• 著者: Wang J, Reiss Binder K, Khatri R, Jaffee E, Laheru D
  • Corresponding author: Dan Laheru, MD (The Johns Hopkins University School of Medicine, Baltimore, MD, USA)
  • 雑誌: Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 2015
  • Epub日: 2015-04-27
  • Article種別: Review
  • PMID: 25918295

背景

消化器癌 (大腸癌、胃癌、膵臓癌、肝臓癌、胆道癌) は米国におけるがん罹患の上位を占める疾患群であり、従来の化学療法は腫瘍選択性の低さと高い全身毒性という根本的な限界に直面していた。これらの癌の多くは、Helicobacter pylori (胃癌)、Clonorchis/Opisthorchis (胆道癌)、腸管毒素産生型Bacteroides fragilis (大腸癌) などの微生物感染や慢性炎症と深く関連していることが知られている。特に膵癌においては、K-ras変異が中心的なドライバー遺伝子異常として機能し、炎症性腫瘍微小環境の構築を促進する「がんの特徴」の一つとして認識されている Hanahan et al. Cell 2011。しかし、多くの消化器癌、特に膵癌は免疫原性が低いという課題を抱えている。感染症起源の新抗原とは異なり、変異した腫瘍タンパク質が免疫系から「自己の改変体」として認識されにくい点が、免疫療法開発の大きな障壁となっていた。

このような背景の中、遺伝子改変膵癌マウスモデルであるKPC (LSL-KrasG12D;LSL-p53R172H/+;Pdx1-Cre) モデルの登場は、腫瘍免疫微小環境の理解を飛躍的に加速させた。このモデルは、腫瘍ワクチンや免疫チェックポイント阻害薬の組み合わせ戦略の合理的根拠を提供し、非免疫原性腫瘍を免疫原性腫瘍へと転換する可能性を示唆した。しかし、消化器癌における腫瘍免疫逃避のメカニズムは多岐にわたり、腫瘍細胞、間質、局所および全身の免疫系が複雑に相互作用しているため、単一の免疫療法アプローチでは十分な効果が得られないことがこれまでの研究で示唆されていた (Elkord et al. Expert Opin Biol Ther 2008)。特に、免疫抑制性細胞(Treg、MDSC、TAM)の蓄積や、PD-L1、TGF-β、VEGFなどの免疫抑制因子の発現が、効果的な抗腫瘍免疫応答を阻害する主要な要因として指摘されている (Sideras et al. Cancer Treat Rev 2014)。これらの複雑な免疫抑制メカニズムを克服し、持続的な抗腫瘍免疫応答を誘導するための最適な戦略は、依然として未解明な部分が多く、さらなる研究が不足している状況であった。本レビューは、これらの課題に対し、消化器癌における免疫療法の現状と今後の方向性を包括的に整理することを目的としている。

目的

本レビューの目的は、消化器癌における腫瘍免疫逃避機序(腫瘍細胞、間質、局所/全身免疫系の3層にわたる複雑な相互作用)を詳細に解説することである。さらに、免疫逃避を克服するための多様な免疫療法アプローチ(腫瘍ワクチン、免疫チェックポイント阻害薬、モノクローナル抗体、養子細胞移植、CAR (chimeric antigen receptor) T細胞療法など)の現状と課題を包括的にレビューする。最終的に、これらの情報を統合し、消化器癌、特に免疫原性が低いとされる膵癌において、最も有望な組み合わせ戦略や今後の研究方向性を明確に提示することを目指す。

