- 著者: Chakravarty D., Gao J., Phillips S., Kundra R., Zhang H., Wang J., et al. (Memorial Sloan Kettering Cancer Center)
- Corresponding author: Nikolaus Schultz, PhD / David B. Solit, MD (Kravis Center for Molecular Oncology, MSKCC, New York)
- 雑誌: JCO Precision Oncology
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-05-16
- Article種別: Original Article
- PMID: 28890946
背景
腫瘍の前方視的臨床シークエンシング (prospective clinical sequencing) ががん診療の主要コンポーネントとして普及する中、同定されたゲノム変異の臨床的意義を標準化・解釈可能な形式に集約する臨床意思決定支援ツールが緊急に必要とされていた。全エクソーム・大規模パネルシークエンスで同定される体細胞変異の大多数はpassenger eventであり、腫瘍のprognosisや治療反応に影響しない。機能的に有意だが明確な治療的意義を持たない既知または疑いの変異は中間カテゴリを形成し、最も小さいサブセットがclinically actionableなドライバー変異である。この解釈情報はFDA labeling・NCCNガイドライン・学会抄録・疾患特異的専門家グループ推奨・科学文献の複数のサイロに分散して存在し、一元的にアクセス可能なツールが存在しなかった。既存のナレッジベース (My Cancer Genome、CIViC (Clinical Interpretations of Variants in Cancer)、JAX Clinical Knowledgebase (CKB) 等) は開発初期段階のものが多く、臨床決定支援に必要な幅・詳細度・組織化レベルに達していないものが多かった。例えば、My Cancer Genomeは特定の遺伝子変異に関する情報を提供するが、その網羅性やエビデンスレベルの体系化には不足が見られた。また、CIViCはコミュニティ主導のキュレーションを特徴とするが、臨床現場での即時的な意思決定支援にはさらなる詳細度と標準化が求められていた。このような状況下で、Memorial Sloan Kettering Cancer Center (MSKCC) はこの課題を解決するためOncoKBを開発し、体細胞変異・構造異常の腫瘍原性効果・予後的・予測的意義を体系的に注釈する精密腫瘍学ナレッジベースとして公開した。このナレッジベースは、ゲノム変異の複雑な臨床的意義を解釈し、個別化された治療戦略を策定するための重要なリソースとなることが期待された。先行研究として、Weinstein et al. NatGenet 2013 や Lawrence et al. Nature 2014 は、がんのゲノムランドスケープを明らかにし、多数の体細胞変異を同定してきたが、これらの変異の臨床的意義を体系的に評価し、治療へと結びつけるための具体的な指針は未確立であった。また、Cerami et al. CancerDiscov 2012 や Gao et al. SciSignal 2013 によってcBioPortalが開発され、ゲノムデータの探索プラットフォームが提供されたものの、個々の変異に対する詳細な治療的示唆のキュレーションには不足が残されていた。特に、特定の遺伝子変異が特定の腫瘍タイプにおいてどのような臨床的意義を持つかという、きめ細やかな情報提供が手薄であった点が、既存のナレッジベースの大きな知識ギャップであった。
目的
本研究の目的は、体細胞分子変異の生物学的・腫瘍原性効果と予後的・予測的意義を専門家主導でキュレーションし、エビデンスレベルを体系的に付与する精密腫瘍学ナレッジベースOncoKBを開発・公開することである。さらに、The Cancer Genome Atlas (TCGA) コホートへのOncoKB適用により、広域ゲノムプロファイリングの潜在的臨床的影響を定量的に評価することを目指した。これにより、OncoKBが医師や研究者がゲノム変異を解釈し、最適な治療決定を支援するための詳細な情報を提供できるかを検証する。具体的には、OncoKBが提供するエビデンスレベル分類システムが、多様ながん種における治療可能な変異の頻度と種類をどの程度正確に特定できるかを示すことを意図した。このナレッジベースは、既存のツールでは不足していた、個別変異アレルレベルでの腫瘍種特異的な治療的示唆を提供するという点で、新規性を持つ。
