• 著者: Kohno T, Ichikawa H, Totoki Y, Yasuda K, Hiramoto M, Nammo T, et al. (Kohno T・Ichikawa H が equally contributed)
  • Corresponding author: Takashi Kohno (Division of Genome Biology, National Cancer Center Research Institute, Chuo-ku, Tokyo, Japan)
  • 雑誌: Nature Medicine
  • 発行年: 2012
  • Epub日: 2012-02-12
  • Article種別: Brief Communication
  • PMID: 22327624

背景

肺腺癌 (LADC) は肺癌全体の約40%を占める最多組織型であり、2012年時点では主要なドライバー変異としてEGFR変異 (東アジア人10-50%、白人8-10%)、KRAS変異 (10-30%)、およびALK融合 (約5%) が知られていた。これらの変異は通常、相互排他的な関係にあることが報告されている。EGFRおよびALKを標的とするチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) は、それぞれの変異を保有する患者において有効性が実証されており、精密医療の礎となっていた。しかし、これらの既知のドライバー変異を持たない患者群が依然として多数存在し、新規の治療可能なドライバー変異の探索が強く求められていた。特に、既知のドライバー変異が同定されていないLADC患者の約30%において、新たな治療標的の発見が臨床的課題として認識されていた。

RET癌遺伝子は、甲状腺乳頭癌においてPTC-RET (papillary thyroid carcinoma-RET) などの融合遺伝子を形成し、RETキナーゼの恒常的活性化をもたらすことが既に知られていた (Meyerson et al. NatRevGenet 2010)。KIF5B (kinesin family 5B) は染色体10短腕 (10p11.2) に位置し、モータードメインおよびコイルドコイル (CC) ドメインを持つモータータンパク質である。一方、RETは同一染色体10の長腕 (10q11.2) に位置する受容体型チロシンキナーゼである。全トランスクリプトームシークエンシング (RNA-seq) の実用化により、腫瘍特異的融合転写産物の網羅的探索が可能となり、肺腺癌における新規融合ドライバー遺伝子の発見に最適な手法が提供されていた。先行研究では、EML4-ALK融合遺伝子が非小細胞肺癌 (NSCLC) のドライバー変異として同定され、その後の治療開発に大きな影響を与えている (Soda et al. Nature 2007)。しかし、RET融合遺伝子が肺腺癌のドライバー変異として機能するかどうかは、本研究の時点では未解明であった。本研究は、30例のLADCを対象にRNA-seqを実施して新規融合転写産物を探索し、KIF5B-RET融合遺伝子を同定した最初の報告であり、LADCにおける新たな治療標的の不足を補完するものである。

目的

本研究の目的は、全トランスクリプトームシークエンシングを用いて肺腺癌における新規融合遺伝子を同定し、その頻度、組織特異性、人種間分布、他の既知ドライバー変異との相互排他性、分子機能特性、およびRETチロシンキナーゼ阻害薬 (RET-TKI) に対する感受性を包括的に明らかにすることである。具体的には、KIF5B-RET融合遺伝子の構造的特徴、染色体異常との関連、融合タンパク質の恒常的キナーゼ活性化能、およびin vitroでの細胞形質転換活性を評価する。さらに、臨床的に利用可能なRET-TKIであるバンデタニブ (vandetanib) が、KIF5B-RET融合陽性細胞の増殖を抑制するかどうかを検証し、この融合遺伝子が肺腺癌の新たな治療標的となり得るかを評価する。これらの解析を通じて、KIF5B-RET融合が肺腺癌の独立したドライバー変異であることを確立し、個別化医療への貢献を目指す。

結果

KIF5B-RET融合の分子構造とバリアント: 全トランスクリプトームシークエンシングおよびRT-PCR解析により、染色体10p11.2のKIF5B遺伝子イントロン15、16、23、または24のいずれかが、10q11.2のRET遺伝子イントロン7またはイントロン11と融合するin-frame転写産物が4種類のバリアントとして同定された (Fig. 1a)。これらの融合は、セントロメア領域を挟む染色体10内の逆位 (inversion) によって生じることがゲノムPCRで示唆され、FISH解析ではRET遺伝子を挟むプローブのsplitシグナルとして確認された (Supplementary Fig. 2)。全4バリアントは、KIF5BのMotorドメインとCoiled-Coil (CC) ドメインを保持し、RETの完全なKinaseドメインを保持していた。KIF5BのCCドメインはタンパク質の二量体化能を持つことが知られており、融合タンパク質がCCドメイン依存的なホモ二量体を形成することで、RETキナーゼの恒常的活性化を引き起こすと推定された。この活性化機序は、甲状腺乳頭癌で報告されているPTC-RET融合や、肺癌のKIF5B-ALK融合と類似している。