結果

GI癌における腫瘍免疫逃避の多層的機序: 消化器癌における免疫逃避は、腫瘍細胞、間質 (stroma)、および局所/全身免疫系という3層の複雑な相互作用によって形成される (Fig 1)。腫瘍細胞レベルでは、PD-L1 (B7-H1) の細胞表面発現によるT細胞活性抑制が膵癌、大腸癌、胃癌で確認されている。また、TGF-β、VEGF、IL-10、ガレクチン-1、IDO (インドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ) などの可溶性免疫抑制因子の分泌、MHC class I発現の下方制御、HIF1α依存的に上方制御されるCXCR4とCXCL12の相互作用による腫瘍増殖、血管新生、転移、化学療法抵抗性の促進が報告された。間質レベルでは、癌関連線維芽細胞 (CAF) がTGF-βにより活性化され、ECM成分(コラーゲン、osteopontin、fibronectinなど)、VEGF、CXCL12などを産生する。これにより、血管新生促進、局所血管圧迫(膵癌KPCモデルでは間質硬化による灌流低下が示された)、免疫抑制シールドの形成を通じてT細胞の物理的侵入が阻害される。膵癌では特に顕著な間質反応 (desmoplasia) が病理学的特徴であり、MMP-1 (matrix metalloproteinase-1)/2/9が浸潤を促進する。免疫細胞レベルでは、CD4+CD25+FOXP3+ Treg細胞が腫瘍浸潤および循環Tregの両方で増加し、CD4+/CD8+エフェクターT細胞とNK細胞の増殖・機能を抑制する。術後1年時点での循環Treg低値が改善生存と相関するとの報告もある (Yamamoto et al. Pancreas 2012)。MDSC (骨髄由来抑制細胞) は膵癌、食道癌、胃癌で独立した予後不良因子であり、T細胞・NK細胞の機能抑制とTreg誘導を促進する。TAM (腫瘍関連マクロファージ) はIL-10・TGF-βにより腫瘍微小環境でM2 (抗炎症型) へ分化転換し、免疫抑制と腫瘍促進の両方に寄与する。MDSCおよびTAMは前腫瘍性病変段階から膵癌組織に集積しており、腫瘍の病理組織学的進行と密接に追随することが示された (Clark et al. Cancer Res 2007)。

腫瘍ワクチンの膵癌における臨床成果: 数十種のGI癌関連抗原 (CEA、変異K-ras、MUC1 (mucin 1)、MUC5 (mucin 5)、テロメラーゼ、HER2、ガストリンなど) が特定されており、これらを標的とするワクチンが様々な形態 (ウイルスベクター、樹状細胞融合など) で試験されている。しかし、単一抗原ワクチンの成果は乏しく、全細胞ワクチンアプローチが最も有望であった。GVAXは、GM-CSFを局所に分泌して樹状細胞を接種部位に誘引し、T細胞免疫を惹起する設計であり、Phase 1/2試験 (adjuvant・化学療法抵抗性転移設定) で評価された。ネオアジュバントGVAX (低用量シクロホスファミド同時投与) 試験では、切除標本の大部分に腫瘍内三次リンパ組織 (tertiary lymphoid aggregates) の新生が確認され、非免疫原性腫瘍を免疫原性腫瘍へ転換できることが初めて実証された (Lutz et al. Cancer Immunol Res 2014)。ただし、この三次リンパ構造内のT細胞はPD-L1などのチェックポイント分子による下方制御を受けており、ワクチン単独では限界があることが示唆された。CRS-207のPhase 1試験では、22例のmesothelin発現癌患者を対象に安全性と免疫誘導を確認し、mOS 8.4ヶ月、37%が15ヶ月以上生存という成績を示した (Le et al. Clin Cancer Res 2012)。Listeria単独の経験に基づき、GVAX+CRS-207のprime/boost試験 (Phase 2) が実施された。転移性膵癌90例を対象とした試験 (2:1ランダム化) では、GVAX+CRS-207群 (少なくともGVAX 2回+CRS-207 1回投与以上) のOSは6.1ヶ月 vs GVAX単独3.9ヶ月、1年OS 27% vs 7%という顕著なOS改善を示した (Le et al. J Clin Oncol 2015)。一方、ipilimumab単独 (Phase 2、n=27) では膵癌に対してRECIST上奏効例はなかった (Royal et al. J Immunother 2010)。GVAXのKPCモデルにおける解析では、腫瘍由来GM-CSFがTME内で単球性抑制細胞の招集を促進するという双面性があることも明らかとなり、GVAX単独効果の限界と「TME操作後のチェックポイント阻害薬追加」というシーケンシャルアプローチの重要性が示された (Bayne et al. Cancer Cell 2012)。algenpantucel-L (alpha(1,3)Galactosyl epitope発現全細胞ワクチン、NewLink Genetics) は、GEM化学放射線後補助療法としてのPhase 2試験 (n=70、切除膵癌) で12ヶ月DFS 62%という結果を示した (Hardacre et al. J Gastrointest Surg 2013)。

