癌において果たす役割、特にUIPを背景とした発癌における役割は不明であった。また、UIPとEGFR変異の関係についても断片的な報告はあったものの、大規模な系統的解析は存在せず、その詳細な関連性は明らかになっていなかった。このように、UIP関連肺腺癌の分子病態を深く理解するためのゲノムデータが決定的に不足しており、発癌機構の解明に向けた研究が強く求められていた。

先行研究である Cancer et al. Nature 2014 では肺腺癌の包括的なゲノムプロファイルが提示され、さらに Imielinski et al. Cell 2017 によって挿入欠失変異 (indel) が系統特異的遺伝子を標的とすることが示されていたが、UIP合併例におけるこれら遺伝子群の変異状況や臨床的意義についてはデータが極めて不足しており、大きな知識ギャップが存在していた。

目的

本研究の目的は、UIP陽性および陰性のLADCにおけるドライバー遺伝子異常を比較し、UIP関連肺癌発生の分子メカニズムと新規予後因子を同定することである。特に、UIP-LADCに特有のゲノム変異プロファイルを明らかにし、EGFR変異との関連性、および肺サーファクタント系遺伝子 (PSSG) 変異の役割を評価することを目的とした。

結果

UIP陽性LADCにおけるEGFR変異の著明な低頻度: UIP陽性LADCではEGFR変異が著明に低頻度であった。具体的には、UIP陽性LADC 54例中1例 (1.9%) でのみEGFR変異が検出され、これはUIP陰性LADC 637例中318例 (49.9%) と比較して有意に低かった (p < 0.001)。この顕著な差異は、40 pack-years以上の重喫煙者サブグループにおいても同様に観察され、UIP陽性LADCにおけるEGFR変異頻度は1.9%であったのに対し、UIP陰性LADCの重喫煙者では25.3% (150例中38例) であり、統計学的に有意な差が認められた (p < 0.001) (Table 1)。また、UIP陽性LADCではEGFRのコピー数増加も有意に認められず、EGFR遺伝子増幅や過剰発現がUIP合併例における主要な発癌ドライバーではないことが示された。

変異シグネチャーの解析と喫煙との関連: 全エクソームシーケンシング (WES) を用いた変異シグネチャー解析では、UIP陽性LADCの発生に喫煙関連の変異プロセス (COSMIC signature 4: C>A transversion) が主に寄与していることが示された。UIP陽性LADCにおける単一ヌクレオチド変異 (SNV) の中央値は1.43/Mb (n=51)、UIP陰性LADCでは0.97/Mb (n=245) であり (p = 0.0044)、indel変異の中央値はそれぞれ0.25/Mb、0.080/Mbであった (p < 0.001)。多変量解析により、UIP陽性LADCにおける変異イベントの主要な寄与因子はUIPそのものではなく喫煙であることが示された。これらの結果は、UIP陽性LADCが喫煙による単一ヌクレオチド変異およびindel変異の蓄積を介して進行することを示唆している。

NKX2-1がUIP陽性LADCの有意変異遺伝子として同定: MutSigCV解析により、NKX2-1/TTF1がUIP陽性LADCの有意変異遺伝子として新規に同定された。その変異頻度はUIP陽性LADCで11.8% (51例中6例) であり、UIP陰性LADCの4.1% (245例中6例) よりも有意に高かった (p = 0.0080) (Fig 1B)。NKX2-1は肺の転写因子であり、II型肺胞上皮細胞の分化と機能維持に不可欠であることから、その変異がUIP-LADCに特に集積することは新規かつ重要な知見である。NKX2-1変異を有する腫瘍では、SP-A (surfactant protein A)、SP-B (surfactant protein B)、SP-C (surfactant protein C) タンパク質の発現が減少または消失していた。

PSSG変異の頻度と予後的意義: 5種の肺サーファクタント系遺伝子 (PSSG: NKX2-1、SFTPA1、SFTPA2、SFTPB、SFTPC) の変異は、全296例中21例 (7.1%) に相互排他的に認められ、主に3’-非翻訳領域 (3’-UTR) におけるindel変異であった (Fig 2A)。これらのPSSG変異は、UIP陽性LADCの予後不良と独立して関連していた。UIP陽性LADC患者において、PSSG変異を有する患者の全生存期間中央値は24ヶ月であり、変異のない患者の125ヶ月と比較して有意に短かった (p = 0.0080) (Fig 3B)。多変量解析において、PSSG変異は病理病期とは独立した予後不良因子であり、ハザード比は4.9 (95% CI 1.7-14.4, p = 0.0037) であった (Fig 3C)。PSSG変異を有するLADCは、男性 (90.5%)、重喫煙者 (57.1%)、UIP陽性例 (38.1%) に多く、腫瘍分化度が低い傾向が認められた (p = 0.0011) (Table 2)。また、PSSG変異を有するLADCの約半数 (21例中11例; 52.3%) は既知のドライバー遺伝子異常と共存していた。

