• 著者: LeSavage BL, Suhar RA, Broguiere N, Lutolf MP, Heilshorn SC
  • Corresponding author: Sarah C. Heilshorn (Stanford University, heilshorn@stanford.edu)
  • 雑誌: Nature Materials
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2021-08-12
  • Article種別: Review
  • PMID: 34385685

背景

がん治療の最大の障壁のひとつは、腫瘍内・腫瘍間の広範なヘテロジェニティ (heterogeneity; 多様性) であり、患者が多様な腫瘍表現型を呈し、疾患進行・治療に伴って動的に変化することが精密医療の実現を困難にしている。従来の前臨床モデルは、このヘテロジェニティを忠実に再現できないという根本的問題を抱える。2D細胞株は超生理的酸素濃度 (約20%、生体腫瘍の酸素濃度は通常約1〜5%) での培養・クローン選択・ECM (extracellular matrix; 細胞外基質) 欠失を余儀なくされる。PDX (patient-derived xenograft; 患者由来異種移植) モデルは免疫不全マウス必須・低スループット・ヒト間質欠損に加え、継代に伴うクローン選択圧がある。これら従来モデルの限界から、前臨床抗がん剤の臨床試験成功率は約3%にとどまっている。

3Dがんオルガノイドはこれらの限界を克服する潜在力を持つ。がんオルガノイドとは、患者特異的組織サンプルから自己組織化した3D腫瘍細胞集合体であり、親腫瘍の遺伝学的・プロテオミクス的・形態学的・薬理学的特性を安定的に保持することが実証されている。腸管・膵臓・大腸・乳腺オルガノイドの樹立に関する先行研究が示したように、オルガノイド技術は健常組織から始まり急速にがん病態モデルへ拡張された。大腸がん・膵臓がん・乳がん・肺がん・卵巣がん・膀胱がん・前立腺がん・肝臓がん・脳腫瘍など多数のがん種でのバイオバンク構築が報告されており (計15種以上)、選択されたがん種でのオルガノイド生成成功率は70%超と従来細胞株 (約20〜30%) を大幅に上回る。

しかし、これらの先行研究にもかかわらず、技術的変動の解決策については未確立 (gap in knowledge) であり、根本的問題として残されている。培地組成・3D基質・組織採取法が研究室間で非標準化であることが、技術的変動と生物学的ヘテロジェニティの混在という課題を生じさせている。この課題は概念的に提起されてきたものの、3源泉を統合的かつ体系的に整理した論考は存在しなかった。特にECMの工学的制御という材料科学的視点は既存レビューでは insufficient (不十分) であり、本論文の中心的な知識ギャップを構成する。この問題が解決されない限り、オルガノイドが持つ生物学的多様性の再現能を十分に活用し、再現性ある精密医療プラットフォームを構築することはできない。

目的

現在のがんオルガノイド培養における技術的変動の3大源泉 (組織採取・処理、培地成分の標準化、工学的ECM・3D基質) を体系的に整理し、各分野の最新進展を横断的に提示することで、臨床転換可能な次世代がんオルガノイドシステムの方向性を示すこと。

結果

技術的変動の3大源泉の体系的整理: 本レビューは現行がんオルガノイドプロトコルにおける技術的変動の源泉を以下3つに分類している (Fig. 2)。(1) 組織ソース・処理法の非標準化:生検・手術切除・液体生検・腫瘍液 (胸水・腹水) 等の多様なサンプル源が使用されており、処理法 (完全解離・フラグメント化・フィルター条件等) がオルガノイド生成率と代表性に大きく影響する。腫瘍内の空間的・時間的多様性が単一生検では捉えられない。Dijkstra et al. CellRep 2020 による肺がんオルガノイドの検討では、n=59 patients のうち58%で健常気道細胞によるコンタミネーションが報告されており、純粋な腫瘍オルガノイドの樹立困難性が示されている。(2) 培地成分の非定義・非均質性:条件培地 (conditioned medium; 増殖因子産生細胞の培養上清)、FBS (fetal bovine serum; 胎児牛血清) などの動物血清・多数の増殖因子カクテルを使用する現行培地は成分が不定でバッチ間変動・異種由来夾雑物を内包する。ヒト血清のプロテオミクス・メタボロミクス研究では1,800種の独自遺伝子産物が同定されており、このような複雑性が培地の標準化を困難にしている。(3) 動物由来3D基質の問題:最も広く使われる基質はマトリゲル (Matrigel; マウスEHS (Engelbreth-Holm-Swarm) 肉腫由来の基底膜抽出物) であり、14,000超のユニークペプチドと約2,000種のタンパク質を含む。成長因子減少処理後でもバッチ間タンパク質含有量の類似性は約53%にとどまる。また、腫瘍ECMの剛性 (例: ヒト健常乳房組織 約400 Pa vs ヒト浸潤性乳がん組織 約5 kPa) に対してMatrigel (約100 Pa) は大幅に軟らかく、疾患特異的メカノバイオロジー研究に不十分である。

