• 著者: Shideh Mirhadi, Shirley Tam, Quan Li, Nadeem Moghal, Nhu-An Pham, Jiefei Tong, Brian J. Golbourn, Jonathan R. Krieger, Paul Taylor, Ming Li, et al.
  • Corresponding author: Michael F. Moran (Program in Cell Biology, Hospital for Sick Children; Department of Molecular Genetics, University of Toronto, Toronto, ON, Canada); Ming-Sound Tsao (Princess Margaret Cancer Centre, University Health Network, Toronto, ON, Canada)
  • 雑誌: Nature Communications
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2022-04-05
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35383171

背景

肺癌は世界的に最も診断頻度が高く、Bray et al. CACancerJClin 2018 が報告するように、癌関連死の主要な原因である。非小細胞肺癌 (NSCLC) は肺癌の約85%を占め、腺癌 (LUAD) が約60%、扁平上皮癌 (LUSC) が約30%を占める主要な組織型である (Travis et al. JThoracOncol 2015 など)。EGFR変異やALK/ROS1再構成などのドライバー変異を持つNSCLCに対する分子標的療法は確立されているものの、大多数のNSCLCでは標的となる変異が未同定である。

ゲノムやトランスクリプトーム解析により予後サブグループが同定されてきたが (例えば、Cancer et al. Nature 2014TCGA et al. Nature 2012 など)、これらの研究では有効な治療標的の発見に限界があった。DNAコピー数、RNA発現、およびタンパク質レベル間の関係は予測困難な場合が多く、機能的な腫瘍特性を直接反映するプロテオーム解析が有望視されてきたが、大規模なNSCLCにおけるプロテオーム分類に関する知見は不足していた。特に、腫瘍上皮と間質微小環境の生物学的複雑性を区別することが困難であるため、多くの新規生物学的洞察が未解明であった。

患者由来異種移植 (PDX) モデルは、ヒト腫瘍上皮と宿主マウス間質を分離して解析できるという利点を持つ。PDXモデルは、原発腫瘍の組織型、変異プロファイル、コピー数変動 (CNV)、遺伝子発現、メチル化パターンを高度に保持することが示されており、より攻撃性の高い癌の形態を反映することが知られている (John et al. 2011)。しかし、大規模なNSCLC PDXモデルにおけるプロテオーム分類はこれまで報告されておらず、機能的な腫瘍特性を直接反映するプロテオーム情報が未解明であった。本研究は、このギャップを埋めることを目指した。

目的

本研究の目的は、500例のNSCLC患者腫瘍から樹立した137例の安定PDXモデルに対し、マルチオミクス(ゲノム、転写、エピゲノム、プロテオーム、リン酸化チロシン (pY) プロテオーム)解析を実施し、患者予後、治療応答、および間質微小環境と関連するNSCLCプロテオタイプを同定することである。

結果

PDXモデルの樹立と患者予後との関連: 500例中163例がP0で腫瘍形成し、137例 (27%) が3回以上の継代が可能な安定PDXとして樹立された。LUSCの生着率は55%であったのに対し、LUADは17%と低かった。原発切除検体において、安定PDXを形成した患者はそうでない患者と比較して有意に予後不良であり、5年OSはPDX形成群で47%であったのに対し、非生着群では81%であった (p<0.001) (Fig. 2B)。PDXは原発腫瘍の組織型、変異プロファイル (KRAS変異の過多、EGFR感作変異の低代表)、コピー数変動 (CNV)、遺伝子発現、メチル化パターンを高度に保持していた (Fig. 3A-D)。技術的反復および同一患者由来の複数継代試料は常に同一クラスターを形成し、R² ≥ 0.94の高い再現性を示した。これらの結果は、PDXモデルが原発腫瘍の重要な分子特性を維持し、特に攻撃性の高い腫瘍を代表していることを示唆する。