KIF5B-RET融合の頻度、組織特異性、および人種間分布: 日本人肺腺癌319例中6例 (1.9%) にKIF5B-RET融合が検出された (Fig. 1b)。米国人肺腺癌80例中1例 (1.3%、European ancestryの男性、ever smoker) にも検出されたが、ノルウェー人肺腺癌33例では検出されなかった。日本人陽性例6例は全例がnever-smokerであった。一方、肺扁平上皮癌234例、肺大細胞癌17例、小細胞肺癌20例、卵巣腺癌100例、および結腸腺癌200例では、KIF5B-RET融合は全く検出されず、この融合が肺腺癌に高度に特異的な異常であることが示された (Supplementary Table 3)。

他のドライバー変異との相互排他性: KIF5B-RET融合陽性の7例 (日本6例+米国1例) は、全例においてEGFR変異、KRAS変異、HER2変異、およびALK融合を有していなかった (Table 1)。この完全な相互排他性は、KIF5B-RET融合が独立した主要なドライバー変異として機能することを強く示唆する。この結果は、既知のドライバー変異陰性肺腺癌患者における新たな治療標的の存在を裏付けるものである。

臨床・病理学的特徴: KIF5B-RET融合陽性腫瘍は、全例が高分化または中分化腺癌であった (Table 1)。解析可能であった5例では、TTF-1陽性、Napsin A陽性、サイログロブリン陰性であり、肺原発であることが確認された。術前のCTおよびPET評価でも甲状腺異常は認められなかった。融合陽性LADCでは、RET mRNA発現が正常肺組織と比較して2-30倍に上昇しており (Supplementary Fig. 4, 5)、RETタンパク質が腫瘍細胞の細胞質に免疫組織化学的に陽性を示した (Supplementary Fig. 3b)。Western blot解析でも、融合タンパク質の発現が確認された (Supplementary Fig. 6)。

機能解析:恒常的RETキナーゼ活性化と形質転換能: H1299細胞にKIF5B-RET variant 1を過剰発現させると、血清非存在下 (無刺激) において、RET Tyr905 (チロシン905) の恒常的リン酸化が確認された (Fig. 1c)。これは、野生型RETでは血清非存在下でリン酸化が認められないことと対照的であった。kinase-dead変異体 (S765P) であるKIF5B-RET-KDではTyr905リン酸化が消失し、この活性化がRETキナーゼ依存的であることが実証された。NIH3T3細胞を用いた軟寒天コロニー形成試験では、KIF5B-RET発現細胞はKRASV12 (KRAS G12V変異体) 発現細胞と同等の形質転換活性を示し、アンカレッジ非依存性増殖を誘導した (Fig. 1d)。一方、野生型RETおよびKIF5B-RET-KDでは形質転換活性は認められなかった。これらの結果から、KIF5B-RET融合タンパク質がRETキナーゼの恒常的活性化を介してがん化能を発揮することが実験的に実証された。

Vandetanib感受性:RET-TKIによる増殖抑制: KIF5B-RET誘導性のNIH3T3細胞の軟寒天コロニー形成は、RET-TKIであるバンデタニブを0.01 µMから1 µMの濃度範囲で処置すると、濃度依存的に有意に抑制された (p<0.05) (Fig. 1d)。対照的に、KRASV12誘導性の増殖はバンデタニブでは抑制されず、この抑制効果がRETキナーゼ特異的であることが確認された。H1299細胞においても、バンデタニブがTyr905リン酸化を抑制することが確認された (Fig. 1c)。バンデタニブはRETのみならずEGFRおよびVEGFRも阻害するマルチキナーゼ阻害薬であるが、KRASV12誘導性増殖を抑制しないことから、この系でのバンデタニブの効果はRETキナーゼ阻害によるものと解釈された。これらの結果は、KIF5B-RET融合が既存のRET-TKIの標的となり得ることを示唆している。

考察/結論

本研究は、全トランスクリプトームシークエンシングという革新的なアプローチを用いて、KIF5B-RET融合が肺腺癌の約1-2%に存在する新規ドライバー変異であることを、日本人 (1.9%) および米国人 (1.3%) の多国籍コホートで実証した先駆的報告である。本論文の学術的意義は複数の観点から評価できる。

新規性: 第一に、全トランスクリプトームシークエンシングによる新規ドライバー融合遺伝子の発見という研究アプローチの有用性を実証した点が重要である。RNA-seqはDNA-seqと比較して低発現の融合転写産物を高感度に検出でき、既知の変異の有無に関わらず偏りなくスクリーニングできる点で優れている。本研究で初めて、KIF5B-RET融合遺伝子が肺腺癌のドライバー変異として機能することを同定した。本論文と同時期に、Takeuchi et al. NatMed 2012およびLipson et al. (Nat Med 2012) もRET融合を報告しており、3グループが独立してRET融合を非小細胞肺癌 (NSCLC) の新規actionable targetとして確立した。

先行研究との違い: 第二に、KIF5B-RET融合がEGFR/KRAS/HER2/ALK変異と完全に相互排他的であったことは、この融合が独立した主要ドライバー変異として機能することの強力な根拠となった。これは、これまでの肺腺癌のドライバー変異が相互排他的であるという知見と一致するが、RET融合がそのリストに加わることで、既知のドライバー変異陰性患者に対する理解が深まった点で重要である。KIF5B CCドメイン依存的な恒常的RETキナーゼ活性化、KRASと同等の形質転換能、そしてバンデタニブ (<1 µM) による選択的増殖抑制という三角証明が「発見→機能解析→薬剤感受性」の論理的連鎖を完結させた。