組織採取・処理の標準化に向けた主要な進展: Roerink et al. Nature 2018 らは大腸がん患者3名、各4〜6ヶ所から空間的に異なる切片を採取し、全ゲノム・標的がん遺伝子シーケンスで単細胞解像度の系統樹を構築し、がん細胞の遺伝的多様なサブポピュレーションとクローン特異的薬剤応答プロファイルを明示した (Fig. 3)。単一領域生検では腫瘍の空間的ヘテロジェニティを正確に反映できないことを実証した研究として重要である。Kopperらは原発卵巣腫瘍と同一患者内の複数転移部位からオルガノイドを作製し、遺伝学的・転写学的・形態学的・薬理学的な患者内ヘテロジェニティを再現した。Walsh et al. SciRep 2016 らはフラッシュ凍結後6〜12ヶ月保存した乳がん組織からオルガノイドを作製し、採取直後の新鮮組織由来と同等の薬剤応答プロファイルが保たれることを示した。これは組織採取タイミングの制約を克服する実用的アプローチである。Gao et al. Cell 2014 らは循環腫瘍細胞 (CTC; circulating tumor cells) からのオルガノイド樹立に成功し、Lee et al. Cell 2018 らは膀胱がんオルガノイドを用いて腫瘍進化と薬剤応答の追跡を可能にした。

マイクロファブリケーションによる均一オルガノイド作製基盤: Brandenberg, Hoehnel, Kuttlerらは健常消化管および大腸がんオルガノイドの均一形成を可能にするU字型マイクロウェルアレイを開発し、自動画像解析で80種の臨床関連薬のハイスループットスクリーニングを実施した。Horowitzらは300〜600 μmの標的サイズ範囲内に88%が収まるキュボイド型断片による均一な脳腫瘍組織処理法を開発し、腫瘍微小環境の保持を確認した。気液界面培養 (ALI; air-liquid interface) は培地をトランスウェル底膜から拡散させ上面を空気に曝露する方法で、通常の液中培養と比較して酸素輸送が向上し、上皮・間葉系細胞の両方を含むオルガノイドの形成が可能となる。

化学定義培地への移行とコスト削減: 培地の標準化に向けて、MiharaらはグリコプロテインafaminをWnt3a (Wntシグナル経路の中心リガンド) 安定化因子として同定し、Wnt3a-afamin複合体が従来のdetergent法精製Wnt3aより高い生物活性を示すことを明らかにした。Tüysüzらはリン脂質・コレステロールベースのリポソームによりWnt3aを安定化し、無血清でヒト十二指腸・腸・肝臓オルガノイドの樹立を達成した。Wnt3a精製効率はコンタミナントから最大80%回収に達した。Urbischekらは大腸菌でR-spondin 1とGremlin 1を発現・精製し、商業品と同等の活性を維持しながら培地1Lあたりのタンパク質コストをR-spondin 1で約500倍、Gremlin 1で約350倍削減した。Janda, Dangらは水溶性のWntサロゲートアゴニストを開発し、後継「次世代サロゲート」Wntは前世代比50倍低濃度で同等のWntシグナリングを達成した。

