• 著者: Marco Mina, Arvind Iyer, Daniele Tavernari, Franck Raynaud, Giovanni Ciriello
  • Corresponding author: Giovanni Ciriello (University of Lausanne)
  • 雑誌: Nature Genetics
  • 発行年: 2020
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32989323

背景

大規模ながんゲノム解析により、各腫瘍に複数の発がん性アルテレーションが同定されているが、これらが個々に働くのではなく協調してがん表現型を決定することが示唆されていた。癌ゲノムの異質性はがん進化に複数のルートが存在することを示す一方、すべてのルートが等しく選択されるわけではなく、遺伝的文脈 (他のアルテレーションの有無) が各アルテレーションの選択的優位性に影響することが知られていた。例えば、特定の遺伝子変異は、他の遺伝子変異との組み合わせによって、その機能的影響が大きく変化しうることが報告されている (Farmer et al. Nature 2005)。

特に、機能的に関連する遺伝子間の相互排他性 (mutual exclusivity, ME) と共存性 (co-occurrence, CO) が腫瘍進化の機能的依存関係 (evolutionary dependencies, EDs) を反映するという概念は既に提唱されていたが、体系的な計算的同定と機能的検証を統合した大規模解析は実施されていなかった。また、EDs内の多重アルテレーションが治療薬への応答を修飾するかどうかも未解明であった。これらの機能的依存関係を網羅的に特定し、その生物学的意義を解明することは、がんの進化経路を理解し、個別化医療を推進する上で重要な課題として残されていた。特に、がんのドライバー遺伝子変異の組み合わせ効果に関する理解は依然として不足しており、これにより個別化治療戦略の最適化が手薄であった。

目的

TCGAの9,083腫瘍 (32がん種) においてSELECTアルゴリズムにより機能的なEDsを網羅的に同定し、2,000がん細胞株の遺伝子ノックアウト・薬理スクリーニングデータで機能検証すること。さらにEDsを肺癌の進化軌跡として統合し、治療選択への応用可能性を評価すること。

結果

機能的EDs網羅的同定: SELECTアルゴリズムにより、9,083 TCGA腫瘍から852の有意な機能的EDs (相互排他性 476件・共存性 376件) が同定された (Supplementary Table 4)。これらは機能的変異のみを解析した場合に有意に背景を超えて出現し、中立変異や同義変異の解析では出現しなかった。このことはEDsが機能的選択の産物であることを確認した (Fig. 1h)。

機能的アルテレーションの体系的検証: 4つの独立したスクリーニングで、OGsの38.5%・TSGsの16%の機能的アルテレーションが検証された (Supplementary Table 2)。機能的アルテレーションを有する細胞株は、野生型または中立変異細胞株と比べてノックアウト感度が有意に異なった。例えば、KRAS変異細胞株 (n=69 cells) はKRASノックアウト時に野生型細胞株 (n=389 cells) より有意に強い細胞増殖低下を示した (Extended Data Fig. 1a)。一方、中立変異では7〜8%のみが有意差を示した (Fig. 2j)。SWI/SNFサブユニット (ARID1A、SMARCB1、ARID2、ARID1B) の欠失は、野生型細胞でノックアウト時に増殖増加をもたらし、特定の遺伝的文脈に依存した機能を持つことが示された (Fig. 2h)。AURKAノックアウトは、AURKA増幅細胞株 (n=4 cells) で野生型細胞株 (n=298 cells) よりも耐性を示した (Fig. 2i)。

EDsの機能的影響: CO EDs (共存傾向) の遺伝子ノックアウトは、二重アルテレーション細胞株で単一アルテレーション細胞株より有意に増殖低下をもたらし (p < 1 × 10⁻⁴)、相乗的な腫瘍依存性を示した (Fig. 3g)。最上位のCO EDsはKRASとSMAD2またはSMAD4 (大腸・膵臓癌で高頻度共存) であり、SMAD4欠失はKRAS変異腫瘍でのみ膵臓癌発生を促進するという先行研究と一致した (Fig. 3c)。ME EDs (相互排他傾向) のノックアウトは、二重アルテレーション細胞株で増殖増加をもたらし (p = 0.002)、一方の代替アルテレーションが他方の機能的余剰を示すことが確認された (Fig. 3g)。例えば、KRASとKMT2DのMEは4つの独立スクリーニングで一致し、KMT2D欠失がKRAS依存性を軽減する可能性が示唆された (Fig. 3e)。KRASとKMT2Dの二重変異細胞株 (n=8 cells) は、KRAS単独変異細胞株 (n=60 cells) と比較して、KRASノックアウトに対する感受性が低かった (Fig. 3e)。

KRAS+STK11の特異な相互作用: KRAS+STK11変異の共存 (肺腺癌で高頻度) は、KRAS阻害への抵抗性と関連した。4つの独立スクリーニングでKRAS+STK11二重変異細胞株はKRAS単独変異より有意にKRASノックアウトへの耐性が高く、STK11欠失がKRAS依存性を軽減することが示された (Fig. 3d)。KRAS+STK11またはKEAP1変異共存はTCGAおよびMSK独立コホートで有意に予後不良と関連し (多変量Cox回帰: p_TCGA = 0.003、p_MSK = 8.2 × 10⁻⁵)、これはSkoulidis et al. CancerDiscov 2018の報告と一致する。KRAS+STK11変異を有する肺腺癌患者 (n=502 patients) は、KRAS単独変異患者と比較して有意に短い全生存期間を示した (Fig. 4c)。

