- 著者: J. Hadoux, R. Elisei, M.S. Brose, A.O. Hoff, B.G. Robinson, M. Gao, B. Jarzab, P. Isaev, K. Kopeckova, J. Wadsley, D. Führer, B. Keam, S. Bardet, E.J. Sherman, M. Tahara, M.I. Hu, R. Singh, Y. Lin, V. Soldatenkova, J. Wright, B. Lin, P. Maeda, J. Capdevila, L.J. Wirth
- Corresponding author: L.J. Wirth (Massachusetts General Hospital Cancer Center)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2023
- Epub日: 2023-10-21
- Article種別: Original Article
- PMID: 37870969
背景
甲状腺髄様癌 (MTC: medullary thyroid cancer) は、RET (rearranged during transfection) プロトオンコジーンの変異によって主に駆動される神経内分泌腫瘍である。RET変異は、多発性内分泌腫瘍症2A型および2B型に関連する遺伝性MTCのほぼ全例、および散発性MTCの25〜50%に認められることが既報で示されている。これらの病原性RET変異は、RETキナーゼの恒常的活性化を引き起こし、MAPK、PI3K、JAK-STATなどのシグナル伝達経路を介して細胞の増殖、分化、生存を促進する。進行性または転移性のMTCに対しては、腫瘍関連症状やカルシトニン関連症状が存在する場合、あるいは腫瘍量が多い場合や病勢進行が認められる場合に全身療法が推奨される。
現在、進行性MTCの治療薬として、マルチキナーゼ阻害薬であるバンデタニブおよびカボザンチニブの2剤が承認されている。これらの薬剤はプラセボと比較して無増悪生存期間 (PFS) の延長を示したが、その使用にはいくつかの臨床的課題が伴う。具体的には、RETキナーゼに対する阻害選択性が不十分であること、非RETキナーゼ阻害に起因するオフターゲット毒性、長い薬物半減期による有害事象管理の困難さ、およびゲートキーパー変異であるRET V804Xの出現による耐性獲得が問題となる。これらの課題により、治療の継続性や患者のQOLが損なわれることが指摘されている。
Selpercatinibは、RETキナーゼに対して高度に選択的かつ強力な阻害作用を持つ薬剤であり、脳移行性も有する。これまでの非ランダム化第1/2相試験 (LIBRETTO-001試験) では、RET活性化癌患者において顕著かつ持続的な有効性が示されている (Drilon et al. NEnglJMed 2020)。しかし、既承認のマルチキナーゼ阻害薬と比較したselpercatinibの有効性と安全性に関する直接的なエビデンスは未確立であり、その優越性は未解明であった。この知識のギャップを埋めることは、RET変異陽性MTC患者の一次治療選択肢を最適化する上で極めて重要である。特に、選択的RET阻害薬がマルチキナーゼ阻害薬と比較して、有効性と忍容性の両面で優位性を示すかどうかの検証が不足しており、臨床現場におけるエビデンスが足りなかった。先行研究である Wells et al. (2012) や Elisei et al. (2013) の知見と比較しても、選択的阻害による直接的な臨床的ベネフィットの差は不明であり、最適な一次治療の選択基準に関する課題が残されている。
目的
本研究の目的は、キナーゼ阻害薬による治療歴のないRET変異陽性進行甲状腺髄様癌 (MTC) 患者を対象に、選択的RET阻害薬であるselpercatinibの一次治療としての有効性と安全性を、既承認のマルチキナーゼ阻害薬であるカボザンチニブまたはバンデタニブ(医師の選択)と比較する第3相ランダム化比較試験(LIBRETTO-531試験)を実施することである。主要評価項目として盲検下独立中央判定(BICR)による無増悪生存期間(PFS)を設定し、selpercatinibが対照群と比較してPFSを優位に延長するかどうかを検証する。また、主要副次評価項目として、有効性と安全性の複合指標である治療失敗のない生存期間 (TFFS: treatment failure-free survival) を設定し、その優位性を評価する。その他の副次評価項目には、全奏効率(ORR)および安全性プロファイルも含まれ、selpercatinibの臨床的有用性を総合的に評価することを目指す。本試験は、RET変異陽性MTCの標準治療確立に資するエビデンスを提供することを意図している。
結果
登録患者とベースライン背景: 2020年2月から2023年3月にかけて、19カ国176施設から合計291名の患者が登録された。これらの患者は、selpercatinib群にn=193 patients、対照群にn=98 patients(カボザンチニブ73名、バンデタニブ25名)にランダムに割り付けられた。ベースライン時の患者背景は、性別を除いて両群間でバランスが取れていた。患者の多くは男性、白人、65歳未満であった。RET変異の同定は90.4%で次世代シーケンシング(NGS)により行われ、最も一般的なRET変異はM918Tであり、selpercatinib群で62.7%、対照群で62.2%に認められた。データカットオフ時点で、selpercatinib群の90.7% (n=175) が治療を継続していたのに対し、対照群では40.8% (n=40) であった。対照群で治療を中止した57名のうち、BICRにより病勢進行が確認されクロスオーバーの対象となった31名中24名(77.4%)がselpercatinibへの移行を選択した。