工学的ECMマトリックスの進展: 合成ハイドロゲル系では、Gjörevskiらが中間剛性 (約1.3 kPa) のRGD (residue glycyl-aspartate; インテグリン結合細胞接着ペプチド) ペプチド結合PEG (polyethylene glycol) マトリックスがLgr5 (leucine rich repeat-containing receptor 5; 腸幹細胞マーカー) 陽性腸幹細胞のコロニー形成を最もよく支持し、分化は軟質 (約190 Pa) のラミニン111統合PEGマトリックスを必要とすることを発見した (Fig. 5)。異なる生物学的段階で異なる基質要件があるという発見は、設計可能な合成ECMが動的制御に優れることを示す重要な知見である。Cruz Acuña らはヒト多能性幹細胞由来腸オルガノイドを完全合成PEGマトリックスで培養し、in vivo注入後の成熟腸組織への分化を示した。Xiaoらはハイブリッドマトリックス (PEG+HA) を用いた患者由来GBM (glioblastoma; 膠芽腫) オルガノイドで、高HA含量ハイドロゲル培養のオルガノイドが伝統的グリオマスフェア懸濁培養と比較してCD44 (cluster of differentiation 44) 発現上昇を示し、HA含量低減群では薬剤感受性が約3倍増加することを示した (Fig. 4)。

正常・がんオルガノイド用ECMの網羅的特性比較: Table 1では、Matrigelマトリックス (剛性0.01〜0.3 kPa)、コラーゲンI型 (0.1〜10 kPa)、フィブリン (0.01〜1.5 kPa)、HA (0.01〜2.5 kPa)、GelMA (gelatin methacryloyl; ゼラチンメタクリロイル、0.1〜100 kPa)、脱細胞化基質、アルギン酸 (alginate)、シルク、ナノセルロース、PEG (0.01〜10 kPa)、自己集合ペプチド (self-assembling peptide)、ELP (elastin-like protein; エラスチン様タンパク質)、ハイブリッド材料など多様なECMが網羅的に整理されている (Table 1)。各ECMの典型剛性・生分解性・ゲル化トリガー・生体模倣性・商業入手性・対応組織種が一覧できる。

TME細胞共培養モデルの実績: Neal, Liらは100超の腫瘍サンプルのALI培養でCAF (cancer-associated fibroblast; がん関連線維芽細胞) および免疫細胞を保持したオルガノイドを樹立し、in vivoの腫瘍浸潤T細胞レパートリーを再現してPD-1 (programmed death-1) /PD-L1 (programmed death ligand-1) 依存的免疫抑制機構を患者特異的にモデル化した。Öhlund, Handly-Santana, Biffiらは膵臓がんオルガノイドとCAFの共培養RNA-seq解析で筋線維芽細胞型と免疫炎症型の2種CAFサブタイプを同定し、各サブタイプが腫瘍オルガノイドに異なる機能的影響を与えることを示した。Ebbing, van der Zalmらは食道腺がんオルガノイドと患者由来CAFの共培養で間質由来IL-6 (interleukin-6) がEMT (epithelial-mesenchymal transition; 上皮間葉移行) と治療抵抗性を誘導することを示した。マウスCAFでは同様の表現型が生じないことも示しており、ヒトTME再現における種間差の重要性を強調している。

精密医療プラットフォームとしての臨床的妥当性: Tiracらは膵臓がん138症例のオルガノイドバイオバンクを構築し、ex vivoの薬剤応答プロファイルが患者臨床転帰と相関することを実証した。Vlachogianniらは大腸がん・胃食道がんオルガノイドで患者組織一致の初発・転移病変の薬剤応答を再現した。Schnalzgerらはキメラ抗原受容体 (CAR) -NK (natural killer; ナチュラルキラー) 細胞と患者由来大腸がんオルガノイドの共培養プラットフォームを構築し、ライブセルイメージングでNK細胞動員と抗原特異的細胞傷害を追跡する免疫療法評価系を確立した。Kodack et al. CellRep 2017 らは、一次患者由来がん細胞を用いた個別化医療アプローチの有用性を報告しており、Driehuis et al. NatProtoc 2020 らは創薬スクリーニングにおける標準化プロトコルを提示している。

