- 著者: Drilon A, Oxnard GR, Tan DSW, Loong HHF, Johnson M, Gainor J, et al.
- Corresponding author: Alexander Drilon (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, USA)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-06-10
- Article種別: Original Article
- PMID: 32846060
背景
RET (rearranged during transfection) 原がん遺伝子は、細胞の増殖と分化に関与する受容体型チロシンキナーゼをコードする。非小細胞肺がん (NSCLC) の約1〜2%にRET融合遺伝子が認められ、これは他の主要なドライバー変異(EGFR、ALKなど)とほぼ相互排他的に出現する。RET融合は、キナーゼドメインを含むRETのC末端領域をコードする配列と、様々な上流遺伝子パートナーとの間で生じ、キメラキナーゼ融合タンパク質の異常な発現とオリゴマー化を引き起こす。これにより、構成的に活性化されたリガンド非依存性シグナル伝達と発がんが誘導され、腫瘍細胞がRETシグナルに依存する「RET依存性」を示すことが知られている。RET融合陽性NSCLCは、特に脳転移のリスクが高いことも特徴として挙げられる。
これまで、RET融合陽性NSCLCの治療には、vandetanibやcabozantinibなどの多標的キナーゼ阻害薬が用いられてきた。これらの薬剤はRET以外のキナーゼ(VEGFR、MET、EGFRなど)も標的とするため、非RET阻害に起因するGrade 3以上の毒性が頻発し、用量減量や投与中止が多かった。その結果、実際の抗RET活性は不十分であり、これらの薬剤の客観的奏効率 (ORR) は18〜28%に留まり、無増悪生存期間 (PFS) 中央値も約6ヶ月と、臨床的ベネフィットは限定的であった。例えば、cabozantinibの第2相試験では、ORRは28%であり、PFS中央値はわずか6ヶ月、用量修正が73%の患者で必要とされたことがDrilon et alによって報告されている。このような状況から、RET融合陽性NSCLCに対するより選択的で効果的な治療法の開発が強く求められていた。この分野には、より効果的で安全な治療法の開発という明確な知識ギャップが残されていた。
Selpercatinib (LOXO-292) は、ATP競合型の高選択的RETキナーゼ阻害薬として開発された。この薬剤は、野生型、変異型、融合型のいずれのRETに対してもナノモル濃度で強力な活性を持つ一方、非RETキナーゼへの阻害活性は最小限に抑えられている。さらに、selpercatinibは血液脳関門透過性を有するように設計されており、前臨床モデルにおいて脳内での抗腫瘍活性が示されていた。しかし、RET融合陽性NSCLC患者における選択的RET阻害薬の有効性と安全性は、本試験開始時点では未解明であった。本研究は、LIBRETTO-001試験の一環として、RET融合陽性NSCLC患者に対するselpercatinibの臨床的有効性と安全性を評価することを目的とした。これにより、RET融合が他のドライバー変異(例えば、EGFR変異に対するosimertinib (Soria et al)、ALK融合に対するクリゾチニブ (Kwak et al)、ROS1融合に対するクリゾチニブ (Shaw et al)、NTRK融合に対するlarotrectinib (Drilon et al))と同様に、臨床的に重要な治療標的として確立されるかどうかの知識ギャップを埋めることが期待された。従来の多標的阻害薬では、オフターゲット毒性による治療継続の困難さや、脳転移への効果不足という課題が残されていたため、RET選択的阻害薬の有効性と安全性の確立は、この治療領域における重要なニーズであった。
目的
LIBRETTO-001試験 (Phase 1-2、NCT03157128) は、RET融合または変異を有する固形腫瘍患者を対象としたオープンラベル試験である。本論文では、この試験において、特にRET融合陽性NSCLC患者におけるselpercatinibの有効性と安全性を評価することを目的とした。具体的には、以下の主要および副次エンドポイントを評価した。