無増悪生存期間 (PFS) の有意な延長: 中央値12ヶ月の追跡期間において、BICR評価によるPFS中央値はselpercatinib群で未到達であったのに対し、対照群では16.8ヶ月 (95% CI 12.2-25.1) であった。病勢進行または死亡のハザード比は HR 0.28 (95% CI 0.16-0.48, p<0.001) であり、selpercatinib群でPFSの有意な改善が示された (Figure 1A)。12ヶ月PFS率はselpercatinib群で86.8% (95% CI 79.8-91.6) であったのに対し、対照群では65.7% (95% CI 51.9-76.4) であった。治験担当医評価によるPFSも同様の結果を示し、HR 0.19 (95% CI 0.11-0.32, p<0.001) であった。事前設定されたすべてのサブグループにおいて、selpercatinibの一貫した優位性が認められた (Figure 1B)。
治療失敗のない生存期間 (TFFS) の改善: BICR評価によるTFFS中央値はselpercatinib群で未到達であったのに対し、対照群では13.9ヶ月 (95% CI 11.3-25.1) であった。病勢進行、治療関連有害事象による中止、または死亡のハザード比は HR 0.25 (95% CI 0.15-0.42, p<0.001) であり、selpercatinib群でTFFSの有意な延長が認められた (Figure 2A)。12ヶ月TFFS率はselpercatinib群で86.2% (95% CI 79.1-91.0) であったのに対し、対照群では62.1% (95% CI 48.9-72.8) であった。
全奏効率 (ORR) の大幅な向上: BICR評価による全奏効率は、selpercatinib群で ORR 69.4% (95% CI 62.4-75.8) であったのに対し、対照群では ORR 38.8% (95% CI 29.1-49.2) であった (Table 2)。selpercatinib群では完全奏効 (CR) が11.9% (n=23)、部分奏効 (PR) が57.5% (n=111) であった。対照群ではCRが4.1% (n=4)、PRが34.7% (n=34) であった。
全生存期間 (OS) の改善傾向: 中央値約15ヶ月の追跡期間において、合計18例の死亡が確認された。selpercatinib群では94.8%の患者が生存していたのに対し、対照群では85.7%であった。あらゆる原因による死亡のハザード比は HR 0.37 (95% CI 0.15-0.95, p=0.038) であった (Figure 2B)。18ヶ月時点でのOS推定値は、selpercatinib群で95.5% (95% CI 90.1-98.0)、対照群で92.8% (95% CI 83.0-97.1) であった。
安全性および忍容性の比較: 有害事象による減量はselpercatinib群で38.9% (n=75) であったのに対し、対照群では77.3% (n=75) であった。有害事象による投与中止はselpercatinib群で4.7% (n=9) であったのに対し、対照群では26.8% (n=26) であり、selpercatinibの忍容性が良好であることが示された (Table 3)。グレード3以上の有害事象の発生率は、selpercatinib群で52.8%であったのに対し、対照群で76.3%と高かった。対照群で高頻度に認められたグレード3以上の有害事象は、高血圧(17.5%)、粘膜炎(13.4%)、手足症候群(9.3%)であった。selpercatinib群で高頻度に認められたグレード3以上の有害事象は、高血圧(18.7%)、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)上昇(10.4%)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)上昇(4.7%)、QT延長(4.7%)であった。治療期間中または治療中止後30日以内に発生した死亡は合計10例であり、そのうち4例が治験対象疾患に関連すると判断された(各群2例)。治験治療との関連性が示唆された死亡は、selpercatinib群の1例(突然死)のみであった。
考察/結論
先行研究との違い: LIBRETTO-531試験は、RET変異陽性進行甲状腺髄様癌 (MTC) の一次治療において、選択的RET阻害薬であるselpercatinibが、既承認のマルチキナーゼ阻害薬(カボザンチニブまたはバンデタニブ)と比較して、無増悪生存期間(PFS)および治療失敗のない生存期間(TFFS)を統計学的に有意かつ臨床的に意義のある形で延長することを示した。これまでのマルチキナーゼ阻害薬の試験では、非選択的なキナーゼ阻害に起因するオフターゲット毒性が問題となっていたが、本研究はこれらと異なり、selpercatinib群で有害事象による減量や投与中止が大幅に少なく、RET選択的阻害薬の忍容性の優位性を明確に示した。特に、有害事象による減量率がselpercatinib群で38.9%であったのに対し、対照群では77.3%と約2倍に上り、治療継続性の点で大きな差が認められた。