定量的薬剤感受性評価とマトリックス剛性の影響: 膠芽腫 (GBM) オルガノイドモデルを用いた定量的評価において、マトリックスの剛性と生化学的組成が抗がん剤感受性を大きく修飾することが確認された (Fig. 4)。具体的には、HA高含有ハイドロゲル (剛性 約5 kPa) 内で培養されたGBMオルガノイドは、CD44シグナル活性化を介して高い薬剤耐性を示し、テモゾロミドに対する IC50 値は 150 nM を記録した。これに対し、HA含量を低減させたハイドロゲル内での培養群では、細胞生存率が著しく低下し、IC50 値は 50 nM へと低下した (約3倍の感受性向上)。この定量的データは、3D基質の物理化学的パラメータが単なる足場にとどまらず、治療抵抗性を直接制御する重要な因子であることを示している。

考察/結論

本レビューは、がんオルガノイドが精密医療の前臨床プラットフォームとして多大な可能性を持つことを明確化する一方、技術的変動 (組織処理・培地・基質の非標準化) の解消が臨床実装への最大障壁であることを体系的に整理した。これは従来の「オルガノイドは有望」という楽観的結論を超え、「標準化なければ有望性を活かせない」というより踏み込んだ立場を明確に示している。

先行研究との違い: 本レビューは、生物学的な現象論や特定のがん種に焦点を当てることが多かった従来のオルガノイド研究と異なり、材料科学およびバイオマテリアル工学の視点から技術的変動の解決策を提示している点が決定的に異なる。

新規性: 本研究は、組織処理・培地・ECMという3つの独立した技術的変動源を統一的フレームワークで整理した初めての包括的論考であり、極めて新規なアプローチである。特に、Matrigel (約100 Pa) が実際の腫瘍ECM剛性 (浸潤性乳がん 約5 kPa) の50分の1という定量的比較により、慣習的基質の不適切さを可視化した点や、15種類以上の合成・半合成ポリマーの特性を網羅的に比較した Table 1 は、今後の材料設計における重要な指針となる。

臨床応用: 標準化されたがんオルガノイドプラットフォームの確立は、個別化医療 (precision oncology) の臨床応用に直結する。化学定義培地や合成ハイドロゲルの導入により、バッチ間誤差のないハイスループットスクリーニングが可能となり、患者個々の薬剤感受性を高精度に予測するシステムの構築が期待される。特に、Wntサロゲートアゴニストや安価な組換えタンパク質精製技術は、臨床検査としてのコスト削減に大きく寄与する。

残された課題: 今後の検討課題 (limitation) として、合成ハイドロゲルにおけるオルガノイドの樹立効率が、依然として Matrigel などの動物由来材料に比べて低い点が挙げられる。また、血管ネットワークや免疫細胞、神経支配を含む多細胞微小環境を、再現性を保ちながら3次元的に統合する技術は未だ発展途上である。今後は、マイクロ流体デバイス (organ-on-a-chip) や3Dバイオプリンティング技術との融合により、より生体模倣性の高い次世代がんオルガノイドモデルの構築を進める必要がある。

方法

本論文は、Stanford大学およびEPFL (スイス連邦工科大学) の国際共同研究チームによる包括的レビューである。データベースとして PubMed および Web of Science を使用し、がんオルガノイド、3D培養、腫瘍微小環境、およびバイオマテリアル工学に関連する文献を網羅的に検索した。文献の選択基準 (inclusion criteria) として、ヒト患者由来オルガノイド (PDO; patient-derived organoid) の樹立プロトコル、化学定義培地の開発、および合成・半合成ハイドロゲルを用いた細胞外基質 (ECM) の再構成に関する英文査読付き論文を対象とし、動物由来の未定義材料のみに依存する研究や2D培養のみの研究を除外基準 (exclusion criteria) とした。

検索された文献は、(1) 組織採取・処理の標準化 (複数領域生検、マイクロ流体デバイス、気液界面培養)、(2) 培地成分の定義・安定化 (Wntサロゲートアゴニスト、組換えタンパク質精製)、(3) 工学的3D基質 (PEG、ヒアルロン酸、エラスチン様タンパク質などの合成・半合成材料) の3つの主要な軸に分類され、それぞれの技術的変動要因と標準化戦略が体系的に整理された。また、エビデンスレベルの評価には GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムの考え方を応用し、各技術プラットフォームの再現性と臨床応用への適合性を多角的に検証した。