主要エンドポイントは、独立判定委員会 (IRC) 評価による客観的奏効率 (ORR) であり、完全奏効 (CR) または部分奏効 (PR) の割合として定義された。この評価は、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumours) バージョン1.1に基づいて実施された (Eisenhauer et al)。主要解析集団として、プラチナ製剤による前治療歴を有するRET融合陽性NSCLC患者105例を設定し、真のORRが50%以上であるという仮説のもと、95%信頼区間 (CI) の下限が30%を超えることを目標とした。これは、プラチナ製剤による前治療後に疾患が進行し、治療選択肢が限られている患者にとって臨床的に意義のある結果と判断された。
副次エンドポイントには、以下の項目が含まれた。
- 奏効持続期間 (DOR)
- 無増悪生存期間 (PFS)
- 頭蓋内ORR:測定可能な脳転移を有する患者における頭蓋内病変に対する奏効率
- 安全性プロファイル:有害事象の発生頻度と重症度、用量減量および投与中止の割合
これらの評価は、プラチナ製剤既治療コホート、全身治療未治療コホート、および脳転移を有する患者コホートのそれぞれにおいて実施された。特に、脳転移に対する有効性は、RET融合陽性NSCLC患者の予後を大きく左右するため、重要な評価項目とされた。
結果
プラチナ既治療コホート (n=105) の有効性:高い奏効率と持続性: 独立判定委員会 (IRC) 評価による客観的奏効率 (ORR) は64% (67/105例、95% CI 54-73%) であった (Table 2)。内訳は、完全奏効 (CR) が2例 (2%)、部分奏効 (PR) が65例 (62%) であった。安定疾患 (SD) は30例 (29%)、病勢進行 (PD) は4例 (4%)、評価不能は4例 (4%) であった。担当医評価によるORRは70% (95% CI 60-78%) とさらに高く、IRCとの良好な一致が示された。RET融合パートナーの種類(KIF5B-RET、CCDC6-RETなど)や前治療の種類(抗PD-1/PD-L1療法や多標的RET阻害薬)に関わらず、一貫して奏効が認められた。特に、抗PD-1/PD-L1療法既治療患者でも同様の奏効が確認され、過去の治療歴がselpercatinibの有効性を損なわないことが示唆された (Table S3)。
奏効持続期間と無増悪生存期間: 奏効持続期間 (DOR) 中央値は17.5ヶ月 (95% CI 12.0-NE) であり、奏効中央値追跡期間12.1ヶ月の時点で63% (42/67例) の患者で奏効が継続していた (Figure 2A)。1年無増悪生存率 (PFS) は66% (95% CI 55-74%) であり、PFS中央値は16.5ヶ月 (95% CI 13.7-NE) であった (Figure 2B)。担当医評価では、DOR中央値は20.3ヶ月 (95% CI 15.6-24.0) とさらに長く、最長奏効は26.0ヶ月時点で継続中であった。最初の奏効確認までの中央期間は1.8ヶ月と迅速であり、selpercatinibの速やかな抗腫瘍効果が示された。PFS中央値とDOR中央値は、これまでの多標的キナーゼ阻害薬と比較して顕著な改善を示しており、selpercatinibの持続的な抗腫瘍活性を裏付けるものである。
未治療コホート (n=39) の有効性:さらに高い奏効率: IRC評価によるORRは85% (33/39例、95% CI 70-94%) と、既治療コホートよりも高い奏効率を示した (Table 2)。担当医評価によるORRは90% (95% CI 76-97%) であった。奏効した33例のうち90%が6ヶ月時点で奏効を継続しており、奏効の持続性が示唆された。中央追跡期間が7.4ヶ月と比較的短かったため、DOR中央値およびPFS中央値はともに未到達であった。1年PFS率は75% (95% CI 56-87%) であった。SDは4例 (10%)、PDは1例 (3%)、評価不能は1例 (3%) であった。これらの結果は、未治療のRET融合陽性NSCLC患者においてもselpercatinibが極めて高い有効性を示すことを明確に示している。