新規性: 本研究で初めて、RET変異陽性MTCの一次治療において、選択的RET阻害薬がマルチキナーゼ阻害薬に対して優越性を示すことをランダム化第3相試験で新規に実証した。PFSの延長だけでなく、TFFSの有意な改善が認められたことは、有効性の向上に加えて、毒性による治療中止の低減という側面も反映しており、患者のQOL維持と治療継続性の観点から極めて新規性の高い知見である。TFFSは、有効性と毒性の両方を捉える複合エンドポイントであり、PFS単独よりも実臨床でのアウトカムをより正確に反映する可能性が示唆される。
臨床応用: これらの結果は、selpercatinibがRET変異陽性進行甲状腺髄様癌の一次治療における新たな標準治療として確立されるべき強力なエビデンスを提供するものであり、今後の臨床応用に直結する。本知見は、RET変異の迅速なバイオマーカー検査の実施が、進行MTC患者の初回治療選択を決定する上で極めて重要であることを臨床現場に示唆する。選択的RET阻害薬の導入は、患者の治療アウトカムを大幅に改善し、より良好な忍容性プロファイルを提供することで、長期的な治療継続を可能にする臨床的有用性を持つ。
残された課題: 本試験は非盲検デザインであったが、主要評価項目が盲検下独立中央判定(BICR)によって評価されたことでバイアスは最小限に抑えられている。また、試験途中で対照群の治療選択肢がバンデタニブの供給不安定性によりカボザンチニブに限定されたというlimitationがある。しかし、PFSは対照群の各治療薬と比較してもselpercatinib群で優位であった。全生存期間(OS)データは中間解析時点では未成熟であり、対照群からselpercatinibへの高率なクロスオーバー(77.4%)があったことを考慮すると、今後のOS解析は交絡の影響を受ける可能性があるため、慎重な解釈が必要である。今後の検討課題として、長期的なOSデータや、selpercatinibに対する耐性メカズムの解明、およびその克服戦略の開発が挙げられる。
方法
本試験は、国際共同、多施設共同、非盲検、ランダム化第3相比較試験(LIBRETTO-531試験、NCT04211337)として実施された。対象患者は、12歳以上(地域規制により18歳以上の場合あり)で、病理学的に確認された切除不能な局所進行または転移性甲状腺髄様癌を有し、キナーゼ阻害薬による治療歴がない患者とした。スクリーニング時に、過去14ヶ月以内に画像上進行が確認されていること(Eisenhauer et al. EurJCancer 2009に基づく、BICRにより確認)、および前向きに同定された病原性RET変異(体細胞性または生殖細胞系)を有することが必須条件とされた。RET変異の同定は、PCR法または次世代シーケンシング(NGS)により、認定された施設内または中央検査室で実施された。ECOG (Eastern Cooperative Oncology Group) パフォーマンスステータスは0〜2、臓器機能は適切であることも要件とされた。
患者は、selpercatinib群(160 mg 1日2回経口投与)と対照群(医師の選択によりカボザンチニブ140 mg 1日1回経口投与またはバンデタニブ300 mg 1日1回経口投与)に2:1の比率でランダムに割り付けられた。ランダム化は、RET変異の種類(M918T変異 vs その他の変異)と、対照群においては選択された治療薬(カボザンチニブ vs バンデタニブ)で層別化された。2021年11月以降、バンデタニブの供給不安定性のため、対照群への新規割り付け患者はカボザンチニブに限定された。
主要評価項目は、BICRにより評価されたPFSであり、ランダム化から病勢進行(RECIST version 1.1)または死亡までの期間と定義された。主要副次評価項目として、PFSが有意であった場合にのみ検定されるα制御された治療失敗のない生存期間(TFFS)を設定した。TFFSは、BICRによる病勢進行、治療関連有害事象による治療中止(独立審査委員会による後方視的判定)、または死亡のいずれか早い方までの期間と定義された。その他の副次評価項目には、治験担当医評価によるPFSおよびTFFS、BICRおよび治験担当医評価による全奏効率(ORR)、全生存期間(OS)、および安全性が含まれた。
画像評価は、ベースライン(治療開始前28日以内)、最初の24週間は8週ごと、その後は病勢進行まで12週ごとに実施された。有害事象は、CTCAE version 5.0に従ってグレード分類された。対照群の患者は、BICRにより病勢進行が確認された後、selpercatinib群へのクロスオーバーが許可された。
統計解析では、主要評価項目であるPFSについて、selpercatinib群と対照群のハザード比 (HR) を0.5と仮定し、最終解析で74イベント発生時に80%の検出力を確保するよう計画された。中間解析は、56イベント以上(情報分率75%)が発生した後に実施されることとされた。有効性評価項目は、層別ログランク検定(時間依存性評価項目)および正確コックラン・マンテル・ヘンゼル検定(二値評価項目)を用いて比較された。時間依存性評価項目はカプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法を用いて評価され、HRはコックス比例ハザード (Cox proportional-hazards) モデルを用いて推定された。比例ハザード仮定は、Martingale残差の累積和を用いて評価され、違反は認められなかった。統計解析はSASソフトウェアversion 9.1.2を用いて実施された。PFSの有意性の閾値は両側P値0.003未満と設定された。