PIK3CA+NFE2L2の扁平上皮癌での相乗的進化軌跡: 肺癌・複数の扁平上皮癌でPIK3CA活性化とNFE2L2活性化変異のCO EDが同定された (Extended Data Fig. 9d)。PIK3CA変異がNFE2L2変異より先行するという進化的順序がTRACERxデータとの統合で示された (Extended Data Fig. 10b)。二重変異細胞株 (n=8 cells) はPIK3CAまたはNFE2L2ノックアウトへの感度が有意に増大し (Fig. 4e,f)、相乗的腫瘍依存性が確認された。この経路はAKT/NRF2経路の相乗的活性化として理解され、Mitsuishi et al. CancerCell 2012の知見を裏付ける。PIK3CA変異かつNFE2L2変異を有する細胞株 (n=8 cells) は、PIK3CAノックアウト時に単独変異細胞株 (n=51 cells) よりも強い細胞増殖低下を示した (Fig. 4f)。

考察/結論

本研究はTCGA最大コホートと2,000がん細胞株の機能スクリーニングを統合し、852のEDsを同定・検証した初の体系的研究である。計算的に同定されたEDsが機能的腫瘍進化の反映であることをベイズ的手法と4つの独立スクリーニングで実証した点が独創的である。

先行研究との違い: 以前のME/CO解析はしばしば中立変異も含めた非特異的な検定であったが、本研究は機能的変異のみを対象とすることで特異度を大幅に向上させた点で、これまでの研究と異なる。また、Sanchez-Vega et al. Cell 2018Lawrence et al. Nature 2014などの大規模ゲノム解析は個々のドライバー変異を特定してきたが、本研究はそれらの組み合わせ効果に焦点を当てた点で対照的である。

新規性: 本研究で初めて、PIK3CA→NFE2L2という扁平上皮癌における相乗的進化軌跡を新規に同定し、その機能的依存性を実験的に検証した。この軌跡はAKT/NRF2経路の相乗的活性化として理解でき、これらの変異が共存する場合にはPI3K単独阻害でも部分的な有効性があることを示した。また、Behan et al. Nature 2019などのCRISPRスクリーニングデータとTCGAデータを統合し、EDsの機能的影響を大規模に検証した点も新規性が高い。

臨床応用: 本知見は治療抵抗性の予測に直接利用できる可能性がある。KRAS+STK11/KEAP1変異共存が予後不良・免疫コールド表現型と関連するという知見はNSCLCの免疫療法予測バイオマーカーとして注目されており、本研究はその機能的根拠を提供した (例: Skoulidis et al. CancerDiscov 2015Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017)。EDsを考慮した組み合わせ治療 (例: PIK3CA+NFE2L2共存例への二重阻害療法) の設計は、臨床現場での個別化医療の推進に貢献しうる。Chakravarty et al. JCOPrecisOncol 2017のような知識ベースに本研究のEDs情報を統合することで、より効果的な治療戦略の立案が可能となる。

残された課題: 今後の検討課題として、進化軌跡の時系列解析をさらに詳細に行うこと、腫瘍微小環境依存EDsの解明、そして単細胞ゲノミクスと統合したより詳細な進化的依存関係の解明が残されている。また、本研究で用いた遺伝子スクリーニングは細胞増殖に直接関連しない機能的アルテレーション (例: DNA修復、p53シグナル伝達) の検証には限界があるというlimitationも認識された。

方法

TCGA (32がん種、9,083腫瘍) から体細胞変異 (399遺伝子)、コピー数変化 (124欠失領域・104ゲイン領域)、遺伝子融合 (122種) を解析し、機能的アルテレーションと中立アルテレーションに分類した。機能的変異 (ホットスポット変異・トランケーション変異・機能証拠あり変異) のみを対象にSELECT (Selection of Evolutionarily Convergent Alterations) アルゴリズムを適用し、pairwise ME (mutual exclusivity) およびCO (co-occurrence) 依存関係を同定した。機能的検証は4つの大規模遺伝子スクリーニング (AVANA: CRISPR-Cas9、DEMETER2・DRIVE: shRNA、SCORE: CRISPR-Cas9) と、KRAS変異細胞株であるA549細胞株を含む2,000がん細胞株 (CCLE) を用いて実施した。ベイズ因子 (Bayes factor, BF) を用いて二重アルテレーション細胞株と単一アルテレーション細胞株の遺伝子ノックアウト感度を比較した。このベイズ的アプローチは、複数の共変量 (腫瘍サブタイプ、増殖培地、マイクロサテライト不安定性 (MSI) ステータスなど) の影響を補正し、変動性の高いデータやサンプルサイズの小さい実験において、従来の分散分析 (ANOVA) よりも偽発見率 (FDR) を低減することが示された (Extended Data Fig. 7)。CTRPおよびGDSCデータセットの薬剤感受性データで進化軸別の治療応答を評価した。統計解析には、Student t-testおよびSpearman correlationを用いた。