免疫チェックポイント阻害薬のGI癌での限界と可能性: 抗CTLA-4 (ipilimumab)、抗PD-1 (pembrolizumab、nivolumab)、抗PD-L1 (BMS-936559) が様々なGI癌に試験された (Fig 2)。ipilimumab単独の大腸癌試験 (n=11) では奏効なし (O’Mahony et al. Clin Cancer Res 2007)。膵癌Phase 2試験 (n=27) では奏効ゼロであった (Royal et al. J Immunother 2010)。抗PD-L1抗体BMS-936559を207例の固形腫瘍患者 (大腸癌18例、膵癌14例、胃癌7例を含む) に投与したPhase 1試験では、メラノーマ、肺癌、腎癌、卵巣癌では持続奏効が得られたのとは対照的に、GI癌全例で奏効なしという結果であった Brahmer et al. NEnglJMed 2012。一方、pembrolizumabのPD-L1陽性胃癌対象Phase 1b試験 (n=39) では、奏効率約32%という有望な結果が報告された (Muro et al. ESMO 2014 abstract LBA15)。この結果はPD-L1陽性胃癌での治療可能性を示し、後のKEYNOTE-059・KEYNOTE-062試験への布石となった。GI癌 (特に膵癌・大腸癌) でチェックポイント阻害薬が効かない理由として、本稿は以下を論じた。(1) メラノーマ・腎癌・一部の肺癌とは異なりGI癌は自然なエフェクターT細胞応答を誘導しにくい、(2) 膵癌では間質が強固なバリアとなりT細胞浸潤を物理的に阻む、(3) GVAX試験でT細胞が腫瘍に浸潤してもINF-γ (interferon gamma) 産生が適応的抵抗機構 (adaptive resistance) としてPD-1/PD-L1シグナルを上方制御する。この「T細胞誘導後にはじめてチェックポイント阻害薬が機能する」というモデルが、GI癌での組み合わせ戦略の理論的根拠となった。CXCL12を発現するCAF除去とPD-L1阻害の相乗効果が膵癌KPCモデルで示されており (Feig et al. Proc Natl Acad Sci U S A 2013)、間質バリア除去戦略の重要性が示された。

MSI-high腫瘍の特異な高反応性: 大腸癌の約15%、胃癌の約20% (稀少癌では十二指腸乳頭部癌0-22%、膵癌0-3%、小腸癌5-45%と幅広い) がMSI-high/CpGアイランドメチレーター表現型を持つ。MSI-high腫瘍はCD3+/CD8+腫瘍浸潤リンパ球が増多しており (microsatellite stable腫瘍より良好な予後)、変異頻度が高いゆえに多様な腫瘍新抗原が免疫認識に曝露されていることがT細胞の高浸潤と免疫チェックポイント阻害薬への高反応性を説明する。2015年時点ではMSI-high腫瘍での抗PD-1の高い奏効率は未確立であったが (NCT01876511で検証中)、著者らの仮説は後のLe et al. 2015 (Science) やKEYNOTE-158 (pembrolizumab in MSI-H/dMMR腫瘍、ORR 36%) によって検証され、2017年のFDAによるtumor-agnostic MSI-H承認 (pembrolizumab) へと結実した。

抗体療法・養子細胞移植・CAR T細胞: モノクローナル抗体 (mAb) 療法として、trastuzumab (HER2陽性胃癌:ToGA試験) 、ramucirumab (VEGFR2、胃癌) 、bevacizumab+cetuximab/panitumumab (大腸癌) が承認済みであった。免疫コンジュゲート (90Y/177Lu標識ソマトスタチン) やbispecific antibody (CD3×腫瘍抗原) も開発中であった。CD40アゴニスト (CP-870,893) の膵癌1次治療Phase 1試験 (n=22) では、gemcitabineとの組み合わせでmPFS 5.2ヶ月が得られた (Beatty et al. Clin Cancer Res 2013)。養子細胞移植 (TIL (tumor-infiltrating lymphocyte) 拡大後再輸注) については、胆管癌の1例でErbb2-interacting protein (erbb2IP) を標的とした変異特異的CD4+ TIL療法で7ヶ月時点で最大30%標的病変縮小、13ヶ月間安定という報告があった Tran et al. Science 2014。CAR T細胞療法のGI癌応用については、anti-mesothelin CAR T細胞のPhase 1試験 (NCT01583686) が進行中であったが、大腸癌患者でのHER2/neu CAR T細胞投与後の死亡例 (肺上皮低レベルHER2認識によるサイトカインストームと推定) がGI癌でのCAR T細胞応用への慎重姿勢を促していた Morgan et al. MolTher 2010

考察/結論

本レビューは、消化器癌における免疫療法の複雑な課題と有望なアプローチを包括的に整理した。GI癌の免疫逃避機構は多層的であり、PD-L1、TGF-β、VEGF、Treg、MDSC、CAFなどの多様な因子が関与していることが示された。この複雑な免疫抑制環境のため、単剤のチェックポイント阻害薬は大多数のGI癌で不十分であることが示唆された。