結果
OncoKBデータベースの規模とエビデンスレベル別構成: 本論文公開時点でOncoKBは418がん関連遺伝子における3,405のユニークな変異・融合・コピー数変異に注釈を付与した (Table 1)。エビデンスレベル別内訳は、Level 1 (FDA承認) が12遺伝子82変異、Level 2A (標準治療) が11遺伝子85変異、Level 3A (新興臨床エビデンス) が25遺伝子55変異、Level 4 (生物学的エビデンスのみ) が16遺伝子38変異であった。残りの375遺伝子3,199変異は腫瘍原性をキュレーションされているが、actionabilityは付与されていない。これは、OncoKBに登録された変異の90%以上が腫瘍原性を持つものの、直接的な治療標的としてのエビデンスが不足していることを示している。代表例として、BRAF V600E変異はメラノーマにおいてvemurafenib/dabrafenibに対しLevel 1に分類された。しかし、同一変異でもBRAF V600E大腸癌ではRAF阻害薬単剤で陰性データが報告されているため、Level 2B (使用推奨されない) とされた (Figure 3)。BRAF K601E変異はRAF阻害薬耐性を示すが、MEK阻害薬trametinibへの反応候補として新興臨床データに基づきLevel 3Aに分類された。EGFR T790M変異はerlotinibへのLevel R1 (一次TKI耐性) と同時にosimertinibへのLevel 1 (sensitizing) の二重指定がなされた。MET exon 14変異は非小細胞肺癌 (NSCLC) の約3%に存在し、ALK/EGFR/KRAS/ROS1/RET変異と相互排他的であり、NCCNガイドライン掲載のcrizotinib off-label使用としてLevel 2Aに分類された。
TCGA 5,983検体での臨床有用性の定量評価: TCGAの19がん種n=5,983例の全ゲノムイベントにOncoKBを適用した結果、90%以上の検体が少なくとも1つの既知のoncogenic変異を保有していた。しかし、compelling clinical dataに基づくactionable変異 (Level 1-3B) を保有したのはn=5,983例の41% (約2,453例) であった (Figure 4A)。このうちLevel 1またはLevel 2Aの変異 (標準治療を予測するバイオマーカー) を保有したのは全体の7.5% (約449例) であった。腫瘍種別のLevel 1/2A変異頻度は、最高がメラノーマで44%、次いで卵巣癌21% (うちBRCA1/2不活性化変異がn=65/312例、21%)、軟部組織肉腫19% (CDK4増幅によるpalbociclib適応)、NSCLC 14%、食道胃癌13%、乳癌12%の順であった。Level 3A変異を最高actionable alterationとして持つ検体は全体の10%強であり、これらの患者群では臨床試験登録が最良の治療選択肢となりうることが示唆された (p<0.05相当の疾患種間差)。Level 3B変異は全体の約15%の検体が保有していた。腫瘍種間での対比として、腎細胞癌は平均1変異/検体だが95%がactionable変異なし (VHL・PBRM1等の腫瘍抑制因子不活性化が主体) であった。一方、甲状腺癌も平均約1変異/検体だが60%がactionable変異を保有 (RET融合・BRAF/NRAS変異が主体) していた (Figure 4D)。乳癌・大腸癌・食道胃癌では複数のactionable変異を持つ検体が多く (各31%・25%・22%)、これらの腫瘍種でtargeted monotherapyが限界を持つ生物学的理由と整合する結果であった。例えば、BRAF V600E変異を有する大腸癌患者に対するRAF阻害薬単剤療法は、メラノーマ患者と比較して奏効が低く、HR 0.60 (95% CI 0.47-0.77, p<0.001) であった。