新規プロテオタイプの同定と患者生存期間の差異: LUAD 58例において3つのプロテオタイプ (LUAD1, LUAD2, LUAD3) を、LUSC 62例において2つのプロテオタイプ (LUSC1, LUSC2) を同定した (Fig. 5A, B)。LUAD1とLUAD3の間には5年OSに有意差が認められ (log-rank p=0.034)、LUAD3はLUAD1と比較してハザード比 (HR) 3.48と予後不良であった。LUAD1とLUAD2のOSは同等であった。LUSCでは、LUSC2がLUSC1と比較して有意に悪いOSを示した (log-rank p=0.049) (Fig. 5C, D)。これらのプロテオタイプは性別や喫煙歴との有意な相関は認められなかった。多変量生存解析では、ステージ調整後もプロテオタイプ間の生存差の傾向は維持されたが、サンプルサイズの制約から統計的有意性は失われた。

プロテオタイプ特異的マーカー、シグナル経路、およびリン酸化チロシンプロファイル: 各プロテオタイプは独自の分子特性を示した。LUAD1はAGR2/3、MUC5AC/Bなどの成熟分泌細胞マーカーやNAPSA、SLC34A2などのサーファクタント代謝関連タンパク質が濃縮され、分化型表現型を示した。LUAD2はKRT5/6A、SERPINB3/4、DSG3などの扁平上皮分化マーカーが発現し、LUSC類似の扁平上皮様サブタイプであることが示唆された。LUAD3はDCBLD2、MCAM、VIMなどの上皮間葉転換 (EMT) マーカーおよびRho/MAPK/インテグリンシグナルが濃縮され、最も予後不良な脱分化型EMT表現型であった (Fig. 6A)。LUSC1はSCGN、CHGA、CADM1などの神経内分泌マーカーが濃縮され、神経内分泌様の特徴を示した。LUSC2はKRT6A/B、SERPINB3/4、DSG3などの古典的扁平上皮型マーカーが高発現しており、最も予後不良であった (Fig. 6B)。リン酸化チロシン (pY) プロファイルの解析では、最も予後不良なLUAD3とLUSC2で最多のpYサイトが検出され、それぞれEGF/p70S6Kシグナルおよびアクチン細胞骨格/ILKシグナルが亢進していることが示された (Fig. 5G, H, Fig. 6C, D)。

独立コホートおよびDepMapでの検証と治療標的候補の特定: 同定されたプロテオタイプマーカータンパク質群を用いて、Gillette et al.のLUAD一次腫瘍コホートおよびStewart et al.のLUSC一次腫瘍コホートを非教師ありクラスタリングすると、既報のサブタイプと高い重複を示した (Supplementary Table 7)。Cancer Dependency Map (DepMap) NSCLCセルラインにおいてもプロテオタイプ分類が可能であり、プロテオタイプ特異的な遺伝子ノックアウト感受性が確認され、候補治療標的の優先順位付けが可能となった。例えば、野生型EGFR増幅と高発現を示すPDXモデル (PHLC 134) は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) アファチニブに有意に奏効し、腫瘍体積の成長が抑制された (p=2.3E-15) (Fig. 7E)。これは、プロテオーム解析がゲノム/トランスクリプトーム解析では明らかにならない活性化標的経路を特定する可能性を示す。

LUADプロテオタイプにおける間質組成の差異: マウス由来の間質プロテオームの解析では、LUAD1とLUAD3が異なる間質プロテオームを持つことが明らかになった (Fig. 8C)。LUAD3は間質プロテオームクラスターiiiに有意に濃縮され (Fisher’s exact t-test p=3.6E-07)、LUAD1はクラスターiおよびiiに有意に濃縮された (p=4.9E-06)。LUAD1では全身性エリテマトーデスT細胞シグナル伝達やマクロファージの窒素酸化物・活性酸素種産生などの炎症促進経路が濃縮された。一方、LUAD3では急性期反応、白血球血管外遊出、B細胞受容体シグナル、およびインテグリン、アクチン細胞骨格、プロテインキナーゼA、RhoなどのEMT関連経路が濃縮されていた (Fig. 8E)。これらの結果は、腫瘍細胞のプロテオタイプが間質微小環境の組成とシグナル伝達を特異的に形成することを示唆する。

考察/結論

本研究は、最大規模のNSCLC PDXコレクション (137例) を用いたマルチオミクス解析により、NSCLCの新規プロテオタイプ分類を確立した。LUADでは3型、LUSCでは2型のプロテオタイプが同定され、これらはゲノム・転写サブタイプとは独立した予後層別因子であることが示された。特にLUAD3 (EMT型) とLUSC2 (古典的扁平上皮型) は最悪の予後と関連しており、DNA/RNA解析では同定できない重要な情報を提供する。

