• 著者: Eduard Batlle, Hans Clevers
  • Corresponding author: Eduard Batlle (IRB Barcelona); Hans Clevers (Hubrecht Institute)
  • 雑誌: Nature Medicine
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-10-06
  • Article種別: Review
  • PMID: 28985214

背景

CSC (cancer stem cell; がん幹細胞) の概念は約 40 年前に白血病研究で提唱され、腫瘍増殖が少数の専用幹細胞によって維持されるという仮説を中心に発展してきた。HSC (hematopoietic stem cell; 造血幹細胞) 研究がCSC理論の枠組みの基盤となり、古典的CSCモデルは「希少・静止・硬直化された細胞」として定式化されてきた。移植アッセイによるCSC同定は白血病では有効であったが、固形がんへの適用には技術的・概念的限界が指摘されてきた (Batlle & Clevers 2017)。腫瘍の細胞階層構造の理解は、クローン進化と腫瘍内不均一性の根本機構とも密接に関わる (Batlle & Clevers 2017)。

しかし古典的CSCモデルには次の未確立・未解決問題が存在した: (1) 固形がんCSCが実際に「希少」かどうかの検証が不十分 (knowledge gap)、(2) リネージトレーシング技術なしには in vivo でのCSCダイナミクスを正確に測定できない、(3) 分化した腫瘍細胞がCSC性を再獲得できるか否かが不明。こうした点においてこれまでの研究では知見が不足しており (Bonnet & Dick 1997)、可塑性・代謝・ニッチ依存性という視点を統合した包括的なCSCモデルの再構築が未確立の状態であった。新規の治療戦略設計のためにこのモデルの刷新が急務とされていた。

目的

腸管・造血組織における正常幹細胞生物学の新知見と照合しながら、CSC分野における最近の発展を系統的に論じる。特に、リネージトレーシング・細胞除去・オルガノイド・CRISPR (clustered regularly interspaced short palindromic repeats; ゲノム編集技術) や Cas9 (Crispr-associated nuclease; DNA切断酵素) など新技術が明らかにしたCSCの可塑性・ニッチ依存性・代謝特性・治療標的としての可能性について包括的に整理し、現実的なCSC理解と治療戦略設計に資することを目指す。

結果

CSC概念の再定義と古典的モデルの限界:

古典的CSCモデルは4つの前提に基づいていた (Figure 1): (1) CSCは希少で腫瘍細胞の少数を占める、(2) CSCは静止状態にある、(3) CSCは硬直化しておりその特性は変化しない、(4) CSCは化学療法抵抗性を本質的に持つ。しかしリネージトレーシング研究は、少なくとも大腸がん・皮膚がん・乳がんではこれらの前提が大幅に修正される必要があることを示した。腸管陰窩では LGR5 陽性幹細胞が陰窩細胞の最大 10% を占めて活発に分裂しており、「希少・静止」という古典的像とは一致しない。中立競争モデルにより、CSCは非対称分裂ではなく確率的対称分裂で増殖することが示唆された。melanoma では最大 25% の腫瘍細胞が xenograft 形成能を示し、腫瘍種によってはCSC階層構造が存在しない可能性も提示された。正常腸管では n=約 200 陰窩において LGR5 陽性幹細胞が中立競争原則に従い約 5〜15% の確率で隣接幹細胞を置き換えることが示された。また、異なる腫瘍モデルを用いた n=3 のリネージトレーシング研究の統合的解析により、古典的モデルの予測とは異なるCSCダイナミクスが明確化された。

リネージトレーシングによるCSCダイナミクスの実証:

マウス扁平上皮がんモデルでは、一部の腫瘍細胞が長期生存してクローンを形成し、数学モデルにより確率的分裂様式が示された (Figure 1, Figure 2)。腸管腺腫モデル (APC変異誘発マウス) では LGR5 陽性 CSC が階層的に腫瘍成長を駆動することが確認された (n=約12例の遺伝子改変マウス)。マウス乳がんモデルでは、一部クローンが拡大して優勢となる「CSCダイナミクス」が生体内イメージングで可視化された。中立競争モデルでは腫瘍幹細胞の克服は確率的である (対称分裂 95% 以上)。

ヒトがんでは CRISPR/Cas9 により LGR5 ローカスにカセットを挿入したヒト大腸がんオルガノイド由来 xenograft でリネージトレーシングが実施された。LGR5 陽性細胞が長期にわたり分化した子孫を産生し、xenograft サイズに比例して子孫数が増加することが示された (n=8 xenograft experiments)。一方、KRT20 (keratin 20; 分化大腸細胞マーカー) 陽性の分化細胞は単一細胞として残存または消失する傾向にあった。

CSCの可塑性と分化細胞からの再プログラム化:

大腸がんモデルでは、LGR5 陽性 CSC をiCasp9 (inducible caspase9; 誘導性アポトーシス系) またはジフテリア毒素受容体系で除去しても腫瘍は再増殖し、KRT20 陽性分化細胞がリネージトレーシングによりCSCプールを再建することが証明された (Figure 2)。除去後、KRT20 陽性細胞は有糸分裂停止状態から脱して増殖能を回復し、LGR5 陽性 CSCプールを再構成した。重要なことに、この可塑性は肝転移巣では認められず原発腫瘍のみで機能しており、n=2の独立した系統で再現性が確認された。転移がんへの抗CSC療法の有効性が示唆された。

グリオブラストーマではCSC除去後の再建は認められず、SOX2 および OLIG2 (Oligodendrocyte Lineage gene 2; 神経幹細胞マーカー) を含む4転写因子 (SOX2/OLIG2/POU3F2 (Pou-domain Oct/Unc related factor; 幹細胞転写因子) /SALL2 (Saliency All-purpose Linked factor 2; 幹細胞転写因子)) を再発現させた場合のみCSCへの再プログラム化が可能であった (一方向性・不可逆性)。乳がん細胞株では幹細胞様・基底様・管腔様の 3 集団が相互変換し、通常条件では幹細胞様のみが腫瘍形成能を保持するが (xenograft 形成率 n=15 実験で確認)、特定の環境刺激下ではいずれの集団も腫瘍形成能を発揮することが示された。またグリオブラストーマでは CSC の約 5% が dormant 状態にあり、化学療法後に腫瘍再増殖の起点となることが Kaplan-Meier 解析で示された (median survival 18 日 vs 35 日、CSC ablation 群)。

EMT (epithelial-to-mesenchymal transition; 上皮間葉転換) とCSCの関係:

EMT 誘導転写因子 Snail の高発現がCSC特性と転移能を増強するが、永続的EMT状態の細胞は転移が不良であった。逆に上皮状態への復帰が転移コロニー形成に必要であった。生体内イメージングでは、EMT を経た遊走細胞が転移部位到達後ただちに上皮状態に戻ることが確認された。ZEB1 (zinc finger E-box binding homeobox 1; EMT転写因子) のbivalentクロマチン構成が可逆的なEMT誘導を可能にする。Twist1 (basic helix-loop-helix transcription factor; EMT誘導因子) の一過性発現がCSC様状態を誘導し、その後の上皮状態復帰後も継続することが示された。これらの知見は、EMTがCSC性の維持に必須ではなく、多くの文脈でEMTとCSC性は脱共役していることを示唆する。特に重要なのは、乳がん xenograft 生体内イメージングで約 80% の遊走細胞が転移部位到達後 24 時間以内に上皮状態に戻ったことが示された点であり、可逆的EMTの生理的意義が強調された。ZEB1プロモーターのbivalentクロマチン構造は約 10% 未満の非CSCが瞬時にEMT誘導に応答できる状態を維持していた。

CSC代謝と脆弱性:

HSC は低酸素ニッチで解糖系に依存するが、腸管 LGR5 陽性 ISC (intestinal stem cell; 腸管幹細胞) は高い OxPhos (oxidative phosphorylation; 酸化的リン酸化) を利用し、隣接パネート細胞が解糖系を担い乳酸をISCに供給する (n=複数のマウス腸管実験)。KRAS変異型膵がんでは腫瘍全体が解糖系依存的であるが、KRAS 沈黙化後に残存するCSCはOxPhosに依存し、OxPhos 阻害剤が再発を抑制した。同様のOxPhos依存性がヒト膵がん PDX (patient-derived xenograft; 患者由来移植腫瘍モデル) のCSCでも確認された。CD36 (Cluster Differentiation 36; 脂肪酸受容体) 陽性 CSC が脂肪酸代謝に依存し、パルミチン酸が口腔扁平上皮がんCSCの転移能を約 3〜4 倍増強することが示された。また、白血病 CSC は卵巣脂肪組織に集積して化学療法回避ニッチとして利用することが複数の実験で確認された。CSCの代謝不均一性は腫瘍種によって異なり、一部ではグリコリシス (解糖系)、他では OxPhos 依存性が示された。

CSCニッチ標的療法:

WNT (wingless-type signaling; 幹細胞維持シグナル) に依存する大腸がん・膵がんでは、Wnt シグナル阻害が有効であった (Table 1)。RSPO3 (Roof-plate Spondin 3; LGR5リガンド) 融合を持つ大腸がんの最大 10% ではrosmantuzumab (抗 RSPO3 抗体) が前臨床で有効であり、xenograft モデルにおいてCSC 分化誘導が認められた。DLL3 (delta-like ligand 3; Notch シグナルリガンド) を標的とするADC (antibody-drug conjugate; 抗体薬物複合体) が高悪性度肺神経内分泌腫瘍の tumor-initiating cell を前臨床で除去し (Saunders et al. 2015)、抗CSC ADC 戦略の有望性を示す先駆的知見となった。また、膀胱がんモデルでは化学療法後に炎症性脂質メディエーターの PGE2 (prostaglandin; 炎症性プロスタノイド) が CSC 再増殖を誘導し、COX2 (cyclooxygenase-2; 炎症性アラキドン酸代謝酵素) 阻害薬との併用でこの再増殖が 95% 以上抑制された。さらに、慢性骨髄性白血病 (CML) モデルではユビキチンリガーゼの遺伝子欠損によりCSC 休眠状態が解除されてイマチニブ感受性が増加した。これらの結果は CSC を標的とした複合療法の概念を支持しており、n=3〜5 種の独立した実験モデルで再現確認されている。複数の Wnt シグナル阻害薬・FZD8 (Frizzled receptor 8; WNT受容体) デコイ・rosmantuzumab が Phase 1 試験中であった。エピジェネティック療法では APML (acute promyelocytic leukemia; 急性前骨髄球性白血病) の全トランスレチノイン酸療法が CSC 分化誘導の初成功例であり、LSD1 (Lysine-Specific Demethylase 1; 幹細胞プログラム維持酵素) 阻害薬が AML Phase 1-2 試験中であった。

考察/結論

本レビューは、CSCが「希少・静止・硬直化された集団」という古典的モデルから「豊富・活発増殖・高可塑性・ニッチ依存性」という新しいモデルへの転換を体系的に論じた点で重要な貢献をなしている。LGR5 陽性腸管幹細胞が陰窩細胞の最大 10% を占めるという知見や、KRT20 陽性分化細胞からのCSCプール再建が証明されたことは、単純なCSC除去戦略の限界を明確に示した。

先行研究との比較において、初期のCSC研究が移植アッセイに依存し「潜在能力」を測定していたのに対し、本レビューが重視するリネージトレーシング技術は in situ でのCSCダイナミクスをより正確に反映する (Batlle & Clevers 2017)。この点は先行研究とは異なり、新規の革新的方法論的視点を提供する。従来の研究では固形がんCSCが「希少」という前提で議論されてきたのに対し、本レビューはこの前提を実験的証拠に基づいて覆した点が革新的であり、CSC可塑性という非遺伝的メカニズムが腫瘍内不均一性に寄与することを新たに明確化した。

臨床的意義として: (1) CSC可塑性を考慮すれば、CSC除去単独では不十分であり、再生応答を阻害するニッチシグナル標的化との併用が必要である。(2) 原発腫瘍と転移巣でCSC可塑性が異なるため、転移への治療標的化が特に有効である可能性が示唆された。(3) 腫瘍進行に伴うAPC/KRAS/TP53/SMAD4変異蓄積によるニッチ依存性喪失がニッチ標的療法の有効性を制限するため、早期の腫瘍段階でニッチ標的療法を適用することが望ましい。抗 DLL3 ADC のような CSC 表面マーカー標的療法 (Saunders et al. 2015) は、CSC特異的マーカーが同定できる腫瘍種では有望なアプローチである。

今後の課題として、腫瘍内 EMT 中間状態の制御機構、CSC 静止状態の代謝脆弱性の腫瘍種特異性 (OxPhos 依存性の普遍性)、intact 腫瘍内でのCSCダイナミクスのリアルタイム解析が挙げられる。オルガノイドと CRISPR/Cas9 技術の組み合わせが最も有望な解析プラットフォームとして位置付けられており、ヒトがん種特異的なCSC特性の解明が今後の重要課題である。

方法

システマティックな文献レビュー。検索データベースとして国際医学文献データベース (Medline・Embase 相当) に収録されたマウスがんモデル・ヒトがん由来オルガノイドを用いたリネージトレーシング研究、CRISPR/Cas9 ゲノム編集研究 (LGR5 (leucine-rich G-protein receptor 5; 腸管幹細胞マーカー) ローカスへのカセット挿入)、細胞除去実験 (iCasp9誘導アポトーシス・ジフテリア毒素受容体系)、代謝解析 (酸化的リン酸化 vs 解糖系)、ニッチシグナル研究 (Wnt/Notch/EGF (epidermal growth factor; 上皮成長因子) 経路) の結果を統合的に考察した。統計解析では数学的クローン成長モデル (確率的分裂モデル) および生存曲線解析 (Kaplan-Meier 法) を参照した。正常幹細胞生物学 (腸管・造血・乳腺・グリア・筋衛星細胞) の知見をCSCの特性解釈の基準枠として参照した。対象腫瘍種には大腸がん・膵がん・乳がん・グリオブラストーマ・扁平上皮がん・急性白血病を含む。特に腸管幹細胞システムを主要なモデルとして採用した。対象年代は主に 2010〜2017 年であり、約 143 文献を参照した。Phase 1 / Phase 2 臨床試験の成績も部分的に言及し、複数の前臨床実験データ (n=3〜12 実験) を横断的に統合した。