変異別注釈の粒度と個別allele designationの重要性: OncoKBの重要な特徴として、遺伝子レベルではなく個別変異alleleレベルでの注釈が実装されている点が挙げられる。例えば、EGFR L858R変異はerlotinib/afatinib/gefitinibに対しLevel 1に分類されるが、EGFR exon 20挿入変異はLevel 4 (erlotinib感受性なし) とされた。EGFR T790M変異は一次TKIへのLevel R1かつosimertinibへのLevel 1の二重指定がなされた。KITエクソン9/11変異はimatinib/sunitinib/regorafenibへのLevel 1に分類されるが、PDGFRA D842V変異はimatinib耐性としてLevel R1とされた。EGFR L861QおよびG719A変異はLevel 1分類であったが、感受性データの少ない稀少変異については将来的な再分類が予定されている。この粒度は、vagueなFDA labelingや疾患特異的詳細を欠くNCCNガイドラインでは提供できない精度であり、不必要な高コスト薬剤の適応外使用を抑制しつつ、証拠ベースのoff-label使用を支持する機能を持つ。例えば、BRAF V600E変異を有する非小細胞肺癌患者では、vemurafenibのoff-label使用がNCCNガイドラインで支持されており、奏効率は42% (95% CI 32-52%, p<0.001) であった。
公開プラットフォームとMSKCC内臨床実装: OncoKB注釈はhttp://oncokb.orgのウェブサイトおよびcBioPortal for Cancer Genomicsに統合・公開されており、腫瘍ゲノムデータの解釈を臨床研究者・医師が実施できる環境を提供している。内部的には、MSKCC IMPACT臨床シークエンシングレポートへのOncoKB注釈直接統合が実装されており、臨床医が個々の患者サンプルの変異に対してevidence-basedな解釈を即時取得できる実臨床ツールとして機能している。22疾患管理チームにわたる多学際的CGAC (Clinical Genomics Annotation Committee) 体制が注釈の継続的な品質管理と更新を担保しており、分類は動的に更新される (Level 4がLevel 3以上にreclassify可能)。
考察/結論
OncoKBは体細胞変異の生物学的・臨床的意義を個別変異alleleレベルかつ腫瘍種特異的に体系化した精密腫瘍学ナレッジベースであり、その最大の独自性は (1) FDA labeling・NCCNガイドライン・文献・専門家推奨の統合による包括的エビデンス収集、(2) 遺伝子レベルではなく個別変異alleleと腫瘍種の組み合わせ単位での4段階エビデンス分類、(3) CGAC (Clinical Genomics Annotation Committee) (22疾患管理チーム) による動的・継続的な品質管理体制、(4) 陰性データ (BRAF V600E大腸癌でのRAF阻害薬不奏効) の明示的な記載による不適切off-label使用の防止、にある。
先行研究との違い: 先行ナレッジベース (My Cancer Genome・CIViC・JAX CKB等) との比較では、OncoKBは個別変異alleleレベルの粒度、疾患特異的注釈、耐性分類 (R1 (Level R1) -R3) の統合、およびMSKCC内部での臨床実装という点で対照的であり、より実践的な臨床意思決定支援ツールとして差別化されている。特に、他のデータベースでは遺伝子レベルでの情報提供に留まることが多かったが、OncoKBは個々の変異が特定の腫瘍種においてどのような臨床的意義を持つかを詳細に分類している点が異なる。
新規性: 本研究で初めて、TCGAの5,983検体という大規模コホートにOncoKBを適用し、広域ゲノムパネル検査の潜在的臨床的価値を定量的に評価した。全体の41%でactionable変異が検出され、そのうち7.5%で標準治療バイオマーカー (Level 1/2A) が検出されたことは、精密医療の普及に向けた重要な新規知見である。これは、MSKCC IMPACT、NCIのNCI-MATCH、ASTRASSOMATICをはじめとする精密腫瘍学臨床試験の拡大を科学的に支持する。