臨床応用: 第三に、本研究が示したバンデタニブ (<1 µM) によるKIF5B-RET融合活性の抑制は、承認済みのRET-TKIの即時転用可能性を示した。この知見は、RET融合陽性肺腺癌患者に対する新たな治療選択肢を提供するものであり、臨床的意義は極めて大きい。その後の臨床展開として、カボザンチニブ (cabozantinib) やバンデタニブが適応外使用でRET融合NSCLCに有効性を示し、より選択的なRET阻害薬であるセルペルカチニブ (selpercatinib、LIBRETTO-001試験でORR 64%) やプラルセチニブ (pralsetinib、ARROW試験でORR 61%) が開発され、FDA承認を取得した。本論文はこの治療開発系譜の出発点として歴史的重要性を持つ。

残された課題: 本研究の限界として、Brief Communication形式のため患者数が限定的であること (日本+米国の計7例)、臨床アウトカムデータが含まれないこと、喫煙状況との詳細な関連 (日本人の全例never-smokerと米国人の1例ever-smokerの差) については大規模コホートでの更なる検証が必要であることが挙げられる。また、KIF5B-RET融合の検出にRT-PCR主体であり、エクソン組み合わせが多様なためバリアントによっては感度に差が生じる可能性があるというlimitationも存在する。しかし、本論文の発表から12年が経過した現在、選択的RET阻害薬の臨床承認により、KIF5B-RET融合は肺腺癌における重要なactionable targetとして確立されており、本研究の先見性が証明されている。さらにRET融合は甲状腺癌・肺癌・消化器腫瘍など複数腫瘍種にわたる横断的な治療標的となっており、本論文がその治療研究の基盤を形成した意義は大きい。今後の検討課題として、KIF5B-RET融合の検出における最適な診断法の確立や、選択的RET阻害薬に対する耐性メカニズムの解明が挙げられる。

方法

発見コホート (n=30):国立がんセンター (東京) の日本人肺腺癌患者30例の腫瘍組織検体に対し、paired-end RNA-seqを実施した。このコホートの内訳は、EML4-ALK融合陽性2例、EGFRまたはKRAS変異陽性4例、および既知のドライバー変異なし24例であった。RNA-seqデータから、20リード以上でサポートされた候補融合転写産物を選出し、RT-PCRおよびSangerシーケンス法を用いて検証した。このスクリーニングにより合計7種の融合転写産物を同定し、そのうちKIF5B-RET融合を詳細解析の対象とした。

検証コホート (計432例):KIF5B-RET融合遺伝子の頻度と分布を評価するため、日本人肺腺癌319例 (発見コホート30例を含む)、米国人肺腺癌80例、およびノルウェー人肺腺癌33例の合計432例の検体を用いてRT-PCRによる検出を実施した。融合陽性検体については、ゲノムPCRにより染色体10内の逆位 (inversion) を同定し、さらにFISH (蛍光in situハイブリダイゼーション) を用いてRET遺伝子の両端プローブのsplitシグナルを検出することで、染色体逆位を細胞遺伝学的に確認した。

組織特異性確認:KIF5B-RET融合の組織特異性を評価するため、卵巣腺癌100例、結腸腺癌200例、肺扁平上皮癌234例、肺大細胞癌17例、および小細胞肺癌 (SCLC) 20例の合計571例の腫瘍検体について、KIF5B-RET融合の有無をRT-PCRで調査した。

機能解析:KIF5B-RET融合タンパク質の発現と機能的特性を評価するため、以下の実験を実施した。

  1. 発現確認:融合陽性腫瘍組織におけるRET融合タンパク質の発現を、免疫組織化学 (IHC) およびWestern blotにより確認した。
  2. キナーゼ活性評価:RET非発現のH1299ヒト肺癌細胞に、KIF5B-RET variant 1の発現プラスミドを導入した。血清非存在下において、RET Tyr905 (チロシン905) のリン酸化 (活性化ループ部位) をWestern blotで評価し、野生型RETおよびkinase-dead変異体 (S765P; KIF5B-RET-KD) と比較した。
  3. 形質転換能評価:NIH3T3線維芽細胞にKIF5B-RET融合遺伝子を発現させ、軟寒天コロニー形成アッセイ (anchorage-independent growth) により細胞の形質転換能を評価した。
  4. 薬剤感受性試験:KIF5B-RET誘導性のNIH3T3細胞の軟寒天コロニー形成に対し、RET/VEGFR/EGFR TKIであるバンデタニブ (vandetanib) を0.01 µMから10 µMの濃度域で処置し、増殖阻害効果を検証した。統計解析には、各実験群間の比較にt検定やANOVAなどの適切な統計手法を用いた。本研究は、国立がんセンターの倫理審査委員会の承認を得て実施された。