頭蓋内 (CNS) 活性:脳転移に対する高い奏効率: プラチナ既治療コホート105例中38例がベースライン時に脳転移を有していた。このうち、IRC評価でRECIST測定可能脳転移を有するのは11例であった。この11例における頭蓋内ORRは91% (10/11例、95% CI 59-100%) と非常に高かった (Figure 1B)。内訳は、CRが3例 (27%)、PRが7例 (64%)、SDが1例であった。頭蓋内DOR中央値は10.1ヶ月 (95% CI 6.7-NE) であった。この結果は、selpercatinibが血液脳関門を透過し、脳転移に対しても強力な抗腫瘍活性を有することを臨床的に初めて実証したものであり、RET融合陽性NSCLC患者が脳転移を高頻度に合併することを考慮すると、その臨床的意義は特に大きい。
安全性:主に低グレードで管理可能: 安全性解析対象は全531例(全固形腫瘍患者)であった。Grade 3または4の主な有害事象は、高血圧14%、アラニンアミノトランスフェラーゼ (ALT) 上昇13%、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ (AST) 上昇10%、低ナトリウム血症6%、リンパ球減少症6%であった (Table 3)。Grade 5(死亡)の有害事象は6例 (4%) で報告されたが、敗血症2例、心停止、多臓器不全、肺炎、呼吸不全各1例であり、いずれも治験薬との関連はないと判定された。最も頻繁に報告された有害事象(任意グレード)は、下痢48%、口腔乾燥41%、高血圧31%であった。治療関連有害事象による用量減量は531例中160例 (30%) で行われた。薬剤関連有害事象による投与中止は531例中12例 (2%) と非常に低率であり、主な中止理由はALT上昇 (2例) および薬剤過敏反応 (2例) であった。これは、selpercatinibのRET選択的阻害プロファイルと、非RETキナーゼへのオフターゲット活性が少ないことに起因すると考えられる。
考察/結論
RET融合NSCLCにおけるselpercatinibの臨床的意義: 本試験は、選択的RET阻害薬selpercatinibが、RET融合陽性NSCLC患者において、プラチナ製剤既治療例、未治療例、および脳転移を有する患者のいずれにおいても、高率かつ持続的な抗腫瘍活性を示すことを実証した。プラチナ既治療例でのORR 64% (95% CI 54-73%)、DOR中央値17.5ヶ月 (95% CI 12.0-NE)、PFS中央値16.5ヶ月 (95% CI 13.7-NE) という成績は、他のドライバー変異陽性NSCLCに対する確立された標的治療、例えばEGFR変異に対するosimertinib (Soria et al)やALK融合に対するクリゾチニブ (Kwak et al)の成績に匹敵するものである。これにより、RET融合はNSCLCにおいて「臨床的に重要かつ治療可能なドライバー」として正式に位置付けられることとなった。これは、従来の多標的キナーゼ阻害薬の限定的な効果と対照的であり、selpercatinibのRET選択性が臨床的優位性をもたらしたことを示唆する。
CNS活性の臨床的重要性: 頭蓋内ORR 91% (95% CI 59-100%) という高い脳転移活性は、RET融合NSCLCが脳転移を高率に合併するという疾患特性を考慮すると特に意義深い。従来の多標的キナーゼ阻害薬はCNS透過性が不十分で脳転移への治療効果が制限されていたが、selpercatinibはCNS透過性を持つよう設計されており、脳転移患者への使用において理論的根拠と臨床的エビデンスが一致した。本研究で初めて、selpercatinibが脳転移に対して強力な効果を示すことが実証された。この知見は、RET融合NSCLCの診断時から脳転移スクリーニングを行い、selpercatinibによる全身および脳転移統合治療を標準化する強力な根拠を提供する。
安全性プロファイルと今後の課題: selpercatinibは、主に低グレードの有害事象を伴い、管理可能な安全性プロファイルを示した。Grade 3以上の有害事象は高血圧、ALT/AST上昇が主であり、薬剤関連有害事象による投与中止率は2%と非常に低かった。これは、RET選択的阻害薬が非RETキナーゼへのオフターゲット毒性を排除し、抗RET活性を最大化するという薬理学的優位性が臨床結果に反映されたことを示している。