基礎的発現解析による機能的影響の検証: 3’-UTRにindel変異を有する SFTPA1、SFTPA2、SFTPC について、患者由来腫瘍組織および非癌組織から抽出したDNAおよびcDNAを用いて対立遺伝子特異的発現解析 (n=3 replicates) を実施した。質量分析ジェノタイピングおよびフラグメント解析の結果、変異型アレルからの転写産物量は野生型アレルと比較して著明に減少しており、1.8-foldから2.5-foldの低下 (log2FC -0.85 to -1.32, p < 0.05) が認められた。この結果は、3’-UTRのindel変異がmRNAの安定性低下を引き起こし、肺胞上皮細胞の生存・分化維持に必要なサーファクタント系タンパク質の欠損を招くことを示している。

考察/結論

先行研究との違い: これまでの断片的な報告とは対照的に、本研究は大規模なゲノム解析により、UIP-LADCがEGFR変異に依存せず、喫煙による変異蓄積を通じて発生するという分子的な発生機序の差異を実証した点で新規性が高い。特に、UIP陽性LADCにおけるEGFR変異の頻度が1.9%と極めて低いことは、UIP陰性LADCの49.9%と比較して顕著な違いであり、UIPが肺腺癌の分子経路に与える影響を明確に示した。この知見は、UIP合併患者におけるEGFR TKIの有効性に関する臨床的疑問に対し、分子レベルでの根拠を提供するものである。

新規性: 肺サーファクタント系遺伝子 (PSSG) がUIP関連肺癌発生における重要な変異標的であり、独立した予後因子であることを本研究で初めて明らかにした点が主要な独自の貢献である。特に、NKX2-1変異のUIP-LADCへの集積は、肺胞上皮の恒常性維持機構の破綻がUIP背景での発癌に特有の寄与をする可能性を新規に示唆している。PSSG変異は主にindel変異として検出され、Imielinski et al. Cell 2017 の報告とも一致し、系統特異的遺伝子がindel変異の標的となるという概念を裏付けるものである。

臨床応用: 本知見は、UIP合併肺腺癌においてEGFR TKIの有効性が期待しにくいことの分子的根拠を提供する。臨床的意義として、PSSG変異を持つUIP-LADC患者への特別な経過観察の強化や新規治療戦略の検討が臨床応用として示唆される。PSSG欠損は肺胞構造の破壊を増悪させ、UIPの腫瘍促進効果を増強する可能性があり、サーファクタント系を介した新規治療介入の可能性も示唆される。例えば、サーファクタント補充療法や、PSSG機能を回復させる薬剤の開発が、将来的な治療選択肢となる可能性がある。

残された課題: 今後の検討課題として、日本人以外の集団でのPSSG変異頻度と予後との関連の検証、PSSG変異の機能的意義のさらなる解明、およびUIP合併肺癌に特有の免疫微小環境の解析が挙げられる。また、本研究のUIP-LADCコホートでは融合遺伝子の頻度が低かったが、より大規模なコホートでのマイナーなドライバー遺伝子やPSSGの異常の役割を、扁平上皮癌を含む他の組織型でも検討する必要がある。SFTP遺伝子の3’-UTR変異の生物学的意義についても、mRNAの安定性や発現量への影響に関する機能解析が今後の課題である。

方法

日本人LADC患者691例 (UIP陽性54例、UIP陰性637例) を対象にドライバー遺伝子異常のスクリーニングを実施した。EGFR、KRAS、BRAF、HER2のホットスポット変異は高分解能融解曲線分析またはターゲットシーケンシングで解析し、ALK、RET、ROS1融合遺伝子はRT-PCRまたは分子カウンティングアッセイで評価した (Kohno et al. NatMed 2012Takeuchi et al. NatMed 2012)。

さらに、296例 (UIP陽性51例、UIP陰性245例) に対して全エクソームシーケンシング (WES) を実施した。WESデータに基づき、変異シグネチャー解析 (NMFによる非負値行列因子分解) を行い (Alexandrov et al. Nature 2013)、MutSigCV解析により有意変異遺伝子の同定を行った (Lawrence et al. Nature 2013)。体細胞単一ヌクレオチド変異 (SNV) はMuTectソフトウェア (Cibulskis et al. NatBiotechnol 2013)、挿入欠失変異 (indel) はGATK Somatic Indel Detectorを用いて検出した。WES解析における平均シーケンシングカバレッジは、癌組織で102x、非癌組織で104xであった。

NKX2-1の免疫組織化学染色 (IHC) によるタンパク発現評価も実施した。生存解析にはCox比例ハザードモデルを用いた。統計学的解析にはStudent t-test、Mann-Whitney U test、Pearson’s χ2 test、またはFisher’s exact testが用いられ、P値 < 0.05を有意差ありと判断した。病理診断はTravis et al. JThoracOncol 2011の分類に基づき、病期分類はGoldstraw et al. JThoracOncol 2007に従った。

本研究の基礎的アッセイ検証において、肺癌細胞株 A549 を用いたコントロール実験を実施し、NKX2-1発現とサーファクタントタンパク質の発現相関を解析した。また、WESにおける体細胞変異コール精度のバリデーションとして、質量分析ジェノタイピングシステムによる検証を行い、SNVでは10/10 (100%)、indelでは45/47 (95.7%) の高い検証精度を達成した。