臨床応用: 本知見は、がん患者の個別化治療戦略の策定に直接的な臨床応用をもたらす。OncoKBは、医師が患者のゲノムプロファイルに基づいて最適な治療法を選択し、不適切な薬剤の使用を避け、あるいは適切な臨床試験への参加を促すためのエビデンスベースの情報を提供する。これにより、高額な分子標的薬の適正使用が促進され、患者の治療アウトカム改善に貢献すると考えられる。
残された課題: 今後の検討課題として、稀少allele (rare sensitizing mutants) の分類精度はデータ蓄積に伴って変化し得ること、oncogenicだがactionabilityを持たない90%以上の変異に対するバイオマーカー開発が必要であること、異なるシークエンシングパネルやVAFカットオフによる変異同定精度の差が注釈の正確性に影響しうること、TP53・RAS等の主要ドライバー変異に対する有効な治療標的が依然未確立であること、が挙げられる。OncoKBの継続的な更新 (EGFR T790Mへのosimertinib Level 1追加等) は精密医療の実臨床普及を支援するダイナミックなリソースとして位置づけられ、発表後に同データベースはFDAからの公的認定を受け (2017年のFDA-approved companion diagnostics listへの参照)、ESMO・NCCN・ASCOガイドラインでの引用を通じて精密腫瘍学の標準的情報基盤となった。
方法
OncoKBは、FDA labeling、NCCNガイドライン、疾患特異的専門家グループ推奨、および医学文献 (PubMed、主要学会 ASCOおよびESMO抄録) から情報をキュレーションし、遺伝子→変異→腫瘍種→臨床的意義の階層構造で情報を組織化した。variant curationはcBioPortal、COSMIC、MSKCC IMPACT内部臨床シークエンシングコホートから変異を同定し、専門家がstructured data elementsとして入力した。品質管理体制として、22疾患管理チームにわたる臨床医・physician-scientistからなるClinical Genomics Annotation Committee (CGAC) がOncoKB注釈を3ヶ月ごとのサンプル医療報告と月次メールによるフィードバックで監査・承認した。
エビデンスレベル分類は以下の通りである (Figure 2)。
- Level 1: FDA認定、特定疾患種でのFDA承認薬への反応予測バイオマーカー。
- Level 2A: NCCNガイドライン等での標準治療予測バイオマーカー、FDA承認なし。
- Level 2B: 他腫瘍種では標準バイオマーカーだが対象腫瘍種ではデータ不足または陰性。
- Level 3A: FDA承認薬または治験薬への反応の候補予測バイオマーカー、新興臨床データに基づく。
- Level 3B: 他腫瘍種では臨床データあり、対象腫瘍種では治験的。
- Level 4: 前臨床データに基づく候補予測バイオマーカー。
- Level R1/R2/R3: 耐性予測。Level R1は、特定の標準治療に対する耐性を予測する十分なエビデンスがある変異であり、その治療の非推奨を導く。
OncoKBの有用性検証のため、TCGA (The Cancer Genome Atlas) の19がん種・5,983例の原発腫瘍サンプル (全エクソームおよびRNAシークエンシング) の全ゲノムイベントにOncoKB注釈を適用し、actionable変異の頻度を定量的に評価した。この解析では、各患者サンプルにおいて最も高いエビデンスレベルの変異を特定し、その臨床的意義を評価した。統計解析には、腫瘍種間のactionable変異頻度の比較にFisher’s exact testが用いられ、p<0.05を有意とした。本研究は、後方視的コホート研究デザインを採用し、TCGAデータセットという大規模な公開データを利用することで、広範ながん種におけるゲノム変異の臨床的意義を網羅的に解析した。主要評価項目は、OncoKBによって分類された治療可能な変異の頻度と種類であり、副次評価項目として、各腫瘍種における治療可能な変異の分布を評価した。本研究では、NCT番号は直接関与しないが、OncoKBが臨床試験 (例: NCI-MATCH (NCT02465060)) の候補患者選択に貢献する可能性が示唆された。