残された課題としては、本試験では取得耐性メカニズムの系統的解析は行われていないが、RET溶媒前縁変異 (V804M/Lなど) やRETキナーゼドメイン変異 (G810C/Sなど) による耐性が後続研究で同定されている。また、抗PD-1/PD-L1療法既治療患者でも奏効が認められたことは、免疫療法後のselpercatinibの有効性を支持するが、一次治療としてのselpercatinib単剤と化学免疫療法との組み合わせの比較検討は今後の課題である。現在進行中のLIBRETTO-431試験 (selpercatinib vs 化学療法+/-PD-1阻害薬) の結果が期待される。本研究の結果は、RET融合をNSCLCの標準的分子診断パネルに含めることの重要性を強調し、NGSを用いた包括的ゲノムプロファイリングの普及を後押しする強力なエビデンスとなった。
方法
試験デザインと治療: 本試験は、65施設、12カ国で実施されたオープンラベルの第1/2相試験である。Selpercatinibは経口で、28日サイクルで継続的に投与された。疾患進行、死亡、許容できない毒性、または同意撤回まで投与が継続された。第1相用量漸増パートでは、20 mg 1日1回から240 mg 1日2回までの用量が評価された。第2相パートでは、推奨される第2相用量である160 mg 1日2回が固定用量として投与された。患者は、治験責任医師の判断により臨床的利益が得られていると判断された場合、RECISTによる病勢進行後もセルペルカチニブの投与を継続することが許可された。
対象患者と解析集団: 対象患者は、12歳以上(規制当局の許可がある場合)または18歳以上で、進行性または転移性の固形腫瘍と診断され、RET融合または変異が前向きに同定された患者であった。RET変異の状態は、次世代シークエンシング、FISH、またはPCRアッセイを用いた局所分子検査によって確認された。主要解析集団は、FDAとの合意に基づき、プラチナ製剤を含む1つ以上の化学療法ラインによる前治療歴があり、RECIST 1.1に準拠した測定可能病変を有するRET融合陽性NSCLC患者105例(第1相および第2相パートで連続して登録された最初の患者)とされた。また、探索的集団として、未治療のRET融合陽性NSCLC患者39例が設定された。患者は、ECOGパフォーマンスステータスが0〜2であり、十分な臓器機能を有し、補正QT間隔が470 msec以下であることが求められた。
エンドポイントと評価: 主要エンドポイントは、独立判定委員会 (IRC) 評価によるORR (CR+PR) であり、RECIST 1.1に基づいて評価された。副次エンドポイントには、頭蓋内ORR、DOR、PFS、および安全性が含まれた。すべての奏効は、最初の奏効評価から少なくとも4週間後の2回目の連続した画像評価によって確認される必要があった。画像評価は、ベースライン時、1年間は8週ごと、その後は12週ごとに実施された。脳転移を有する患者には、各奏効評価時に脳画像検査が義務付けられた。有害事象は、Common Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE) バージョン4.03に従って評価された。
統計解析: すべての解析は、統計解析計画に従って実施された。主要解析集団における真のORRが50%以上であるという仮説のもと、105例のサンプルサイズは、両側95%正確二項信頼区間の下限が30%であることを確立するために98%の検出力を持つと推定された。奏効の信頼区間はClopper-Pearson法を用いて計算された。DORおよびPFSは、Kaplan-Meier法を用いて推定された。安全性は、プラチナ製剤既治療および未治療のRET融合陽性NSCLC患者、ならびに2019年6月17日までにselpercatinibを投与された全531例のコホートで解析された。データカットオフ日は2019年12月16日であった。
ベースライン特性: プラチナ既治療コホート105例のベースライン特性は、中央年齢61歳 (範囲23-81歳)、女性59% (62例)、腺癌86% (90例) であった。前治療レジメンの中央値は3剤 (範囲1-15) であり、55%が抗PD-1/PD-L1療法、48%が多標的RET阻害薬による前治療歴を有していた。脳転移は36%の患者で認められた。未治療コホート39例では、中央年齢61歳、女性56% (22例)、KIF5B-RET融合が67% (26例) であった。脳転移は18%の患者で認められ、既治療コホートと比較して低い傾向にあった。