先行研究との違い: 本研究は、これまでの単一モダリティに焦点を当てた研究とは異なり、消化器癌における免疫逃避の多層的なメカニズムを腫瘍細胞、間質、免疫細胞の3つの側面から詳細に分析し、その上で多様な免疫療法アプローチの現状と課題を統合的に評価した点に新規性がある。特に、膵癌におけるGVAXとCRS-207の併用療法が、GVAX単独群と比較して1年OSを7%から27%へ改善させたことは、T細胞誘導とチェックポイント阻害のシーケンシャル戦略の有効性を示す重要な概念実証となった。

新規性: 本研究で初めて、非免疫原性腫瘍を免疫原性腫瘍へと転換するGVAXの能力、特に腫瘍内三次リンパ組織の新生を介したT細胞浸潤の誘導が、その後のチェックポイント阻害薬の効果を最大化するための前提条件となり得ることが示された。また、MSI-high腫瘍が免疫チェックポイント阻害薬に高奏効率を示すという層別化戦略の可能性を、2015年という早期の段階で明確に提言したことは、その後の臨床実践で完全に実証されており、本稿の先見性を示すものである。

臨床応用: 本知見は、消化器癌、特に免疫原性の低い膵癌における免疫療法の臨床応用に直結する重要な含意を持つ。T細胞誘導(ワクチン)とチェックポイント阻害(維持)を組み合わせたシーケンシャル戦略は、今後の臨床試験設計において中心的なアプローチとなるべきである。また、MSI-highのようなバイオマーカーに基づく患者層別化は、免疫療法の効果を最大化し、不必要な治療を避けるための臨床的有用性が高い。

残された課題: 今後の検討課題として、免疫療法試験に固有の課題が残されている。具体的には、奏効評価のタイミング(3ヶ月以上要する場合があること)、持続性のある奏効の定義、および免疫関連有害事象の評価と管理の難しさが挙げられる。また、腫瘍微小環境におけるGM-CSFやTAMの二面性など、免疫応答の文脈依存性をさらに深く理解し、最適な治療タイミングや組み合わせを確立する必要がある。さらに、CAR T細胞療法における安全性プロファイルの確立や、間質バリアを克服するための新たな戦略の開発も今後の研究方向性として重要である。本論文はNSCLCカテゴリーに分類されているが、内容はGI癌免疫療法レビューであり、免疫療法の普遍的原理や固形腫瘍免疫療法の共通課題理解として参照価値を持つ。

方法

本論文は、消化器癌における免疫療法の現状と課題を包括的にレビューした総説である。特定の実験や臨床研究を実施したものではなく、既存の主要な臨床試験データ、前臨床エビデンス、および遺伝子改変マウスモデル(特にKPC膵癌モデル)に関する系統的な文献レビューに基づいている。著者らは、Johns Hopkins大学Pancreatic Cancer研究グループのメンバーであり、GVAX (allogeneic GM-CSF secreting whole-cell pancreatic tumor vaccine) やCRS-207 (mesothelin発現生弱毒化Listeria由来ワクチン) などの腫瘍ワクチンに関する臨床試験の実施者でもあるため、これらの領域に関する深い専門知識と経験がレビュー内容に反映されている。

レビューの対象とした文献は、消化器癌における腫瘍免疫逃避メカニズム、各種免疫療法アプローチ(腫瘍ワクチン、免疫チェックポイント阻害薬、モノクローナル抗体、養子細胞移植、CAR T細胞療法)の有効性、安全性、および作用機序に関するものである。特に、膵癌におけるGVAXとCRS-207の併用療法に関する臨床試験の結果や、MSI-high腫瘍における免疫チェックポイント阻害薬の有効性に関するデータに重点を置いた。また、免疫療法における奏効評価のタイミングや有害事象評価の難しさといった、免疫療法試験に固有の課題についても考察している。

文献検索には、PubMed、Embase、Cochrane Libraryなどの主要な医学データベースが用いられたと考えられる。具体的な検索戦略やキーワード、期間については明記されていないが、2015年時点での最新の知見を網羅し、消化器癌免疫療法の全体像を提示することを意図している。本レビューは、特定の統計解析手法を用いるものではなく、既存の知見を統合し、解釈することで、消化器癌免疫療法の現状と将来の方向性に関する専門家の見解を提供するものである。エビデンスレベルの評価にはGRADEアプローチなどの標準化されたフレームワークは明示的に使用されていないが、主要な臨床試験結果や前臨床データを網羅的に提示している。