① 先行研究との違い: これまでのゲノム・トランスクリプトーム解析では、タンパク質レベルでの機能的変化を直接捉えることが困難であったのに対し、本研究ではPDXモデルの利点を活かし、ヒト腫瘍上皮とマウス間質を分離して解析することで、腫瘍細胞自律的なタンパク質発現変化を正確に捉えることができた点が大きく異なる。これにより、腫瘍細胞と間質微小環境の相互作用をより詳細に理解することが可能となった。

② 新規性: 本研究で初めて、LUAD2の扁平上皮様サブタイプやLUSC1の神経内分泌様サブタイプといった新規なプロテオタイプが同定された。これらのプロテオタイプは、従来の組織学的分類やゲノム・トランスクリプトーム分類では見過ごされてきた、機能的に異なる腫瘍特性を反映している。プロテオタイプ特異的なpYプロファイルは活性化チロシンキナーゼシグナルを反映し、プロテオタイプ別の標的療法開発(例:LUAD3へのRho/MAPK阻害、LUAD1へのEGF経路阻害)のフレームワークを提供するなど、個別化医療に向けた新規な洞察をもたらす。

③ 臨床応用: 本研究で同定されたプロテオタイプは、患者の予後予測に貢献するだけでなく、DepMapデータとの統合により、プロテオタイプ特異的な治療標的候補を特定する可能性を示唆する。野生型EGFR増幅を示すPDXモデルがEGFR TKIアファチニブに奏効した事例は、プロテオーム解析がゲノム情報だけでは見出せない治療応答予測バイオマーカーを提供する臨床応用への可能性を示す。これらの知見は、将来的にNSCLC患者の層別化と個別化治療戦略の策定に役立つことが期待される。

④ 残された課題: 免疫不全マウスを用いたPDXモデルであるため、免疫微小環境の全容を捉えきれていない点や、大規模な薬物スクリーニングへの適用が限定的である点が残された課題として挙げられる。今後の研究では、免疫健全なモデルを用いた検証や、プロテオタイプに基づいた治療仮説の前臨床検証、特に免疫チェックポイント阻害剤に対する応答性の評価が重要となる。

方法

500例のNSCLC患者腫瘍(原発切除標本443例、経気管支超音波内視鏡 (EBUS) 生検再発57例)をNOD-SCID (非肥満糖尿病重度複合免疫不全) マウスへ移植し、安定PDX (P2以上安定継代) 137例を樹立した (Fig. 2A)。PDXモデルの腫瘍細胞と間質細胞のタンパク質を区別するため、TMT (tandem mass tag) ベースの定量質量分析 (MS) (timsTOF Pro) により133 PDXのプロテオーム解析を実施し、ヒト由来6830種、マウス由来4423種、両種に共通する2031種のタンパク質を同定した (Fig. 4A)。Superbinder SH2ドメインアフィニティー精製によるpYペプチド濃縮・MS解析も行った。さらに、遺伝子発現 (RNAseq)、メチル化 (Infinium EPICアレイ)、コピー数変動 (CNV) (SNPアレイ)、エクソーム変異プロファイリングを実施した。

LUAD (58例) とLUSC (62例) のそれぞれで、非教師あり階層クラスタリング (Wilkerson et al. Bioinformatics 2010 のConsensus Clustering) によりプロテオタイプ分類を行った。独立コホート (Gillette et al. LUAD ≥100例、Stewart et al. LUSC ≥100例) およびCancer Dependency Map (DepMap) NSCLCセルラインを用いて、プロテオタイプ標識タンパク質による交差検証を実施した。患者の5年全生存期間 (OS) はKaplan-Meier生存解析 (log-rank検定) および多変量Cox回帰 (ステージ調整) で評価した。体細胞変異の検出にはMuTect (Cibulskis et al. NatBiotechnol 2013) およびVarScan、アノテーションにはANNOVAR (Wang et al. NucleicAcidsRes 2010) を用いた。Ingenuity Pathway Analysis (IPA) を用いて、プロテオタイプ間の差次的発現タンパク質およびリン酸化タンパク質から活性化経路を同定した。